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料理とマナー

間が開いて申し訳ございません。

「お師匠様。頭が痛いです」


 魔力枯渇症が一段落したようだとの情報が来て、祝いと名乗る酒盛りが終わった遅い朝、押しかけ弟子が青い顔で台所に現れた。

 その情報も動けない修二の変わりに手足となって、向こうの世界を行き来する事になっり現場に行っていた弟子フォルが帰ってきた。


 アルが家を出て行った年に産まれたから日本では未成年だが、向こうの貴族ではちょっと違う。国などの公共機関が行うパーティーに出ることが家族が認めれば成人として認められる。フォルの年齢は十七・八だと思っていたが違ったようだ。

 パーティーに出る許可を出すのが貴族の当主なので、当主などのトップが権力を握る為の措置でもある。

 一方的に当主の独裁政治が認められる。そう思われても仕方が無いがそうでもなく、いつまでも出席させないと、当主の教育に疑問の声が上がり、領地を治められても人を育てられないダメ当主と恥をさらす事になる。

 責任や義務がハッキリしているからこそ、領民が貴族を認めている社会が成り立っているのである。


 一部に禄でもない貴族も要るらしいが、そこは衰退する運命なのだそうだ。


「フォルは生卵大丈夫だったっけ?」


 貴族社会が元になった師弟のの関係も同じで、フォルは修二に呼び捨てるよう願った。

 押しかけだろうが弟子になった以上、師匠の身の回りの無給で世話をするのが当たり前の社会だそうだ。ただし、師匠は衣食住すべての世話を最低限しないといけない。

 これでは師の負担が大きいのだろうが、世間では弟子が多いほど信頼があり仕事が来る。正式な弟子は研究の手伝いをし、小遣いの形でお金を渡して弟子を手放す事はない。


 ブランク達が来たときにフォルが世話をしたのが弟子を取ったと既成事実を作ったのである。


「はぁ? 生卵って。あの鼻み―――」

「はいストップー。了解了解。そっちでは食べないみたいだね。じゃあ、それ抜きで」


 ブランクが言ってはならない事を言おうとしたのを無理やり止めて、冷蔵庫を開けると、中のものを取り出した。

 一つはビール。フォルが来る前にブランクが望んだ物で、迎え酒だそうだ。

 もう一つはトマトジュース。これをコップに移し、黒コショウにタバスコとオイスターソースこれをを一口で飲める量にして渡す。トマトジュースの変わりにケチャップで生卵が入ったのが、確かアメリカで二日酔いの時に飲まれている物らしい。スーパーにトマトジュースの特売があると、無性に飲みたくなる。


「ぞっとする色だな。ワシは飲まんぞ」


 眉をひそめ、グビッとビールを流し込むブランクさん。


 グライダーを渡してから住み着き、日本刀の再現に力を入れる彼は、かなりこの家の生活に慣れ親しんだ。


 ジェット装置は頓挫している。

 空気を補給・圧縮・燃焼・排気。単純な肯定だが、機械的に動かすのではなく魔法で動かすので、どの位置に魔法装置を組み込めば効率と安全を満たすのかまだ出せていないからだ。

 しかも、日本円はかなり減って、向こうのお金であるビシス硬貨も稼がないとナゾ金属が手に入らない状態なのだ。ジェット装置と金品の為に、売れるものと売っても問題の無いものを日々探している。


「あ。美味しいです」


 フォルはボーっと半分ほど目を閉じていた為、色に気にせずちょこっと一口飲み込んだ。どうやら、タバスコの辛味で少しだけ目が覚めたようだ。


 修二も前日に飲みすぎた為、戸棚からインスタントのアサリの味噌汁にお湯を注いで、箸でかき混ぜている。

 やはり、トングやピンセットに似たものはあるが、箸は見かけた事は無いらしく、初めの頃は使っているところを興味深く見ていた。


「その土色のは何ですか?」


 今までは食事が向こうから持ってきた肉が多かったので、押し掛け弟子であるフォルが地盤固めの為に向こうの料理をスープなども含めて進んで用意してくれた。

 用意してくれたのは嬉しいのだが、マンガの影響で育てていた湯豆腐専用土鍋で味の濃いものを料理されてときは、密かに泣きそうだった。向こうでは金属は武器にもなるので、その鉄を使った鉄鍋の方が高価で口の広い壷のようなものでシチューなどを作るのが一般的のようだ。


「味噌ね。原料は米と大豆と塩を発酵させたやつ。日本の一般的な調味料」


「ほう。後でワシの知り合いに渡したい。少し貰っていいか?」


「いいけど、大丈夫? 変な色でしょ?」


「いいんだよ。ワシの知り合いは変な奴の方が多いんだ。そいつが言っていたが、『材料が同じだったら味は違えど合わない筈がない。合わないのは腕が悪い』んだとよ。豆と米に塩だったら病人食で使っている」


 すごい大雑把な人のようだ。でも、ミルクティーが合うのだから、抹茶ミルクが合わない筈が無い。緑茶と乳製品も合うのだろうか?


「まあ、肉ばかりだったから、久しぶりに腕を振るいますか!」


「すみません。私は当分動けそうに無いです」


 貴女はそこで寝ていてください。







 フォルが復活したのはお昼過ぎて、しばらくすれば夕方と呼ばれそうな時間だった。

 ブランクは刀の研究に、修二は変わらずに生活している。ただ、たまにメモを取っているがフォルが避難していた頃と変わっていない。

 普通の師弟ならば、研究の助手はもちろん掃除・洗濯・食事の世話。それに下世話と言われようが、性生活まで求められる事もある。その為に女性が学問に入る事は少ない。

 一度関係を結んでしまえば手放すのが惜しくなる。それを目論んではいたが、修二はそういった関係にならないよう逃げまわっていた。


 フォルは焦っていた。兄達はそれぞれ役目を持っている。長男は跡取りとして。次男は補佐にまわり、三男は家から出たが、しばらくしてからお金を送り実家の家計を助けてくれた。家を出たのも、自分が産まれ余計な出費を減らす為なのかもしれない。とにかく残ったのは、何もない自分だけだった。

 ただでさえ無駄飯ぐらいで申し訳ないのに、二歳年下の甥は天才的な魔法使い。感覚で魔法を行使する甥と、水を出すのにすら召喚魔法の一部を利用していると仕組みを理解しないと上手く使えない自分。


 翼の講義を聞いたときに自分には、この人の考え方が合うと確信が持てた。

 領民が苦労して生活水準を上げているのに、領主の娘というだけで自分が何もさせてもらえないのが歯がゆい中、魔力枯渇症が発生したしたときは、ありとあらゆる神を呪った。そのはずが、今では神に感謝している。

 魔力枯渇症の終焉が見えたとき、領民に笑顔が戻った。このまま行けば魔力枯渇症を克服した地として、使節団などが来て補助金も出るだろう。当然シュージの名が広まり、理論整然とした考え方を求める弟子希望者が増える。その前に、この身を差し出しても弟子の立場が欲しかったのだが、喜びの前に箍が外れてしまって二日酔いになってしまった。次からは気をつけよう。


「おっ! 起きたか。体調は?」


「大丈夫です。すいません。ご迷惑をおかけしました」


 居間のテーブルで寝ていてたまに寝床へ移動するよう言われていたが、断っていたような記憶がある。たぶん少しでも観察していたかったのだろう。

 目の前にカップを置かれ「体を起こすにのは温かいものが一番」そういって、葛湯という飲み物を出してくれた。

 お師匠様の出すものは、ほのかに甘くて苦味が少ないものが多いが、とにかく熱いものが多い。


「もう大丈夫です。夕食は私にお任せください」


「下ごしらえは終わっているから後は任せて。今日はブランクさんも確認の作業だから早めの夕食になるよ」


 なんだかとても楽しそうな顔で言われたら、弟子は止める事は出来ない。


「それでは私は、ブランク様を呼んでまいります」


 外に出てお師匠様の作業小屋の近くに新しく作られた鍛冶場に呼びに向かった。

 明かりを取り込む窓も無い酷い場所だと思っていたら、日本刀とは熱処理がシビアで外の明かりが無い方がいいらしい。


「おう、嬢ちゃん。あいつは気にしてないからいいけど、動けないほどの二日酔いは不味いぞ」


「はいわかっています。あの原酒が飲みやすかったので、酒精が高くないものと……」


「だよな。だけど、日本酒は次の日に残るみたいだ。気をつけろよ」


 多くの弟子を持っているブランクに、これ以上の失態はまずいと釘を刺されたが、そんな事は弟子の前に女として酷いのは十分解かっている。


「汗を拭いたら行くって伝えといてくれ」


 近くに干してあるタオルを手に小川へと向かっていった。あの人は寒くないのだろうか?


 居間に戻ると野菜とお肉を炒めた料理などがテーブルに乗っている。まだ台所で火を使っている事からまだ料理は増える。

 正直、体が欲してはいない。お父様もお兄様もそうだけど、実際美味しいからましだが、美味しいと言われるのが当たり前の場合がある。

 お師匠様が今まで用意したのは、屋外料理のバーベキューと生地に具材を乗せたピザなど、材料を間違わなければ美味しいのしか見ていない。


「おっ、珍しく料理してるじゃないか。それは確かハンバーグだったよな? チーズを乗っけてくれないか?」


「チーズは合わないと思うぞ。なにせ今日の料理は肉を使っていない」


 何を言っているのか理解できない。

 見た目はお師匠様が使っている黄金比率のタレを付けて焼いた肉。

 そもそも、何故そんな事をするのか?


「そのハンバーグは、よく水を切った豆腐と長芋。高野豆腐の酢豚もどきに高野豆腐の唐揚げ、車麩の回鍋肉。なんちゃって肉料理の数々。フォルには消化の良いうどんに、ブランクさんにはサンドウィッチがつくからね」


「豆腐は見たが、車麩ってのは何だ?」


「麩の原材料は小麦粉を練ったネバネバ? とにかく生地を練ったら伸びたりするのがグルテンって呼ぶんだけれど、それを揚げたり焼いたりしたのがお麩。味も水分も無いから保存食にぴったり」


「味の無い保存食……」


「麩はちょっとは味が在るけど、ほとんど無いよ。その代わり味をしみこみやすいの! 鍋に入れると絶品だからね!?」


 テーブルに着くと、ブランクの前にサンドウィッチ。そして、フォルと修二の前にはうどんが置かれ、食事を始める。


 フォルは変な違和感を感じていたが、それが何なのか解からなかった。

 修二は大皿に乗った料理を小皿に乗せて食べ始め、ブランクは回鍋肉を恐る恐る食べたが、気に入ったようで、パンにはさんで食べたいらしく新しいパンを要求していたりする。


 液体に浸かっている麺は食べにくく、フォークでレンゲと呼ばれるスプーンの大きいのに麺を乗せてスープと一緒に口に運ぶ。


「ふぁっ! ……熱いです。胃の中まで熱いのが感じます」


「ん? ああ、ごめん。熱かったか。箸で無いとうどんとかは食べにくいかもな。フォークだけでこう食べられないのか?」


 ズズズズズ……。


 音を立てて麺をすすった。ただでさえ音を立てるのは食事を速く食べないといけない生活をしている。そう思われても仕方がないのに、よりにもよって鼻をかむような音を立てるなんて!

 体が硬くなったのを見て理解したのか、


「ごめん。そっちでは音を立てるのはダメなのか」

「ダメです。最低です」


「気にしない奴は気にしないが、褒められたモンじゃないわな」


 お師匠様は肩を落とし、うどんを下げていった。代わりに新しい料理、豆腐と長芋をレンジ用蒸し器で熱々にし、少し甘めのあんをかけた物を出してくれた。

 うどんより熱いが、何より一口で口に収められる料理の方が良い。


「箸を使ってると、こっちの食べ方になっちゃうよな」


「そんな事より、麩だっけ? 柔らかく煮込んだ肉に近いな。もう少し歯ごたえがあるといいな……」


 変な雰囲気になったが、料理自体は悪くない。たぶん普段作っている料理だったらフォルの胃が受け付けないだろう。

 ブランクやフォル達が住む世界は、野菜より肉が手に入りやすい。人や動物が植物を食べ、その動物を魔物が捕食するから魔物を退治する必要があり、その肉を加工する技術が高い。


 フォルは違和感にようやく気が付いた。

 タレなど水分がある料理なのに大皿が多い。あとは取り分けが容易な焼き物でフォルはどれを食べてもいいのかわからなかった。

 フォルの生活では食事は同じ料理でも個別に出るのが普通で、場末の飲み屋ならよくある事だが、一般家庭でもあったとしても一品ぐらい。主食が無いのが原因だったからだ。


 修二が今までなんとも思わなかったのは、外食すれば御盆に乗せて出ることもあるし、中華料理店で大皿に乗せて出る事もある文化を無意識に経験していたからなのである。


「お師匠様。そもそも何故、肉料理に似せているのですか?」


「ウチの国は苦行を積むと徳が高くなるって言われていた頃があって、『ウチの寺は他よりも厳しく徳が高い』って食べ物制限がエスカレートした結果、肉だけでなく匂いの強い野菜も禁止したらしいんだ。でもって、日本人の悪いところは、禁止される食べ物だと変な技術を発展させるんだよ」


 肉が食べたいが、肉料理を禁止しているから出来たもどき料理。

 酒税法が変わったから、ビールではなく発泡酒が出来た。

 飛行場が欲しいが土地が少ないから、海の上に飛行場を建てた。

 豊臣秀吉の河豚食用禁止令も出たが、結局は毒の部位を除く技術を編み出した。


 変な方向に力を入れる民族。これが日本人だろう。


「他にもあるよ。熱いものを熱いまま食べる。……ああ! さっき、うどんをすすったけど、日本の麺類は音を立てて食べてもマナー違反じゃない国なんだ」


 料理人が寒いから暖かいものを出してあげたい。せっかく暖めてくれたものを冷ますのはマナーよりも大切な心を冷やしている。それが、器を直接口に運びすすって空気と攪拌させつつ味わう。それが咽頭がんや胃がんが多い原因になると言われてもだ。

 日本以外ではプレゼントを貰ったら、包装紙を破ってでも早く開けて中身が見たいという気持ちをアピールする国もある。日本だと平安の頃から文と一緒に季節の花などを送るので、包装紙は贈り物の一部にしているので、逆転しているが、そういったのと根本は同じなのかも知れない。

 

 感謝の心を忘れてはいけない僧侶でも例外はなく、熱いものを食べる。

 その僧侶は、食事の作法としては基本的に「無音」であることが要求される。唯、そのなかでたった二つだけ音を出すことをことを『許容している』メニューがタクアンと麺類。

 うどんの場合禅宗では『うどん供養』と称し音を出してもOKで、そんな伝統が今も日本では「冷たいものでも麺類は音を出して食べてもよい」という根底にあるのだろう。


「まあ、そのせいで他の国で麺料理をすすって周りから批判を食うんだけどね」


 日本を紹介する外国人がそば等を音を立てて食べると、「音を立てて食べるのはいかがなのもか?」とやんわりと注意してくるコメントもあるくらい、嫌な気分になる人もいるので注意が必要なのだ。


「嬢ちゃんは生牡蠣を食った事が無いんだろうな。ありゃキンキンに冷えた牡蠣に熱々の溶かしたバターをとレモンを絞ってちゅるっと吸い込み最後にキツメの酒で〆るもんだ。多少の音は気にしねぇ」


 所変われば品変わる。それが食べ物であり、マナーでもあるのを実感したのだった。





 修二は夜食を鍋焼きうどんにして一人で食べました。

三回ほど書き直しました。

うどんや蕎麦などすする料理は外国の方から見てどう思っているのかは想像です。

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