飛行機の翼
セリーさんは王都に魔力枯渇症の対策がある事を伝えに行っている。有効ならば今まで逃げる事しかできなかったのが、変わるのだ。きっと動く。
言い方は悪いが、アルの実家はその実験にちょうど良いとの事。
「おー」
紙飛行機を飛ばすと歓声が上がる。他にもジェット機の動画を見せて魔法を使わずに飛ぶ事を納得してもらった。動画は驚かれると思ったが、動画のような物自体は向こうにも魔法であるらしい。
鳥を真似れば紙飛行機ぐらい出来るだろうと思っていたら、向こうでは翼は魔力制御だと考えられていた。
表面積が大きければ大きいほど、魔力出力が少なくなり浮く力が強くなる。小さければ出力を増やさなければならない。出力を増やすとその分集中力が必要となる。荷物を押すのに腕一本で押すか、体全体で押すのかの違いと同じだそうだ。
「簡単に言うと、この紙飛行機のこれの大きいヤツに乗ってもらって治療する。横一列になるか、二列になって隙間を埋めるように飛んで治療するのかは任せる。どうする? 道具をこのまま渡すか、構造を理解して渡すかは、任せる」
「教えて下さい! お願いします!! 私にはお兄様のような剣の腕も、ベル様のような強力な魔法を使う事が出来ません。その知識を下さい」
交渉を始めようと思ったら、フォルシスさんに横槍を入れられた。
必死で可愛らしいのは確かだが、予定外の事をされるとちょっとムカつく。
「何のために? 大体甥っ子に様付けするのはおかしいんじゃないの?」
「フォルシスは家を出ていないからな。家を継ぐ者と居候は立場が違うのは当たり前だろ」
家を出て独り立ちしたアルはベルを呼び捨てに出来るが、フォルシスはまだ外に出ていない。
家族でありながら後継者とその他、はっきり区別する事で無用な争いを起こさないのが慣習なのだそうだ。
「そういうもんなのか。それで、フォシリスさんのメリットはあるけど、俺のメリットは?」
「私が弟子になれば、貴方の功績を後の世に残せます。貴方の教えが広がるのですよ」
きっとそれは名誉なんだろう。名誉なんだろうけど、基本は教科書に載っている。本屋へ行けばもっと詳しい物がある。意味なんて無い。
ベルの目が、絶望の瞳をしていたから助けただけ。この位の子供が死ぬ覚悟をした目が嫌だっただけなのだ。
「そっちじゃすごい事かもしれないけど、こっちでは一般に広がっている事だよ。アル、音のトラップの話はした?」
「してない。あのなぁ、シュージは音だけでセリーの戦意を無くせる。もしかして、アレも広がっているのか?」
頷く事で返事をすると、頭を抱えて「なんだよマジかよ。驚くより笑っちまうよ」と言い、ソファーに倒れこんだ。
日本じゃ武装は出来ないが、嫌がらせは出来るのですよ。
今のところ害にもならないフォルシスは放置しておこう。
「それじゃ、いくつか聞きたいんだが、風とか地形とか聞きたいんだが、平気か?」
「ん? そんなもんが必要なのか?」
「もちろん。いくつか種類があるんだけど、どのタイプがいいのか知らないからな」
ヘリは無理だろうが、パラグライダーからハンググライダーそれに鳥人間になる為のヤツもある。パソコンで調べれば手動で羽を動かし飛んでいるのもある。
アルの実家は、何も無いという意味で辺境。山脈に囲まれてもいないし、風もそんなに強くない。ただ、人の住む場所以外には自然が多く一日あれば上れる山もある。中途半端で何処にでもあるから無理に住む必要が無い地方なのだそうだ。
実は見得を切ったけど、状況を聞いてから、動力どうしよう? と考えてもなかった事が出てきたが「え!? そっちに無いの?」という態度で話を進めよう。
「ところで、そっちでは空飛べるんだろ? どういう原理? 重力を操ってるのか、速度で飛んでいるのか?」
「重力ってのがなんなんだか解かんねえが、そういった魔法に関してははベルの方が詳しいよな?」
飛行機を使った農薬散布の動画を見せて、農薬の代わりに魔力を流す具体的な方法を教えてから俺を見るベルの目が変わってきた。
生き残る術はアルの方が高いが、レグルス家で始めに生まれた子供は代々魔法が得意なのだそうだ。
もしかしたら、始めに生まれた子供だけに特別な教育をしているのかもしれない。
「はい。ですが、説明が難しいです。飛行魔法があるから飛行できるのです。こう…… 何かに持ち上げられる感覚で使ってます。速く動くには鳥が翼を羽ばたかせている感覚ですね。すみません。上手く説明が出来なくて」
どうやら人が水に浮き、進むには腕を動かすから進んでいる。当たり前すぎて説明しにくいらしい。
実際に椅子に座ったまま浮遊してくれた。見た感じ重さを消して浮いたのではなく、持ち上がるように浮かび上がった。
「本当に飛び続けるんだな。こっちでは落ちていくのを押し上げているんだよな」
「ちょっ、お前何言ってんだかわかんねえよ」
ベルの飛行は浮いた上体で移動。それに比べて、こっちの飛行機は前に移動しながら落ちていくのと揚力のバランスで飛んでいる。
説明が難しいので、メモ紙で翼の大きい紙飛行機を作り、投げるのではなく、おしりを指で押し続けて宙に浮かせて、
「こんな感じ。飛行機からすれば、押すんじゃなくて空気を蹴る? あとは羽が浮くように作られているんだ」
ついでだからと、流線型の形をした羽の断面に風が当たる動画を見せて揚力の力で浮き上がる事を見てもらう。
男二人は単純にびっくりしたようだが、フォルシスの眉が動いた。
「羽が斜めの状態で、風を受け止めて浮ぶのなら解かるのですが、これは風の速度が違うだけで何故浮ぶのですか?」
たとえパフォーマンスでも、こっちの知識を知りたい。そう思っての疑問かもしれないが、何も考えないよりは良い。教わった事に疑問を感じるほうが良い。
「揚力ってのは、計算で出した力の大きさと方向なんだ。実際には見えないからね。でも、この事が自然界で見えるものもある。それが川なんだよ」
揚力が発生したのではなく、結果的に浮く力が発生し、それを揚力と呼んだのだ。
川は曲がっている場所がある。始まりは岩などがあり、それを避けたせいかもしれない。
だが、それのせいで流れの速いところが生まれ、陸地を削り取るようになった。
揚力もそれと同じで、揚力が生まれるのではなく、気流の早いほうに削り取られて、川の曲がりが強くなる。その削っていく力を結果的に揚力と呼ぶようになったのだ。
細かいかもしれないが、この順番を間違えると、ただの暗記と変わらない。
それと翼の形状は、コストとどれだけ効率の問題で、国内線と国際線の羽の先端が違っているらしい。
燃料の消費金額を取るか、整備に使う人件費と材料費を取るかの違いである。
「つまり、その飛行機とやらに乗って、風を出し続ければ飛行魔法が使えないヤツも空を飛べるんだな?」
何か重要なキーワードが出たー!!
「そういうことだ。離陸のときはさっき見たみたいに向かい風が簡単にいく。そのあとは、飛行と呼ぶより滑空に近い。これなら飛行魔法とやらを常に使うのと違って魔力を流す事に集中でき干渉で治療に穴が出来る事もないだろ? それじゃ、知り合いに部品を頼むから、その風を使えるヤツと魔力を流せるヤツを頼む」
畳み掛けるように任せたが、飛行魔法が使える程の魔力の持ち主は大抵風くらいは使えるそうだ。
最悪は飛行機の先端に付けた紐を巻き取って飛ばす事も考えていたので、面子は保たれた。
こうして動力の問題も解決したのである。
明日の夜にもう一話投稿します。