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職人達

前の話が面白くない。書いてるときは楽しかったが、読むと淡々としてつまらない。そんな失敗のリベンジです。


 天井から垂れ下がった鎖は車軸に巻きつき、車輪を本来の役目から外されて何日も経つ。動かしている車輪はともかく、車軸には今も夜を灯す蝋燭からのすすが蓄積されていく。


 問題は解かれている。

 工程も知っている。

 製作に関わる知識も得ている。

 それなのに、実際に出来上がるのは子供の真似事よりひでぇもんしか出来ねぇ。


 昔から「仕事は見て覚えろ」「技術は盗むもんだ」そう言ってきた。

 若い連中には不満に思っている奴も多いようだが、手前で考えついた手段や結果ってのは親に教わった事なんかよりも、強烈なインパクトで血肉と成りそいつの技量を上げていく。

 技術顧問なんて名前がついてはいるが、新しい技術を確かめる為に既存の技術を使い検証するだけの存在になってしまったようだ。


「ちくしょう。どうやっても中の空気が潰れちまう。これじゃアイツが空気を抜いた時の再現じゃねえか」


 エベロイ山脈から城に戻り、アイディアとして出されたドラゴンの腸の代わりにワームの皮を使ってタイヤを再現しようとしても、あっけなく潰れてしまった。

 水を入れようが油を入れようが車輪に巻きつけた皮の中で動き、荷台を持ち上げる事が出来ないのだ。

 形も役割も同じなのに、タイヤの役目を果たしていない。

 できないという事が、これほど悔しいものは無い。


 もう一度会って聞いてみたいのだが、アイツはすでにゴムの代用品としてドラゴンの腸を思いついた。それなのにワシは何も生み出していない。

 そもそも新しい技術が出来ないのなら、技術顧問が会っても意味がないと国から言われている。タイヤが目的だったので、椅子はあれば便利だがワシを動かす程ではないと判断されたのだ。


「何だブランク、まだやっていたのか? タイヤというものはそんなに便利なのか? ほら酒だ、今日はもう休め」


「ああ便利だ。エベロイの山に中からここまで、魔法を使わずただの一度も石に捕らわれずに運べたと言っているんだぞ。それだけの価値がある。料理長だって大量の卵が割れずに運べたら嬉しいだろ?」


 この国の権力者の命を影から支えていると言われる食の最高責任者ボルドー。五日に一度の割合で弟子への愚痴を肴に飲み会う仲だ。

 地方料理にも精通し、ワームの料理も作れる。今回の下処理も彼がやってくれた。


「そりゃそうだ。だが、割れるもんは割れる。現場は常に動くんだから、それに会わせた料理を作ればいい。肉や野菜がいつも同じ味だと思うなよ」


 自慢げにニヤリと笑う料理長。彼に言わせれば厨房は常に戦場で、美味いとうならせれば勝ちなのだ。そして勝利を収め続けたからこそ料理長の役目を全うしている。


「ほれ、前に言っていたワームのアロゼだ。皮を裏返して内臓を掃除、その後油をかけながら焼いた。外はカリカリなのに肉の水分は飛ばない。皮は硬いから食べるなよ」


 皿の上にはぶつ切りにされ、リング状のものが幾つも乗っている。見た目は向こうで食べたイカリングに似ている。ワームの皮はこの肉をこそげ落とした結果だという。

 筋が無くやわらかいが、元が筋肉のようで噛み応えがあり、なかなか旨い。エールによく合いそうだ。


「驚いた、これ旨いな。なんで城で出さない?」


「そうだろ? これは旨いんだ。旨いのだが出せないし、出しちゃいけない。この肉はそのままだと味が薄い、重要なのは皮の傍にある脂がこの甘みを出している。皮がないとダメなんだが、想像してみろよ? 一国のお偉いさんが一度口に入れたのに、食べられない部分があるからと言って指を突っ込み取り出すんだ。とても人に見せられるものじゃない。知ってる人は知ってるが、知らない人は一生この味を楽しめない」


 優越感から笑っているのか、体面を気にしている連中を笑っているのか……。その心理は量れないが、「ブランクがワームを納品してくれたから食べれる。大っぴらには言うなよ?」と念を押している事から、後者のような気がする。


「相変わらず厳つい顔だが、怖くはなくなったな」


「怖かった? まあ、ワシは腕で仕事をするから気にしはしないんだが」


「そこが個人技術者の悪いところだ。一度私の戦場に来るといい。チームの力を見せてやろう。それで、何を悩んでいる? 今のブランクは仕事の悩みではなく別の事で壁を乗り越えられないように見える」


 そんな訳が無い。とっさにそう言おうとした。だが、本当にそうだろうか? 彼の者が代用品をすぐに思いついた事に対抗心を燻っていいたのでは……。いたのだろう。その結果がこれか……。


「やはりな。結果が出せない部下と同じ雰囲気を出していた。職人は貪欲であれ。これが師匠から教わった事だ。チームで働くと思いもよらない手法を生み出す奴がいる。私だって聞いた事のない郷土料理がまだまだあるんだ。聞く事は恥じしゃないぞ」


 ボルドーは常々自分が死ぬときはコカトリスの肉を食って死ぬと言い続けている。死ぬ前に毒肉の味が知りたいそうだ。ワシよりも狂っているのではないだろうか? しかし、その生き方に羨む自分も居るのも確かだ。


 何を悩んでいるかは解決した。ただ、手段が思いつかない。余計なプライドを無くした説明は思ったよりも軽く話が出来た。


「いまいちよく解からんが、女官長に聞いてみよう」


 女官長がお休みになる前に急げと、急かされ部屋を出て行くはめになった。


「何故女官長がでるんだ?」


「ワーム料理は、あの方の郷土料理。私より素材の事を知っているのは当然だろう」


 道すがら何故女官長にあう必要があるのかたずねると。予想外の情報を得た。

 ワシの知っている女官長は影に徹し、男を立てる。一部の隙も無く王の世話をする。王都の女性の模範となる人物だ。それが、ワームを食べる聞いた事もない地方の出身者だったとは思わなかった。


 技術部のある建物から城へ夜道を歩き、女官を統括する女官長が使っている仕事部屋へと移動する。


「夜分遅く申し訳ない。ボルドーですが、女官長はおいでなさりますか?」


「あら、ボルドー様にブランク様がこのような時間に職場とはいえ女性の部屋に来るのは感心できませんよ。言ってくだされば後日改めて機会を作りますのに」


 扉を開き招き入れられたが、

扉の前に立ち小さなテーブルの空いた席へと促される。ワシと同じように一人部屋を持っているが、人を招いても問題なく整理されている。ただ、扉を開けっ放しにして、閉めきった場所で話すつもりは無いと言う意思表示と、こんな時間に来たワシらに対する非難が含まれていたのかもしれない。どちらにせよ、淑女の模範となる姿である。


「申し訳ない。この頑固者がようやく非を認めた所なのだ。ここで一気にいかないと集団の強さを理解しないだろうとな」


「それはそれは、なにやら大変な役割を……。ですが、力になれなくとも恨まないで下さいね」


 料理長と技術顧問の二人がここへ来た理由が解かって、ホッとしたのか顔から険が少し取れた。


 タイヤというものを軽く説明し、空気が潰れてしまうのを何とかしたい。いまいち女官長に相談する内容ではなかったが、先の料理長に話したせいか思った以上に口から出たのだ。


「空気が潰れてしまうですか。そうですね。心当たりがあります」


 それから少し恥ずかしそうに、「はしたないと思わないで下さい」と前置きして、少女時代の思い出を語ってくれた。


 女官長が住んでいた地方では水害もあり水に慣れるため、泳ぐ事を良しとしていた。だが、人はすぐに泳げるわけがなく、補助器具を使って遊びの中で泳げる事を学んだそうだ。それが、空気で膨らませたワームの皮である。

 浮き袋のようにワームの皮を長いまま使うと潰れてしまう為、潰れ体に巻きついてしまう。それを防ぐ為には、捻って小分けにする事。その結果空気が逃げないくなり、しっかりと体を支えるのだ。


「これは思いつかなかった。圧縮されるのを恐れて中身を替えていたが……。小分けにすれば潰れる部分も少なくなる。ありがとう女官長。これで荷台の、いや、荷馬車での旅も快適になるかもしれん。本当に助かった」


 解決策がでてから、頭の中でいろいろなアイディアが生まれてくる。

 車輪に沿って二本のワームを巻きつけるやり方。車輪を太くし、ワームを横に並べるやり方。前者は継ぎ目をずらす事により衝撃を抑え人が乗りやすく、後者は重い荷物を乗せられる。しかも一つが破裂しても、交換は容易い。副作用として、車輪の負担が軽くなり壊れにくくなる。


 これは思った以上に大事になるのかもしれない。


「ブランクは解決したようだ。ところで女官長。泳ぐ事の何がはしたないのか私には解からんのだが?」


「それはあれです。お転婆だった事は話さないで下さいね」



 少女時代を思い出したのか、女官長の顔はいつもの微笑みとは違い、屈託のない明るい笑顔で可愛らしかった。






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