没落回避で冒険者を目指す?
※「公爵令嬢の未来は一つじゃない!」として連載を作りました。
……生まれた時から、私の頭の中にはおかしな文字列がある。
悪役令嬢は何とかなりそうな気がする。意地悪しなければ良いのだ。たぶん。
没落はなんとしてでも回避したい。
ああ、今まで不動の一位だった公爵夫人は今何処……。
王子達の政争に巻き込まれたら、確実に没落への道まっしぐらの様な気がする。
「王妃」「国母」も気になるところだが、「聖女」ってのが、更に意味がわからない。
これ、全部繋がっているのかしら。
何らかの要因で「没落」回避することによって「王太子妃」になるのかも。で、王子が国王になれば、必然的に「王妃」だし、子供を生めば「国母」となるということ?
じゃあ、政争に負けた王子と親しければ「没落」ということ?
どっちの王子と親しいかで「没落」の種類が異なるのかな。
もう意味がわからない。
私は面白おかしく人生を全うしたいだけなのに。
魔術研究員になりたいだけなのよ……うう。
厄介事はご免だ。
面倒を避けるためなら魔術研究員の将来だって犠牲にできる。
そうだ、家出しよう!
突然閃いた。
公爵令嬢じゃなければ、悪役令嬢にもなれないし、没落公爵令嬢にも没落貴族にもなれない。
解決策が見つかったことに気をよくして、私は今日の出来事を封印して眠りについた。
家出の準備をこそこそ始めたのは、目が覚めてすぐである。
問題は、いつそれを実行に移すかということだ。
本気で家出するなら見つからないようにしなければならないし、現状、この子供の体では難しい気がする。
せめて、十五歳ぐらいになって、外見上は大人と言えそうになるまでは、家出は非常手段として残しておこう。でも、いつでも出ていける用意だけはしておこう。
一晩経って、そう判断できるぐらいには、落ち着いた。
落ち着いたので、まずは義弟を起こしに彼の部屋へ突撃した。
情報を得るには義弟から。が、近頃の私の信条だ。
奴は何気に情報通なのだ。
未だベッドの片隅で丸まって眠る天使の姿をした悪魔の髪に触れる。
柔らかい金茶の髪が小憎らしくて、思わずガシガシと頭と髪をこねくり回した。
「おまえ……」
手元から恨めしそうな掠れた声がする。
「おはよ! さあ、朝ご飯食べに行くわよ!」
ぽいっと義弟は無言で私を部屋から追い出した。
二年も毎日同じことを続けていれば、これが日常になる。
いつまでも朝に弱い義弟が朝一に聞くのは私の挨拶だ。
夜早く眠れば朝早く起きられるのに、義弟は夜遅くまで本を読んでいるらしい。そんなことをしているから、いつまでも私の背を追い越せないのだ。
義弟と異なって父の朝は早い。
この一年はほぼ毎日家で朝食を一緒に食べるようになった。
その後も家にいることが多くなった。
全く屋敷に近づかなかった数年前とは雲泥の差で、毎日会えることを嬉しく思いながらも、仕事はどうしたのかと不安にもなる。
もしかして仕事を首になったのだろうかと心配した時期もあったが、父の部下という人達の出入りが増えるとそれも杞憂だと納得できた。
「お父様。昨日、殿下にお目にかかりましたの」
私が他人の話をするのが珍しかったのか、父は興味深そうに眼を細めた。
「昨日のお茶会だな。君は殿下を気にいったのか」
何となく父が不機嫌になったと思ったのは気のせいだろうか。
殿下のことを第一王子だと父が勘違いしているようなので、話を合わせてみる。
「そうですわねえ。君主として仰ぐには可もなく不可もなくってところでしょうか」
「君にかかれば殿下も形無しだな」
父が楽しそうに笑う。だから、私も楽しいし、嬉しくなってしまう。
頬が緩んで、へらへらと笑ってしまう自分を律して、気をしっかり持つために紅茶を一口含んだ。
「義姉上がお会いした相手は、弟君のことでしょう。おはようございます、義父上」
華やかな微笑みで挨拶して、席に着く義弟。さっきまでの不機嫌は何処へやら。
「おや? 弟君がお茶会に参加していたのか?」
「そういう訳ではないのですけれど……庭へ散歩に出られていた時にお会いしたの。私も息抜きのために席を外していて」
「殿下がそちらに足を運ぶとは珍しいことだな」
父の言葉に、不思議そうな顔をした私へ答えをくれたのは義弟だった。
「お二人はあまり仲が良くないと聞きますからね。案外、王国最強の騎士に師団長の地位を捨てさせる決心をさせるほどの、噂の令嬢を見てみたかったのかもしれませんよ」
そんな令嬢が来ていたのかと、私はびっくりした。
お茶会で紹介された令嬢達を思い出そうとしたが、昨日はそれどころではなかったので、一人の顔も思い出せなかった。
は、しまった! 昨日こそは女の友人を作るつもりで、気合を入れて愛想笑いをしていたというのに、誰一人として覚えていない。
事実に気づいて、私は落ち込んでしまった。
そんな私の心情など知らない二人は話を続けている。
「令嬢を押さえれば、国最強の騎士は手の中に落ちてきますしね」
にっこり笑みを浮かべる義弟のもの言いに、父が憮然とした表情を見せた。
「おまえ何歳だ? そんなこと普通子供は考えないだろう?」
「十歳になりましたよ。義父上と義姉上が誕生会を催してくださったではないですか」
微笑む顔は、本当にうれしそうだった。
なんで、そんなこと知っているんだか……と、父は額を押さえて眉を顰めている。
「義父上、女性は可愛い物が好きだし、好きな物の前では口が軽くなるのですよ」
覚えていて損はありません。と笑う義弟は、心底楽しそうだった。
心当たりのある私はその指摘にビクリとなる。
だって、可愛い物は大好きだ。可愛い義弟が大好きだし、時折可愛く見える父も大好きだ。昨日の第二王子だって可愛かった。
なんてことだ、私は口が軽いのかもしれない。
落ち込む私に誰一人気づかず、いつも通りの朝が過ぎて行く。こういう時だけ鉄面皮の令嬢になる自分を僅かばかり恨めしく感じながら。
いえ、慰めてもらったら、それはそれで恥ずかしすぎるんですけどね。
私のというか、私と義弟の剣の先生は、若くして騎士に取り立てられた近衛騎士団員だ。
始めは違う先生だった。
しかし、義弟も共に学ぶことになった時、この大人になりきっていない青年が剣の師匠としてやってきた。彼が先生になってからまだ半年だ。
黒い髪に黒い瞳、幼さともとれる容貌は、中性的に見える。
まだ成長途中なのだと分かる線の細さも相まって、儚げな雰囲気を醸し出しているが、本人は恐ろしいほどに強い。
以前の先生より若くて子供だけど、剣の腕は私にでも分かるほどの開きがあった。
こういう人を天才というのかもしれない。
先生は穏やかな性格で、怒った所をまだ見たことがないけれど、私は義弟に似ていると思っていた。義弟も容姿端麗で穏やかだ。魔術に関しては化け物クラスの天才だし。後、何となく本性を隠していそうな所も義弟に似ている。
何故先生のような人が私達のような子供の相手をしてくれているのか不思議だった。
率直に尋ねると、先生は麗しの顔を歪ませてポツリポツリと話してくれたものだ。
先生がマーレイ伯爵の三男で、兄が第二師団長であることを。
どうやらマーレイ伯爵の長男である第二師団長と父は幼い頃からの親友らしい。そこで白羽の矢が当たったのが先生だったそうだ。
まあ、女の子が実戦で使う剣としてはスピードを重視する彼の剣技が向いていると判断された部分もあるのだろう。
「先生はおいくつなのですか?」
「来月十九になります」
思ったより年上だった。
「お兄様はおいくつなのですか?」
「一番上は二十九になってたかな。すぐ上の兄は二十六です」
ふむふむ。第二師団長が二十九歳ということは、幼友達で親友の父も同じぐらいということだ。
……何てことだ、父の歳が分かるかもしれない。
動悸が激しくなってきた。
次の台詞は「では、お兄様は父と同じ年だから仲が良いのですね」かしら。それとも「同じ年の幼馴染が大人になっても親友っていいですね」の方がいいかしら。あるいは、同じ年でないことを聞き出せるようなアプローチの方が良いのかしら。
などとシュミレーションしていると、駆けて来る義弟を視界にとらえた先生が、無駄話はここまでとばかりに、私に背を向けた。
「ああ、揃いましたね。では始めましょう」
またもやお預けを食らったような心境になる。
ここまでくると、本人に直接聞けないし、侍女や執事に聞く訳にもいかない。十歳を過ぎている娘が父親の年齢を知らないなんて恥ずかしすぎる。仕事についても同様だ。
悔しくて、可愛い義弟をじろりと上から目線で睨みつける。
腕を組んで仁王立ちし、見下す様は悪役令嬢そのものだ。
「何?」
きょとんと見上げる義弟に思わず全力で告げてしまった。
「あんたが全部悪いのよ!!」
逆恨みの末に、びしっと彼に突き付けたその人差し指は、義弟に優しく握られる。
へえ。と、柔らかい笑みを浮かべながら、底冷えするような声を出す義弟に、頬が引きつった。
「僕も義姉上に聞きたいことがあったんだよね。丁度いいから、後で話し合おうか」
神様、私の可愛い天使が悪魔のようです。
私の家出道具一式を前に、義弟がにっこりと微笑んでいる。
「今更あんたが何しようが、別に驚きはしないけどね。で、何するつもりなんだ?」
いつか家出しようと決め、こそこそと準備を始めているにもかかわらず、私の脳裏に浮かぶ未来に変更がなかった時点で、家出では解決できないとは推測していた。
理由はこれだったのか。
この洞察力の塊である義弟が、義姉の家出など許すはずがなく、きっと、どんなに頑張っても早々にばれてしまう運命なのだ。
出来の良い義弟等というのは、毒にしかならないのかもしれない。
「まとまったお金。高く売れそうな宝石、それも石だけにし易いもの。安っぽい庶民の服と汚い靴。簡易の携帯食。後は剣にナイフ。これ、普通に考えれば、家出の準備に見えるんだけど?」
見えるも何も、そうだと思ってるでしょ。
仕方がない。私は覚悟を決めた。
「私……冒険者になりたいの」
おお!
義弟が言葉を失う様を見たのは久しぶりだ。
「聞いてる? ぼ、う、け、ん、しゃ、になりたいの!」
もう一度言ってみた。
そうなのだ。家出した後、冒険者になって旅しようと思ったのだ。そうすれば、あの不吉な未来を呼び込むことはないはずなのだ。
ちょっと待てとばかりに、手を上げて制する義弟は、いささか混乱しているようだった。
「聞いてる……前言撤回する。さすがに驚いた。……何がどうしてそうなるのかは、全く理解できないけどな。義父上が泣きそうな台詞だ」
そうかしら。父は案外受け入れてくれそうな気がしなくもないんだけど。
「とにかく、これは没収だ」
せっかく用意した一式を取り上げられてしまった。
「……大体、勝手に俺の目の届かない所に行かれては迷惑だ」
ぼそりと呟いた義弟の言葉が、思いのほか甘く響いたと感じたのは、気のせいかしら。
もしかすると「冒険者」になれるかもしれない。
かなり後ろだけど、「放浪者」の隣に「冒険者」が……。
「公爵家の日常」にシリーズタイトル変えたくなるほど公爵家の話しか思いつきません;;
お父様の謎を小出しにして行くシリーズになっちゃうかも。
第二王子出したいんだけどなあ。