第4章 服を買いに行きましょうか?
週明けの月曜日、昼休みの社食で俺は後輩を呼び止めた。
そいつの名前は住吉智之。
俺の一年後輩だが気さくなヤツで、一緒に飲みに行ったりライブに行ったりする仲だ。
去年結婚した美人の嫁さんがいて、こいつこそ勝ち組だと俺は思ってる。
「なんすか、ヤジさん?」
「スミ、週末って暇?」
身長185センチのスミとの会話は、大抵見上げる形になる。
正直、これだけ身長があればモテるんだろうなぁ~と思う。
「飲み会っすか?」
「いや、飲みじゃなくて…」
「じゃなくて?」
「あ、あの、服を買うのに…つ、付き合って欲しいんだけど」
頭の中で散々シュミレーションしてたのに、結局どもっちまった…
情けねーなぁ、俺。
「服?服っすか!?」
「あ、うん。その忙しければ構わないんだけど…」
「良いっすよ!行きます!付き合います!!」
「マジで?」
てっきり嫁さんとの予定があって断られるかな…なんて思ってたが、スミは意外に笑顔で応じてくれた。
「えぇ!俺ね、ヤジさんには『クロップタケ』のパンツとか『デッキシューズ』とか似合うと思うんすよ!」
「ちょっ!ちょっと待って!!」
「はい?なんすか?」
「あの、そのさ… ユニ●ロとかG●Pとか…そーゆートコで良いんだけど…」
突然知らない名称が出てきて、慌ててストップを掛ける。
そんな俺を見下ろして、スミがちょっと困った様な表情で返す。
「あの、ヤジさん。俺が言ったのってブランド名じゃなくて、服とか靴の種類のコトっすよ」
「えっ?」
「クロップ丈ってのは普通のパンツより短く切ったいわゆる半端丈のコトで、デッキシューズってのは…」
「あっ…」
スミとのやりとりですっかり尻込みした俺は、もう1人友人を呼び出す事にした。
中学と高校の同級生だった井口祐司。
フリーのカメラマンだかライターだかやっていて、パッと見るとチャラい男に見える。
けどファッションや女性との付き合い方に関しては、俺なんかよりずっと上手い。
それに根っからの世話焼き気質の持ち主でもある。
そんな訳で週末の日曜日、俺たち男3人は新宿にいた。
互いに人当たりのいいスミと井口は、初対面なのにすっかり打ち解けている。
俺はと言えば、2人の後ろを何となく付いて行くポジションに収まってしまった。
「ヤジさん、予算はどれくらいっすか?」
スミが振り返って聞く。
「なるべく安くが良いんだけど…」
「なるべく安くねぇ」
井口が少し苦笑いをする。
「靴とパンツとトップスまで揃えたら3万くらいは欲しいんすけど…」
「3万!?」
服買うのに1回で3万円なんて使った事がない。
街中なのに思わず声が大きくなってしまう。
「いや、それくらいは掛かるだろ」
「靴とパンツで2万くらいは予算欲しいですもんねぇ」
「出来ればベルトや鞄も欲しいよなぁ」
前の2人は当然と言わんばかりに話す。
駅前で待ち合わせるなり、いきなり足元から髪型までファッションチェックされ、その全部をダメ出しされた身としては、大人しく「そんなもんか」と思うしかない。
今日の俺の格好は、ナイキのスニーカーにジーパン、それに白のTシャツだった。
Tシャツは『ホリホリ』のライブTシャツじゃないし、ジーパンだって昨日の朝から洗濯した。
決してオシャレじゃないけど、個人的には問題ないレベルだと思ったのだが…
「そのウォーキングしてるお爺さんが履くような靴はなんですか?」
「ジーパンに黒のビジネス用ベルトは止めとけよ」
「そもそもジーパンの太さが変ですよ!」
「そのTシャツは中学生までだろ!」
「羽と横文字のラメプリントはマズイっす!あとやたら薄いし」
「うん。言いたくないが、乳首が浮いてるぞ!」
「私服にビジネスバッグってのもどうかと…」
この2人、リスナーさんより容赦がなかった。
ユニ●ロへの道を歩いていて、ふいにスミが立ち止まる。
「この店も寄りません?値段も手頃だし、俺は結構好きなんですよ」
目の前には一軒のオシャレな店が。
一応、俺も名前は聞いたことがあるが、入った事は一度もない。
そもそも自分の金で服を買うようになってから、ユニ●ロとジーン●メイトと近所の少し大きめスーパーしか行ってない気がする。
俺たちが店に入ると、すかさずオシャレな店員が寄ってくる。
店員が寄ってきて色々と話し掛けられる、これがあるから嫌なんだ。
「何かお探しですか?」
「あ、大丈夫です。一通り見せてもらってからお願いします」
サラリと店員の攻撃を受け流すスミ。
「あぁすれば良いのか…」
「逆にコーディネートとか聞いちゃうのもありだけどね」
思わず口から漏れた感想に、井口が笑いながら教えてくれる。
「まぁ、次回からはヤジが1人で来るんだから、あしらい方は覚えといた方が良いよ」
「えっ!俺、また来るの?」
「そりゃそうだろ。今日で買える服なんて大した量じゃないし」
「マジか…」
「靴1足にパンツ1本、トップス2、3枚で着まわせる訳ないだろ?」
急に気分が重くなった気がした。
「この時期ならポロシャツ良いよね」
「柄によってはカジュアルシャツも良いですよ」
「Tシャツと組み合わせで着れる分、便利かもなぁ」
俺は店内をウロウロと回りながら、服を手にとっては会話を続ける2人を眺めていた。
「女でもないのにすげーわ、この2人」ってのが正直な感想。
俺が服を買うときって、目当ての物があってそれだけを買う感じ。
「Tシャツがダメになったから、同じ様なの買おう」とか、「半袖のワイシャツ2枚買わなきゃ」とか。
「ヤジさん、これどうっすか?」
スミが持ってきたのは紺にピンクの横縞のポロシャツだった。
「ピ、ピンク?」
「えぇ、ピンクが良いアクセントでしょ?」
でも俺、男なんですけど?
男にピンクってどうなのよ?
恥ずかしくない?女っぽくない?馬鹿にされたりしない?
「このくらいなら平気だよ」
俺の心の呟きを読み取ったかのように井口が言う。
「じゃあこっちはどうっすか?」
それでも悩む俺を見て、次にスミが持ってきてくれたのは水色と白と紺の縞のポロシャツ。
「これは良いね」
爽やかそうな水色に、今度はかなり気に入る。
「じゃあ、これ買っちゃいますか?」
「良いと思ったら買う!悩んだら買わない!これが鉄則だぜ」
2人に勧められて、だいぶ欲しくなる。
ふと値札が手に当たったので値段を見てみた。
「えぇぇっ!4千9百円もするの!?」
ポロシャツ1枚に5千円近くかよ!?
ユニ●ロの2倍だぞ!!!
俺に言わせれば、かなりの衝撃的な価格だ。
「えっ、高いっすか?」
「普通だろ、そのくらいは」
この2人おかしくない?
ポロシャツだよ!ポロシャツ!!
「あのさ、ヤジ…もう中学生じゃないんだからさ」
「相場と言うか、もの凄く安くない分、デザインとか耐久性とか良いんですよ」
なんか2人がすっごいガッカリしてるんだけど。
先生、ファッションって大変ですね。
買い物が終わって、俺たちは駅前の居酒屋で飯を食っていた。
あれから何軒か店を回り、いい加減ヘトヘトになった頃ようやく買い物は終了した。
今日買ったものは、靴1足、チノパン1本、ジーパン1本、ポロシャツ2枚、ベルト1本、鞄1つ。
総額は、なんと3万1千円だ。
それでも2人に言わせれば、「かなり安く抑えられた」らしい。
正直、こんなに服に金を掛けたのは、何年か前にスーツを買ったとき以来だ。
その時でさえ2万円くらいだから、むしろ更新してる。
「取りあえずコレをベースに足りない物を買い足せば良いかな」
「むしろここからが本番ですよ、ヤジさん」
「え?どうゆう事?」
「アイテムが増えれば、コーディネートって新たな問題が生まれるんすよ!」
ひとしきりコーディネートの基本を叩き込まれた後、ビールのジョッキを傾けながら井口が俺に聞いた。
「そう言えば、同窓会行くの?」
「うん、行くつもりだよ。井口は?」
「俺も行くよ。じゃあヤジは、そこでオシャレデビューだな」
井口がニヤリと笑って俺の顔を見る。
同窓会は来週の土曜日だった。
二十歳の時に成人式があって、その後も小さな集まりは時々あったが、今回は久々に大掛かりな同窓会らしい。
「え?俺、スーツで良いかと思ってたんだけど…」
「ただのダイニングバー借り切ってやるだけなんだから、カジュアルで良いと思うよ」
「今日の服でバッチリっすよ!ポロシャツは1枚キッチリしたの買ったじゃないっすか!」
「そっか、あんな感じでも良いんだ」
「まぁ髪ぐらいはそれまでに切っとけよ!」
「分かった」
月曜の夜の放送で、俺は買ってきた服を披露した。
【おぉ!良いじゃん!!@コン太】
【yaccyの友人はなかなかのセンスだなwww@ふぅ】
【だいぶカッコイイっすよ!@向日葵】
リスナーさんからの評価も上々で、俺も嬉しかった。
「土曜に同窓会があるんで、そこに着て行ってくるわ」
【おぉぉぉ!!早速イベントきたでゴザル!!!@The Wall】
【て言うか同窓会あんのかよ!!先に言えよ!!@コン太】
【チャンスじゃないっすか!!@向日葵】
「えっ?えっ?」
急に盛り上がるリスナーさんのテンションに押される、俺。
【同窓会なんて出会いの場だろjk!@ふぅ】
【そういう所に気付けないからDT卒業できねーんだよ@スイスの熊】
ゴメン…
俺、今の今まで同窓会をそんな風に考えた事なかった。
【学生時代に地味だった子がキレイな大人の女性になって…@コン太】
【○○ちゃん、キレイになったね ううん、yaccyこそカッコよくなって…@コン太】
【2人で抜け出しちゃう? うん///@コン太】
【きゃー!きゃー!きゃー!きゃー!yaccyさんエッチぃ~!!@パンク姫】
【そんなもんだろーが!!@コン太】
【無いな!@ふぅ】
【DTの妄想乙!@スイスの熊】
「コン太さんのコメントみたいな展開は流石に無くても、同窓会が出会いの場なのは確かなのか…」
放送を終えて、ふと考える。
俺にも出会いの欠片くらいは見えるだろうか。
思わず頬が緩むのを感じて、俺は落ち着くためにタバコに火をつけた。