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第八話 醜い生き物=人

 第八話


 焼けるような朱い陽の下で「メェーメェー」としわがれた声でその毛むくじゃらの大群は押し寄せてきた。

 本来ならばか細い悲鳴みたいな鳴き声なのだが、かくも集団になっていると喧しい怒声のようだ。

 そして何とももふもふした外見でバッファローのごときスタンピード、屋台を壊しながら土煙を上げてこちらを追い立ててくる。

 その様子は何ともギャップがありすぎてシュールに見えるのだが、実際追い立てられている身としては全然面白くない。

「なんで羊が襲いかかってくるんだよ! 毛皮被ったバッファローなんじゃないのかあれ!」

 数十という足が日干し煉瓦を叩く音に負けない大声で現状の理不尽さを嘆く。

「いや、鳴き声からして羊だし、あの100%ウールな感じで分かると思うんだけど」

 隣の絵鈴はこんな時まで冷静もとい天然を発揮する。

 だが確かに嘆いているだけ無駄かも知れない。いや、むしろそんな余裕はない。

 羊は徐々にこちらに追いつきつつある。羊の目が充血し、額に「栗」の字の焼き印がある事まで分かるくらいに近づいてきた。

 そして同じ方向に逃げていた人々も、ひとりまたひとりと脱落していき、無慈悲にも羊の群れに踏みつけられていった。


「絵鈴、なんかこっちに来てるぞ!」

「追ってきてるの!?」

 暴徒と化した羊の群れは、ただ人を喰らう事に固執したかのように、人間をロックオンしてその短い脚を高速回転させる。


 俺と絵鈴は、自分達が持つ全ての力をおしみなく使い、羊の目を逃れようと走る。

 目についた小路を発見して、絵鈴に耳打ちする。

「脇道だ、逸れるぞ」

「ラジャー」

 と、絵鈴はそれだけ返して二人同時に羊の進路だと思われる方向から逸れる。

 が、羊は。

「こっち来たんだけど!」

 細い小路のため、俺の後ろにいる絵鈴が金切り声にも近い声を出す。

 それを聞いて俺はつかれている体に鞭打ってもう一度足に力を込めて走り出す。小路というだけあって幅員が狭く手を広げようものなら壁にぶつかってしまう。そんな路のはずなのに、羊はどうやって這入ってきたのか、少し不思議ではあるが、後ろを振り向いている余裕はない。


 そして俺たちの息も上がってきたところだった。街道を抜けて広場へ出た。そこにはほとんど全ての町民が集まっていた。

 そして羊たちも歩みを止める。

 咄嗟に定規をかざして状況を判断しようと努めた。

 住民達はみな怯えていた。震えていた。恐怖していた。狼に囲まれた羊のように

 これは比喩でも何でもない。事実この広場に続く道は全て羊たちに塞がれていた。

 つまり誘い込まれていたのだ。

 この広場にいる哀れな羊たちの運命は、後ろの獰猛な怪物の表情の通りだろう。

 羊たちはその意志を隠そうともせず血走った目で睨み、鋭い牙を覗かせよだれを垂らしていた。

「まんまと柵に囲い込まれるとは…お前らは家畜と変わらんな」

 と声がして俺たちの来た道を塞いでいた羊の群れが脇へそれ、中央に開いた道から一頭の羊とそれに跨がった少年が現れた。どうやらこの少年が羊の群れを率いているらしい。

 少年は真っ白く分厚いマントの姿で、羊のウールのようなもさもさした天然パーマ、眼鏡の奥には高慢さが映っていた。

 その視線が俺と会う。俺は身構えたが、彼は一層眼を細めて見下す。

 心の中でマント被りしてしまったなぁ、とか、思って少しだけ悔しい気持ちになった。

「わからんのか。『柵に囲い込まれる』と『策に誘い込まれる』を掛けた高等なジョークだ。そんなことも解するユーモアがないとは…ほんっとおまえら家畜以下だな」

 すると怯えながらその少年に注目を集める中をかき分けて村長が、

栗瓦くりがわら、お前何様だ!」

 と言った。

 俺は村長に定規をかざす。

「貴様ごときスカタンがどうゆう了見だ。住民に危害を加えてこんなことが許されると思っているのか!」

 村長は顔を真っ赤にしながら、しかし厳格な雰囲気を漂わせながらどなり散らす。


 虚勢だ。本当は怖がってるくせにこの栗瓦という少年に対してだけは腸が煮えくりかえっている。

「そうだそうだ!町で一番アホでチビでウソつきの人間で最も低劣極まりないお前が、羊を使って俺たちに何をしようって言うんだい」


 今まで蔑まれていた奴の反逆、と言ったところなのか。状況が全然つかめないどころか、さっきまではただの平凡な街だと思っていたのだが……見方を改めた方がいいかもしれないな。

 今まで侮っていた奴が調子に乗っていることに対する優劣か。だからこの村長はプライドから強く言ったのだ。

 恐怖しているはずなのに、幾人かの住民も村長に便乗して挑発して怒りをぶつけている。

 しかしこの状況だぞ! どんな上下関係だったか知らないが挑発は危険だ。

 少年は虚勢を張る大人達を嘲るように一瞥した後、息を吸い込み

「黙れ、この…家畜共が!!!」

 この世の終わりとばかりの声を出す。栗瓦の気迫に押され、大人達は静まりかえる。

 羊もその様をメェーメェー嗤う。

「この家畜共、よくも僕のことさんざんバカにしてくれたよな。羊を横領したとかホラ吹いて、貶めやがって。そのくせ商人や顧客にへつらって、本当は明日のメシのことしか考えていない家畜同然の連中がよぉ!」

 完全に激情している栗瓦を横目に壁に定規を当てて広場、シニャラマの町全体の構造を把握する。

 この包囲されている中で逃げ道がないか捜すためだ。


 こんな住民同士のいざこざに巻き込まれても、何もいいことはない。


 どうやら羊が囲んでいるのはこの広場だけのようだ。

 民家に隠れている人間が半数、この広場に集められているのが残り半分の住民と言うことになる。そして民家に隠れていた者で今まさに町の外へ逃げ出している者は少ない。


「今日僕はそんな家畜共に自分の身のほどをわきまえさせに来てやった」


 だが建物に隠れるという発想はアリだ。羊の図体じゃ侵入出来そうにないからな。仮に侵入出来たとしても入り組んだ屋内構造が凶悪な突進を封じてくれる。


「お前のことだ。榊村さかきむら町長」


 だから探せ。この広場に面している建物でどこか開いていそうな扉を…


「そしてこの町の家畜共全員同罪だ!」


 マズイぞ、話の流れ的に!

 俺は必死で扉の構造に意識を集中させる。だが時間がない…!


「ちょっと待ってよ。あなた達とは関係ない人もいるのよ!」

 絵鈴が話に割り込む。俺の行動を察して時間稼ぎをする気なのだ。

「仲良くジンギスカンにされろ」

 その一声で冷たく切り捨てられる。眼鏡の奥に覗く瞳は、まるで南極のように冷え切っていた。栗瓦は手を振り下ろし、羊に号令を掛けた。

 それと同時に羊は一斉にメェーと力の抜けたような雄叫びを上げて群衆めがけて突進する。地面が唸りを上げる。

 時同じくして俺は14m先に錠のかかっていない扉を見つける。

「こっちだ!」

 俺は絵鈴に逃げ道を指さして猛ダッシュする。

 群衆もあちこちに逃げ惑いパニックに陥る。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で人混みをかき分けて町役場の看板の下がった建物まで全力で走る。

 羊の大半は人の塊をさらに中央に追い立てるように突進していたため、広場の縁を走る俺たちには二頭付いてくるだけだった。

 扉まであと5mのところで榊村と名指しされてた町長が建物に入っていくのが見えた。

 そして扉の隣についている窓越しに榊村町長が扉に閂するのが見えた。

 たどり着いた時には遅かった。ドアノブを捻っても開かない。ドンドン叩いても中から反応がない。


 町長め……!

 自分第一かよ……!

 心の中で毒づいている間にも、二頭の羊が7mの距離まで迫っている。

「もう、ダメなのか……」

 俺は扉の前で呆然と言う。

 万事休してしまった。諦めて羊に潰されるのを待つだけなのか……。

「ううん、そんなことない」

 絵鈴が俺をむき直させる。

「見るんでしょ。青空を」

 ああ、そうだった…

 朱に染まったこの空に辟易していたから、いつかきれいな青空を見ようと思ったから。

 そんなことを思い出すと、思考がクリアになった。現状に立ち向かう勇気がわいてきたのだ。


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