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第七話 つわものどもが 夢のあと

 第七話


 体を進行方向へ向けながら閉じていた眼を開く。

 一本道と林のせいで風景が止まってるように見えるが、空気から感じる。

 地面と平行に落下しているのだ。

 地面に対して重さを感じない。今まで感じてきた感性全てをひっくり返されるような衝撃だ。

 滝に流れる水ってこんな感じなんだろうな。とか思考があらぬ方向へ飛んだが、すぐに恐怖に制御される。

 理屈的には安全設計であることは分かるのだが、勢い衝突してトマトケチャップになる映像しか頭に浮かばない。

 だめだ、歯ががたがた鳴ってきた。

 時速どれぐらいか分からないが、もの凄い勢いで加速するのを感じる。怖すぎる!

 強風がビュービュー吹く。その肌触りはナイフを全身に突きつけたように鋭く冷たくて、ますます俺の恐怖心を助長する。

 高い・・

 本能的に俺はそう感じた。

 30キロと言う距離は、想像しているよりも遥かに遠かった。

 震えている俺を慰めるかのように、絵鈴の柔らかい手が俺の背中に触れる。

「そんなに震えないで……落ち着いて」

 絵鈴はいつも見せないような、優しい顔で俺にそう言った。心なしか、少しだけ怯えているようで、しかし楽しそうだった。

 これから旅する未来に、夢を抱いているような。

 そんな子供のような無邪気な顔を、絵鈴の顔に俺は見た。


「……ああ」

 俺は頷く。鋭く冷たかったナイフのように突き刺さる風は、気付けば当たり前のようなものになっていて、服が靡く音と風を切る音が心地よく感じられるまでになった。

 俺は、ものすごい速度で過ぎ去ってゆく地面の一瞬を蹴り、高さ5メートル位のところまで飛びあがった。

 それを見てか、絵鈴も俺に続く。

 俺は、そこから見える林より高い位置での光景に圧倒された。

「……広い」

 ただ、そんな言葉が、口から出た気がした。


 俺の動いている速度は、気がつけば一定になっていて、どこかで不思議な力でも働いたのか、等加速度的な速度変化はいつしか止まっていた。

 そして、やがて――。


「重力塔よ!」

 絵鈴が叫んだ。

 俺は、目が乾くと言う理由で閉じていたその瞳を開けて、ぼんやりとした視界の中にその黒柱の存在を確認する。

 その黒柱は、一本見えているだけだったが、近づくにつれ、三本、そして四本と見えてきた。その位置関係で、町の大きさが大体わかる。


 隣にあると言われている町、『シニャラマ』についての情報は、俺はほとんど知らない。基本的に、どの町も自給自足をコンセプトに、排他的な生活をしている。

 この町は、大体俺達の町と同じくらいの大きさみたいだな……。


 そんなことを思考している間に、気がつけば俺の目の前には物質不明の黒柱がそびえ立っていた。

 俺は、吸い込まれる。



「着いたねー」

 絵鈴のお気楽な声が、ガンガンと脳内に響き渡る。脳味噌が鈴の中身の様に大きく揺れているようだ。

 足元がおぼつかないという訳でもない。気分がすぐれないと言う訳でもなく、ただただ重力変換の際の副作用に俺はかかってしまっただけのことらしい。

 シニャラマの町長曰く、「三半規管がよわいね、君」と言うことらしい。

 昔は、ただお互いの手を握り合って離さないようにしながらぐるぐる回転するだけの遊びを数十回も繰り返していたって言うのに……年なのかな。


 町の光景は、自分達の町と瓜二つ、というか、殆ど変わらないような民家が軒を連ねていた。こんなものを見せられては、ホームシックな気持ちも起きる前に潰れてしまう。

「何も変わらないな……」

 俺が何となくそう言うと、

「うう……来ちゃったぁ……帰りたい」

 震えた声で少しだけ涙ぐむ絵鈴がいた。

 いたよ、ホームシックになってる奴。っていうか、早すぎだろ。


 どうにしかして絵鈴のやる気を出させて、俺達はとりあえず目的だけ達成しておくことにする。

 この町に来た目的は、資材集めだ。これから旅立つ、長い長い情報集めの旅に向けて、そのためにまずは旅に出る準備をしなければならなかった。

 だが、うちの村には、そういう資材があまりない。だから、隣の村であるシニャラマに来た、と言うのがここまでのあらすじ。

 では、ここならそんな道具があるのか、という話になるが、残念なことに、ほとんどの村が閉鎖しつつあり、外交の門戸を開いているのはごく一部の村――というか町のみだ。

 なので、どうするかを考えた絵鈴は、常に移動し続けている商人の中継地点に目を付けた。

 それが、このシニャラマという町だった。


 民家と畑を交互にならべた様な地区から、ある程度大きめな家が立ち並ぶ区画に入ったところで、この村一番の賑わいを見せている建物を発見した。『商人立寄り所』という看板がつるされていて、日中からお酒が販売されていて、顔を赤くした良い歳したおっさん達が愉快に飲んでいる。

 とても明るく賑わっているはずなのだが、どこか辛気くさい雰囲気だと感じた。

 その中で慌てふためいているこのお店の売り子さんだと思われる人に話しかけてみた。絵鈴が。俺はこの雰囲気を前にして足がすくんでいたところを、絵鈴は堂々と入って行くあたり、俺よりも男らしい。

 そして、そんな忙しそうにしている売り子さんに話しかけに行けるあたり絵鈴だなと改めて思う。

 俺はそんな絵鈴の後ろを着いて行くことに申し訳なさを感じながら、その売り子さんを推し測るべく定規を手にする。

「なんかこの町に生活必需品とか売っているところありませんかね」

 絵鈴は明らかにここしかないとわかっていながらも、敢えて知らないふりをして聞いている。遠まわしに、そういうものを売ってくれと言っているのがわかる。

「あ、それならこんなちゃちな中継地点ではなくて、後二つ、村を越えたところにある大きな町がいいと思いますよ」

 と、売り子さんは明るい笑顔で淀みなく言う。

(こんな辺鄙な村で探してるなんて、相当切羽詰まった商人さんなのかな?)

 俺は何となくだが、直感的に感じ取った。

 この人は、天然なのかもしれない、と。


 その後、なんとか粘って野宿用のテントを頂いた。お金はいいんです、となにか善意でくれたのだが、途中からその思考が傾倒(主に貧乏商人だと言う風に)し始めたので、心を覗くのをやめた。

 誤解を解きたい気持ちが半分、解けないんだろうなと思う気持ちが半分、経験則がそう言っていた。

 それ以外にも、ある程度の食糧とか、色々必要なものを買って、俺は何やら殆ど家から持ってきていたが、生憎絵鈴が準備していなかったらしく、色々と買いそろえて、次に商人たちに訊きこみを行った。

 この定規があると取り繕っている外面だけでなく、内面も覗けるので100%近い訊き込みが出来る反面、人に向かって定規をかざすという行為を不審がられる。

 そこで俺は「何故定規をかざすのか?」と聞かれたら、「貴方との距離を測りたくて」と答えればいいわけだ。ちゃんと筋の通った口実だ。完璧だ。

 ついぞ行為を言及されることはなく、この口実も使うことはなかった。

 決して不審に思われなかったわけではない。むしろ白い目で見られていた。心情を推し測っているとよく分かる。ちょっとした不快感や哀れみ、軽蔑すらあるくらいだった。

 だがそこは商人、心に思ったことをおくびにも出さず、ハリボテみたいな笑顔を向けて丁寧に受け答えするのだった。

 なんだろう…人間不信になりそうだよ……

 確かに訊き込みの甲斐はあった。彼らは決まってある噂の話をした。

 というのも最近この町では夜な夜な人が狼に喰い殺され、その食い散らかされた肉片の死臭によって人々は目を覚ますのだとか…

「だからこの町には鶏が必要無いんだそうだ」「まあ、そんな話はあり得ませんがな」

 と笑い飛ばしてオチを付ける。

 そう言う時決まって彼らの心の中では漠然とした不安が渦巻いていた。

 それからこんな話もあった

 この町のはずれの方にある牧場の羊たちが羊飼いの少年もろともある日姿を消して、そしてちょっとした頃にこの噂が広がったのだそうだ。

 何でも羊飼い少年は出自から差別を受けており、過去に羊を横領した事があって町の人々から除け者にされていたそうだ。

 その手のトピックを収集したところで、昼メシでも食って、その後また少し訊き込みを続けよう。

 と思っていた矢先、その大群が現れた。


「逃げたぞー!!」

 野太い男の声が遠くから聞こえる。

 その声に敏感反応した商人たちが、瞬時に臨戦態勢に入った。商人という職業上、それは性なのかもしれない。皆が皆、手に持っていたお酒を机の上に置き、脇差に手を添える。

 そして、それは俺も一緒だった。

「なんか、一斉に同じ動きをしてどちらかというとそっちの方がビックリしたわ」

 絵鈴がその光景を観た感想を漏らした。

「それは、俺も同感だ」

 定規を手にしながら、俺も呟く。

(なんだ……?)

(商品は大丈夫だろうか……)

(商品に害はないだろうか)

(何事もなければいいが)

 そんな声が輪唱するかのように俺の心に聞こえる。商人という生き物は、常に頭が商品のことでいっぱいだと言う事がわかった。

「サッキーも同じ動きをしてたわよ」

「え!?」

 俺は、その手に持っている定規を条件反射で掴んでいたことを再確認して、絵鈴の方に向き直る。何だろう、俺もこの2日ぐらいでもうこの定規が手になじんでいるのだろうか。

 絵鈴も絵鈴で、その手には羽ペンが握られていて、もしかしたら人類はそういう生き物なのかもしれない、と思い始めた。

 ちなみに、売り子さんは伝票を握りしめていた。


 俺がもう一度、声がした方向に向き直ると、大量の――量にしておよそ1tは優に超すのではないかと思えるくらいの――粉塵を巻き上げて迫ってくるもこもこ・・・・がいた。

 もこもこっていうか、白い毛皮の塊。普通に言ってしまえば、羊が、こちらに向かって、その死力を尽くさんとばかりに、横に列をなして、猛烈な勢いで迫ってきた。


 ドドドドドという轟音が遠くから響き渡ってくる最中、異常事態過ぎて何も言葉を発せておらず、水を打ったようにシンと静まり返った店内で、

「何だよこれ!!!」

 と、叫んでしまった。

 そこから先は、阿鼻叫喚の連鎖の如く、悲鳴が続くと思いきや、流石商人達、テキパキと荷物をまとめて羊の進路からばらばらに逃げようとする。しかも、同じ方向に固まらずに、みな違う方向へ。

 二年後にまた会おうとか言いそうなレベルの団結力を持ちながら撤退して行く商人を見詰めていた俺の首筋ローブを絵鈴が掴み、

「何ぼうっとしてるの! 逃げるよ!」

 と言って、グッと力を入れて後ろに引っ張られた。


 そして、俺達がさっきまで買い物していたところは、商人たちが楽しくお酒を飲んでいたところは、羊の軍団によって滅茶苦茶にされてしまった。


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