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第六話 重力塔

 第六話


 俺は目の前にそびえる高さ21.3m、縦横の幅が4.5mの正方形で、解析不能な素材で出来た漆黒の柱を見つめる。

 その先は空の朱に沈み込むように続いているのだろう。

 だが首の上げられる角度ではてっぺんまで見えないくらい高い。

 なぜなら直下で物差しを当てているからだ。

 重力塔……村の四隅に設置されたこの漆黒の奇妙な形をした立体は、「各都市間の迅速なコミュニケーション手段」として「国家」が導入した装置で、大都市から小さな村まで徹底して配備されているそうだ。

 出発地点の塔と目的地の塔との間で重力を発生させ、その重力に吸い込まれるようにして目的地まで高速移動するというシロモノだ。

 だがそれ以上のことは何も知らない。どういう原理で成り立っているのかとか誰も理解していない。

 ただ例外としてその操作ができるのは各市町村に一人派遣された国家公務員だけだった。

 そして彼らが村長とか呼ばれてたりするわけだ。

「フォッフォッフォ、ぬしらこの先にあるシニャラマの町まで行きたいのじゃな」

 そしてこの町「ロッフォ」の村長が自身の口髭と顎鬚が一体となったものをいじりながら言う。

 髭はノリでもつけたかのように、固まって白く艶ついている。

「はい。そこで私達のこれからの旅に必要な装備を調えます」

 絵鈴がテキパキ答える。

「ふむ、しかしぬしらのことは村の住民だからよく知っとるが、『朱い空の秘密に迫りたい』なんてメルヘンチックな目的のために旅立つのか?」

 村長は髭で覆い隠された唇の代わりに口元の髭を動かす。

「ええ、私の専攻は空学でするから」

「本当にそれだけかのぉ?峯先君はそうじゃとして、隣の彼は違う。どうじゃろう、他の動機を隠しとりゃせんじゃろな」

 村長の細く見開いた眼が鋭く光る。適当に取り繕おうとしたが言葉が出ない。

 違う。定規で心を覗けば、何を疑ってるか分かるじゃないか。

 と定規をかざした矢先、

「まあ、よいじゃろ。ぬしらが幼馴染みで、無害じゃと知っとるからの。フォッフォ」

 と村長は頬の深いしわを引っ張ってにっこりしてみせる。そして心の声も同時に聞こえる。

(これは、カップルのデートじゃの。初々しい限りじゃ)

 とっさに「カップルとか冗談じゃない!」と言い出しそうになったが抑えた。

 誤解を解いて時間を喰うのも癪だしな。

「よろしい!ではぬしらの通行を認めよう」

「感謝します。村長さん」

 俺と絵鈴は声を揃える。

「では通行証を出すがよい。スタンプを押そう」

 俺たちは通行証を取り出す。最初のページを開いて2.5cmの正方形が横3個縦6個並んだところを見せる。

 村長は自分の名前と町の名前の入ったスタンプを一番左上に押した。

 格子で区切られた白紙の端に紅い朱印が一個付け加えられる。


 もちろん俺たちはまだ重力塔を使ってどこにも行ったことがない。

 どころか町のほとんどの人々が町を出たことがないのだ。一部商人が出入りするだけで、旅人なんかも極希。そもそも町と町との間でそこまで交流がないのだ。

 必然的に行商以外にこの塔を利用する機会は無きに等しい。

 税金の無駄遣いだと言われてたりするくらいだ。

 村長は、塔が町を向いている方の面の麓にちんまり佇む機械仕掛けの何かを操作する。

 その間にシニャラマへの道を垣間見る。

 道は果てしなく続く一本道で30kmある。

 そして道を縦に二分するような赤線が引かれていた。ここを通って行けと言う事なのだろう。舗装された道の両脇には林が続いている。この道を30kmも歩くのはさぞ退屈だろう。

 ついでに絵鈴を見やる。

 地図を確認している彼女の服装は目立たない黄色の大きなリュックサックにグレーのジーンズ、涼しそうな白と薄緑のボーダーシャツといった出で立ちである。

 かくいう俺も普段着である。

 フィールドグレーのカーゴパンツ、明るい水玉のポロシャツ

 そして何より藍色の野暮ったいローブ。夏に近づきつつある春にどうかとは思うが、例年より気温が低いし、なによりこれは俺のお気に入りだ。

 旅は常に備えてあるべきだ。

 とはいうが俺の背負っているリュックの内容は、出発を急かされたせいで万端ではない。

 雨具、替えの衣類、筆箱に手帳、カンテラ、のど飴、トランプ、歯ブラシ、湿布、そして両親が焼いてくれたビスケット…まあ割と準備している方なのか?

 作業を終えた村長が、

「ようし、出来たぞ。ぬしら」

 と言った。

 すると反対側の面、つまり町の外の方角を向く面が光り出す。

 それに続く同じ景色の続く一本道の、塔の直線上に位置する草木が、暴風雨かなにかから逃げ出すように、シニャラマの町の方角へと傾く。

 まるで自然が行く先を指さして、俺たちを旅へと誘っているかのようだ。

「フォッフォ、便利な装置じゃろう。道が舗装された直線でなければならんことに目を瞑ればな」

 ああ、やっぱりこれ税金の無駄じゃないですか。と心で呟く。

「さ、臆せず飛び込むのじゃ」

「飛び込むって…この中に!?」

 大体見当が付いてたとはいえ、ないと思いたかった。

「誰でも初めは緊張するものじゃが、案外面白いぞ。フォッフォッフォッフォ」

 一見、道端の草が傾いているだけで、静かで何か起ころうという気配がしないが、草の向きで分かる境目ギリギリから一歩も踏み出せない。

 目を閉じて無心になればと思ったが、だめだった。

 小学生の時、よく友達と川を泳いだのを思い出す。

 川に行くたびに「崖」と小学生の目に映った小高い丘からダイブするのだが、どうも俺だけ飛び込む勇気が出なかった。

 あの時と全く同じだ。飛び出せない。

 それですでに飛び降りたみんなの罵声がひびいてたっけな。

 奈落から亡者どもが魂を引きずり込もうとしているように映っていたもんだ。それで結局どうなるかっていうと、俺の後ろにいた絵鈴が、

「えいっ」

 って俺の背中を――そうそうまさにこんな感じに押し出して………ってええええ!?

 次の瞬間俺は飲み込まれる。


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