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第四話 言動は慎重に

 第四話


「ところで、その羽ペンは一体何ができるんだ?」

 俺は、峯先のポケットに入っているであろう羽ペンを思い出しながら言う。たしか、峯先の頭上に降ってきたとか何とか。

 申し訳ない気がして、俺は定規を置きながら尋ねた。


 定規を置く挙動に絵鈴は満足したのか、羽ペンをポケットから取り出して、定規の隣に並べて、二つを見比べるようにして置いた。

 筈だったが。


「お、おい、絵鈴……」

「いや、私は何もわからないわよ……」

 二人してそこで起きた現象に声を漏らした。


 羽ペンの先端――ペン先は、何故だか黒く染まっていて、驚くべきことにそこからはインクが染みだしていて、その軌跡にはしっかりとした黒いインクで線が描かれていた。

 空中に。


 絵鈴のポケットからビーチにありそうなテーブルまで、峯先がペンを取り出してから置くまでの三次元上の空間に、黒い何かが引かれた。引かれた、と言うよりかは……浮いている。

 なんだこれ……黒い。

 興味半分恐怖半分でそれにそろりと触ってみる。


 なにやら不思議な感覚だ……。

 三次元上の線と言うただ単純なものなのに、たしかになにか温かみを感じる。

 三次元に線と言う二次元の物質が出てきていることが、そもそも不思議でしかないのだけれど。

 半径0,2ミリくらいの長細いひものような、しかし紐ほど柔軟性はなく、寧ろ硬い黒いコンクリートのようなものが、ペン先から伸びている。


「もしかして……」

 俺は言う。

「絵鈴、お前のポケットの方がカオスなんじゃないか?」


 次の瞬間、絵鈴がテーブルに置いてあった羽ペンを正しい持ち方で俺の目の前に0フレームで持ってきたことは、きっといつまでたっても忘れないだろう。



 網膜の数ミリ先に、不思議な無機質な何かが浮くでもなく、ただただ静止している。その光景は、実にシュールと言わざるを得ない。

 そして、少しだけピントをずらして奥の峯先と目が合うと、その瞳には闘志と、それから殺意が籠っていた。


「あ……ごめんなさい」

「よろしい」

 俺は恐怖のあまり反射的に出てきた謝罪の言葉をついうっかり口に出す。

 すぐに暴力に訴えるのはどうかと思うんだけどなー。


 峯先は、ふっ、と何やら男勝りな、というか、薄ら笑い(勝者の笑み)を浮かべて、こちらを見る。

 羽ペンを俺の目の前から引くときは、何故だかインクは止まっていた。

 滴り落ちる事も無く、羽ペンの先端は既に白く、そのまま俺の定規と並べるように置く。


 というか、このインクは動いてくれないんですね。

 俺は瞳の前のインクが完全に静止していることを確認して、椅子の位置をずらし、インクを避けるようにして座りなおす。


「絵鈴の拾った羽ペンも確かに不思議と驚きが満載なんだけど、どうも定規と比べてインパクトが足りないな」

 改まって、それから正直な感想を述べる。絵鈴には分からないだろうが、実際体感した俺にとって空間の立体構造、物体の構成、そして人間の心情までもが一瞬に推し量れる定規の方が圧巻であった。

「空間アートが描ける」

 ムッとして絵鈴が言う。

 たしかに、俺のは測れる、あるいは図れる、量れるだけなのだけれど。

「もちろんこれだけじゃないと思う。例えばこの羽の部分とか、なんかギミックがありそうじゃん」

「鼻をくすぐったらクシャミが出るとか?」

 冗談半分に言ってみる。だが絵鈴に冗談は通じなかったみたいだ。ペンをくるり180度回し、後ろに付いたふさふさの白い羽を俺の顔に近づけてくる。

「ちょっ、タンマタンマ!」

 手のひらをかざして抑止する。

「猫じゃらしじゃないんだぞ。俺で試すな。何が起こるか分からんだろうが」

 そしてテーブルに出てる銅貨を指さす。

「まずは適当なものでやれ」

 絵鈴は明らかに怪訝な顔をした。

 よほど俺のポケットの中にはいっているものが信用ならんらしい。

「.からかってるのは分かってるよ、絵鈴。だけどズボンは一昨日洗濯したばかりの新品、手は20分前に洗ったばっかりだ。汚くないってば」

 人間小さなことであれ、相手が親しい者であれ、言葉の中に少量の虚偽は含めるものだ。今の会話もまた然り。何が嘘かは言わないあたり俺らしさがにじみ出ている。

「いやはや何とも、サッキーのことだから嘘を3割混ぜてるだろうとは思うけど、大丈夫。私はサッキーを不潔な人間じゃないって信じてるよ」

 流石は幼馴染み、見抜いてやがる…。

 コイツなら定規なしでも俺の心理を読めるんじゃないか。

 ああ、だがどうかその目はやめて欲しい。

 その生暖かい微笑みを浮かべるような歪曲した目で、俺を見つめないでくれ。

 俺は絵鈴の侮蔑を若干含んだ笑みから、視線を逃す。

 ふと、さっきまで線香の煙のようにあったインクがどういう事か消えていた。

 絵鈴も俺の視線から察したらしく、驚いている。

「なあ、空間に静止していたインク…どうやって消したんだ」

「わからない。心当たりがあるとしたら……いや、全くないわね。というか、視界から消えてたし、サッキ―に心を読まれたショックでそれどころじゃないわ。だから、ここから考えられるとすれば、私の視界の外に追いやれば消えるのかもしれないわね」

 また訳のわからないことを言うなと思った。

 だが絵鈴は考え込んだ上で真剣にモノを言うタイプだ。

「このインクは私の視界から消えて私が存在を忘れると、自ら消えてしまう。」

 それはつまり、絵鈴の意識から外れると消えると言う事なのだろうか。

 事実、俺はインクを避けるようにして座り直し、絵鈴もそっちに視線を移した。

 つまり宙に浮かぶインクは絵鈴の視界からドロップアウトしていた。

「ふーん、まあとりあえずそこの銅貨をさ。羽で軽く触れてみてくれよ。」

 大袈裟だが敢えて興味を失ったように振る舞う。

 なぜなら絵鈴は一度深く考え込んだことには、とことん疑問を持ち、俺に理解できない専門用語を独り言のように呟き、自問自答を繰り返すなんて悪い癖があるからだ。

 きっとこいつなら一人前の科学者になれると思う。いや、科学者には変人が多いんだろうな、とかそんな偏見じゃなくて。

 絵鈴自身もそれは自覚しているようだ。

 まだ釈然としない疑問の塊を心に押しとどめ渋々と、銅93.4%で出来てる堅い銅貨にふわりとした羽で優しくくすぐる。

 すると、

「なんと言うことでしょう!」

 俺はつい言葉にしてしまった。ビフォーからアフターへと、大きな違いが見られた。輝度を変えるだけでは誤魔化されようにもない、大きな違いが。

 重量11.5gの銅貨が10cmほど浮かんだではありませんか。

 だが絵鈴は、

「ふむ、予想できたこととはいえ、興味深い」

 と冷静に分析している。

「予想できてたのか。すげーな」

「予想なんてたいそうなものじゃないよ。この銅貨が弾けて、サッキーの顔に『ストライークッ!』とかなればいいなってね」

 絵鈴安定の言葉によるドッジボールだ。っていうか、予想してないし、当たるどころか掠ってすらねぇよ。

「なあ俺、毎回そのどす黒い心を定規で監視してなきゃダメなの?」

「真っ黒すぎて心を見通せなかったりしてね」

「自分で言うか!」

 と談笑しているとコツンと音がした。

 見れば先ほどまで浮かんでいた銅貨がテーブルに空いた穴からタイルの床と衝突したようだ。

「これも視界から外れると元に戻るんだな」

 俺はそれを拾い上げてポケットにしまいながら言った。

「うん、でもまだまだ検証したりない部分はある。どれくらいの重さまで、どのくらいの高さまで浮かせられるか」

「あのインクにしたって…」

 ああ、考え込んでる。話が長くなりそうだ。

「まあ、家でも旅先でもじっくりやるよ」

 しかし、絵鈴は意外にもあっさりと片付けてしまった。

 気になったことはじっくり取り組むタイプだったはずだが、気にならなかったのか。

 そして、女の子らしい小さな手の中で懐中時計をぱかりと開いて

「おっと、もうこんな時間だ。今日の晩ご飯は何かな……無性に小籠包が食べたいなぁ」

 そう言って、俺の方をちらりとうかがい見て、

「ジューシーな肉汁をすすって、ホクホクの中身を箸でほぐして3口で食べるんだぁ」

 と立て続けに言う。しかも、凄い幸せそうな顔で。食べてもいないのに。想像だけで食べた気になれるほど絵鈴の舌は鍛えられているのかと疑ってしまうくらいだ。

 絵鈴が唐突になにを言い出したのか、俺にはよくわからなかったが、しかしこういうことは割とよくあることだ。これも科学者気質の片鱗なのだろうか。

 こういうとき敢えて何も口を挟まない。絵鈴の饒舌に身を任せる。

「口の中の火傷ってなりやすいけど治りやすいんだよね」

 なぜなら彼女の言葉の連撃とも言える脈絡のない言葉を次々と紡いでゆく癖は、本当に伝えたい事を言うときの、その勢いを付けるための足踏みに過ぎない。

「ホウセンカの花言葉は『私に近寄らないで』なんだよ。知ってた?」

「ホウセンカと言えば、あの朱い花の色、この空と同じ色、もっと知って青く染めたいなぁ」

 話がコロコロ変わる。しかし、ここでキーワードが登場した。来た!次に要点を言うぞ。

「それでなんだけどさ。こんな不思議道具を手に入れた契機にさ。一緒に青い空を取り戻す旅にでない?」

 空がキーワードとは思ったが、こんな話の展開は予想外だった。

 っていうか、いつも思うけど、回りくどいよね、その話の回し方。

「何言い出すかと思ったら、また訳わからんことを……」

「サッキーだってそうでしょ」

 彼女は語調を強くする。瞳も真剣に語っていた。

 定規をかざして、どう思っているのかもっと知りたいと思った。真意は知っているけれど。しかし定規は握らない。心は読まない。

 いきなり荒唐無稽に絵鈴は何を言い出したのか、そんな気持ちでいっぱいいっぱいになる。

 とりあえず、そんな疑問はぐっと飲み込み、優しく絵鈴の話に耳を傾けるも、何故俺に同行を求めるのか……幼馴染みだからか? 同じく道具を拾った者同士だからか? とか、そんな疑問がやまない。


 さっきの、「私は、いつかこの朱色に染まった空を取り返しに行ってみたいと思っているんだ」って言うのは、伏線だったか。

 絵鈴のいつかは、『今』だった。彼女の目が、本気だと、そう語っている。

 それに、俺を誘ったということは、つまり絵鈴が俺を同志――つまり、同じ志を持つものだと、思っていてくれてたんだ。

 普段俺は表に出していないが、いつも青い空を求めていた。それこそ、夢の中で見るくらいに、補修夢で見るくらいには。それを気づいてくれていた。

 それならば。そう思って、俺は考えることなく、即座に言葉が出た。

「ああ、たしかに俺もお前と同じ志を持っているよ」

 きっぱりと答える。彼女は一瞬嬉しそうにした。

「だが今夜だけは待ってくれ。やるべき事があるんだ」

 俺にも道具を手に入れた契機にやるべき事が見つかった。

 俺はこの定規で、俺の両親から秘密を暴き出す。

 そう、人の心が読めるのなら、もしかして――。


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