第二話 空の贈り物
第二話
今朝拾ったこの物体は丈夫な構造で半透明になっている素材不明の定規。
だがごく自然な定規だ。
峯先の奴もそう言う。
峯先というのは俺の幼馴染みであり、大学の同僚であり、友人…かどうかは判断しがたいがとりあえずそういう関係で、家が近いこともあって平日も休日ももっぱらコイツと良く行動する。
校内の図書室で資料を黙読する彼女に、本日の話題にこの体験談を挙げてみた。
「突飛な上に面白くないんでリアクションに困る」とか「あまり人をからかうもんじゃない」みたいな答えを期待していたが、
「それなら今朝私も拾ったよ?」
と言って彼女は筆箱から何かを取り出す。
「空から降ってきた光る物体……間違いない」
彼女が俺に見せたのは羽ペンだった。
俺は驚きで唖然とした。だがそれも束の間、いつの間にか堪えきれないほどくすぐったい何かを感じた。
「にしても羽ペンって…なんだそりゃ」
笑いを殺しながら笑う。
「そっちこそ定規とか…しかも15cm」
向こうも同様にして笑う。
お互いに可笑しくてならなかったのだ。
ようやく収まったところで峯先は神妙な面持ちとなる。
「だけど私達二人同じ日に同じく空から舞い降りる光を見ていたのね」
唐突に峯先が妙なことを口走る。
「いきなり何を言い出す。」
「こうして二人して持っているのよ。サッキーはこれに運命を感じない? やはり私達には…」
「待て。そういうノリに巻き込むな」
「どうしたの、サッキ―。今日ノリわるいよね」
「いや、こんな非常事態の時にそんな冗談に付き合えるほど俺の心は広大じゃない」
ちなみに、サッキ―と言うのは俺のあだ名だ。奈佐木から取っているらしい。
俺達は、図書室でこそこそ話しているだけのつもりだったが、それでも周りからの視線がそろそろ俺の体内を貫通して焼き切ってしまいそうなので、二人揃ってこそこそと図書室を出てゆく。その際に、絵鈴は読みかけの本を司書を介して借りていくことを忘れない。
その辺りが峯先の抜け目のなさを表している。
図書館を出ると、ある程度の広さがある空間に、砂浜に置いてありそうなテーブルとイスが結構乱雑に置いてあるスペースがあるので、適当に座って話を続ける。
太陽光という自然の光を最大限利用して白い壁やガラスを効果的に配置しているため、日が暮れない限りはとても明るいので、生徒たちに人気のスペースだ。
ただし、机がビーチに置いてあるようなものなので、水で洗い流せるようにするため、ところどころ穴が意図的に開けられているため、勉強しようという人には向かないので、基本的に閑散としているというところまではいかないが、ある程度のざわめきを常に保っている。
「で、結局その定規は何なの? しかも、15センチ定規って……なんでそんな筆箱に入りやすそうなサイズにしちゃったの? せめて30センチくらいにすればよかったのに」
「そんなこと俺に聞かれてもなぁ……」
ただ単に、降ってきた流星を、まるで運命に導かれるがごとく取ったらこのサイズだったと言うだけだ。
そのことをそのまま話したら、絵鈴は、
「じゃあサッキ―の運命がそのサイズだったってことじゃないの?」
嘲笑を込めてそう言った。
いや、もう何も言えないよ……。
「で、何の本を読んでたんだ?」
さっき、絵鈴に話しかけた時、絵鈴は読みかけていた何やら赤い背表紙の本をぱたんと閉じて、俺の方に振り向いたのだった。
「ああ、これね。私が空学を専攻しているのは知っているでしょう? それに関する本よ」
そう言って、絵鈴は俺に向かって『空学~空が朱色に染まった理由~』という、参考書と言うよりかはどちらかと言うと新書よりの本を見せてきた。
「へぇ……」
聞いたはいいものの、俺は空学に関しての知識はほとんど無いに乏しい。
空学が、この世界の空が朱色に染まった原因を解き明かすための学問だということくらいは知っているが。
「私さ、この本を読んでいて思ったんだけれど、こういう本を書いた人たちってさ、やっぱり色々な研究の上で、実際にどれが本当の原因なのか、突き止めに行くわけじゃない」
「いや、知らないけどさ……」
「だから、私もいつかそういう風になってみたいな、って。あわよくば、私自身の力で、この朱色に染まった空を、もとの青い色に戻してみたいなって、思うんだ。そう、この血の色みたいな空をね」
「なんで言いなおしたんだよ。完全に蛇足だよそれ」
そう、青い空。
俺が恋慕の情を抱くようになるまでに夢見たその空は、俺だけでなく峯先も夢見ている。
俺は学力的な関係でその道に進むことは憚られたが、峯先は違った。
持ち前の記憶力と要領の良さである程度のところまでは地の力で登りつめ、そこからは努力だけで彼女はそれを研究するに至った。
「でも、空が今更青かっただなんて言われても、もう信じることができないわね……」
「そうだな。俺達が子供の頃の話だから、もう覚えている奴のほうが少ないくらいかもしれない」
それこそ、俺のように毎日夢でその日の事を夢見るとか、あるいは峯先のように、青き空を夢見る変人に洗脳されるなりしないと、もう忘れてしまいそうだ。
なにせ、子供のころとはいえ、まだ2歳だ。記憶がおぼろげ、というレベルではない。ない、と言っても差し支えない。
「なるほど確かに空が青いのが当たり前ならば、朱いのも当たり前。自然界の理の変化で人の営みに何ら影響は出ないからな」
「たしかに、困ったことは何も無いし、それまであったっていう、自然光と同じようにプリズムは反応する。きちんと7色に小型サイズの虹を映し出してくれるわ」
そう言って、絵鈴はポケットから透明な三角体を取り出す。
なんで常日頃から持ってるんだよ、という突っ込みを入れたいのをぐっとこらえて、俺は「へー」と頷く。
「で、絵鈴、その羽ペンは何なんだ?」
「だから、あれよ、拾ったのよ」
「拾った? 落ちてたものをっていう意味か?」
「この流れでそう切り込むのね……。サッキ―と同じように運命的な出会い――というか、私の場合取りに行く以前に私の元へ落ちてきたわ」
落ちてきた? だとすると、きっと俺のように黄色い閃光を放ちながら、眩い光と共にその羽ペンは天高き上空から落ちてきたという事なのだろうか。
あれかな、誰か九天くらいから落としてるのかな。
「そういえば、さっきものさしの話になった時に聞きたかったのだけれど、サッキ―はそれを何かに使ってみたのかしら?」
「いや、そんなことはしてないけれど……」
「いい機会だから、使ってみればいいんじゃない? 何かいい事が起こるかもよ? 天から降ってきた運命的な出会いをした文房具なんでしょう?」
その言い方をやめてほしい。というか、信じてないよね。
「考えたけれど、製図する機会なんてそうそうあるものじゃないしな……」
俺が少しこれを使うことに躊躇して、日和つつ逃げ道を確保するかのように言葉を紡いでいる最中に、絵鈴はずっと持っているポシェットの中から紙とペンを出した。
「じゃあ、これに書きなさい」
完全に逃げ道を塞がれたよ。