第十九話 Vs栗瓦(8)~不穏な終焉~
19話
ブラックアウトしていた俺の視界と意識が目覚めると夜明けだった。
否、まだ深夜だ。ではこの暁は……茜色に染め上げる炎だった。
炎の柱が赤黒の空へと垂れ下がっている。天と地が逆さまな視点だ。
このビジョンを反転するとこうだ。シニャラマの町が見渡す限りの火の海と化して、そのオレンジの光源に空が朱く明るく映えているのだ。
気づけば俺の体は仰向けに寝かされ、死者のごとく宙に浮かんでいた。と言ってもたかだが地面から50cmほど浮かんでいるだけだ。
俺はハッと思い出したように左手の人差し指を確認する。刻印はなかった。
「チッ、先を越されたか」
俺の足先で絵鈴が舌打ちする。その奥には光る漆黒の長方形、重力塔がそびえていた。
そして左から悪臭がする。その根源を目で辿ると、驚愕した。思わず声に出して驚いた。
絵鈴がこちらに気づいてこちらを振り返る。
その仕草すら恐ろしく思えるほど、左手にある存在がおぞましいのだ。
「それね。詳しい経緯は後で話すから、何も聞かないで。そっとしておいてあげて」
絵鈴も俺の視線の先の物体に目を向ける。
それは天パでメガネをかけている、皮膚がブクブクと膨張した、かつて栗瓦別生であったものだった。身体中にフジツボのように嚢胞が出来ていて、その部分の皮膚は血で赤くなっていた。
元の2倍くらいに膨らんだ顔は絶望に歪んでおり、絶命の瞬間を永遠に刻みつけていた。
それを見た者に死の直前、体の異変に悶え苦しむ様子をリピートさせるように。
「待てよ!俺は状況がちっとも読めない。俺が意識を失っている間に何が起こったか、今ここで説明してくれ」
首先だけ起こして足先の絵鈴に強い視線を送る。
今の俺はさぞ間抜けな格好だろうが、そんなことをいちいち意に介しているいとまはない。
すると絵鈴は仰向けに浮かぶ俺に近寄り、俺の腹部の辺りに腰を下ろす。
先ほどまで重力と無縁だった俺に、絵鈴の体重が容赦なくのしかかってくる。
俺は思いがけなく「グェッ!」と絞められた鳥みたいな声を出す。
つまり俺はベンチにされたのだ!
重さで体が沈み、地面との距離が30cmほど縮まる。
ふと思ったが、この状態で俺の腹の上に石を乗せて、地面との距離が絵鈴が乗った時と同じくらいになるまで積み重ねれば、石何個分かで絵鈴の体重を量れるのではなかろうか。
って俺は体重計か!
いや、そうせずとも定規を絵鈴に当てて測った方が手っ取り早い話だよな。もっともアイツがそんな真似をさせることはないのだが。
ってそう言う問題じゃねぇ!
何故町が燃えていて、何故栗瓦が異形な骸となっていて、そして何より何故俺が絵鈴の椅子にされなければならないのか。
理不尽極まる!
訳のわからない理不尽さのせいで俺の思考回路は異常をきたして、頭の中で一人ツッコミをする始末…!
本当に何がどうなっている事やら……。
「どうして俺に座る。俺は憩いのベンチでも何でもないぞ、おい! 重いからそこどけ!そして俺を大地の上に降ろせ」
とりあえず絵鈴に俺の正当な権利を主張してみる。
「重い…?」
文脈の上では何でもない一言だが、このイントネーションにこもる威圧感が半端じゃない。
どうやら言ってはならないことだったらしい。急いで発言を撤回する。
「……いえ、何でもございません」
「どいて欲しいと言われてもなぁ。サッキー連れて走り回って足が疲れちゃったから」
そう聞くと申し訳なく感じられてきた。
状況から察するに、絵鈴は俺を赤子の泣き叫ぶ声が聞こえるほど混沌とした炎の町から、町の端にある安全な重力塔のそばまで運び出してくれたのだろう。
だけどそれが俺の上に座る理由と直結しないのは考えなくても分かる。
「ありがとう、悪いな絵鈴。だけどこの……」
「だからサッキーが聞きたいことは話してあげるけど、話を聞く姿勢は大事にしてもらわないとなぁ」
「この鬼畜が!」
コイツの本性を忘れていた。いや、決して忘れたことはないのだが。
昔っからコイツは不条理な悪戯を好む天性の悪魔だった。
絵鈴は薄ら笑いを浮かべながら、
「一定時間特異な重力環境下に置かれたのち、元の環境に戻るとどうなるかという実験」
という名目を告げる。
「そんな実験あってたまるか! 俺はけが人だぞ。そこんとこの配慮はどうした」
忘れてるかも知れないが俺は頭を打ち付け、肋を折り、腕を噛まれた。立派な重傷人ではないか。
「あっ、そういえばそうだった」
案の定忘れていたみたいだ。
「でもいいよね。サッキー座り心地いいし」
「結構な褒め言葉だな」
「むしろ肋痛がって欲しい」
「てめえ」
このケースもまさしく絵鈴のペースだ。
コイツが定規と羽ペンを持ち合わせた日には、関わった全ての人間が不幸になりかねない。
「まあいい、では話してもらおうか。あの後何があったのか」
俺がそう切り出すと、お互い緩んでいた顔が引き締まる。
これは絵鈴の口から状況を説明してもらう機会だ。この体勢に甘んじたくないがしょうがない。
「私は殺ってない」
質問に対しての解答がかみ合っていないが、絵鈴の言いたいことは俺の疑問を的確に埋めている。
そう、俺の意識の途切れる最後の瞬間、目撃したのは絵鈴が羽ペンをダーツのように投げ、栗瓦が手に持つ印鑑に命中させたのだ。
「もともと彼から遺品の力を奪って、サッキーを解放するだけのつもりだった。なるべく穏便に、情報を引き出しつつ、出来ることなら仲間にしても良いとも思っていた」
ここから先は俺の記憶ではない。絵鈴の証言がその後の出来事を今に至るまで繋げる。




