第十八話 Vs栗瓦(7)~神様の手抜き工事~
第18話「神様の手抜き工事」
何とも理解しがたい。どこらへんで話がおかしくなった。
遺品なる印鑑が空から舞い降りたのは分かる。
だが天からの声だと。馬鹿げてると一笑に付したいところだが、この現実離れした日用品で戦っているんだから、天に神がいてもおかしくないのか?
「終始一貫聞かせてもらったわ。今度は私達が話す番ね」
きっと天に召されるイケボな神様は怠け者に違いない。
栗瓦や絵鈴や俺のように頭のネジが5,6本抜けているどころかもともとの骨組みそのものがグラグラな人間がいる。どころか全人類にしろ、誰かしら一本はネジが抜けている。
設計ミスもいいとこ、手抜き工事ではすまない。訴訟問題になりかねないレベルだ。
人間というものをもっとまともに作ってくれたら良かったのに。
「というわけでサッキー、お願い♪」
そこで俺ですか!? いきなり振ってきたな、おい。
絵鈴が自分の頭上にいる俺に、手を合わせてお願いするポーズをとる。
だが逆を言えば俺はただの背景でなく、忘れられたわけでもなく意識されている。
まあ、意識しているから浮いていられるので当たり前か。
一時的とはいえ発言権が解放されたことホッとした。
まあ話す内容は限られ…待てよ。
例えばここで赤裸々に『青い空を取り戻したい』なんて言ったところで通じるのか?
俺たちの外れたネジと奴のは違うかも知れないのに。
いや、相手も天からの啓示とか普通に聞いていたら妄言としかとれないような事を話しているわけだし、訳分からんと捉えてくれればいい。
変に繕おうとして不自然になったら絵鈴の目論見が水泡に帰してしまいかねない。
俺は真実を語ることにした。
あらすじを話し終えると、
「なるほど、間抜けた話だ」
と感想をいただいた。
いや、どっちがだよ!と言おうとした直後、
「家畜並みに間抜けな発想だが面白い。いい夢を追いかけているじゃないか」
と好意的な事を言われて少し照れてしまう。
「さ、お互い話し終えたところでフェアにいきましょう。」
「サッキーの隷属状態を解いて」
隷属とはストレートにひどい言い方だな。
「話を聞いて思ったんだが、お前達は、その、なんだ…そう言う関係なのか」
カップルじゃないからな。恋人未満友人以上でもないからな。と心で弁解する。
だが言葉を開けばこの通りだ。
俺が突っ込もうとしたところで付け加えるように栗瓦が言った。
「歯ブラシと歯磨き粉」
はぁ? 何かの比喩にしても何がいいたいんだ。
「いや……違うかな。そんな共依存じゃなくて、私とサッキーは歴とした包丁とまな板の関係」
絵鈴!?
コイツの言わんとすることが理解できるのかよ。そしてこっちも何言ってるのかさっぱり分からんぞ。
「なるほど深いな。つまり本と栞か」
「んー、どっちかっていうとパンとマーガリン」
「そこに加わる余地があるならバターナイフか」
「そういうこと」
もう何とかしてくれ。
定規が使えればもう少しわかりやすいんだろうが、生憎この距離でこの暗闇の中で相手の顔にピントを当てるのは不可能に近い。
「ごめん、サッキー。今の会話分かりづらかったよね。解説してあげる」
それは助かる。と思ったのが最後、
「歯ブラシは歯を磨くのにしか使えないし、歯磨き粉は歯ブラシがあることを前提としている――いや、正確には歯ブラシだって歯磨き粉はなくても使えるんだけど」
なんか果てしなく電波な会話をしている気がするのだが、いいのか。
「はい、それで」
まあ、絵鈴が俺に配慮して説明してくれているんだ。無碍には出来ない。
「包丁は人を刺したり果物の皮をむくのに使えるけれど、食物を切る時にはまな板を必要とするわ。それにまな板は盾に出来るから包丁との相性がいいのよ」
ダメだ。狂人の発想など理解できた物ではない。いや、理解してはだめな気がする。
「ストップ! もういい」
しかし聞こえなかったのか静止を遮り話を紡ぐ絵鈴。
「頭にかぶせて眠る時や鈍器にして人を殴る時には栞は必要とされないけど、読む時にはどこまで読んだか記憶するために必要な付属品よ。でも歯磨き粉同様、記憶する時に必須という訳では…」
「わかった、わかったから! もういいって」
俺は声を張り上げて止めにかかる。だがそれでも止まらない。
「だからそれに異を唱えるために単体だと味のないパンと…」
絵鈴もそれに負けずの大声で言う。俺は何も聞くまいと言う意思表示で耳を塞ぎながら顔を背ける。絵鈴の声は単語が認識できるくらいのノイズとなった。
ふと蛍火のような淡いオレンジの点々が目に留まる。
その部分だけ明るくなっているので暗闇の中でもよく見えた。それは文字通り命の灯火であり、カンテラを勢いよく投げつける生存者達と、火を付けられてなお彼らに突進してくる羊たちだった。彼らは依然交戦中なのだ。
周りを見渡すとそこら中でこのような橙色のドットが動いていた。ああ、蛍よりはかない命達……そう思うと感慨深い夜景だが、事態は重い。
建物が盛大に焼けたり、羊たちが咆哮か悲鳴を上げたりすれば、建物に囲まれた広場の下にいる絵鈴達でも状況が分かってしまう。
そもそも生存者達にはなるべく戦わないでバリゲートの構築、補強、固守を頼んだ。
それが戦っていると言うことは、バリゲートにガタが来て命を以て通路を死守することを余儀なくされているんだ。
されどたかが町の住民が見ず知らずの旅人に忠実かと言われると怪しい。いずれ統率を失って壊走するに決まっている。
まずいぞ! 早く交渉を決着に持っていかないと。
絵鈴を全力でフォローしてやらなければ……。
そんな中で町の東端で縦長の発光を目にして、いささかの注意を持っていかれたのも束の間、耳を塞いでいた手が俺の意志と関係なく外れ、体は絵鈴の方を向き直らされる。
栗瓦が俺の身体の自由を強引に奪ったのだ。
「旅人君、お前は外を見て青ざめていたようだが、何を見たのか言ってもらおうか」
しまった! 焦燥感を嗅ぎつけられたか。
だが奴の命令は絶対だ。俺は開こうとする口に、ジッパーを閉めるイメージで意志の力を絞って抗っているとその時、
「メェェェーー」
俺の口より先に羊が状況を一声で表してしまったのだ。
「クックック、やってくれたね。謀ってくれたね。騙してくれたね。」
高音の栗瓦の笑いが町に零れた。
さらに俺の努力を台無しにするダメ押しとばかりに、3ブロック先の建物で盛大な爆発が起こり、火の手が上がる。
「何が羊を完全制圧しただ。何が友好関係を築こうだ。バカにしやがって! どいつもこいつも! なあお前らだってそうなんだろ? 協力を持ちかけといて、内心俺を嘲笑っていたんだろ!」
栗瓦は地団駄を踏む。熱いマグマが血管を逆流しているのかと思わせるほどの激怒だ。彼の天パがさらに盛り上がって見える。憤怒の度合いも相成って彼はさながら活火山だ。
「そんなんじゃ…!」
「ああ、いいよ。死に給えよ。」
詰め寄る絵鈴を牽制する――氷のナイフのように冷たく、ただ冷たく言い放つ。
「人間を信用しかけた僕がバカだった。人間なんて……文明を持つ社会的動物だと飾り立て、その実は醜い本性をさらに醜くしただけで、そのくせみんな家畜のごとく支配に甘んじた自堕落な暮らしで、家畜以下の汚らしい存在……反吐が出る!!」
狂人の語り口だ。彼は怒りと狂気に人相を歪ませ、何もかも感情に身を任せて制御できないと来ている。
日干し煉瓦を踏み疲れたのか息を切らしながら、怒りを残しながら余裕な態度で宣告する。
「ああ、そうだ。いいことを教えてあげよう。」
「この印鑑には主従関係を戻す能力はないよ。奴隷は死ぬまで奴隷なのさ。解放されたいなら死を覚悟で焼き印を押された部分をはぎ取るしかないンだなァッ――!!」
「もしくは支配体制の崩壊ね。それだけ聞けば十分」
先ほどまで面食らっていたはずの絵鈴が俺の知らない冷淡な声になる。と直後俺の体に再び重力が戻る。真っ逆さまに地面にそのまま落下していく頭を咄嗟に腕で防御する。
「畜生、恨むぞ絵鈴」と毒づくはずが、悲鳴を上げている。
重力加速度など計算する間もなく、血の付いた日干し煉瓦と激突する。最後に俺の目が捉えたのは、絵鈴が栗瓦に勝利する瞬間だった。




