第十七話 Vs栗瓦(6)~十分前の友は今日の友?~
第17話「十分前の敵は今の友?」
なるほど何も町の住民側につくことはないか。
町長もいつの間にか物言わぬ屍と化してるし、数少ない生存者達もここには達していない。
重力塔が使えなくなってしまったのが唯一遺憾であるが死人に口なし、ここにいる全ての骸は俺たちを黙って見送るしかない。
どのみち町長が死んだ時点で計画はご破綻だったわけだし、無理に対立する必要のない栗瓦の味方に付くのはとても理にかなっている、とそう言うことだろう。
だが納得いかない。
奴は憎んでいたやつらとはいえ残忍な虐殺をして笑みを浮かべているシリアルキラーなんだぞ。
そんな奴と協力だと?
首がもげてそれが三回転で飛び跳ねたとしてもゴメンだ。
だが。
性格に難はあるが彼が持っている感情もわからなくはない。
彼は、生まれてこの方門戸のせいで蔑まれてきたという。理性的に壊れてしまうくらいには苦しい人生を歩んできたのだろう。
「なるほど、なかなか面白いこというお嬢(家畜)さんだ。今まで羊に追い回されてきた君ら家畜諸君が、僕と? 友好関係だと?」
交渉を持ちかけられて相手がこちらに対等を求める姿勢であることを悟ったようだ。栗瓦は気を持ち直して得意げに言う。
とはいえこの状況、俺に主導権はない。栗瓦には操られ、絵鈴には浮かせられ、上空から事の顛末を俯瞰するだけである。
「ええ、だってあなたはこの町の住民全員に復讐をしたところで何も残らない。ここをゴーストタウンにしたところで虚しいだけじゃない。その後の人生の再設計を別の場所でやるとしてそのアテはあるの?」
着々とペースに飲み込む絵鈴を前に、栗瓦はやや考え込むような仕草をする。
仮に俺がここから交渉に口を挟むとしてみよう。何の物理的影響力のないこの俺が、何か言ったとしても戯れ言扱い。
栗瓦は黙れの一声で言論の自由を、絵鈴は俺を意識しないだけで俺の意識をも奪うことが出来る。要は絵鈴と栗瓦の二人の交渉、所詮俺は背景だ。
先ほどまでの熱っくるしく胸にこみ上げてきたヒーローとは何だったのか。
我ながらとても不甲斐ない。
「それだったら私達と一緒に旅をしないかしら? 旅は大人数の方が楽しくていいし、あなたの荒んだ心も癒されると思うの」
おいおい冗談じゃないぞ。と口に出しそうになる。何だって俺はこんな殺人者と歩みを揃えて、同じ屋根の下で寝起きせねばならない。
だが言葉に出せないもどかしさ。
あ~もう吹っ切れた!
せいぜい俺の頭上を舞うカラスと同じく闇夜に紛れてやるさ。
「へ~、家畜を引き連れての自分探しの旅か。そりゃいいね」
皮肉なのか同意なのか俺には見当がつかないが、奴は絵鈴ペースに飲み込まれないように余裕を振る舞っているとわかる。
この交渉において絵鈴にあるカードは「羊を全滅させている」と奴に思い込ませていることだ。
非力な少年一人その気になれば町の生存者に引き渡すことが出来る。そうなれば奴に明日はない。
逆に栗瓦が持っているカードは俺だ。
俺を操ることが出来ると言うのなら解除することも可能なのではないか?
何か特殊な方法があるのかも知れない。そうでなくても単純な方法がある。
羊たちが「栗」の焼き印を切られた時に最期とは言え正気に戻った事を考えれば、俺は指を失うだけでいい。っていやだよ!
まあ、この手札なら一見すれば絵鈴有利と見えるかも知れない。だが潜在的な切り札として栗瓦は町に残っている羊軍団を持っている。奴がそれに感づいたら圧倒的不利…交渉のテーブルはひっくり返されるだろう。
「ずっと虐げられていてそんな存在もいなかった。だからだろうけれども、心が渇いてないかしら。友達よ。家畜とは違う対等な関係なんてどうかしら」
今はただ絵鈴を信じよう。何をするか最後まで予測不能な奴だ。
あんなノリノリで相手に提案を出しているんだから、さぞかし妙案だろう。どっちに転ぶかは知らんが。
「おい、僕は天涯孤独のヒーローと言ったがあれは同情を買うための芝居じゃない。僕の決意だ!」
遠回しに同情するなと言いたいわけだな。
確かに俺もお前の境遇には同情したよ。だがだからといって許されることではない。あのカラスがたかる井戸の中身が今のお前の真実だ。
俺の逆鱗に触れたんだ。
これからの人生があったであろう幼い命…それに対する同情のほうが遙かに大きい。
「それだったらごめんね。でも私は相反する存在であるあなたとも友好関係になれると信じている」
「『信じている』だと?」
栗瓦が訝しむ。日が大分傾いて空から朱が消えて真っ暗になってしまったし、上空10mからなので表情は分からなかったが口調からそうだと分かる。
「だって栗瓦さんは羊の横領なんてしないでしょう。あの町長のことだから自分の罪をあなたに擦り付けたなんて推理せずとも分かるわ」
驚いた。
絵鈴は、定規や他の力を使わずにその真実を仮定するとは。
やはり絵鈴は冴えてるな。
栗瓦の言う遺品とやらが絵鈴に定規だったら無敵なんじゃなかろうか。
アイツに羽ペンというのはどうも、妙に不相応というか…違和感がある。
いや、俺に定規というのも不相応な気はするが。
そもそも、定規に慣れ親しんで使っていた時代なんて、何年も前の話だ。
「だったら何だって言うんだ」
やや苛立った声だ。図星を突かれているからだな。
「教えて欲しいの。あなたにいったい何があったか。そしてその印鑑のことも。話してくれたら私達のことも話す。お互いのことをよく知るべきだとわたしは思う」
奴から情報を引き出すつもりか。というかもう友達になること前提な語りだな、おい!
だが意外にも栗瓦は答えてくれた。
「ああ、そうさ。あの夜は今から1ヶ月前のことだ」
と回想を始める。話はざっとこんな感じだ。
この町で夜な夜な飼っている羊が消えていくという話はあった。しかしその被害が栗瓦のところまで回ってきたのはつい先日のことだ。
それから栗瓦は羊泥棒を捕まえようと夜を徹して見張ることにした。
その瞬間、ひとりの人物を目撃する――榊村町長だ。
羊はすべて町全体としての所有物。
つまり町という組織が雇用主であり、町民、あるいは栗瓦のような出稼ぎ移民の二世代目が雇われ人となり、羊を養育するのが仕事だ。
そしてその全体責任者は町長となり、この町で盛んな毛皮素材の全てを支配しているといってもいい。
そして、その町長が羊を盗むのは怪しい――。
そう思って羊を引き連れた町長を尾けていくと、近くの林で怪しげな男達に引き渡して、威厳ある風貌の眼帯男が榊村に袋を手渡しているところを目撃した。
町長はその袋の中に入っているキラキラと輝くコインの枚数を確認して、
「さすがヌーヴィルの裏社会を牛耳る大豪商楽宝寺永通様、気前がよいですな」と、媚び諂った表情で満足げに顔をあげた。
「こんな田舎まで遠路を遙々お越しいただいて…」
「世辞は要らん。こんな末端までわざわざワシ自身赴いて来ねばならなかった身にもなってみろ。何が悲しくて井の中の小物と話さねばならんのだ!」
ひどく低い声で眼帯の男はキレ気味に話す。
ヌーヴィルというのは貿易が盛んな港町で、毛皮の売り買いもさぞ高い値段で行われているのだろう。
「ひどくご機嫌斜めですね。いかがな…」
「喧しい! 普段はビジネスマンとして物腰柔らかなワシだが今は苛立っておるのだ。こちらの事情をお前に説明しているヒマもないくらいにな。あと部下ではなくワシ直々に来たのは、別にヌーヴィルの情勢が悪くなって人手が足りなくなったからとかじゃないからな。変に勘ぐるなよ。いいな。絶対だぞ」
「はい」
榊村はゴマをすろうと躍起になっているが、そのすべてが裏目に出ているのが逆に面白く、その情けない様に思わず笑いそうになったのを堪えたまではよかった。だが思わず隠れていた茂みで木の枝を踏んづけて音を立ててしまったのだ。
その場の一同の顔がこちらを向く。そして恐怖のあまり一目散に逃げ出してしまった。
眼帯男のような闇の世界でも生きていそうな商人は奴隷も商品にするという話を聞いたことがある。
風貌からして眼帯に黒目の肌、それに顔に見える治りかけの傷痕――どこから見たところで闇商人として判断される自信があったからだ。
そして奴隷はどんな目に合うかも両親からよく聞かされていた。
そして時は流れ、その夜の3日後くらい経った頃からだっただろうか。
町に出向けば大人達から白い目で見られ、子供から石をぶつけられた。買い物は拒絶され、ところどころ陰湿ないじめにあった。
昔から移民というだけでそんな扱いはあった。
だが、これほどまでに陰湿、かつはっきりとした拒絶は受けたことがなかった栗瓦は、誰も信用することができなくなった。
何の所為なのか、最初はよくわからなかった。しかし、町民の暴言で栗瓦は理解した。
「――この、羊泥棒め」
心に突き刺さる言葉というものはある。
いくら俺ではない、町長だと弁解、釈明しても、信じてくれる人はだれ一人としていなかった。
町長という看板もあっただろうし、俺のような移民二世代目を信じてくれるような人もいなかった。
それからというもの地獄だった。
町に一歩も近づきかなくなった。
そんなある日、栗瓦の唯一の味方である羊たちと、牧草の上で良く晴れた朱い空を仰いでいた時、天からこの印鑑が降ってきた。
そしてその能力も羊たちのおかげで判明した。
だが肝心なことにこれが何で何のために降ってきたのかが判然としないままだった。
――それが分かったのはこの間のことだ。
羊たちに牙がつき始めた頃だった。
「君、楽宝寺永通を見たそうだね?」
ふと若い男性の声がした。周りを見渡しても誰もいなかった。
咄嗟に身構えた。羊たちにも臨戦態勢をとらせた。あの闇商人の一味が口封じに来たに違いないと判断したからだ。
見つけ次第返り討ちにしてやろうとしたが姿無き声は不気味に囁いた。
「ほう、君は遺品を持っているのか。その羊たちはその影響だね」
またしてもイケボだ。だがその声の主は特定できなかった。
「そうかそうか、君のラカーフは印鑑だね。元奴隷の子孫に動物を奴隷にする刻印とは興味深い」
氷のフロートが背筋のストローを通って脊椎を冷やした。身分など調べれば分かるだろうが、懐に隠した印鑑の存在を知るはずもないのだ。
わからない。このイケボは知りすぎている。もしや別世界の存在なのか。それとも、もっと栗瓦に身近な存在なのか。わからないものはわからないなりに置いておくことにする。
「訊き込みを続けよう。君は楽宝寺永通という男を三週間ほど前に目撃した。用心深い彼はそれ以降この町に手がかりとなりそうなもの、部下すらも寄こさなくなってしまった。そこで君に目撃情報を提供してもらいたい」
羊に警戒させつつも声の問うたことに答えた。
「いずれも既出で古い情報だけどありがとう。参考にさせてもらうよ」
感情のこもっていない平坦な、だけどどこか爽やかな声が西から吹く風と共にフェードアウトしていった。
声はこの印鑑を遺品と呼んでいた。
俺の存在を知り過ぎている者――身近にこんなものを作れる人なんて、いやしないし、これはおそらく別世界:天から授けて下さったのだ。
聖なる物に違いない。
そして理解した。
この能力は眼下に収まるあの堕落した町に僕が復讐するため、天から与えられた権利なのだと――。
以上が栗瓦の回想だった。




