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第十一話 大作戦

 第十一話


 自信満々に言った。

 実際は直感的無謀プランをノリでやろうってだけなんだが。

 玄関の物音は相変わらずだ。震動で天井からほこりが落ちてくる

「それから絵鈴」

「包帯取りに行った部屋にソファとかあったよな。ふかふかなやつ。それからテーブルとかさ」

「ああ、うん。応接間だったからね」

「それでソファを2階まで運んで欲しいんだ」

「なに、こんなか弱い女子に運ばせる気?」

「さすがに一人でとは言わないさ。ほかのみんなも、助かりたいのなら協力してくれ」

 そう俺が言うと、絵鈴は応接間に入っていく。それに続いて、何人かの町民も応接間に向かってゆく。

 町民たちは俺に悪いイメージを持っているというわけでもなく、むしろ窮地にやってきたスーパーヒーローを崇めるような視線で見ている。

 さすがに俺は手負いなので、見ていることくらいしかできないが、全体の司令塔としての役割を果たすことにする。

 絵鈴は俺の定規の能力について理解してくれているから話が早い。それに俺のアイディアに付き合ってくれる。状況が切迫しているだけにうれしい限りだ。

 もちろん、絵鈴だって俺が何を考えているのかわかってはいないのだろうが、それでもおとなしくしたがってくれているのは、長年の付き合いだからということなのだろうか、それとも、信頼の賜物なのだろうか。


 さて、

「じゃあ、町長さんはテーブルを運んで下さい」

 自然と丁寧な口調になった。

 これは相手が目上だからとかじゃなくて、むしろその反対で侮る気持ちからだろう。

「何のために!?」

 どうやらこの町長さんは納得してくれないようだ

「ええと、2階にバリゲートでも作りましょう」

 適当に答える。

 真意を言ったらややこしいことになりそうだから伏せておく。

(それだけで大丈夫なのか?)

 と心に呟きながら渋々応接間にテーブルを取りに行く。

 すると応接間から扉ギリギリに、人の胸くらいの高さで緑色の突起が顔を出す。

「どいてどいて」

 大柄な男が前を持ち、絵鈴がその後に続く。ソファを重そうに運んでゆく姿を見て、町人は絵鈴のサポートに一生懸命だ。美少女というアドバンテージは結構大きいらしい。

 町長はその光景をぼうっとみていたが、3秒後には、振動からくる天井のほこりをかぶって我に返る。不思議そうな表情を絵鈴に向けつつも、応接間から低いテーブルを2階へと運ぶ。

 さてと、ぼちぼち俺も準備を始めるか。

 照明になっているアルコールランプを取り、マッチを擦る。

 所詮俺の考えることなんて、その場しのぎの浅はかな即興でしかない。

 この木製の建物と一緒に燃えやすそうなウールが消えてくれればいいなと、そう思っただけだ。

 町長からすれば器物破損どころの話ではないが、「背に腹は代えられない」と泣いてもらおう。

 あの町長にはいいザマだし、どのみち俺たち旅人には関係のないことだ。

 そしてこの建物に避難してきた町民全員が二階に上がり、いい感じに包囲された頃を見計らって、全てのランプに同様の処置をして、床にたたきつける。一瞬の間が空いて、ガラス瓶が割れる音とともに丹色の炎が床を覆う。

 時同じくして正面の扉の閂にクラックした。後方でも激しい物音がし始めた。

 俺は猛ダッシュで二階に駆け上がる。奴らの侵入も秒待ちだし、火の手の勢いも思いの外早かった。

 二階でバリゲートを建設する2人に声を掛け、内側に入れてもらう。

 階段を上った先の廊下には北を向いた窓があった。脱出経路を作ることが必要だ。俺は2人に作業中止を伝える。

「バリゲート作ってる時にすまないんだが、そのソファを北側の窓の外へ投げ出して欲しい」

 おれのそんな要望に、力のありそうな屈強な男が答える。

「またしても私の出番か」

「ああ、テーブルの方はそのままでいい」

 一方榊村町長は、

「なんだと!?どういうことか説明しろ!」

 まあ、籠城するからバリゲート作ってくれと言ったそばからこれでは無理のない対応だ。

 しかし説明しているとややこしいので無視しよう。

 横向きにされたテーブルを支えるように置かれたソファを屈強な男は浮かせて、そのまま投げ落とす。

 下では2つの扉が破砕される大きな物音がした。榊村町長が短く悲鳴を上げる。同時に下でもおぞましい呻き声のような何かが聞こえる。

 だが下の階で上げられた咆哮は雄叫びではなく、断末魔だった。

 ふと煙と火の粉が視界に入る。

 下の階を見ると火の海となっていた。パキパキと音を立てて木材が溶けるように崩れていく中を、貪欲な怪物共はそのウール100%の毛皮に包まれた全身を火だるまにしながらのたうち回っていた。

 パニックのあまりドタドタと駆け回って衝突、そのまま倒れたり、煙を吸い込んで窒息、横たえている。

 業火の中なのでよく見えないながらも、彼らが獲物も眼中にないほど混沌としていた。

 まるで生き物としての道を外れ、人を食った罪を咎められて、煉獄の裁きを受けているかのようだった。

 その罪深い肉体は、毛皮と共に皮膚を焼き尽くされ、白くフワフワした外見はすっかり黒焦げてパリパリしていた。

 その様を見て勝ち誇った気分になった。

「ジンギスカンにされるのはお前達の方だったな」

 不意に煙や火の粉とともに燻したマトンの匂いが鼻をくすぐる。

 肉の焼け焦げる心地よいBBQの匂いだ。

 それは胃に直接吸い込まれる。

 そして急速に俺の摂食中枢が刺激された。

 恐怖心と興奮で満たされているはずなのに、人を喰らったであろう羊のマトンの匂いに食欲をそそられるとは。

 だが我慢できないほどの熱気を浴びて我に返る。火は着実に階段を上っていた。

 振り返って窓の方を見やる。

 絵鈴が窓を割って、浮かぶソファはゆっくり降ろされ無事着地。外に羊たちはいないようだ。まあ、この騒ぎだ。パニックがもっと伝播してくれていることを願おう。

 そこに燃えていく町役場に呆然となった榊村町長に飛び降りる様に言う。

 茫然自失としたのか、自棄になったのか、ゲンナリした顔のまま黙って飛び降りた。

 ソファが良い感じにクッションとして機能してくれているようだ。

 続いて絵鈴にも飛び降りさせる。すでに炎は二階まで追跡していて、木材の焼ける音で絵鈴の「わかった」という声が聞き取りづらくなっている。

 絵鈴が飛び降りてきた後に、幾人かの町人が次々と降りてきて、ソファのスプリングの部分がメキメキと音をたてて少しずつ壊れていく様子がよくわかる。

 そして最後尾の俺が飛び降りた。俺は両足で着地した。2階とはいえそこまで高くはなく、ソファ程度で十分クッションになっている。

 靴裏にフカァという感触、束の間だが安らぎを覚えた。

 だが次の瞬間にソファのスプリングは完全に外れ、どこかへ勢いよく飛び出してしまうとともに、俺は体勢を崩して、背もたれの鉄筋部分に腰を思い切り打ちつけてしまった。

 激痛が走った。悲痛な声を出しそうになったが、叫ばない。俺も男だ。我慢した。

 ああ、だが腰に響くってこういうことか。背に腹はかえられないとは言うが、腰とだったらかえてもいいかもしれない。

 俺はやっとこさで立ち上がり、通路の左右を見渡す。羊は一匹もいなかった。

 おかしい……いくらパニクってたとしてもそんなことがあり得るか?

 燃えさかる町役場から離れながら悪い予感を感じていると、突然高い音が響き渡る。

「ご~れ~!!」

 拡声器越しに栗瓦が叫んでいるんだ。

 それに呼応して次から次にひとつずつ大きくメェーと聞こえてくる。

 何から何まで想定外のことが起こる。俺は定規を日干し煉瓦の壁に当てて状況確認だ。

 栗瓦は広場の中央の井戸のそばにいる。そしてそれを囲むように10頭、残り27頭の羊は町の至る所に散らばっている。

 井戸には溢れるほどなにか詰まっている。これは……!

 急激に吐き気を覚えた。想像できてしまったからだ。

 俺の意識は乱れ、俺は一時的に定規を壁から離した。

 何も子供を…10歳にも満たない子供まで…巻き込むことはないじゃないか…!

 俺は彼らのことを想像すると、涙を堪えられなくなった。


 広場の中央には井戸があり――そして逃げ遅れた町民は広場中央に、羊に囲われるようにしてとらわれていた。

 羊がじりじりとにじり寄り……抵抗するものは抵抗し、そしてそこまで力が及ばず、生きることを諦めたものは――井戸に身を投げた。

 そこらじゅうに抗戦の跡が残っている。跡とはいっても、ほとんど人間の敗北のようだ。

 死骸が――散らばっている。


 それはいつの間にか栗瓦別生という少年に対する憎悪へと変貌した。

「ちょっと、サッキー大丈夫?」

 絵鈴が心配して俺の肩に触れる。俺はわずかに顔を濡らすものを拭った。

「すまん、少し取り乱しただけだ」

「う、うん」

 俺の表情を見てまだ心配そうな顔をしている。涙が拭い切れていなかったかな?

「くそっ、一体何匹いるんだ!」

 榊村町長はただ獣たちの遠吠えに狼狽していた。

「正確には全部で37匹ですよ。ほらもうすぐ号令も終わる」

 ぴったりあと3つほど鳴き声が上がったところで止まる。短い沈黙の後、

「羊が35匹、羊が36匹、羊が37匹……11匹足りない」

 拡声器からつぶやきが漏れる。

「ずいぶんと削ってくれたな榊村、だがこの程度で僕の復讐が止まると思うなよ!」

 拡声器越しに怒りを町中にまき散らす。件の男は「ひぃっ」と情けない悲鳴を上げている。

「聞こえているか家畜共!そして苦しんでいるか」

 ガタガタと震える榊村町長を引っ張って裏路地に回る。さすがに通りだと羊のスタンピートをまともに食らって、ミシンに縫われる布よろしく無数の足で地面に叩きつけられるコーズだ。

「今お前達を苦しめているのは羊ではない。榊村だ!」

「なんだと!?」と榊村町長が驚きの声を出す。

 なんだ、町の住民に振って、一体どういう流れだ。

「榊村を差し出せば、お前達哀れな家畜共は見逃してやる」

 まさかそうか! 俺たちが建物に隠れられないように手を打ってきたってわけだ。建物に隠れようとすると生存者によって町長は引き渡される。通りは羊が巡回する。逃げ場は塞がれたというのか。

 だが逆に奴が俺たちを見失っていて、町長側に協力者がいるかどうかも把握していないと言うことだよな。

 その証拠に奴はさらに7頭、捜索のために広場から町に散らばらせた。

「さっきので羊たちにお前達を食べないように命令した」

 嘘だ。羊たちはいまだに通りを巡回している。

「ただし、僕は気が短いんだ!さっさと狩りに協力しろ。民家に逃げ込んだら引っ捕らえて広場まで連れてこい。それからもしもこの隙に逃げようなんて画策しようものなら、皆殺しにしてやる!」

 そうか、読めたぞ。これで町長を引き渡そうと通りへ出てきた生存者を町長もろとも、羊共のエサにする気だ。

 だが馬鹿め! その戦略を逆手にとられると思っていないようだな。

 俺は直感的に作戦が閃いた。

 そしてそれを、不安を浮き彫りにする2人にこれを打ち明けることとした。

「つまり…ワシを引き渡す!?」

 それが作戦の基軸だった。

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