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第十三話 騎士ロギ

 生きてきた年月を感じさせるような、渋く低い声だった。その声色に気負いも何もない。ごく自然体。


 騎士はこれまでと同じように一角鼠へと歩いて行く。


 ほどなく小部屋入口に近付き、騎士は歩みを止めた。一角鼠がその存在に気付き、騎士目掛け駆け出す。


 騎士が腰の剣に手をかける。その何気ない仕草ですら洗練されていた。研ぎ澄まされている。行動の全てから無駄をそぎ落とした先にある場所。


 全てが剣だった。この騎士それ自体が一つの剣のようだった。まだ構えただけだというのに。剣を掴んだだけだというのに。それだけで、そこに一つの剣の完成形が見える気がした。


 閃く。


 俺が見て取れたのはごく僅かな部分だけ。剣を抜き始める瞬間。剣の煌めき。剣を納め終える所。その断片的なただ三つだけ。


 これほどか! 全身に鳥肌が立つ。感動? 興奮? 焦燥? 恐怖? 自分自身でも理解できない感情が溢れる。


 床へと落ちた一角鼠へと目をやる。一角鼠はその体を上下に切断されていた。同じ事をやれと言われれば、確かに俺にも可能だ。その圧倒的速度を除けば。


 地味といえば地味。そこには派手な魔法もしかけも何もない。ただ剣を振るっただけ。だが、それがこの騎士が長年にわたって、積み重ね研ぎ澄ませてきた一つの結果。


 ……遠すぎる。


 躱せるだろうか? 受けられるだろうか?


 今の俺にはまず間違いなく無理だ。俺もかなり強くなった。今ならば、シグムンドさんの動きを目に追えるだろうと思えるほどには。だがこの騎士では無理だ。たぶんだが、闘気術を使ったシグムンドさんならばあるいは……。


 これがこの騎士の実力の全てというわけではないだろう。だが、それでも……遠すぎる。


「相変わらずロギの剣技は凄まじいな」


 こちらへと向かい戻ってくる騎士へと王太子の称賛。騎士はそれに頭を下げた。


 騎士に何か言おうと思ったが、言葉が出てこなかった。あの剣技には、どんな言葉を使おうとも不釣り合いに思えたのだ。


 結局は何も言わなかった。ただ一言、


「……では行きましょうか」


 と先を促がす事しか出来なかった。


 気配を探り直す。と、階段付近に一つの気配。どうやら新しい魔物が生み出されていたらしい。この気配はゴブリンか。


「この先、階段付近にゴブリンが一匹います」


 特に問題はないだろうが一応報告はしておく。


「ならばそれは私がやろうか」


 その王太子の言葉に驚いた。王太子も、もちろん帯剣はしている。煌びやかな装飾が施されたいかにもといった感じの剣を。ここまで結構な距離を歩いたものの、王太子は息を乱したところもなく、体を鍛えているであろう事はわかっているが……。その身のこなしからも、ある程度は武術を嗜んでいるのだろう。だが……、万が一という事もある。


 騎士へと目を向けるも、何の反応も示していない。騎士が止めないのならば別にいいんだろうか? 一応俺が止めるべきなのか?


「えっと、それはその……。わかりました」


 結局出てきた言葉は了承の言葉だった。



「はっ!」


 剣は見事にゴブリンを一突き。剣についた血を払い、王太子がこちらを振り返る。


「お見事です」


 騎士へとは違い、ごく自然に称賛の言葉を伝える事ができた。お世辞でもなんでもなく本当に見事だった。それは第一階層で俺が探索者相手に教えた動きだった。いやそれ以上だ。嗜む程度ではない。もちろん先程の騎士ほどではない。これと比べれば騎士に対して失礼だろう。無論、俺でも簡単に勝てる程度だ。だが、五階層突破程度の実力はあるように見えた。王太子という立場で、これほどの動きが出来るとは思いもしなかった。


「レックスの教え方がよかったからな」


 そう言って王太子が笑う。


「いえ、王太子殿下の実力ならば、私のアドバイスなどなくともゴブリン程度ならば余裕でしたでしょう」


 本当の事だ。おべっかを使わずにすんでよかったよ。そういうのは昔から苦手だったからな。


「いや、魔物などと戦うのは初めてであったしな。レックスの教えがなければあたふたとしていた事だろう」


 王太子が時計を取り出す。


「少し早いが……。これで終わりか」


 階段はすぐそこだった。


「そうですね。フラグメントはお持ちですよね? それでは帰りましょう」


 王太子達が転移して行くのを見送る。やっと終わりか。これで依頼は終了。面倒な事だと思っていたが、あの騎士の剣技を見れた事で帳消しだな。むしろおつりが戻ってくるくらいだ。さて、俺達も帰るか。


「エバキュエイト」



 迷宮から出ると王太子達がいる。その迎えなのだろう。大きな馬車も止まっていた。迷宮前に大きく豪華な馬車。似つかわしくない。こんな事はもう二度となさそうだ。


「行こうか」


 王太子が馬車へ乗り込んだ。それに続き、二人の騎士が馬車に乗り込む。二人? そうか騎士は二人だったな。ロギという騎士の圧倒的な存在感のせいでもう一人の騎士の存在を忘れていた。ずっといたんだよな。存在が希薄すぎる。本当に王太子の御付というか護衛なんだろうな。いつもいても気にならないというのは護衛として大切な事だろう。


「どうした乗れ」


 見送る気しかなかったです。


「ありがとうございます」


 完全に全て終わった気分になっていたが。まあ、遠足は家に帰るまでが遠足だというしな。うん、それとは少し違う気もする。


 シビル、アストリッドと共に馬車へと乗り込む。


 馬車の中は広かった。六人が乗り込んでいるというのに手狭な感じがない。中の装飾などもきめ細やかで、作った職人の技量がわかる。すばらしい。


 俺達を乗せ馬車が走り出す。もちろん振動はあるものの座席の柔らかさの為かあまり感じない。王太子にとっては隣国までの長旅だしな。これくらいは快適でないと大変なのだろう。やはり、装飾など問題とはならないくらいにすばらしい。


 エリナを追い王都に向かう為乗り込んだ馬車はひどかった。舗装されて道をガタガタとひたすら揺られて……、などと考えている時だった。


「お前たちを食事に招きたい」


 と王太子からの有難いお言葉。家に帰るまでが遠足だが、家にはまだ帰れないのか。いや、だがエリナの事がある。エリナ一人除け者というわけにはいかない。今日の出来事を、騎士のすさまじさを少しでも早く伝えたかった。面白い映画、素晴らしい音楽に出会った時に話したくなるような、そんな気分だった。もし王太子や当の騎士と同じ馬車で帰っているのでなければ、シビルとアストリッドとの話題はその事だけだったはずだ。


「それは……」


「ごくごく内々の物だ。もちろんエレナ達も一緒だ」


 “エレナ達”というのはエレナさんとエリナの事か。断る理由がなくなってしまった。両隣に座るシビルとアストリッドを見るも、シビルは完全に何が食べられるんだろうと期待に満ちた顔をしていたし、アストリッドは普段通りだった。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 風呂にも入りたいし、準備などもあるからな。一度、宿に戻りたい所だ。そうして、そこでエリナに話そう。


「そうか。ではこのまま向かうぞ。ああ、全てこちらで用意する。何も心配するな」


 俺の心を全てわかったかのような王太子の言葉だった。


 馬車はガザリムへと入り、人で賑わう大通りを進んでいく。

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