第十二話 実地訓練
ゴブリンの気配を目指し進んでいく。マッピングスキルが発現して以降の階層と同じように、脳内地図は正確に機能していた。
「気配察知は重要です。迷宮内で不意を突かれるという事もありませんし、魔物を見つけるのも簡単です」
通路の先、小部屋のゴブリンを指差す。
「それじゃあちょっとやってみます」
もう少し近くで見てもらうのがいいだろう。探索者の少年少女を手招き、すぐ後ろに来てもらう。
「ここで待っていて下さい」
数歩進み、床を足で蹴る。ゴブリンを誘き寄せるのだ。
音に気がつき、ゴブリンがこちらへと走ってくる。俺が一階層目に入っていた頃と変わらない行動。二十階層の魔物を相手にした身としては、その遅さに違和感を覚える。
ゴブリンがすぐそばまでやって来る。
「振り下ろしてきます」
俺の言葉通り。まるで予言だったかのように、ゴブリンは俺の頭目掛け棍棒を振り下ろし始める。
普段は左側にエリナが立つ事が多い。その事もあり最近は左に避けるという事は少ないが、今回は俺一人。突きやすいように左に避けるか。
軌道は正確に上から下。俺の記憶の中の軌道と一致する。その振り下ろしの速度すら正確に同じ。逆にすごい。
あのカースソードの動きもいつかはこんな風に遅く感じる時が来るのだろうか? 来てくれないと困るか。
足をずらす……、と背後からほんの小さな風切り音。
左に傾いた体を戻し、右へ。
床へと棍棒を打ち付けたゴブリンの体に、ごく小さな石の欠片が当たる。
「ここで突きます」
その石片は何の効果も生み出さない。ただゴブリンの体に当たり跳ね返り落ちる。
胸元に剣を突きたてた。
「こんな感じですね」
剣を引き抜き振り返る。そうして石片が飛んできた方へと目をやる。と、一番奥にいた王太子の護衛騎士の一人がすまないとでもいうように、片手を上げた。俺の実力を見る為? 王太子の指示だろうか?
聞くのはとりあえず後にしよう。俺に危害を加えるつもりもなかったようだしな。本気なら……あの小さな石片でも俺を殺すほどの威力を込める事ができるだろう。あの騎士ならばそれほどの力は持っていてもおかしくはないはずだ。
意識を少年少女に戻す。一応、剥ぎ取りも見せておくか。剣についた血を払い落とし、変わりにナイフを持つ。
「ゴブリンの換金対象となっているのが牙なのは知っていると思いますが……。ここをこうやって……。」
次は……。そうだな。一人一人、ゴブリンとやらせるか。
「本当にありがとうございました!」
丁寧に頭を下げてくる探索者達と二階層へと進む階段前で別れる。二階層の一角鼠は動きが素早い。もう少しゴブリンで戦闘に慣れた方がいいだろう。
階段を降り二階層へと進む。
「時間を取ってしまい申し訳ありませんでした」
王太子に詫びを入れる。二階層に入り、いつの間にやら騎士から発せられる圧力は消えていた。先程の指弾で充分という事だろうか。
「気にするな。それにしてもレックスは教え方が上手いな。教師にでもなったらいいんじゃないか?」
王太子は冗談交じりに言う。
教師か……。初心者探索者相手に? お金にはならなさそうだな……。三人と子供を養っていくのは厳しそうだなあ。……! 何を考えているんだろうか。
「三階層までという事でしたが、そうなると遅くなってしまうかもしれませんが?」
王太子の言葉に小さく頭を下げるだけで返答し、これからの予定を聞く。
「そうだな……」
王太子は内ポケットから小さな円形の金属を取り出した。時計のようだ。さすがは王太子。
「では、この階層の終りまで進むか」
二階層という事もあって、最短で進めばすぐに終わるな。
「わかりました」
二階層の魔物はゴブリンと一角鼠だったはずだ。気配を探る。……階段までの最短ルートには魔物はいない。ただ、それだと歩くだけになってしまう。ここはやはり二階層の魔物である一角鼠を見てもらうほうがいいか。迷宮に入って階段まで何もなしで終わりというのもな。途中の階を素通りできるというのは普段ならありがたい事だが。
……ちょうどいい所に一角鼠がいるな。少し遠くなるが。
「二階層の魔物も見て頂きたいので、少々最短ルートから外れてもかまわないでしょうか? 最短で階段に向かった場合と時間的にはそれほどかわらないかと……」
王太子が頷くのを目に入れ、
「それでは……」
再び先頭に立ち二階層を進んで行く。
この階層を無事に終えれば依頼は終了。こんな簡単な事で、普段迷宮に入る以上の金額が舞い込んでくるわけだ。王太子からずっと依頼がくればいいのに。いや、それはさすがにいくら簡単な依頼でも大変そうだ。
二階層か……。あまり苦労などした覚えはないな。一階層は色々と大変だったが……。ああ、そうか。そのお蔭で初めて娼館に……。あれが二階層に入る日だった。素晴らしいものだった。ひとまずはランク2になるまでは縁がないだろうな……。選択によってはもう二度といけないという可能性も……。いや、それはもういいか。
そういえば……。
「シビルと初めて会ったのも二階層だったね」
そうだ。シビルが一角鼠に苦労して声をかけてきたんだ。今なら魔法がなくともさすがに一角鼠はシビルも余裕だろうな。
「あの時の事はもう忘れてよ!」
シビルが恥ずかしそうに叫ぶ。さすがにあの時の俺の態度は冷たかったかもしれない。いや、シビルの態度も相当だった気もする。それだけ余裕がなかったという事かもしれない。俺も、シビルも。それが今では、王太子の護衛で迷宮案内……。
あっ……。王太子は見ると口元に笑みを浮かべている。
「随分と仲が良さそうだな」
そう言う王太子の口元には笑みが浮かんでいる。騎士の圧力が消えた事で緊張も軽くなった。そのせいもあってか口も軽くなっていたようだ。
「すいません。お見苦しい所を……」
気を引き締め直そう。
それ以降は無駄口を叩かず、黙々と歩く。
「次を右に曲がります。その先の小部屋に一角鼠がいますので」
角を曲がると、小部屋が見えた。周囲の状況は最初に気配を探った時から変わりない。良い感じだ。一角鼠が一匹。足を止める。
「あれが一角鼠です」
小部屋からはまだ離れた所ではあったが、一角鼠の姿がはっきりと確認できる。
「ふむ。その一角鼠とやらはロギにやらせてみたいのだが、かまわないか?」
王太子が隣に立つ騎士を示す。どうやらこの騎士の名はロギというようだ。
「えっ!? この方がロギ様ですか?」
その名にシビルが反応を示した。どうやら有名な方のようだ。レックスの記憶にはない。
「この前、話したじゃない! ほら! あの! 戦争の! 騎士様!」
ピンとこない俺とアストリッドに対して、シビルが興奮を抑えられないといった感じで説明をして来る。確かに戦争の説明の際にとんでもなく強いという騎士がいるという話を聞いたな。
つまりこの騎士がそのとんでもなく強い騎士……。
あらためて騎士を見る。全身が金属鎧に包まれ、男なのか女なのかすらわからない。体格はそれほど大きいわけではないようだが……。腰には長剣。佇まいや気配から強い事はわかっていたが……。たとえ一角鼠であろうと、この騎士が戦う所を見てみたい。
「ではよろしくお願いします」
騎士の為に道を開ける。
騎士はこれまで通りなんら気負った様子もなく進み出る。
「行きます」




