第十一話 指導
「とまあ、それほど面倒な事にはならなさそうかな」
宿へと戻り、さっそく三人に先程の出来事について話す。
「そうですか……。よかったです。……今回は私のせいでご迷惑をおかけする事になってしまいまして……」
エリナに会いに来たって話だったしな。エリナが気にするのもわかるが……。
「気にしないで。エリナとパーティを組むって決めたのは俺だから。この程度の事気にするくらいなら、そもそもエリナを追いかけて王都まで行ってないって」
あの時の事を思い出すと、無茶をしたなと思わないでもない。事情もわからないままに、ただエリナを追いかけて……。
「そんな事より! エリナよかったね。お姉さんと会えるんだよ!」
そうだ。そっちのほうがよっぽど重要だ。もう二度と会う事はないはずだったのだ。
それ……が……。
そこでふと王太子の気持ちがわかった気がした。話に苦笑しながらも、あのエレナさんを見つめる愛おしさを感じさせる視線。さも自分が会いたかったかのように言っていたが、王太子はきっとエレナさんにエリナを会わせてあげたかったのだ。きっと……。
俺もそんなふうに思いやれる関係を築けるだろうか? エリナ、シビル、アストリッド。一人一人を見つめる。
三人もまた俺を見つめていた。不思議そうに。なんでもないと首を振って見せる。その時になってみないとわからないな。だが、あんな風に想えたならば素晴らしいと思う。
さすがに王太子を待たせるわけにはいかないと、予定のずいぶんと前に迷宮前に到着した。エリナは宿で待機。遣いの者が宿に来る事になっている。エリナなしでの迷宮探索……。ひさびさだな。
午後からという事で迷宮に来る探索者はあまり見られない。どんなに遅くとも慣れた探索者は午前中に迷宮に潜り始めるからだ。ぽつりぽつりと見かける探索者は低ランクの者ばかり。今にも壊れそうな装備を身につけ迷宮へと入って行く。そんな探索者達を懐かしい目で見送る。俺にもあんな時代があったな、と。
「あ、あの……、ソードダンサーさんですよね?」
そんな中、一人の少女が声をかけてきた。おずおずと。本当にまだ少女といった感じ。カミーロ君と同じくらいだろうか。
「そうですが……」
俺の返答に少女はほっとした表情を見せた。
「その、少し迷宮探索のコツなどを教えてもらえないですか?」
空を見上げる。太陽の位置から王太子との約束の時間まではまだ余裕がある事がわかった。暇だったしな。
「何階層に入っているんですか?」
「まだ、一階層目です……」
少女は恥ずかしそうにそう答えた。一階層目ならばゴブリンか。
「迷宮には一週間ほど前から入り始めたんですけど、なかなか次の階層へ進めなくって……」
ゴブリンねえ。そもそもゴブリンに苦労した記憶がないからな……。村で出会った一匹くらいか? そんな俺に上手く伝える事ができるだろうか。
少女に目をやる。革製の粗末な鎧に、腰には片手剣。魔法が使えるならば、ゴブリンに苦労する事もないだろう。つまり片手剣で迷宮に入っているという事か。得物は同じだし、少しは教えられることもあるか。
「ゴブリンの行動パターンが決まっているのはわかっていますか?」
少女が首を横に振る。それじゃあまずはそこからだな。ゴブリンの行動を思い出す。
「まずゴブリンはこちらを見つけると、走り寄ってきますよね?」
今度は首を縦に振る。
「そうして近づいて来ると、ゴブリンは棍棒を振り下ろしてきます。重要なのはゴブリンの行動は全てこれから始まるということです。走り寄ってきて、上から下に棍棒を振り下ろす。ゴブリンによる個体差はなく、その棍棒も正確に同じ軌道を通ります。その後の行動はこちらの行動によって変化しますが、最初は間違いなくそれです。ゴブリンは動きも遅く、力も弱い。その最初の振り下ろしさえ躱してしまえば、後は攻撃を合わせればいいだけです」
ゴブリンならばこれだけ覚えておけば充分だ。臨機応変というのも大切な事だが、まず最初は慣れる事が必要だ。俺の話を聞くように、少女と同じような格好の探索者が数人こちらを見つめていた。もう少しだけ詳しく説明しておこうか。
「アストリッド。俺がゴブリンの役をやるから、見せてあげて」
アストリッドがこくりと頷いた。
俺とアストリッドは剣を抜く。そして少し距離を取る。
ゴブリンの挙動を思い出しながら、その動きを忠実に再現する。
これくらいだったかな? 剣を振りかぶりながら、ゆっくりとアストリッドへと走る。
こんなに遅かったっけ? そう思いながらも、記憶の中のゴブリンに重ね合わせるように、剣を振り下ろす。
アストリッドがすっと軸をずらした。剣はアストリッドを捕えられず、宙を斬り……胸元にはすでにアストリッドの剣先が押し当てられていた。
……。
アストリッドさん本気じゃん……。
少女と周りの探索者に目をやる。よくわからなかったようで、ぽかんとこちらを見つめていた。これ相手役はシビルのほうがよかったな。魔法無しでも低階層ならシビルも余裕だし。
「ま、まあこんな感じかな。今度はアストリッドがゴブリン役ね」
もう少しわかりやすくした方がいいだろう。アストリッドが頷いたのを確認して、再び距離を取る。
アストリッドがこちらへと向かって来る。
剣を振り上げ、走ってくるアストリッド。確かにゴブリンはこの程度の速度だった。少しほっとした。
余裕を持ち、振り下ろされる剣をゆっくりと躱す。
振り下ろされ、がら空きになった胸元へと剣を突く。再び、なるべくゆっくりと。低レベルで、戦闘に慣れていない者でもわかるように。
「こんな感じですね」
「ちょっと、レックス……あれ」
周囲に目を向けようとした所で、シビルが話しかけてきた。シビルに目をやるも、シビルは俺を見てはいなかった。シビルの視線を辿るように視線の先を見る。と、これまでにはいなかった三人組が目に入った。そのうちの一人は王太子だ。
随分と少人数だな。昨日のホテルの警備から、もっと大勢でやって来るものとばかり思っていた。まあ二人でも充分か。一人からはほとんど気配を感じない。相当、気配消失のレベルが高いのだろう。だが、もう一人の方が問題だ。一目見ただけで強いのがわかる。シグムンドさんやテオドラさん達と同じような……。もしかしたら、それ以上に……。
「すみません。夢中で気がつかなかったようです」
その一人の騎士の存在感に圧力を感じる。それが俺へとずっと向けられているのだ。こんな気配に気がつかないはずはない。そもそも気配には気を配っていた。見逃すわけがない……。
「実際にみせてやったらどうだ? 我々も一階層から入るのだしな」
王太子からの提案。どうやら俺達の模擬戦を見ていたようだ。一体何時から? そんな前からいたはずなのに、俺が気がつかなかった?
「わかりました」
ここで聞くわけにもいかず、王太子に頭を下げ少女達に目を戻す。
「私達もこれから一階層目に入りますので、実際にゴブリンとの戦闘を見たいというのであれば、ついて来てください」
団体で迷宮へと入る。俺を先頭に王太子一行の周囲を守るように、シビル、アストリッド。ないとは思うが、後ろをついて来る探索者の中に暗殺者がいないとも限らないしな。
迷宮に入ってからも俺へと向けられたままの圧力。殺気とは違う。危害を加えてやろうというような、そういった類いの物ではない。ただ、そう……試すような……。
そんな圧力に耐えながら、迷宮を進んでいく。背を汗が伝う。まさか一階層目の探索で、こんな緊張感を味わう事になるとは……。




