第七話 二十階層その二
そこにあったカースソードはこれまでのどれとも違った。片手剣。目立った装飾は柄頭の魔石だけだ。それ以外の部分には特に目立つような意匠はほどこされていない。無骨といってもいい。しかし、それを補って余りあるほどの剣身の美しさ。それは本来の刀剣としての美しさを体現しているかのようだった。
カミーロ君に目をやる。俺の視線にカミーロ君は黙って首を振った。知らないか……。普段は出会わない魔物。
やるしかない。こいつを倒さなければ先へは進めないのだ。
エリナと視線を合わせ頷きあう。
基本的にはこれまでと同じ。エリナを前衛にそのすぐ後ろに俺。シビルとアストリッドが後方からだ。
「行くよ」
短かい言葉。
シビルとアストリッドが詠唱を始める。
エリナが一歩踏み出し……。
すっとカースソードがこちらへと剣先を向けた。
気付かれた。だがそれは予想していた事だ。
これまでのカースソードとは違い、ゆっくりとこちらへと向かって来る。
エリナが二歩目を踏む。
俺とエリナの間を通りカースソードへとシビルの魔法が飛んだ。
その数瞬後、シビルの生み出した火球を追うようにアストリッドの矢も飛ぶ。
火と風。アストリッドの風を纏った矢は周囲の空気を火球へと送る。
距離に比例して火球は大きくなる。
これまでのカースソードならば、跡形もなく燃え尽きてしまうであろう熱量。
シビルもアストリッドも、この魔物がこれまでのカースソードとは比べ物にならない強さを持っていると感じ取ったのだろう。
その火球が近づいてもなおカースソードはこれまでと同じようにゆっくりとしたペースで進む。
これで……。
ぶつかる!
……しかし、その圧倒的な火球はカースソードを前にすっと消えた。
何もなかったかのように、カースソードは進み続ける。
魔法の無効化? なんだろうか。カースソードが何かを行ったような様子はなかった。本当に何もなかったかのように……。それは手品のようだった。
エリナが駆け出し後を追う。
エリナがカースソードへと剣を振り下ろす。
すっと……。カースソードはエリナの剣をその身の上で滑らせ往なす。
と、すさまじい速さで刃を水平に斬りつけた。
盾で受ける。
耳に突き刺さるような甲高い音。
エリナの持つ盾には鋭く刃が食い込んでいた。
カースソードの動きが止まる。
ここだ!
前に出るとカースソードへと剣を斬り上げる。
上からはエリナの剣が迫る。
再び金属がぶつかる甲高い音。
跳ね返される剣。
俺の剣もエリナの剣もカースソードを傷つける事はできなかった。
驚きはあったが止まるわけにはいかない。
さらに斬撃を繰り出す。
俺の剣の邪魔にならぬようエリナが一歩下がる。
上から下。
下から上。
あらゆる方向から、俺が持ちうる限りの力で。
が、それらは全てカースソードに打ち返される。
すっと距離を取るようにカースソードが後ろに下がった。
ただの剣だというのに――いや、宙に浮き勝手に動き回る剣を、ただの剣はただの剣とはいえないが――それは何か意志を感じさせる動きだった。
「ごめん。エリナ下がって。シビル達をお願い」
俺の言葉に黙って首肯すると、エリナはさらに数歩下がる。
そんな心配をする必要はない気がする。この魔物は俺を抜けてシビル達を狙うような、そのような真似をしないだろう。
魔法が消えたのも、それはこのカースソードの在り様からだ。剣と剣。魔法など無粋。そういうものだと思った。
ほんの数度、剣を合わせただけだが何となく……。
しばしの対峙。
こいつを斬る。そのイメージを思い描く。
ただのカースソードならいくらでも斬れる。だが、これは俺の剣を往なし打ち返してくるのだ。
闘気術を使うしか……。
相手を見据える。
俺の準備が整うのを待つかのように、カースソードはゆらゆらと剣先を揺らしながらその場に留まっていた。
体内の魔素に意識を巡らせる。
出し惜しみなし。
全身を闘気で覆う。
腕を体に回すように、両手の剣を腰の後ろへと引く。
行く!
俺の意志を感じとったように、剣先の揺れをぴたりと止めた。
カースソードがその身を上げる。
俺の横薙ぎの剣が速いか、カースソードが速いか……。
床を蹴り飛び出す。
同時にカースソードの剣先が落ちてくる。
時間が引き伸ばされていく感覚。
ゆっくりと振り下ろされるカースソード。
両手の剣をクロスさせ斬りつける。
俺の振るった剣もまたゆっくりと向かっていく。
そして……。
俺の剣はカースソードの身に入り込んでいく。
カースソードの破片が宙に舞う。
きらきらと。
それは綺麗ではあったが、俺の未熟さの証明。
斬れたわけではないという事。
その間も俺の剣はカースソードを壊していく。
カースソードの身がひび割れていく。
俺の剣がカースソードを抜ける。
そこで世界は再びいつもの速度を取り戻した。
ばらばらと落ちてくるカースソードだった物。
がらんっとひときわ大きな音を立て柄が落ちてきた。
柄頭の魔石はその光を失い、ただの真黒な石となっていた。
粉々になった剣身を見つめる。
「お疲れ様でした」
声をかけてくるエリナに軽く頷き、再びカースソードだった物に目を落とす。
「さあ行きましょうか」
後から来たカミーロ君が腰を落としカースソードに手を伸ばす。
「それは……そのままにしておいて」
俺の言葉にカミーロ君は不思議そうに首を傾げたが、黙って鞄を背負うと立ち上がった。
「さあ行こう。後は帰るだけだ」
闘気術の反動はあるが、この先に魔物の気配もない。歩いて戻るだけならば問題はない。
五人揃って部屋を出る。さて後は帰って報告して打ち上げか。
振り返り、地に落ちたカースソードに目をやる。
迷宮の魔物は復活するものだ。同じ個体かどうかはわからないが、今度は上手く斬るから……。
魔物にこんな感情を持つのもおかしな話だが、そう感じてしまったものはしかたがない。
迷宮を出るともうすでに外は真暗だった。月の位置からして深夜だろう。こんなに長い間迷宮を探索したのは初めてだ。心地よい疲れが襲ってくる。
ギルドに戻る。こんな夜更けでもギルドには明かりがついている。が、探索者の姿は見られない。
カウンターの中には……。
「ステラさん?」
こんな時間だというのに……。勤務時間外のはずだ。俺達を待っていてくれたのだろうか? たぶんそうだろう。責任感の強い人だしな。
「お帰りなさい」
深々と頭を下げるステラさんに、まずは十九階層で見つけた探索者のギルドカードを渡す。
ステラさんはわずかに顔を歪めた。
「十九階層、最奥の小部屋ですね。報告を受けています。ありがとうございました」
それ以上は何も言わなかった。
その後、ギルドカードと共に魔石やカースソードの残骸を渡す。
「試験は明日の夕方になりますので、ギルドにお越しください」
夕方か。ありがたい。さすがにゆっくりしたいと思っていたところだ。休みでもいいくらいだ。
「その後は、依頼主との顔合わせがありますので」
そうか……。そういうものも……。
「それは俺一人でも大丈夫ですか?」
ステラさんが怪訝な顔を見せた。
「それはかまいませんが……」
「皆疲れているので、少し休ませてあげたいなと」
「申し訳ありません」
「いえいえ」
本当はエリナを連れて行けないだけです……。
ギルドカードを返却してもらいながら、
「そういえば二十階層なのですが……」
二十階層の話題を出す。
「出ましたか……」
言葉の途中だというのにステラさんは何の話かわかったようだ。
「……出ましたね」
「度々、報告がありまして……。時々おかしなカースソードがいると。探索者の命は取らず、負かしてはすっと消えるそうです。高ランクの方に討伐を依頼したこともあるのですが……、やはり迷宮の魔物なので……」
復活すると。なら、また戦えるという事だ。
「死んだ方もおられない様なのでそのまま……」
なるほど。彼は――彼女かも知れないが――ただ真剣に剣技を競いたいのだ。命を取らない。それは言い換えれば、命を取るまでもない……という事。彼が殺すのは彼が認めたものだけだろう。
この後はカミーロ君の手続きがある。
もう夜も遅い。明日にするか。いや明日は予定があるのか。明後日か? 依頼次第だな……。
手続きを終えたカミーロ君と合流する。
「今日はもう遅いし」
「僕は大丈夫ですよ」
カミーロ君は笑顔だった。……そっか。ならいいか。十三歳……。元気だな。
「良いお店知ってますよ」
「ならそこにしようか」
つい俺達だけだと決まった同じ店を選んでしまう。開拓するのもいいもんだ。




