第六話 二十階層
足を踏み入れた二十階層は、これまでの迷宮とは明らかに違った。まさに迷宮といった感じなのだ。
「なんか全然違いますね」
これまで以上に迷宮らしいというか……。迷宮と聞いて想像するような迷宮なのだ。
床は大きな石タイルで舗装されている。壁も天井も同じ材質。その通路は綺麗な四角形をしている。
通路も真直ぐと延びており、湾曲は見られない。
これまで以上に同じような光景が続く。マッピングスキルが重要になってくるな……。
気配を探る。魔物の数は少ない。徘徊型と待機型の両タイプがいるようだ。そのどちらも気配の質は同じ。どちらもカースソードなのだろう。
初めての戦闘は待機型がいいな。小部屋ならば通路よりは広く場所をとって戦える。小部屋までに魔物と出会わずそれでいて数が少ない小部屋……。
「まずは左ですね」
カミーロ君が地図を片手に進路を示す。
「よし! さっさと終わらせて帰るぞお!」
シビルが元気よく声を上げる。それは空元気のように思えた。先程の重い空気を引きずったまま、二十階層に来てしまったからな。なんとか空気を換えようとしているのかもしれない。
「そうだな! 帰ったら飲もう。お世話になったしカミーロ君も奢るよ」
シビルに習う様に元気よく声を出す。
「ありがとうございます!」
カミーロ君も同じように元気に返事を返してくれる。
「どこに行きましょうか?」
カミーロ君はまだ若いし肉がいいか? でもそうなるとアストリッドが……。
「……なんでもいいよ。お酒飲むし」
ほんの少し向けただけの視線にアストリッドは気がついたようだった。
「とりあえず二十階層をとっとと終わらせよう」
ほんの少しの本当に些細なそんな会話で、俺の心は少し浮上した。小さな事かもしれないが、皆がいてくれてよかった。
これまでと同じようにエリナを先頭に二十階層を進む。
「次を右に。すぐに分岐路があるのでそこを左です」
そのカミーロ君の示す通路には徘徊する魔物の気配が一つ。移動速度は速い。
魔物の動きを読み分岐路に入れば、やり過ごすことは可能だろうが……。探知範囲もどの程度かわからないしな。準備を整え迎え撃った方が安全か……。待機型が良かったが、こればかりはしかたがない。相手をするのが一体でよかったと思おう。
カミーロ君の前に出ると剣を抜く。エリナも剣を抜いた。
「曲がるとすぐに魔物が見えると思う。エリナ。魔物の気配が遠のいたら出るから」
エリナは黙って頷いた。
「シビルは俺の後ろ。カミーロ君はさらにその後ろね。最後尾にアストリッド。大丈夫だとは思うけど、一応後方も警戒しておいて。気配に気がついたら言うけど」
エリナと同じように三人も黙って頷く。
こちらへと近づいて来ていた魔物の気配がじょじょに遠ざかっていく。規則的な動き。こちらの存在には気がついていない。
「行きます」
一声かけエリナが踏み出す。――とそれまで遠のいていた魔物の動きが変わった。これまで以上の速度で、こちらへと近づいて来る。通路に入ると同時にこちら側へとやってきた。通路全体に感知装置のようなものでもあるかのように。
エリナに続き通路を曲がる。
見えた。
剣が宙を飛びこちらへと向かってきている。……カースソード。その名に相応しい姿だ。
ただ剣というよりは刀だろうか。片刃の幅広で無骨な印象だ。ファルシオンが近いのだろうか? 柄頭にはうっすらと輝きを放つ魔石がはめ込まれている。
それは猛スピードで俺達との距離を詰めてくる。
やはり速い。
エリナが数歩前に出ると剣を構える。
その斜め後ろ。抜けられないように、エリナから一歩下がった所で、俺も剣を構える。
後ろにはシビル、カミーロ君。この速度……アストリッドならなんとかなるだろうが、抜けられると二人にはきつい。
シビルの気配に変化を感じる。
と間をおかず魔物に向かい火球が飛ぶ。
その速度は魔物よりも速い。
当たる!
その瞬間、カースソードはその身をくるりと一回転。
火球を断ち切り速度を維持したまま向かって来る。
発動速度を重視した為に威力はそれほどではなかったが、ガーゴイルなら倒せている程度の威力はあったはず。
それを斬るのか……。
目前へと迫った魔物へとエリナが一歩踏み込み剣を突き出す。
カースソードは突き出された剣を下からの斬撃で跳ね上げた。
エリナはすかさず開いた胴を盾で覆い隠す。
カースソードが盾を斬りつける。
切れ味はそれほどでもない。
盾に跳ね返され勢いを殺す。
今だ!
瞬時に飛び込み横からカースソードを斬りつける。
闘気術を使っていなくともこの程度……。
俺の剣はカースソードを切り裂いていく。
まだ二十階層なのだ。
カースソードがその身を地面へと横たえる。その剣は綺麗に二つに断ち切られている。金属の破片などもない。斬れた……。
「カースソードは全てギルドで買い取ってくれます。高いのは魔石なので、かさばるようなら魔石だけ抜き取るのがいいと思います。どうします?」
終わったのを確認し、カミーロ君が首を伸ばし説明してくれる。
とりあえずは、全部持っていくことにする。持ちきれなくなったら魔石だけにしよう。
そう説明するとカミーロ君はカースソードだったものを拾い上げ鞄に詰め込んでいく。
「ある程度の荷物持ちもマッパーの仕事なので」
そういうものなのか。地図を見るだけではないようだ。共に迷宮に入るのだし、当然と言えば当然なのだろうか?
「ありがとう」
「いえいえ」
回収を終えカミーロ君は鞄を背負い直す。
「よし。この程度なら問題なさそうだ。さっさと終わらせよう」
「次はわたしが!」
魔法を斬られた悔しさか、シビルが張り切って声を上げる。
「いえ、次は私です」
剣を打ち返された事が悔しかったのだろう。エリナも声を上げる。
「……何もしてないから次は私の番」
……確かにアストリッドは何もできなかったな。
二十階層を最短距離で駆け抜ける。実際には歩いているが。
やはりカースソードは侵入した者を感知して、襲ってくるようだった。すぐに小部屋や、通路から出ると何事もなかったかのように元の行動を取るようになった。
カースソードは数パターンの姿をしている。先程のようにファルシオンのような姿の物もいれば、クレイモアのような大剣、剣身が波打ったフランベルジュのような物もあった。
何度か戦い、それぞれ単独でカースソードを撃破する事もできた。
動きは速く、硬い。それは確かだ。だが、大した強さではなかった。やはり二十階層。デスナイト、レイス、フライングアイ。二十階層以降の魔物と戦い勝利してきた。俺達にはまだ余裕がある。
「皆さんやっぱりすごいですね」
俺とエリナの剣について、シビル、アストリッドの魔法について、カミーロ君が思いつく限りであろう言葉で称賛してくれる。気恥ずかしい。
「私達なんて本当にまだ全然ですから」
シグムントさんにテオドラさん達。それにバルナバさん達もか。ランク3、ランク2下位程度の力はあるはずだが、上には上がいる事を知っている。
「僕が組んだことのあるパーティの中でも、飛びぬけて皆さんが強いと思います」
カミーロ君は二十一階層までと言っていたか。ランクとしては上のパーティとも組んだことがあるという事だ。だが、二十一階層。それならばそれほど実力の差はないだろう。
「そろそろ潮時じゃないかって……」
カミーロ君がぽつりとこぼした。
「あっ、僕がじゃないですよ。よく指名していただくパーティの方が……。今二十一階層でちょっと詰まっていて……」
二十一階層……、デスナイトだったか? 浄化スキルや火力の高い魔法スキルがなければ確かにつらいかもしれない。
「今でも食べていくには充分稼げているから、先に進むのを断念しようかって話があがっているんですよね」
そういった話がよくあがるのがランク3だと聞いた事がある。探索者としてランク3ともなれば強者だ。引退するにしろ、それまでの階層で稼ぐにしろ、どちらにしても死ぬまで金に困るという事はないだろう。
「家族からも反対されているようで」
十九階層で死んでいた探索者の事を思う。だれしもああなる可能性がある。いつ死ぬかもわからない仕事。充分すぎるほどに金があり、危険を冒してまで先に進むという事に身内が反対するのも当然か。
「でも悔しそうなんですよね……。その話をするとき……皆、歯を食いしばって……」
そういうカミーロ君も歯を食いしばっていた。
同じ迷宮に潜る人間にしか分かち合えない感情だろう。遅いか早いかの差はあるが、誰にも限界は来る。探索者としての道を諦め、マッパーを選んだカミーロ君。ずっと前にその悔しさをその身に感じたはずだ。だから、こうして自分の事のように悲しげなのだろう。
「本当に皆さんいい人達なんですよ。僕の事をいつも心配してくれて。……なんかすいません。変な話しちゃって」
うっすらと涙が滲んだ目を服の袖でこする。
「いや……」
「レックスさん達を見て、先に進んでいくのはこういう人達なんだろうなって……。なんとなくわかっちゃって。僕には全然才能がないから……。あの方達もすごく強い人達なんだって思っていたんです」
ランク3になれる者も探索者の中では少数だ。そういう意味では強いし才能もあったのだろうと思う。
「だから……もっと先に進めるはずだって……そう思っていたんです。でもレックスさん達と一緒に迷宮に入ってみてはっきりとわかりました。……僕も止めます。あの人達に死んでほしくはないんで」
カミーロ君も十九階層で死んでいた探索者の事を思い返しているのだろうか……。自分の事のように悔しさを感じたはずだ。それでも止めたいと……。
「だから……。だから絶対にレックスさん達は先に進んでくださいね。僕達がいけなかった場所に。ずっと先まで」
力強く頷く。そうする事しかできなかった。そんな俺を見てカミーロ君はにっこりと微笑んだ。
「死なないでくださいね」
カミーロ君は最後にそう冗談めかしてつけ加えた。
「当たり前だよ。わかんないけどね」
俺も軽口で返す。
それで話は終わり。歩みを再開する。
俺達にだっていつかは限界が来るはずだ。迷宮最下層まで潜れるなんて思っていない。でも出来る限りは精一杯、本当に限界だって所までは頑張るつもりだ。
限界が来てそれでも諦めきれなかった時……。エリナ達は止めてくれるのだろうか? それとも最後まで一緒に先を目指してくれるのだろうか? どちらだったとしても仲間のありがたさを俺は感じるのだろうなと漠然とそんな風に思う。
どちらかといえば俺が止めるか付いて行くか決めるほうにまわりそうだけど。
せめてテオドラさん、シグムントさんには追いつきたいな……。だが、それはランク0まで行くって事を意味するのだけれど……。
「そろそろ転移結晶につきますよ。この先の小部屋を抜ければすぐです」
二十階層を最短距離で進んできたというのに数時間だ。戦闘時間はそれほど長くはない。それほどまでに二十階層は広いということだ。
エリナが首を傾げる。その小部屋に魔物の気配が一つ。
「レックスどう思います?」
魔物の気配。それはカースソード。だがどこか、これまでとは少し違う気配。またこのパターンか。
すんなりと終わらせてはくれないようだ。




