第四話 再会
「おひさしぶりです! 今日はよろしくお願いします」
俺達の目の前にいる少年がこちらに元気よく挨拶をしてくる。以前、頼んだこともあるマッパーのカミーロ君だった。
依頼を受ける事を伝えると、
「ギルドでレックスさん達の二十階層までの案内をご依頼させていただいております」
と、ステラさんに紹介されたのだ。
カミーロ君の仕事ぶりは以前組んだこともあり、よくわかっている。カミーロ君なら大丈夫だろう。
「こちらこそよろしく。元気だった?」
「はい!」
まだその幼さの残る声で元気いっぱいに言葉を返してくれる。朝の少しの気怠ささえ感じさせない。それはこちらにまで伝わり、昨日からの少々の不安のようなものすら吹き飛ばしてくれるようだった。
「それではよろしくお願いします。ランク3認定試験については明日の予定ですので……」
まるで俺達が今日絶対に二十階層まで攻略できるかのような口ぶりだった。もちろん俺達もそのつもりではあるが。
ステラさんに見送られながら、ギルドを出る。
「カミーロ君は迷宮については今どこまで把握しているの?」
俺達の二十階層までの案内を依頼されるくらいだ。二十階層までは完璧に把握しているだろう。
「今は二十一階層までですね」
二十一階層か。以前は俺達のほうが進んでいたのに、いつの間にか抜かされてしまっていたようだ。他人と攻略速度を競っているわけではない。マッパーと探索者という違いもある。かまわないのだが、どこか悔しさのようなものがあった。
それと同時にカミーロ君が今もマッパーとして活躍できているという事に嬉しさも感じた。
「レックスさん達のおかげです。あの後、いくつかのパーティの方々からお声をかけて頂けて……」
カミーロ君と以前組んだのは、マッピングについて調べていた時……、十四階層だったか。それほど前ではない。探索者とマッパーの速度は単純に比べられるものではないが、この短期間で二十一階層か。
やはりカミーロ君にはマッパーとしての才能があったという事だろう。
「パーティメンバーが増えたのですね。初めまして。以前レックスさん達にお世話になったカミーロです。よろしくお願いします」
カミーロ君はアストリッドに向かって頭を下げた。
そうかまだあの頃はアストリッドがいなかったんだな。ずっと前から四人でやってきたような気分だった。それほど皆がパーティとして馴染んでいるという事か。
「アストリッド……よろしく……」
それに対して無愛想に、というか普段通りにアストリッドが返す。
「これまた御綺麗な方ですね!」
カミーロ君はそんなアストリッドの態度を気にした様子もなく、俺へと話しかけてきた。
「探索者の方って綺麗な方が多いですよね」
確かにそうかもしれない。エリナ、シビル、アストリッド……。テオドラさんにシャリスさん。それ以外にもギルド内で綺麗な女性を何人も見た事がある。
いや、目が行くというか印象に残っている……というだけかもしれないが。
「今、御贔屓にして頂いているパーティの方も……」
カミーロ君はそこで言葉を切った。
「なになに? そのパーティの女の子の事が好きなの?」
シビルが食いついた。
「いえ、そんな決してそういうわけでは……」
カミーロ君の顔は少し紅潮しているようだった。口では否定しているが、それは明らかに肯定を示している。
「それで! どんな人なの?」
シビルの目が輝いている。
「いえ、本当にそんな好きとかじゃ」
カミーロ君の目は泳いでいる。
「お姉さんが相談に乗ってあげるよ? 年上? 年下? さすがに年下ってことはないか」
カミーロ君が十三歳。確かに年下という事は考えにくいか。ただその年代の人をギルドで見かけないわけではない。だが、マッパーを雇い俺達と同程度あるいはそれ以上の階層を探索しているとなると、そうそういなさそうではある。
「えっとその皆さんよりも少し上くらいでしょうか」
観念したのかカミーロ君が話しはじめた。
「ふむふむ。年上か。それで? どんな感じの人なの?」
「えっと……女性だけのパーティなんですけど……」
シビルの前のめりの態度にカミーロ君がたじろいでいる。少し可哀想だ。シビルをたしなめないと。
「へえ、そうなんだ。その中の一人? あっ! もしかして全員とか!?」
シビルは何故かその言葉の後すぐに俺へと視線を向ける。
たしなめようとシビルに向けた顔を前方へと戻し、俺はその視線に気が付かなかったふりをする、そうしてただ前を見つめ歩く。シビル以外からも視線も感じるような気がした。だが確認する事はできない。ただ黙って歩くだけだ。
「えっと、その、皆さん魅力的というか……」
カミーロ君すまない! 助けてあげたい気持ちはあるが、俺は矛先がこちらに向かないように今は黙っている事しかできない。
「それでそれで、何人パーティなの?」
俺はこの時間が少しでも短くなるように、普段より少しペースを上げて歩く事しかできない。カミーロ君すまない!
「えっと……五人ですね」
「五人!?」
「その全員が好きって事ですか?」
エリナが少し驚きの混ざった声で会話に加わった。
「いえ、だから好きとかでは……。ただ気になるというか……」
全員話に夢中だ。これなら……。
「……レックスちょっと速い」
ぐっ。
「そうかな? ごめん」
アストリッドの指摘になにくわぬ顔で返し、ペースを落とす。すまない! カミーロ君すまない! 自己保身しかできない、汚い大人ですまない!
迷宮に入るまでカミーロ君の恋愛話は続いた。いや、迷宮に入った今も続いている。カミーロ君は話すうちにどんどんと饒舌になっていった。シビルの相談という言葉が効いたのかもしれない。
女性と接する場合にはどうすればいいのか? といった事をシビル達に聞いている。本格的に相談の様相を呈してきた。それに対するシビルやエリナの返答は、参考になった。というかカミーロ君にアドバイスするようにみせて、俺に聞かせているのではないかと感じる事すらあった。……参考にしよう。
十八階層までの通路は俺も全て把握している。脳内に全てあり、地図も必要ない。カミーロ君の力は必要ない。今はゆっくりとしていてもらおう。十九階層、二十階層になると嫌でもカミーロ君に頼る事になるのだ。
耳だけは会話に向けながら、脳内地図を頼りに進んでいく。
「あっ。レックスさんまっすぐに進むよりも、右のほうがいいですよ」
十字路を直進しようとしたところで、それまでシビルと話していたカミーロ君がこちらへと話しかけてくる。
立ち止り、実際に描いた地図を取り出すと、脳内地図とすり合わせ確認する。直進した場合と右折した場合を見比べる。ほぼ同じ距離だが、少し直進したほうが短い。
「まっすぐの道は少し高低があります。その点、右側はほぼ水平なので……。探索者の皆さんには誤差程度でしょうが、右側のほうが疲れないですよ」
「なるほど」
距離や魔物の気配だけでなく、そういった事も考慮しないといけないか。勉強になった。
今日は十九階層を越え二十階層まで進まなければならない。カミーロ君が最短距離を導いてくれるとはいえ、初めて出会う魔物との戦闘も控えている。少しでも疲労は押さえておかないと。
アドバイスに従い右側の道へと進む。シビルにいじられながらも、カミーロ君はしっかりと仕事をしている。やはり優秀だ。
仕事はしっかりとしているし、人として嫌な所もなく明るく迷宮を進む。他のマッパーを知らないが、マッピングを頼む事があるなら俺はまたカミーロ君を選ぶだろう。贔屓にしているパーティがいるというのも頷ける。
シビル達とカミーロ君の会話をBGMに迷宮を進む。
その、気になっているという女性パーティともカミーロ君はこんな感じなのだろうか? そうであるならば、カミーロ君には可哀想だが勝機はないだろう。
年上の女性だというし、男として見られていない可能性がある。カミーロ君は可愛い。たぶん、マスコット的な扱いになってしまっている。
特殊な性癖を持つ女性なら別だが、数年は我慢するしかないだろう。後、数年たてばそのカミーロ君の可愛さも、格好よさに取って代わっているだろう。そうなれば女性が放っておかないはずだ。今も特殊な方は放っておかないだろうが……。




