表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/100

第八話 一階層

 初めてのダンジョンに緊張しながら足を踏み入れる。ダンジョンは石造りで、意外にもしっかりとしている。崩落の心配はなさそうだった。


 俺は結局クラスはシーフを選択した。闘うことばかり想定していたが、気配察知が育てば事前に逃げることもできるだろうと思ったからだ。


 ダンジョン内には灯りが設けられ、視界は良好だ。慎重に一歩一歩進んでいく。と、初めての分岐に出くわした。十字路だった。どちらへ進むか。このまま真直ぐが正解のようだ。なぜわかったかといえば、地面をよく観察してみれば足跡がそちらに多く続いていたからだ。


 右側の通路を選び進んでいく。俺は昔からゲームでは、ダンジョンの隅から隅まで行かないと気がすまなかった。宝箱があったり、サブイベントがあったり、そういうものを取り逃すのが嫌だったのだ。


 階層が進めばそうはいっていられないかもしれないが、とりあえず五層までは隅々まで探索しよう。



 通路の奥からギャッギャッと獣が叫ぶような音が聞こえてきた。第一層に出てくる魔物はゴブリンだけだと聞いている。音をたてないようにゆっくりと剣を抜き、先ほどまで以上に慎重に進む。


 だんだんと音は近づく。通路の先は広がり、小部屋のようになっているようだった。


 やはりゴブリンか。目視で確認できるゴブリンは一体。まだこちらには気がついていない様子でギャッギャッと騒いでいる。気配察知を意識する。反応があるのは目の前のゴブリンだけで、他にはなにも感じない。


 床を蹴りわざと音を出す。その音にやっとこちらに気がついたのか、ゴブリンが走ってくる。村で襲われたときと同じ。棍棒を振り上げこちらに振り下ろしてくる。体を半身に棍棒を躱す。ゴブリンは勢いを殺せず、たたらを踏む。その後姿に剣を振り下ろした。ゴブリン一体なら余裕があるな。人を殺してしまったせいだろうか、ずいぶんと抵抗なくゴブリンを殺すこともできた。


 あのまま気付いていないゴブリンを斬ってもよかった。だが、ずっと不意打ちで迷宮を進めるわけではないだろう。真正面からでも俺がどこまで出来るか調べたかった。


 後は気配察知のレベルがまだ低いことも不安だった。もし通路から見えない部屋の死角にゴブリンがいれば、周りを囲まれることになる。それを避けるために通路に誘い込みたかった。ステータスを確認する。成長は見られなかった。残念だ。


 クエストの収集品となっているゴブリンの牙を採取する。吐き気がする。といっても前回ゴブリンを殺したときとは違う。ゴブリンの口がやたらと臭いからだ。殺すことに慣れたというわけではない。ただなんとなく割り切ったということだと思う。


 無理やり口から牙を引き抜き、頭陀袋に突っ込む。終わりか。殺すことよりも殺した後が大変だな。


 右側の通路はゴブリンがいた小部屋で行き止まりだった。宝箱なども特に見つからない。こういうのは大体、隠し部屋があったりして……壁を丹念に調べてみたが、そんなものはなかった。引き返すか。この道が先に続いていないことはわかっていた。落胆はない。


 小部屋を出た所でおかしな事に気がついた。何故かゴブリンの死体が消えてしまっていたのだ。場所を間違ったということはないはずだ。部屋に続く道は一本しかなかった。慌てて袋に入れた牙を確認する。そちらはあった。よくわからないが、良しだ。あんな死体がごろごろと転がっていたらたまったもんじゃない。病気とか怖いしな。清潔なのはいいことだ。……帰ったらギルドの資料室とやらで確認にしよう。


 通路を引き返し先ほどの十字路を進む。この道もたぶん行き止まりだろう。案の定というか、さきほどと同じように小部屋に繋がっていたが、やはり行き止まりだった。こちらにはゴブリンすらいなかった。今回は壁を調べるなどということはしなかった。少し落胆しながら道を戻る。



 まだ、選んでいない正解であろう最後の道を進んでいく。するとまたも十字路に出くわした。ここは左が正解のようだ。今度の二つも期待できそうにないが、なにかあったら困るので一応右を選び進む。



 うん。やっぱり何もなかったよ。戻ろう。


 次は真ん中だ。最初のゴブリン以来まったくゴブリンに会わないし、他の探索者に出会うこともない。不安だ。昨日のギルドの混み具合から行っても、もっと探索者と出くわしてもいいはずだ。



「おっ」


 黙々と進んでいると気配察知に感じるものがあった。通路の向こうは、先ほどの小部屋よりも少し広めの空間になっているようだった。剣を抜き、慎重に広場を確認する。目視できるだけでゴブリンは二体。気配察知に引っ掛るのはもう少し多い。


 さっきのように、わざと音を出しこちらに注意を向ける。通路もそこまで狭い訳ではないが、広場で周りを囲まれるよりはましだ。


 ゴブリン達がいっせいにこちらに向かってくる。後ろに回りこまれるようなスペースもない。問題ない。四体いるようだ。連携などまったくなく、我先にとこちらへ向かい細くなった通路の入り口で詰まっている。じたばたと石壁に体を擦りつけながらも、ギャッギャッと騒がしく近づいてくる。そんなんじゃまともに棍棒すら振れないだろう。


 先頭の詰まったゴブリン二体を一薙ぎで斬り捨てる。大振りになったことが原因で剣を壁に当ててしまうところだった。石壁など硬い物に当ててしまえば手も痺れ、隙を作ることになるかもしれない。気をつけないと。それに、せっかく村長に貰った剣だ。欠けたりしたら申し訳ない。


 少し後ろに下がる。ゴブリン同士で争う気配はなかったが、仲間意識などないのだろうか。前のゴブリンの死体を踏みつけながら、後方からゴブリンがこちらへと向かって来る。一切躊躇がない。連携など取られたらゴブリンでも厄介だ。お前達はずっとそのままでいてくれよ。


 死体に足を取られ体勢を崩したところに、剣を振り下ろす。三体目。後一体か。


 後一体なら余裕だろう。最後のゴブリンも死体を踏みつけながらこちらへと棍棒を振り下ろしてくる。そんな不安定な足場でまともに武器を触れるわけがないだろう。力の入らない振り下ろされた攻撃を避ける。


 そのとき、攻撃の角度が変わる。なんとか避けることはできたが、ゴブリンの棍棒が肩を掠めた。油断した。攻撃の角度を途中で変えるような達人ゴブリンがいるとは思わなかった。攻撃を加えてきた達人であろうゴブリンに目を向ける。


「あっ……」


 どうやら攻撃の途中で死体に足を取られ、倒れただけのようだ。そのせいで急に角度が変わったのか……。倒れてもがくゴブリンに止めを刺す。


 終わりか。棍棒が掠めた肩を確認する。肩を回してみるが、特に違和感などはない。だが危なかった。帰ったら、防具を買おう。そもそもゲームじゃないんだから布の服でダンジョンなんかに入るべきじゃなかった。布の服は服であって防具ではない。


 えずきながらも、なんとか四体の牙を採取する。そうだ。こいつらの死体がどうなるか見てみよう。死体を横目に入れながら、ステータスを確認する。


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 探索者

 クラス : シーフLv3

 スキル : 万職の担い手Lv2、剣術Lv3、気配察知Lv2、身躱しLv1


 クラスもスキルも万職の担い手以外は全て1上昇していた。さらに身躱しというスキルまで習得している。攻撃を避けるスキルだった。シーフらしいスキルだな。


 ステータスをにやにやしながら見ていると、死体に変化があった。最初に殺した二体の死体が、グズズグと溶ける様にして黒い霧になりダンジョンに吸い込まれていったのだ。その後、他の死体も溶けていき綺麗になくなってしまった。飛び散った血痕なども消えてなくなり、死体があった痕跡などまったくない。


 どういうわけか死体だけでなく、身に着けていた腰布や棍棒などまで消えてしまった。おかしな現象だな。ギルドでしっかり確認することにしよう。広間を調べる為に足を踏み入れる。


 広間の真ん中で急になにかが光り始めた。黒い霧のようなものが渦を巻き、淡い光を放っている。ゴブリンの死体が消えたときのような黒い霧。何かわからないがやばそうだ。通路に戻り観察しよう。


 しかし広間から出ることが出来なかった。通路と広間の間に透明の壁のようなものが存在していた。壁を背にするようにして、回りを警戒する。真ん中だけでなく広間のあちらこちらで同じような現象が起こり始めた。


 程無くして……ゴブリンが生まれた。


 迷宮内の魔物はこんな風に生まれるのか。それにしてもやけに真ん中のゴブリンだけがでかい。でかいといっても、ゴブリンの中ではという意味だ。身長は俺よりは高いが2メートルはないだろう。一階層で出るのはゴブリンだけという話だから、ゴブリンなのは間違いないと思うが……。そのでかいのと目が合う。


「ギャッギャッギャッ」


 そいつは俺に棍棒を突きつけながら、叫び始めた。すまない。ゴブリンの言葉はわからないんだ。


 その叫び声と共に、周りの普通のゴブリンどもが俺に向かって襲ってくる。五体か。俺を取り囲むようにゴブリンが近づいてきた。


「ギャッギャッギャッ」


 後ろではでかいゴブリンが騒いでいる。一体がこちらに向かって突っ込んでくる。棍棒を躱しながら、剣を突き入れる。


「ギャッギャッギャッ」


 またも一体がこちらに突っ込んでくる。同じようにして突き殺した。一体一体掛かってきてくれるなら後三回も繰り返せば、あのでかぶつだけになる。



 もう一度繰り返したところで、広間にまたも黒い霧が渦巻きゴブリンが三体生み出される。おいおい。これは延々とループになるのか?


「ギャッギャッギャッ」


 それから同じように三体ゴブリンを殺したところ、またもゴブリンが生み出された。あの叫びはゴブリンに指示を送っているのかもしれない。小部屋のゴブリンには連携がなかったが、こいつらはしっかりと俺を逃がさないように包囲をしき、疲労を狙っている。経験値効率という意味では悪くはないのかもしれないが……あのでかぶつを倒さないと……。それにはまずこの包囲を突破しなければならない。こちらから攻める。


「ギャッギャッギャッ」

 

 突っ込んでくるゴブリンにこちらも駆け寄り斬り捨てる。そのまま一体が抜け、開いた隙間を目指す。三体倒せばまたゴブリンを生み出してしまうことになる。殺せるのはあと一体。一番近いゴブリンの胴を駆け抜けざまに薙ぎ、でかぶつを目指し走る。敏捷力の向上を実感する。あっという間にでかぶつへと迫る。


「ギャッギャッギャッ」


 耳障りだ。上段に構えた剣をでかぶつに振り下ろす。が、それはでかぶつの棍棒によって防がれた。一旦距離を取りたいが、後ろから三体のゴブリンが向かってきている。ゴブリンの動きはそれほど早くはない。近づかれるまで、まだ猶予はある。それまでにこいつを殺す。


 もう一度剣を振り上げ斬り降ろすが、またも防がれる。他のゴブリンとは違うな。大振りを止め、敏捷力を活かす。側面に回りこむようにしながら、剣を振るう。少しずつではあるが、ダメージを与えていく。だが決定的とはいかない。三体の通常ゴブリンは着実に近づいてきている。後ろから攻撃されることだけは避けないと。


 俺の剣がでかぶつの足を切り裂き、でかぶつは体勢を崩し膝をついた。ここしかない! 足を止め上段から斬り付ける。体勢を崩しながらも、棍棒で防いできた。問題はない。返す刀で首を斬り落とした。


 でかぶつは殺したが、まだ三体残っている。剣を構え振り返ると、ゴブリン達が黒い霧となって消えていくところだった。先に殺したゴブリンの死体も消えていた。残っているでかぶつの死体から牙を引き抜く。牙もやはりでかかった。


 終わった……。肉体的な疲れは感じていない。こちらに来てから肉体的に疲れを感じたことがない。すごいが変わったとはいえ、精神は俺のままだ。どっと精神的な疲れが押し寄せてくる。


「ステータス」


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 探索者

 クラス : シーフLv5

 スキル : 万職の担い手Lv3、剣術Lv4、気配察知Lv3、身躱しLv2


 こんな簡単に上がるものなのか。先ほど上がったばかりだというのにスキルは全てが1上がり、クラスに至っては2も上がっている。


 万職の担い手Lv3 : スキルに依存せず基本クラスに限りクラスを選択可能。クラス効果、経験値に小補正。


 万職の担い手はLv3に上がったことで経験値にも補正がかかるようになった。大きいな。


 でかぶつの死体に目をやると黒い霧になって消えていくところだった。もう争いの痕跡が一切なくなって……。いや、でかぶつの死体があったところに箱があった。木で作られた古臭い箱だ。罠を警戒し、剣を隙間に入れ蓋を開ける。罠はなかったようで、特に何も起こらなかった。


 箱の中を覗くと銀色のリングが入っていた。まだ鑑定スキルを持たない俺には判断のしようがない。トマスさんにでも見てもらおう。とりあえず袋に入れ一層の探索に戻る。


 広間はどこにも続いていなかった。戻るしかない。



 十字路の残った道は今までと同じような通路だった。通路の先には階段。一階層はこれで終わりのようだ。思った以上に狭い。迷宮というくらいだからもっと広いものだと思っていた。


 さて二階層に進むべきだろうか。でかぶつに時間を取られたとはいえ、ここまでそれほど時間はかかっていない。時間的には余裕がある。ゴブリンの牙採取のクエストは終わっている。ここで迷宮を出ても金に困るということはなさそうだ。あの銀の指輪もある。


 よし決めた。戻ろう。あのでかぶつのせいで変に疲れた。ダンジョンから出たらギルドに寄って色々調べないと……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ