第二十四話 ヨハン探索
まだ真暗な中、そろりと宿を抜け出す。少し寒いな。勤勉な探索者すらまだ活動を始めていない街を迷宮に向かい歩く。昨日、三人はああ言ってくれた。嬉しかった。だが、それでも俺一人でやりたかった。我がままなのはわかっている。自分勝手なのだろう。それでも、彼女達に手を汚してほしくはない。
街門にはさすがに明かりが灯っていた。
「お疲れ様です」
街門にいる衛兵に挨拶をし、ギルドカードを提示する。衛兵は見た事のない顔だった。夜勤務の方なのだろう。こんな時間に街門を通る事などない。見た事がなくて当然か。
「こんな時間からお一人で迷宮ですか?」
「ええ。少し」
「探索者の方も大変ですね。先程も女性だけのパーティが迷宮に向かわれましたよ」
女性だけ……。少し、嫌な予感がした。まさか……な。
「そうなんですか。どんな感じの方でしたか? 知り合いかもしれません」
「御三人共目を見張るほどの綺麗な方々でしたね。お名前をお伝えする事はできないのですが……。規則でして……」
三人……。いや、宿を出る際に確認した時には、三人の部屋にはしっかりと気配があった。そんなはずは……。
「いえ、充分です。ありがとうございます」
ギルドカードを返却してもらい門をくぐる。
「迷宮内に犯罪者が身を隠しているようですので、お気を付け下さい」
衛兵から背に声がかかった。
「ありがとうございます」
その犯罪者が目的なんですけどね……。迷宮前には四つの気配があった。暗く、ここからでは容姿は確認できない。どうもな……。
歩いていくと徐々に姿が見えてきた。一人は迷宮前に立つ衛兵だ。そうして、転送装置のある建物前には……、エリナ、シビル、アストリッドの三人だ。。おかしい。どうもおかしい。確かに宿の部屋には気配があった事を確認したんだが。
「……おはよう」
アストリッドが無表情で挨拶をしてきた。ごく普通に。
「おはようございます」
「おはよう」
エリナとシビルは微笑みながら。これまた普通だった。普段通り。
「おはよう……」
そう返すしかなかった。
「それじゃあ行きましょうか!」
俺の行動には一切触れず、ごく自然に扉を開け入っていく。ありがとう……。口には出さなかった。あえて触れずにいてくれるのだ。俺も触れようとは思わなかった。それでも、ここまで俺の行動を読んでいた三人だ。俺の気持ちは伝わっている――と思う。三人も俺と同じように覚悟を決めているのだろう。その三人の思いを否定する訳にはいかない。俺も覚悟を決めよう。
まずは六階層へと転移する。六階層程度の広さならば、階段から階段まで歩く間に全域の気配を探る事ができる。すぐに……とはいかなくとも他の探索者よりも見つけやすいだろう。
……。
…………。
六階層を進み、七階層、八階層、九階層……。順調に進んでいくもヨハンの気配はなかった。見逃したという事はないだろう。絶対とは言い切れないが、あの気配を見逃すはずはない。
「いませんね……」
ただひたすらにヨハンを探して休みなくここまで歩いてきた。この程度の階層ならば普段以上に楽に進めるのだが、やはりどこか気を張っていたらしく、皆、疲れが見える。
「アストリッド。闘気術教えるよ」
俺の気配察知レベルならば遠くに居てもわかる。気を張る必要は実際ない。そうはいっても、やはり黙々と歩いていればどうしても気を張ってしまうものだ。俺も含めて。何か他の事に気を割いたほうがいい。
「ん」
シグムンドさんの教えを思い出しながら、アストリッドに闘気術について説明する。魔法が使えたシビルは闘気術の習得も一番早かった。アストリッドもすぐに覚える事ができるはずだ。
「……よゆう」
案の定、アストリッドはすぐに闘気術を使えるようになった。
「まだスキルレベルも低い。反動も大きいからそこだけ注意してね」
あまりにもすぐに、アストリッドが闘気術をマスターしてしまった為に、やることがなくなってしまった。
「それじゃあ、次はあのいろいろ収納できる魔法を教えてください!」
エリナが、アストリッドに言う。……ああ。あれがあったか。俺とシビルには使えないだろうが、聞いておいて損はないだろうしな。
「わかった……」
そうしてアストリッドの説明が始まった。
「契約精霊は……普段こちらとあちらの隙間にいる」
えっと……。
「こちらとあちらですか?」
「そう……。この世界と……もともと精霊のいた世界」
ふむ。
「その間に物をつっこむ……」
えっと……。
「つっこむとはどのようにですか?」
俺の疑問をエリナが的確に聞いてくれる。俺の疑問点はエリナの疑問点でもあるし、シビルの疑問点でもあるのだろう。
「精霊との繋がりを……感じる……?」
何故疑問形なのだろう。本人も感覚でしか理解していないのかもしれない。
その後、エリナはひとつひとつ丁寧に疑問点を聞いていった。ただその疑問点を聞くだけで、十階層を回り終えてしまう。やはりヨハンはいない。どうやら十一階層から十五階層までが当たりだったようだ。十階層終わりの青石に触れ、外へと戻る。
転移部屋の扉を開き外を見る。外はまだ暗く、他の探索者が活動を始めるまでには時間がある。十一階層へと向かう前に、休憩を取ってもいいだろう。
「まだ早い。少し休憩しよう」
床に腰を下ろす。ふう……。エリナは相変わらずアストリッドにいろいろと質問を投げかけている。シビルはといえば、その話を興味深そうに聞いている。……皆が、来てくれてよかった。俺一人だったら、もっと思いつめていたかもしれない。これから人を殺さなければならないかもしれない――いや、殺さなければならないのだ。三人も思うところはあるだろう。それでも、無理にでも、こうやって普段通りに……。
しばらく休憩していると、街の方から三つの気配がやって来るのがわかった。探索者なのは間違いないだろうが、こんな早い時間に?
扉を開き入ってきたのは、昨日の揃いの金属鎧に身を固めた男達だった。スキンヘッドにモヒカンにリーゼントだ。頭を下げる。
「随分早いな。君たちも……」
スキンヘッドが話しかけてきた。
なるほど。俺達と同じか。この人達もヨハンの事で、こんな早くから迷宮に潜るようだ。陽が昇れば、多くの探索者が迷宮に入る事になる。その前に片を付けるつもりだったのだろう。
「はい。……六階層から十階層にはいませんでした」
俺の言葉に、スキンヘッドはモヒカンとリーゼントにちらりと目をやった。
「ありがたい情報だな。ソードダンサーの情報なら間違いはないだろう。では我々は十一階層から探索する事にしよう」
そう言って三人は俺達の前を通り、青石に触れる。と、スキンヘッドが振り返った。
「任せておけ。年若い君達の手を汚させたりはしない」
その言葉にモヒカンとリーゼントも頷く。その瞳には力強い光があった。やばいな。格好良すぎて惚れる。
「ありがとうございます。……ですが、覚悟は決めています。出来る事をしようと」
別に、俺の手で全てを片付けたいわけではないし、片付けなければならないわけでもない。ヨハンを殺すのはこの方々でもいい。ただ、俺にも出来るというだけだ。出来るならばすべきだろう。俺の言葉に、エリナ、シビル、アストリッドが頷くのが目に入った。
「……そうか。なら、さっさと片付けてしまわないとな。『オズスィディチ』」
スキンヘッドはにやりと笑いながら、光の中へと消えて行った。最後の最後まで格好良かった。
「そろそろ俺達も行こう」
男達が転移した後も、しばらく休息を取った。アストリッドの疲労の回復を待ったからだ。十階層探索中には、闘気術の反動も感じさせず普通に行動していた。その為、問題ないと思っていたのだが、アストリッドはずっと無理をしていたようだ。
エリナがアストリッドにずっと話しかけていたのは、少しでも休息の時間を長く取る為だったらしい。アストリッドが、
「……もう大丈夫」
と言うまで、俺は気が付かなかった。何が大丈夫なんだろう? と最初は思ったくらいだった。ずっとエリナは熱心だな、程度に思っていただけ。アストリッドの無理にエリナがいつ気が付いたのか。エリナの行動の意味にアストリッドがいつ気が付いたのか。それはわからないが、仲間っていいもんだなと客観的にそう思った。
「オズスィディチ」
十一階層へと転移する。十一階層から、迷宮はさらに広くなる。階段までの最短ルートでは隅々まで気配を探る事はできない。が、十一階層、十二階層に関していえば、すぐに探索は終了するだろう。
十二階層へと続く階段を目指し、しばらく歩いていると数体のノームが姿を現した。エリナの肩に止まっていたオンジェイがそのノーム達へ近づき会話を始めた。
ノーム達はオンジェイの話に頷くと、床の中へと潜っていく。
「十一、十二階層でヨハンを見かけたことはないみたいです。念の為、手分けして探してくれるそうですから、私達はこのまま十二階層を目指しましょう」
肩に戻ったオンジェイの話をエリナが伝えてくれる。ノームと知り合いでよかった。情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。これで十三階層からの探索で済む。
十二階層では、階段を降りてすぐノームが出迎えてくれた。十二階層にもヨハンはいないということだった。つい先程、珍しく三人の人間が十一階層、十二階層を探索していったという。金属鎧の男達だろう。その人間達も十三階層へと向かったという話だ。十一階層にも十二階層にもヨハンはいない……。
ノーム達と手を振って別れ、十三階層を目指す。後、三階層の間にかならずヨハンがいる。その時が近づくにつれ、どうしても緊張感が高まってくる。
十二階層を無言で通り過ぎ、十三階層。この場から確認できる限りではヨハンの気配も、探索者の気配もない。感じ取れるのは、小部屋にいるリザードマンの気配だけだ。
なるべく小部屋を避け、周囲を探索していく。どうしても、通らなければ先へ勧めない場合には、シビルとアストリッドの魔法で対処していく。気付かれる前に、魔法の一撃で仕留めるのだ。リザードマンは仲間を呼ぶ。そうなるとやっかいだ。換金対象となる部位などもそのまま放置だ。もったいないと思わないでもないが、回収にかける時間のほうが惜しい。
迷宮端が気配察知の範囲内に入るように、右左とジグザグに階段へと向かう。関係ないが、ジグザグってMS名みたいだな。ジグザグMK-3とか、ジグザグ06Rとか……。乾いた笑いが出た。こんな、くだらない事でも考えないと耐えられない。それほどまでに、緊張が高まっていた。
それは俺だけではない。三人も同じようだった。ちらりと見えたその顔は強張っている。気の利いたジョークでも言えればいいのだが、何も思いつかない。ただ黙々と足を進めるしかなかった。
「この階層にもいませんでしたね」
「ああ」
後、二階層……。その時は、刻一刻と近づいて来ている。
「先程の探索者の方々の姿も見えませんでした」
確かに。もうすでに十四階層以降へと進んでいるのだろう。今更だが、俺達がたどり着く前に片を付けておいてほしい、という気持ちがないでもない。
「行こう!」
そんな弱気を振り払うように、一歩踏み出し階段を降りる。
とすぐに気配にぶち当たった。どういった理屈なのか、迷宮内では階層をまたいで気配を感じ取ることができない。すぐ先の十四階層の気配に気が付かなかったのはこの為だった。そこに居たのは……、
「よう。随分と早かったな」
スキンヘッドの男達だった。腰を下ろし休息を取っていた。
「まさか追いつかれるとは思わなかった……。相当、気配察知スキルのレベルが高いようだな」
曖昧に頷く。スキンヘッドはもう決意や覚悟などといった話は振ってこなかった。ただ、
「それじゃあ……手分けしてやるか。左、右。どちらがいい?」
と。
「右でお願いします」
ずっと迷宮を探索するときは右側からだ。いつも通りといこう。
「そうか。それじゃあ俺達は左だな。十五階層手前で落ち合う事にしよう。しばらく待って来ないようなら、……そちらが当たりだ」
スキンヘッド達が腰を上げる。それじゃあ行くか。十四階層は階段すぐ先から、左右へと道が分かれている。
「終わったら、酒を酌み交わそう。もちろん俺達の奢りだ。」
「ええ。期待しておきます」
分かれ道手前で握手をしてスキンヘッドの男達と別れる。これで探索範囲は半分になった。十四階層にいなくとも、十五階層……他の探索者が来る前に終わりにできそうだ。
一切、探索者の気配のない十四階層を進んでいく。あるのはオークの気配だけ。多くのオーク……などと思ってみたり。今回は乾いた笑いすら浮かばなかった。
十三階層と同じように、小部屋を避けながら進んでいく。もうすでに、半分以上の行程を終えている。気配察知の範囲ならば三分の一程度を残すだけ。これは左だったか? もしくは十五階層か。
……いや、どうやら当たりはこちらだったらしい。むしろ外れか? オークとは明らかに違う気配が一つ。それは人とも魔物とも判断できないような気配だった。間違いない。ヨハンだ。
「いた」
三人へと告げる。俺の言葉に強張った顔をさらに強張らせ、その顔を蒼白に染め上げる。
「行きましょう」
青白い顔ながらも力強い声。それが先へと進む力になる。
「ああ。行こう」
ヨハンを目指し迷宮内を進む。こちらに気付いた様子はない。小部屋でオークと戦っているようで、ヨハンの周りからオークの気配が消えていく。
オークの気配が消えた後も、ヨハンはその小部屋内に立ち止っていた。しばらくして、俺達から遠ざかる方へと気配は進んでいく。何をしていたのだろう? 普通に考えるなら換金部位の剥ぎ取りの時間なのだろうが、ヨハンは換金しようがない。そもそもなぜオークと戦っているのだろうか? 十四階層のオークは小部屋待機型だ。避ける事も簡単だろうに。そう考えていくと、何故迷宮に入ったのかも疑問だ。入口と出口は共通なのだ。そこを抑えられてしまえば逃げる事ができない。そもそも逃げるという発想すらあったのかどうなのか……?
ヨハンは再び小部屋に入るとオーク達と戦闘を開始する。もうヨハンがいるのはすぐそこだ。後二つ、角を曲がれば見えるはずだ。二つ目の角からヨハンのいる小部屋までは数メートル程度の通路しかない。ヨハンの気配察知がどの程度かだな。
一つ目の角を曲がると、いつ気が付かれてもいいように、慎重に一歩一歩確かめるように歩いていった。が、ヨハンが気付いた様子もなく二つ目の角へとたどり着いた。




