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第七話 宴

 トマスさんが用意してくれた夕食はとてつもなく豪華だった。これまで取った食事の中でも最も豪華だったといっていい。もちろん日本に住んでいた頃を合わせてもだ。トマスさんの奥さんも食事を一緒に取られた。若いとても綺麗な女性だった。シャロンさんといった。トマスさんはしきりに「はやく子供が欲しい」とこぼしていた。



 食事も終わりシャロンさんは退席し、男三人で酒を酌み交わす。もちろん使用人の方がついて、酒などを注いでくれるのだが。


「トマスさんは何故行商などをしておられるのですか? これほどのお店をお持ちなら、行商での儲けなどないに等しいでしょう」


 今まで気になっていたが聞きそびれていたことをトマスさんに質問する。


「私が生まれたのは貧しい村でした。レックスさんが居られた村よりも厳しい環境で……私はそんな村が嫌で嫌でしかたがなかった。それで、ある日村を飛び出しました。あてもなにもありませんでしたが、そうして運良くたどり着いたのがガザリムでした。なんでもしましたね……。売れるものは何でも売りましたよ。穴以外はね」


 トマスさんは酒で唇を濡らし愉快そうに笑う。苦しかったはずだ。だが、そんなことは一切感じさせない喋りだ。俺も酒に口をつける。村長の村で飲んだような気が抜けたような生ぬるいビールではない。適度に冷やされたワインだ。


「私は運がよかった。だんだんと商売は大きくなりました。そうして今の店を手に入れたというわけです」


「トマスさんが頑張られてこられたのはわかりますが、それと行商とはどんな関係が?」


「私はずっと生きることに精一杯でした。生まれたときからずっとです。生きる為でなく商売を楽しめるようになったのはずいぶんと後でしたね。そうしてやっと過去を見つめることができました。あの村には今も生きているだけの人々がいるんじゃないかと。私にできることといえば商売だけですからね。そうして故郷の村に向かいました。……村はなくなっていましたよ」


 トマスさんはずっとにこやかに話していたが、そのときだけすこし唇をかみ締めたようだった。


「それからです。故郷と同じような村々を回り始めましたのは。偽善だという人も多くいます。もちろん私もそれを否定することはできません。村を捨てた負い目というものがありますからね。それでも……村の人々の笑顔を見たレックスさんならわかるでしょう?」


 確かにそうだ。トマスさんを待ちわびる村の人々。あの村と同じように多くの村の人々がトマスさんを待っているのだろう。


「それで今も自ら行商に」


 酒の席は静かに進んだ。


「そういえば、どうでしたか? 初めての探索者ギルドは」


 感傷的になった場を和ませようとトマスさんは話題を変えた。


「ええ。勉強になりましたね。そういえばギルドの受付のス……」


 ソールさんがちらりとこちらに目をやるのがわかった。あの目だ。グラスを持つ手が震え、ワインが波打つ。


「ああ。ステラさんですか。ソールとはいい仲でしてね。私も早く結婚しろとソールに言ってきかせているのですが、どうも煮え切らなくてね」


 トマスさんはあの目に気がついていないのだろうか? いや、これほど大きな店を持つ商人だ。面の皮が厚くなければやっていけないだろう。気がついていて尚この態度……。商人とはすごいものだ。


「トマスさんはすごいですね。俺にはとても商人は無理そうです」


 お世辞ぬきに心からそう思った。


「レックスさんも鑑定のスキルを覚えることもあるでしょう。ジョブにしろとはいいませんが、商人のクラスにはつく事をおすすめしますよ。鑑定スキルは便利ですからね」


 確かに鑑定のスキルは便利そうだ。探索者には関係ないと思っていたが、商人のクラスも必要だな。だが、鑑定のスキルがなくともダンジョンは進めるだろう。死なないことをまず優先させなければ。


 となると、やはり戦士だろうか。剣術に補正がかかるのは大きい。シーフの気配察知も捨て難いか。交互に育てるという手もあるが、どちらつかずになる可能性が高い。最終的にはどちらも育てることになりそうだが。


「そういえばソールさん、ギルドについて説明されていないんですけど?」


「そうだったな。まああれだ。自己責任でやれってことだな」


 酒も回り面倒なのか大幅に端折られた。しかもそれは最初の用紙にすでに書かれていたことだ。


「もう少し詳しくお願いしたいのですが……」


「ギルドカードを貰ったよな。あれはステータスと同期している。門でステータスの開示を求められたが、ギルドカードを見せることでも通ることができる。探索者は大体ギルドカードで通ってるな」


 身分証明書か。


「後、ギルド規約とかならそうだな。迷宮内での探索者同士の争いの禁止があるな。ただ、あまりこれを信用するな。稼げる奴は妬まれる。迷宮内の事故に見せかけて襲う奴はいくらでもいるからな」


 厄介だな。そういうことも考えるなら気配察知を先にあげるべきだろうか。


「他に言うべきことは……。ああ、探索者の仕事には迷宮の攻略以外にもある。クエストと呼ばれる依頼がそれだ。クエストはギルドに掲示されているから、迷宮に入る前にはギルドによって確認するといい。護衛任務などもあるがギルドランク7のレックスにはまだ関係ないな。ギルドランクは迷宮の攻略度合いとクエストの達成回数で上がる。その際ランクアップ試験もあるからな」


 クエストがあるのか。本当にこの世界は定番で溢れている。


「ギルドランク7だと階層的に進めるのは五層までだな。それ以降はギルドランクが上がれば許可が下りる。基本的に五階層毎にランクが上がると思ってくれていい」


 それは以前、村長にも聞いたな。ということは二十八階層まで降りていたというソールさんはランク2ということになる……。さすがソールさん。すごいな。


「パーティであれば別だがな。パーティ内に一人でもギルドランク6以上の奴がいればランク7でも五階層以降に立ち入ることができる。パーティはギルドで申請すればいい。まあ五階層すらソロで攻略できない奴らがパーティを組んでも先がしれているがな。五階層まではソロで攻略するほうがいい」


 なるほど。パーティについては五層まで到達できたら考えることにしよう。


「その他には何かありますか?」


 ソールさんは俺の言葉に考え込んだ。


「何か知りたいことがあれば、ギルド内の資料室を使うといい。クラスやスキル。迷宮にでる魔物の種類。トラップ。低階層のことなら、大抵のことがあそこでわかる。……ギルドについてはこんなもんかな」


「ありがとうございます」


「こんなことならステラに全部任せとくんだったな」


 そう言うとソールさんはグラスのワインを一気に飲み干した。すかさず使用人がグラスにワインを注ぐ。


「後は私達だけでやります。もう夜も遅い。あなた達は寝てくれてかまいません」


 トマスさんが使用人を下げた。


「さあこれからが本番です」


 俺のグラスに並々とワインを注いでくれる。これは確かに日が昇るまで解放されそうにないな。


「そういえばレックスさんは以前にも風呂に入ったことがあると仰っていましたが、どちらで入られたのですか?」


 口に含んだワインを噴き出しそうになるのをなんとかこらえた。


「さてどうだったでしょう。遥か昔のことなのでよくは覚えていません。ただとても気持ちよかったことだけは覚えていました」


「そうですか」


 トマスさんは意味ありげな目でこちらを見ている。これはあれか。訳ありの貴族の庶子では、とか思われているのかもしれない。いや全然そんな血筋ではないんです。


「トマス殿そういえばあちらのほうはどうしましょう?」


 ソールさんが何か尋ねている。


「そうですね。レックスさんはどのような女性が好みですか」


 またワインを噴き出しそうになった。


「いきなり何を……」


 ずっと恋愛などというものに無縁だったし、考えたこともなかった。


「いやね。実はいい娼館がありましてね。ソールがレックスさんは絶対童貞だというものですから、最高の一夜をですね……」


 今度はワインを噴き出してしまった。屋敷に響かないようにか、トマスさんの声は自然と抑えられていた。いや、確かに生まれてこのかた一度もないですけどね。恋愛に興味はなかったが、性欲はあったし処理はしていた。そういう時は大体……。


「胸が大きくて……こう尻も大きくて……でもウェストはきゅっと……」


「なるほどなるほど」


「ふむ。王道だな」


 なにかトマスさんもソールさんも納得している。いや違う。


「そ、それはともかく。そういうことは探索者として余裕ができたら自分でなんとかします」


「そうですか……」


「ふむ……」


 何故か二人ともやたらに残念そうだ。これはあれか。何か都合をつけて、ただ自分達が娼館に行きたいだけなのではないだろうか? 二人とも相手がいる身だ。ばれたときの口実に俺を使おうとしているのだろう。


「それではそのときはご案内させていただきますので、絶対に知らせてくださいね!」


 力強い言葉だ。トマスさんの口からこれほど力強い言葉を聞いたのは初めてかもしれない。


「わかりました……」


 そう答えるしかなかった。その後は二人の初めての話などで盛り上がった。おっさんの初体験など興味ない、と思っていたのだがそこはさすがトマスさん。巧みな話術で盛り上げとても面白かった。


 ソールさんが言った通り、眠りにつくことが出来たのは日が昇り始めたころだった。




 結局、トマスさんの店を出たのは正午をまわっていた。今からでは遅いと、トマスさんがこれからの宿まで手配してくれた。いつかトマスさんの本店で武具を買って、すこしでも売り上げに貢献することにしよう。



 昼過ぎの探索者ギルドは閑散としていた。ステラさんに聞けば朝と夕方は混雑するが、いつも昼間はこんな感じらしい。


 クエストについても、ダンジョンの低層階で済ませる事の出来るものをステラさんがいくつか選んでくれた。一層二層にでる魔物の素材の回収だった。お勧めということで受けることにした。期限なども決められておらず、素材の提出はいつでもいいということだった。


 ステラさんの「気をつけて」という言葉に見送られながらギルドを後にする。いやあ、綺麗な女性に見送られるというのは気分がいいものだな。ソールさんといい仲だけど……。今度、機会があればソールさんが娼館に行こうとしていると告げ口でもしてやろう。……いや、やはり止めておこう。死にたくはないからな。



 探索者ギルドを出るともうすぐに門が目に入る。確かに俺が入った門は裏門といった感じで、こちらの門は立派だった。といっても大きさはさほど変わらない。過去のままだというから、魔物がなだれ込まないように大きくしていないのだろう。


 ソールさんに昨日聞いた通り、門ではギルドカードを提示するとあっさりと通された。門を抜けた南東側にダンジョンはあった。あまりに街に近くて驚いた。門を出てすぐ目に入る距離だ。


 ガザリムのダンジョンは地下迷宮というタイプで、下へ下へと潜って行くのだという。逆に上へ上へと昇って行く塔タイプと呼ばれるダンジョンもあるらしい。塔タイプのほうが一層の面積は小さいらしいが、そのぶん魔物が強力な傾向があるという。


 ガザリムのダンジョンの入り口は階段だ。そのダンジョンの入り口を囲むように石造りの囲いが組まれている。ダンジョンの入り口の隣には幾つかの建物もある。入り口には壁門と同じように兵士が立っている。兵士の休憩所か何かなのだろう。そこでもまたギルドカードの提示が求められた。


「ギルドランク7だな。五層までだ。それ以降は立ち入れないようになっているが、万が一立ち入った場合は探索者資格を剥奪される。気をつけるように」


 ソールさんはそんなこと教えてくれなかった。兵士に頭を下げながら階段を降りていく。


 さあダンジョン攻略を始めよう。

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