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第十七話 エルフ

「……アストリッド」


 ……。…………。続きの言葉を待つも、アストリッドさんは口を閉ざしたままだった。


「お二人ともお分かりだと思いますが、アストリッドさんは、私が今日、担当した試験の受験者だったんです」


 エリナがその隙間を埋めるように話し始めた。確かに、名前からそれは分かっていた。分からないのは試験が終わった後も、何故、二人が共にいるかという事だ。


「二人はどういった関係で?」


 エリナは俺の質問に怪訝そうな顔をした。


「? 試験官と受験者という関係ですが……」


 そこまで答えた後、エリナは俺の質問の意味に気が付いたようで、


「思いのほか話が弾んじゃって、今の今まで一緒にいたんですよ」


 アストリッドさんを見れば、エリナの言葉にこくりと頷いた。この無表情で明らかに無愛想なエルフと会話が弾む? アストリッドさんの反応から見て、エリナの発言は嘘ではないらしいが……。


「立ち話もなんですし、ご飯でも食べながらお話ししませんか? 私もうお腹ぺこぺこで」


 シビルの提案。


「そうですね……。二人に相談もありましたし……。アストリッドさんは時間など大丈夫でしょうか?」


 エリナの問いに頷くアストリッドさん。


「そうですか。それじゃあ……お店はどこがいいですかね?」


「いつものあそこでいいんじゃない?」


 あの肉の美味い店だ。シグムンドさんによく連れて行って貰っていた店でもいいが、アストリッドさんの懐事情がわからない。ギルドランク5の探索者なのは間違いない。ある程度、金には余裕があるはずではあるが、それでもあの店は高いからな。


「アストリッドさんは何か食べ物で苦手な物とかありますか?」


「……肉」


 じゃあ駄目だ。あそこは肉が美味い。その他のメニューも不味くはないが、わざわざ初対面の相手を連れて行くほどの味でもない。


「どこがいいかな……」


 やはり、あの高級店しかないか? あそこならば、肉に限らずどんな物でも間違いはない。


「……良いお店知ってる」


 アストリッドさんはそう言うと、俺達の反応を見ることなく歩いて行く。


「ついて行けば……いいのかな?」


 エリナとシビルを見る。


「たぶん……」


 とりあえず、前を行くアストリッドさんについて街を歩く。アストリッドさんは後ろを行く俺達を気にした様子もなく、淡々と歩き続ける。大通りから離れ、路地を奥へ奥へと。……大丈夫だよな? 犯罪に巻き込まれたりとか……。


 しばらく歩き、一軒の家の前で止まった。看板などは特に出ていない。本当に店……なのか? それはごく普通の、ガザリムではありふれた一軒家にしか見えない。窓は小さく、灯りは漏れているものの中の様子までは見えなかった。アストリッドさんは躊躇なく扉を開け、入っていった。エリナとシビルが俺を見る。ここまで来たのだ、行くしかない。閉まりかけている扉に手をかけ大きく開くと、思い切って中に足を踏み入れる。


 どうやら本当に店だったようだ。中にはカウンターが設けられ、それ以外にも、いくつかの丸テーブルが置かれている。その周りに幾人かの人々が座り、食事を楽しんでいた。その全ての人が、アストリッドさんと同じエルフだった。


 店内のエルフから一斉に俺達へと視線が注がれた。ガザリムでエルフを見る機会は少ない。が、ここでは俺達が少数派だ。まるでエルフの里にでも紛れ込んだような錯覚に陥った。


「いらっしゃい。……でも、ここには君たちが食べるようなものは置いていないよ?」


 カウンターの中にいた店主と思しきエルフの言葉。端整な顔立ちのエルフからの視線。ひそひそと囁かれる客同士の会話。この非歓迎的な雰囲気。俺達の場違い感。思わず踵を返し、店から出てしまおうかと思った。


「その人たちは、私の連れ……」


 アストリッドさんのその言葉に、店内が静まり返った。それも一瞬。ざわめきが起こる。


「二階いい?」


 そのざわめきを気にした様子もなく、アストリッドさんは店主に声をかける。


「あ、ああ。いいよ」


 店主は狼狽えた様子を見せていた。


「……行こ」


 やはり気にした様子もなく、店の奥へと歩いて行くアストリッドさん。マイペースというかなんというか……。俺はといえば、店主や客のエルフ達に、どうもすみませんと頭を下げながら、アストリッドさんについて行く。どんな場違いな場所に居ようとも、超然としていそうなアストリッドさんが羨ましい。奥にある階段を上る。二階にも一階と同じような丸テーブルと椅子が置かれていた。違うのは客が誰もいないということだ。


 アストリッドさんが席に座るのを見て、俺達も席に着く。


「よく来られるんですか?」


 エリナの質問にアストリッドさんは無言で頷く。


 ……。


 無言。


 …………。


 エリナはよくこんなアストリッドさんと会話が弾んだな。無言のまま時間は流れていくが、エリナもアストリッドさんも気まずそうな様子はなかった。俺とシビルの二人だけが、居心地悪そうにしていただけだった。そこで階段を上り、店主であろうエルフが上がってきた。先程は、歓迎とは無縁の態度を取っていた店主だったが、そんな店主でもこの場に来てくれた事に少しほっとした。


「ご注文は?」


 何故か店主はにこにこと先程とは全く違う表情だった。


「……いつもの」


「いつものね。アルジズの方々はどうされますか?」


 アルジズとは俺達の事だろうか? 店主の視線は俺へと向いているから、たぶんそうなのだろう。だが、メニューなど何もないのだが……。


「アストリッドさんと同じ物を。レックスもシビルもそれでかまいませんか?」


 とエリナ。ありがたい。頷く。


「はい。それじゃあすぐにお持ちしますので」


 そう言うとすぐに店主は階段を降りて行った。また再びあの沈黙が流れる……、


「アルジズはエルフの言葉で、エルフと仲の良い他種族の事を指す……」


 と思ったが、アストリッドさんがアルジズについて説明してくれた。


「そうなんですね! アストリッドさんと私はもう友達ですもんね!」


 エリナの言葉に、アストリッドさんは小さく頷いた。少し口角も上がっている。常に無表情というわけでもないようだ。


「じゃあ私達ももう友達ですね!」


「……」


 シビルの言葉には何の反応も示さないアストリッドさん。さすがに今回のシビルの距離の詰め方は急すぎると思う……。シビルは恥ずかしそうにうつむいていた。そうして再び流れる沈黙。


 その沈黙を救ってくれたのは、またしても店主のエルフだった。


「お待たせしました。いやー、話が弾んでおられるなかお邪魔し……て……」


 現れた店主の両手には、グラスが乗せられたトレイとワインの入れられたパニエ。その店主を囲むように料理が盛りつけられた皿が八つも浮かんでいる。魔法のようだ。気まずそうに、そそくさと手に持ったグラスとパニエをテーブルに置く。と同時に、周囲の皿もテーブルへと着地した。その中にはスープもあったが、一滴もこぼれていない。シビル並み……もしくはそれ以上の魔法の精度だ。


 空気を察したのか店主はすぐに立ち去るという事はしなかった。


「まさかアストリッドが人を、しかもエルフ以外の人を連れて来るとは思いませんでした」


 店主は嬉しそうにしている。


「アストリッドは無口でしょう? この態度で誤解を受けやすいんですが、本当にいい子なんですよ。以前、里でいたときに私が病気になってしまいまして、その時なんてね……」


 店主は話し始めると止まらないタイプのようで、アストリッドさんの過去のエピソードをいくつも語ってくれた。森に入り薬草を取ってきてくれた事、祖母が亡くなった時にひっそりと泣いていた事、群れから逸れた子狼を群れに戻してあげた事、アストリッドさんは店主の話を聞いているのか聞いていないのか、無表情で料理を口に運んでいたが、


「……もういい」


 と、店主の話についてなのか、料理についてなのかはわからないが、一言つぶやいた。


「長々とすいません。つい……」


 店主は自分の話と受け取ったようで、俺達へと頭を下げた。そんな店主へといえいえと首を振る。


「お話面白かったです。エルフの方は、皆アストリッドさんのように無口なのかと思っていたのですが、そうでもないようですね」


 エルフのこの端整な顔つきのせいだと思うが、饒舌なエルフがいるとは思わなかった。


「基本的にエルフにはそういった傾向がありますね。アストリッドは極端ですが。私の場合は客商売ですからね。それでは店などやっていけませんよ」


 店主はそう言って笑うも、


「……里にいたときからおしゃべりだった」


 と言うアストリッドさんの言葉に、頭に手をやった。


「そう……だったかな? いやまあ、それじゃあ失礼します。皆さんアストリッドとこれからも仲良くしてやってください」


 店主が階下に降りるのを見届け、料理に手を伸ばす。俺、エリナ、シビルの三人は店主の話の間、一切、料理に手をつけられていなかった。アストリッドさんは気にすることなく、食べていたが。


 目の前の料理は全て野菜だった。肉や魚などはない。


「エルフの方々は皆、肉などをお食べにならないのですか?」


 こくりと頷くアストリッドさん。それならば、この店にエルフが集まっているのも頷ける。ガザリムは探索者の街。必然的に店も探索者相手のものばかりで、肉料理が多くなる。


「……出てきていいよ」


 食事をしていると、唐突にアストリッドさんが空中へと言葉を投げかけた。するとそこに光が集まる。現れたのは半透明の何か。それはまるで……オンジェイのような……。契約精霊……? ノームとは姿形が違う。長い髪に長いワンピース。その背には二対の羽。女性のようだ。その小さな女性は、挨拶のように俺達の周りを飛び回り、アストリッドさんの目の前のテーブルに降り立つ。とスープを飲み始めた。


「……ミルシェ。……シルフ」


 シルフ……。やはり精霊のようだ。たぶんミルシェという名前なのだろう。アストリッドさんの言葉の短さに推測するしかないが、そういう事なのだろう。いつの間にかテーブルの上にはオンジェイもいた。ミルシェとオンジェイは仲良さそうに、食事を取っている。


「アストリッドさんが、試験官に私を選んだのはこの事があったからのようです」


 この事? エリナがノームと契約していた、という事だろうか?


「今の時代……精霊との契約者はほとんどいない。自分以外の契約者に興味があった……」


 よかった……。バシュラード関係ではなかった。ひとまずエリナの指名依頼の理由がわかってほっとした。


「ミルシェさんはシルフなんですよね。アストリッドさんはやっぱり風系魔法がお得意なんですか?」


 シビルの質問に頷くアストリッドさん。


「基本的に風魔法を乗せた弓……。後はフルーレ……」


 アストリッドさんは、椅子の傍に立てかけていた剣を手に取り抜くと、テーブルの上に置いた。刀身は細く長い三角錐。先端は鋭く、エリナの使うレイピア以上に刺突に特化しているようだった。


「弓に魔法を乗せるってどういうことですか?」


 シビルはフルーレの事よりも、そちらが気になったようだった。


「あれは本当すごかったですよ!」


 とはエリナ。試験の時に見たのだろう。そういえば……。


「試験はどうだったんですか?」


 肝心の試験について聞いていなかったことを思い出した。


「合格……。ランク4になった」


「おめでとうございます!」


 この短期間で、俺達と同じギルドランク4。しかもソロだ。すごいな……。


「……それでパーティを探してる」


 ソロでは厳しくなってきたという事だろうか?


「アストリッドさんは、できれば私とパーティを組みたいと……」


 エリナがアストリッドさんの話に補足を入れた。アストリッドさんも頷く。エリナの言っていた相談とはこの事か。

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