第十四話 コルセット
「もうですか? 早いのでは……」
俺達はギルドランク4になったばかりだ。ランク5と大差ない。これまでの試験官はアルドさんやメイスの男を見ればわかるが、ある程度そのランクで経験を積んだ探索者が選ばれていた。ランク6の時の男はどうだかわからないが……。真剣を使った試験だ。実力が近ければそれだけ怪我のリスクが増す。ランクが上がったばかりのエリナが、ランク4の試験官を担当するというのは早すぎる。
「受験者の指名です。ギルドとして、エリナさんの実績、実力など踏まえ、問題ないと判断させていただきました」
指名か。シビルが試験官として俺を選んだように。ステラさんが知り合いのシビルの為に便宜を図ってくれたのだと思っていたが、どうやらギルドとしてそういった制度があるようだ。
「お受け頂けるでしょうか?」
「少し相談を……」
エリナは迷った様子を見せていた。三人で顔を突き寄せ話し合う。
「何か心当たりでもある?」
指名されるという事は何かしら接点があるはずだった。
「いえ……それがまったく……」
ステラさんへと向き直る。
「受験者というのは?」
「アストリッドという方だそうですよ」
ステラさんが直接、話を受けたわけではなさそうで、名前しかわからないようだった。エリナを見るもエリナは首を横に振った。名前を聞いても、エリナには心当たりがない……。
「受けてみればいいんじゃないかな? そうすればわかるんじゃない?」
シビルの気楽な提案。だが、一理ある。確かにこのまま受けず、状況のわからぬまま進むというのも気持ちが悪い。だが、結局のところ決めるのはエリナだ。沈黙が流れる。
「わかりました。試験官の話お受けしようと思います」
「では……、明日朝、ギルドへお越しください。その際に日程などお話させて頂きます」
振り返れば、ぞくぞくと迷宮から戻ってきた探索者が列を作り始めていた。話を終え、慌ててその場を離れる。あっ……隠し通路の話をするのを忘れていた。まあいいか。資料室で調べよう。
「迷宮で隠し通路を見つけたのですが、そういった事について詳しく書かれた本はありますか?」
そう尋ねると、アランさんは本を選び手渡してくれた。
「これですね。しかし隠し通路とは……。ギルドには報告されました?」
アランさんが資料室を見渡す。つられて辺りを見るが、俺達以外に人はいない。相変わらず資料室を利用している探索者は少ないようだ。
「いえ、それがまだ……」
「そうですか。本をお読みいただくとわかると思いますが、隠し通路となるとあまり他言しないほうがいいでしょう。ギルドに報告すると、未確認の通路である場合は、情報の提供料としてギルドからいくらかは出ます。強制ではありませんので、どうするかはレックスさんがお決めください」
「……わかりました」
隠し通路の情報とはそこまで重要な情報なのか? 宝箱の中身はもうすでに取り出してある。今更あの隠し通路の情報を出したところで……。いや、迷宮の不思議パワーで宝箱の中身が復活! などという事があるのかもしれない。とりあえずは、本を読んでから決める事にしよう。
席に着き本を開く。俺を挟み、エリナとシビルが本を覗き込んだ。ページをめくる速度に気を付けないとな。えっと……。
隠し通路、隠し部屋などは、多くの迷宮で見つかっているようだった。ガザリム迷宮の隠し部屋もいくつか載っている。十四階層に二十八階層……、四十階層……。十六階層については載っていない。それにしても十四階層か……。まったく気が付かなかった……。
その部屋には、強力な魔物がいたり、俺達が見つけたように宝箱が設置されていたりするようだ。俺達が見つけた宝箱タイプの隠し通路は、どちらかといえば外れだ。魔物も宝箱も復活するそうだが、宝箱の場合は復活までの期間がとんでもなく長い。開けられてから数十年毎だという……。魔物の場合なら、数日、長くとも数ヶ月だそうだ。魔物タイプの情報は発見者が隠す場合が多いらしいが、俺達の場合は定期的に稼げる物でもないし、ギルドに情報を渡しても問題ないだろう。本に載っていたのも、ほとんどが宝箱タイプだった。
隠し部屋の宝箱だが、罠については一切書かれていない。罠などはないのかもしれない。中身については、その復活までの期間の長さから強力な装備品などが入っている場合が多いようだ。下着だったんだが……。
今回は運が良かったというほかない。気配察知レベルが高く、範囲外の気配に気が付けた事。十六階層が稼ぎに向かない事もあり、隅々まで探索する人間が少なかった事。こんな幸運が再びあるとは思わない方がいい。一階層一階層隅々まで隠し部屋を探すというのは非現実的だ。範囲外に魔物がいるならばいい。ある程度はわかるだろう。だがそうでない場合、見つけることは難しい。探したいという気持ちはあるが、あまりそれに拘り過ぎるのも問題だろう。
本を閉じると、シビルがふっと息を吐き出した。
「ちょっと疲れちゃった」
文字を追うというのも、それだけで疲れるものだ。シビルは文字を覚えたのも最近だ。なおさらだろう。
「隠し部屋の情報はギルドに伝えてもいいかな?」
「いいと思います」
シビルも頷く。
ギルドで隠し通路の事を報告し、トマスさんの所へと向かう。十六階層の隠し通路は未発見だったらしく、情報提供料は金貨二十枚だった。微妙と言えば微妙だが、もう必要のない情報と考えれば充分すぎる。
トマスさんはご在宅ですぐに出てきてくれた。
「ほう。隠し部屋の宝箱から出た物ですか! 期待が持てますな」
トマスさんはそう言ってくれたが、下着を取り出し手渡すのは気が引けた。なんたって下着だ……。
「ほう。コルセット型ですか……」
トマスさんは下着を受け取ると、下着に顔を近付け仔細に観察していく。エリナとシビルの反応を伺うように、恐る恐るといった感じだった。別にトマスさんにそんな趣味があるとか、変態だとはエリナもシビルも思わないだろう。だから、もっと堂々と鑑定していただければ……。
「これはいい品ですね。十六階層で出たとは思えぬほどの代物ですよ」
トマスさんはすぐに鑑定を終えたようだった。
「体全体を覆う防護被膜を発生させるエンチャントですね。衝撃が加わる瞬間に体を覆ってくれます。これほどのエンチャントならば、かなり強力な攻撃も防げるでしょう。ただ発生の際に体内の魔素をかなり消費するようです。そこが問題といえば問題ですね。超一流というわけではありませんが、今これほどの物を再現できる者はごく限られた人間だけでしょう。しかもごく普通の布にですからね。鎧などになれば、再現できる物も多くなるでしょうが……」
それほどの……。
「価値としてどれほどになるのでしょうか?」
「そうですね……金貨一万枚……」
なん……だと……。
「私が買い取らせていただく場合ですからね。然るべき場所に出せば、価格は跳ね上がる可能性もあります」
少なくとも金貨一万枚……。なんだろうか。それだけあればできることはいくらでもあるはずだが、何も思い浮かばない。
「お使いになられる事をお勧めしますよ。同じような効果を持った防具はありますが、これは鎧の下に着用できるという点で優れていますからね」
確かに。それほどの効果を持った物ならば、使うべきか……。あまりの金額の大きさに自分で使うという発想はまったくなかった。だが……俺が着けるわけにもいかない。女性用の下着だからな。となるとエリナかシビルか……。とりあえず、
「鑑定ありがとうございました」
トマスさんに礼を言う。というか、今まで鑑定して頂くだけして頂いて礼しか言っていない。こういう物は普通、鑑定料などが必要なのではないだろうか?
「あの……鑑定料などは?」
俺の言葉にトマスさんは大声で笑い始めた。ひとしきり笑うと口を開く。
「今更ですな。レックスさんと私の仲ではありませんか。ですが……そうですね。では、銀貨五枚としておきましょうか」
言われた通り、銀貨五枚を差し出す。鑑定料として高いのか安いのか。相場がわからないが、きっちりと受け取っていただけた事が嬉しかった。トマスさんとあった当初、耐毒の指輪のときなどに鑑定料の話をしてもトマスさんは受け取ってくれなかったはずだ。トマスさんに認めてもらったように感じた。もちろん今までも充分認めてくれていたとは思うが。
宿で夕食を取りながら、コルセットをどうするかについて話す。
「俺が着けるというわけにもいかないから、使うならエリナとシビルどちらかだと思うんだけど……」
やはりここはシビルだろうか? エリナがシビルを見つめている。
「私? 基本的に後方だしなー。エリナの方がいいんじゃないかな?」
「私ですか? 私はノーム銀の鎧を着けることになりますし、必要ないのではと……」
二人共あまり乗り気ではないようだ。金貨一万枚という金額を聞いたからだろうか? 家でも買えそうな額だしな。だが、せっかくのいい装備だ。使わなければもったいない。まあ置いておいて何か必要となったときに使うか、売るかしてもいいのだが……。
「俺としては、シビルに着けてもらっていた方が安心できるんだが」
これから俺の気配察知を抜けてくる魔物がいるかもしれないし……。
「そっか……。じゃあ……とりあえず着てみてかな……」
部屋の前でシビルにコルセットを差し出す。
「じゃあ、着けてみて」
なんだろうか? 変な気分になった。女性に下着を差し出して「つけてみて」って……。これでは完全に変態だ。いや、裸よりも下着を着けているほうが興奮するが……。今、それは一切関係のない話だな……。
「じゃ、じゃあ、着てみる……」
シビルも恥ずかしそうに受け取らないでほしい……。部屋の中へと姿を消す。
シビルは、すぐに部屋から出てきた。手にはコルセット。もう着て、もう脱いだのか……。何も着たところを見せて欲しかったわけではない。断じて。ただ早すぎるというだけだ。
「やっぱりエリナがいいよ」
そう言うとシビルはエリナにコルセットを手渡し、素早く部屋に押し込んだ。シビルと二人エリナが出てくるのを待つ。
「そんなに嫌だった?」
効果はすばらしいものだ。だが、やはり女性だし見た目などにもこだわりがあるのだろうか? 見た目も少し扇情的な部分はあるものの、可愛いと思ったのだが……。扇情的という部分が問題だったのだろうか?
「そうじゃないけど……ちょっとね」
シビルが言いづらそうに言葉を濁す。と、すぐにエリナが出てきた。手にはまたもコルセット。
「私もちょっと……」
そう言うと俺にコルセットを押し付けてきた。
「二人共、駄目?」
俺の言葉に二人は同時に頷く。無理に押し付けるものでもないしな……。現状、今の装備で問題はないわけだし……。
「そっかわかった。じゃあこれは俺が保管しておくから、必要になったら言ってね」
二人と別れ部屋へと戻る。何が駄目なのだろう? コルセットを取り出し見てみるも、おかしな点などないし、やはり可愛いと思うんだが……。
俺が着てみるか? さすがに素肌に着る勇気はない。服の上からコルセットを着けてみる。前の部分は編み上げになっており、ある程度サイズは調節できるようになっている。体は筋肉がついているが、引き締まっており、編み上げ部分を広げれば充分入る。
筋肉で思い出したが、最近ステータスには現れないが、基本レベルといったものがあるのかもしれないと考えている。肉体レベルといってもいい。クラスレベルとは違う、俺自身のレベルだ。探索者としてやっていくうちに、筋肉量は増えた。腹筋など六つに綺麗に分かれている。腕を曲げた時など、上腕二頭筋も大きく盛り上がる。だが、この程度の筋肉量で剣を軽々振り回せるだろうか? しかも片手で。
エリナなどを見ればよりわかりやすい。確かに引き締まった体つきだ。筋肉もついている。普段は鎧に覆われあまりわからないが、ドレスを着た時のことを思い出せばいい。普通ならば、あの細腕で大盾を持ち上げるなど不可能だろう。
魔術師レべルが1の時ですら、剣士のときと同程度の動きができた。肉体レベルのようなものがなければおかしいのだ。だからといって数値を見ることができるわけでもないし、どうこうできる物ではないのだが……。
あっ……。そうか……。エリナのドレスで思い出した。胸だ……。編み上げでサイズは調整できるようにはなっている。が、胸の部分はしっかりとお椀状にカップが作られている。サイズの調整にも限界があるのだろう。現に今、俺の胸の部分はすかすかだ。二人があまり乗り気でなかったのはこれか……。見た瞬間に自分には合わないとわかったのだろう。エリナには小さすぎ、シビルには大きすぎる……。
俺もトマスさんも男だ。そこまで気が回らなかった。二人には悪いことをしたな……。だが、謝るというのも……。そもそもなんと言って謝ればいいのかわからない。どうすべきか……。やはり気が付かなかったことにして、この話は話題に出さないというのが正解だろうな……。
コンコンとノックの音が響いた。
「はい」
「私達」
どうやらエリナとシビルのようだ。なんだろうか? 扉を開ける。
「何?」
俺を見て、エリナとシビルは数秒固まった。
「あの、その、いえ、また、今度で構いませんので……。それでは失礼します」
シビルが俺にこんな話し方をするのは、久しぶりだな。何かあったのだろうか?
「あの、はい……。失礼します……」
エリナとシビルはそう言うと慌てて廊下を走って行ってしまった。
扉を閉じ、風呂に入る用意を始める。
……。あっ……。コルセット着けたままじゃん……。そりゃシビルも敬語になるわな……。俺だって、コルセット着けた男が出てきたら敬語になる。とりあえず服の上からでよかった……。後、見られたのがエリナとシビルだけだったのも……。もし宿の従業員にでも見られていたら、宿を変えないといけないところだ。二人なら、説明すればわかってくれるはずだ……。




