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第十二話 十六階層

 朝日が眩しい。眠い目を擦りながら、迷宮へと向かう。一睡もすることができないとは……。


「レックスが好きでやったことだしー」


 仰る通り……。


「大丈夫ですか? やはり迷宮に入るのは、午後からにしたほうがいいのではありませんか?」


 エリナの提案に首を振る。


「大丈夫。十六階層の攻略にどれくらいかかるかわからないしね。駄目そうなら早めに切り上げるから」


 魔物も初見だ。十六階層に入れば、否が応にも目は覚めることだろう。十六階層の魔物はあのスライムだ。あちらの世界、日本で最も有名な魔物だろう。だが、この世界のスライムはあちらの世界で知られているような雑魚という訳ではない。物理攻撃が一切通らないということだし、魔法を覚えておいて正解だった。スライムとの戦闘の度に闘気術を使うというのも不可能だしな。



 十六階層へと転移する。初めての階層への転移というのは、やはり緊張する。主にキーワードを間違えないか、という意味で。


 十五階層と同じく青い世界が広がっている。振り返り確認すると、これまでのように壁には『16』と刻まれていた。無事に十六階層へと転送されたようだ。三回目ともなるとさすがに、この壁の数字を信用する気にもなる。


 エリナ、シビルも十六階層へと転送される。


「ちょっと待ってね」


 気配を探る。初めて感じる気配。これがスライムなのだろう。数はそれほどでもないが、十六階層全体に広がっている。部屋にだけ現れる魔物ではないようだ。十四階層ならば、オークの固まり具合からここは部屋になっているのだなとわかった。十五階層でもトロールの気配から部屋を特定することができた。そのうえ、徘徊するオークによって通路もある程度把握することが可能だった。俺はこれまで、地図を書く時は気配から部屋の場所を先に書き、それを起点にしながら通路を書くという方法を取っていた。この階でそれはできそうにない。スライムの気配はまんべんなく広がり、どこが通路なのかすらわからない。通路の数が多いのか、通路が広いのか……。目の前の通路は十五階層と同じ程度の幅しかない。数が多いのだろうか?


 探索者の気配はほぼない。スライムにはクエストで換金対象となる部位がないということだ。換金対象となる部位がないというのは、スライムは倒してしまうと跡形もなく消えてしまうのだという。倒してもスライムの一部すら持って帰ることはできない。その関係もあって、十六階層には探索者がほとんどいないのだろう。十六階層にいる探索者は十七階層への階段を目指す者だけだ。俺達のような十六階層に初めて潜る探索者以外は。


「お待たせ。今日は主に右側を探索しよう」


 エリナ、シビルに声をかけ一歩踏み出す。一階層一階層の探索は二日。ある程度の目安だ。簡単に進めるようでも、二日はかける。マッピングスキルのこともある。もちろん手こずるようならば、日数は伸ばす。


 まずは、近場の魔物の気配へと向かう。何も、完璧な地図を目指しているわけではない。隅から隅まで探索する必要はない。迷わない程度であればいい。


 いくつかの分岐路を通り過ぎながら、魔物へ最短で辿り着くであろう通路へと入る。これまで通路に変わったところはない。前を行くエリナが首を傾げた。


「そろそろスライムだと思うのですが……」


 確かに。もう見えていて、おかしくはない距離だ。位置から天井付近にいるはずなのだが、それらしいものは見えない。立ち止まり目を凝らすも、やはり何も変わった様子はない。俺達へと向かってくる気配。


「少し下がって。気配が近づいて来る」


 シビルに警告しながら、後ろへ下がる。と、天井から青い何かが染みだし、滴り落ちてきた。ある程度の粘性をもっているようだ。あれがスライムらしい。気配が階層全体に広がっていたのは、通路などを無視して天井や壁の中にもいるからなのだろう。


 滴り落ちてくるスライムを眺める。やはりこちらでも青いのか……。粘液は滴り落ちきると、形を変えながら地面をずるずると這いこちらへ近づいて来る。その速度は極めてゆっくりだ。直径一メートル程。青いが、ぽよんとした感じではなく、ぬちょという感じだ。脅威となるのか……? 気配に気が付かなければ、頭上から取り込まれもするのだろうが……。どういった習性を持っているのか? 警戒は解かず、観察する。ただスライムはずるずると這ってくるだけだ。それ以外の行動をとる気配はない。


「もう……いいかな?」


 そのゆっくりとした動きに、シビルが耐えかねたようだ。頷く。


「ほいっ!」


 と一声。シビルからスライムへと魔法が飛ぶ。赤い火に照らされたスライム。どうやら周囲の青い光によって青く見えていたらしく、スライム自体は無色透明のようだ。炎がスライムを包む。スライムは燃えながらも、こちらへと向かってくるが相変わらずその速度は遅いままだ。じっと見つめる。


 その速度はさらに遅くなっていき……、やがて動きを止める。そして炎と共に気配も消えた。


「終わり……ですか?」


「そうみたいだ」


 後には何もない。消えてしまうとは聞いていたが……何とも拍子抜けだ。


「じゃあ次へ行くか……。次は俺が魔法を使ってみる」


 歩きながら、どうすべきか考える。シビルの今の魔法は無詠唱ということもあり、それほどの威力ではなかった。俺やエリナでも詠唱を挟めばあの程度の威力はでる。スライムの遅さを考えれば、こちらに近づいて来るまでに詠唱は終わるだろう。問題はどの程度稼げるかだ。十六階層の魔物だ。十四階層のオークよりも上だろう。一体で考えれば。だが、数の問題がある。やはりこのあたりで稼ぐなら十四階層なのだろう。このあたりを探索できる探索者ならば、ある程度、金には余裕がある筈。いくら金にならなくとも、美味いならばもっと探索者が居ていいはずだ。


 通路を進み、次のスライムを目指していると小部屋に出た。十五階層のような大きさはない。普段であれば魔物がいるのだが、この階層では何もない。そのまま通り過ぎる。


 しばらく行くと前を行くエリナが立ち止った。


「近いです」


 先ほどのようにスライムが近づいて来るのを待ってから、後ろに下がる。とスライムが滴り落ちてくる。今度はただ待っているだけではない。詠唱を始める。


「ウォータブラスト」


 水が吹き出しスライムへと吹き付けた。吹き出すのは水だが、当たれば肉を抉るほどの威力をもっている。それほどの威力を持った水がスライムを打つ。


 後に残ったのは、俺の出した水だけ。もちろん気配もない。まるでスライムが水に溶けてしまったかのようだ。その水もすぐに消える。魔素のみで作られた水だ。迷宮に吸収される速度は湧き出した自然の水とはまったく違う。


 やはりあっけない。次へ行くか。スライムとの戦闘を優先させる必要はなさそうだ。十六階層はマップを埋める事に重点を置こう。魔物との戦闘は次階層以降でいい。



「ロックランプ!」


 エリナの地属性魔法でも、やはりスライムは一撃だった。エリナの出した岩につぶされ飛び散りそれまでだった。明らかに物理攻撃だと思うのだが……。いや、そういう意味ならばシビルの火も俺の水も物理か。岩に限らず普通の火や水ではスライムは死なないだろう。魔素が関係しているのだと思う。闘気術によって倒すことができるのもその為なのだと思う。……そういえば、闘気術を試していなかった。一応、闘気術も試しておくべきか。


 魔物の部位を回収する必要がないというのは、やはり楽だ。進行速度もかなり違ってくる。俺達のパーティだと、戦闘時間よりも回収に時間がかかることも多いからな。



 マップ右側の大部分が埋まったところで、少し変わった気配がある事に気が付いた。スライムの気配は気配なのだが……。今までは群れるということをしなかったスライムの気配が、複数固まっている。数は五つだ。まだ、そこはマップでも空白になっている部分。行ってみるか。


 そちらへと足を向け進んでいくと、


「おかしいですね?」


 とエリナがこちらに顔を向けた。その頃にはスライムの気配は四つになっていた。仲間割れだろうか? 今までに魔物同士で争うなどといったことはなかった。もしそうならば、これまでとは違う習性を持った魔物ということになる。


 おかしな気配のスライムがいるのは小部屋のようだ。スライムが目に入る頃には、気配は二つになっていた。


「うわっ」


 シビルが小さく声を上げる。二体のスライムが絡み合っていた。気配から二体とわかったが、外見からは一つの巨大なスライムにしか見えない。これまでのスライムの数倍の体積を持ったスライムだ。幅はそれほどかわらない。そのぶん高さがある感じだ。これまでのスライムより、俺のよく知るスライムの形に近付いた。


 エリナとシビルに顔を向ける。二人は黙って首を横に振った。どうやらスライムの説明には載っていなかった現象のようだ。同化吸収なのか? やがて気配は一つだけになる。そこでスライムはやっとこちらに気が付いたように、ずるずると這い近づいて来る。


 と、巨大スライムが燃え上がった。シビルの魔法だ。スライムは内側から火を巻き込み体内へと取り込む。その動作はスライムとは思えないほど早かった。あっというまに火は消えるも、スライムの大きさは少し縮んだようだった。無詠唱とはいえ、シビルの魔法に耐えるのか。


 火を消す動作は早かったが、依然としてこちらへと向かってくる速度は遅い。


「一旦引こう」


 巨大スライムから距離を取る。


「あのスライムを倒したら帰ろう。最後に闘気術を使ってみようと思う」


 シビルの詠唱付きの魔法ならば決定打となるのだろうが、俺とエリナの魔法では、何発当てれば倒せるかわかったものではない。それならば、威力のある闘気術を使った方がいいだろう。闘気術を乗せた魔法でもいいだろうが、剣でも戦っておきたい。


 俺の提案に二人は頷いた。エリナと二人闘気を練る。体内の闘気を剣へと纏わせる。よし、やるか! エリナの準備も整ったようだ。目を合わせ頷き合う。スライムに目を戻すも、位置はそれほど変わっていない。


「ファイアブラスト」


 その言葉を合図にエリナと共にスライムへと駆け寄り、剣を振るう。燃え上がったスライムだが、その部分を切り離しすと、こちらへと体の一部を伸ばして来る。移動の速度と比べれば速いが、トロールと比べてもそれは遅い。その体を斬り飛ばし、さらに本体へと斬り進める。斬り落とした部位は、地面にぶつかると溶けるように消えて行く。ある一定の大きさを下回ると、消滅するようだ。俺達の攻撃に、スライムは徐々に小さくなっていく。


 何度となく切り刻み、やっとスライムから気配が消えた。闘気術の反動に耐えながら、スライムが消えていくのを見つめる。と、スライムの体から、何かが零れ落ちた。なんだろうか? スライムの体が全て消え去った後も、それは残っていた。


 重い体を動かし、拾い上げる。それはスライムと同じように無色透明な丸い結晶のような物だった。一応鑑定してみるも、何かはわからない。


「何ですかそれ?」


 エリナとシビルが近づいて来ると俺の手元を覗き込んだ。


「わからない。ギルドで見てもらおう」



 反動が治まるのを待ち迷宮を出ると、ギルドへ戻る。ギルド受付にいたのはソーニャさんだった。その顔は、ここ最近の悩みなどなかったかのような笑顔で溢れていた。


「何か良い事でもあったんですか?」


「ええ! そうなんです! ここ最近少し悩んでいた事があったのですが……」


 あの様子は少しどころではなかったと思うが……。まあ悩みなどそういったものかもしれない。悩んでいるときは大事のように思えるが、解決した後となっては、なぜあんな小さなことで悩んでいたのか? と感じる。俺のゴブリンを倒したときもそうだった。盗賊を殺したときの事は、今も時々考える。次にああいった場面があれば、殺すことはないだろう。あの時の対処としては、あれが正しかったと思うが。


 まあ、ソーニャさんの心配事が解消されたというのは喜ばしい事だ。


「換金ですか?」


「はい。これを見て頂きたいのですが?」


 スライムの結晶を取り出し、カウンターの上に置く。


「これは……?」


 ソーニャさんでも一目ではわからないようだった。


「巨大なスライムから出た物です」


「少々お待ちください」


 そう言うとソーニャさんは、結晶を持ち裏へと消えて行った。


「なんだろうね?」


 シビルは期待に満ちた表情だ。


「高いといいんだけどな」


 エリナの防具の事もあるし……。


「お待たせしました」


 そんな話をしていると、すぐにソーニャさんは戻ってきた。


「確認できました。『グンタイ』スライムの結晶ですね」


「グンタイ……ですか?」


 軍隊? 群体? どちらともとれる。


「はい。群体ですね。いくつかのスライムが狭い範囲に出現した場合など、稀にそういった行動を取るようですね。この結晶は群体スライムの体内で結晶化した魔素だそうです。クエスト対象品ではありませんのでクエスト回数には加算されませんが、ギルドで買い取ることは可能です。魔石と同じ効果を持つのですが、魔素の保持量もそれほどでもなく、需要は少ない為あまり高額ではないのですが……。ギルドで買い取らせていただく場合、金貨二百枚ですね」


 二百か。確かに高額というわけではないが、今日一日の稼ぎとすれば充分だろう。シビルとエリナの二人も金額に不満はないようだ。


「わかりました。買い取りをお願いします」


 ギルドカードを取り出し、ソーニャさんに預ける。


 今日は少し変わったこともあったが、予定通り順調に終わった。明日も頑張ろう。

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