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第六話 ギルド

「まずは私の店に向かいます。その後ソールが探索者ギルドへお連れしますので」


 あてのない身だ。トマスさんに従う。


「わざわざ俺のためにすいません」


 頭を下げる。


「いや、どちらにしろ探索者ギルドへは盗賊に襲われたことを報告しに行かなければならない。ついでだと思ってくれ」


 再び頭を下げた。


 馬車は街中を進んで行く。それにしても大きな街だ。メインストリートなのだろう。道沿いには様々な店が並んでいる。その中でも武具店が多く見られる。街中を歩く人々も防具をつけ武器を持った人が多い。獣人なのか、頭に獣のような耳が生え、ふさふさの尻尾のある人などもいる。そんな獣人まで防具を身に着けていた。探索者の為の街といった印象だ。


 馬車を操るトマスさんには、街を行き交う様々な人から声が掛けられる。トマスさんはこの街では有名なのだろう。



 馬車は街の中心部へと進むとある一軒の大きな店の前で止まった。


「さあ、着きましたよ」


 建物を見上げる。でかい。今までにも店はいくらでもあったが、これほど大きな店舗はガザリムの中で初めて見た。日本にあったとしても大きな店だ。大きいだけではない。柱などにも彫刻が施され、華美ではないが、高級店といった店構えだ。


「どうです? 大きいでしょう。私の店です」


 自慢げに、誇らしげにトマスさんは言った。どうしてこんな大きな店を持っているのに、本人が行商になど出ているのだろう?


「旦那様。お帰りなさいませ。ソール様もお疲れ様でした」


 従業員だろう。トマスさんを迎えに店から人が出てきた。トマスさんはその人に馬車を預けると、俺に馬車から降りるように促す。


「レックスさんもお疲れでしょう。店舗の裏側に私の家があります。まずはゆっくりしましょう」


 そう言うとトマスさんとソールさんは店へと入っていく。気後れしてしまったが、付いて行くしかない。後に続いて店へと足を踏み入れる。


「これは……」


 中も外観に劣らず立派だった。床には絨毯がしかれている。通路も広く取られ、商品は多いのに圧迫感などはない。商品はガザリムに相応しく武具が多かった。だが見るからに高そうだ。こんな装備を買えるのは探索者の中でもかなりランクが高い者達だろう。


「ここは本店でしてね。高ランクの物しか置いていません。他の店にご案内させていただきますので。まずは家のほうへ」


 トマスさんは奥へ奥へと進む。ここ以外にも店舗を構えているのか。ますますわからない。考えていてもしかたがないので後に付いて奥へと向かう。


 店のバックヤードを通り、トマスさんが住むという屋敷に入った。こちらも立派だったが店ほどではなかった。数人の使用人が出迎えてくれる。


「まずは疲れを癒しましょう。この方をご案内してあげてくれ。では後ほどお会いしましょう」


 使用人の一人に言い付けるとトマスさんは去っていった。


「ご案内します」


「はあ……」


 案内について絨毯の敷かれた長い廊下を歩いていくと、一つの扉の前で止まった。


「こちらの部屋をお使いください。お風呂の準備も整っています」


 使用人さんが扉を開けてくれる。客室なのだろう。それほど広いわけではないが、隅々まで手入れが行き届いている。ベッドにかけられたシーツなども皺ひとつない。


「奥の扉が風呂場に続いておりますのでお使いください」


 そう言って出て行ってしまった。とりあえず荷物を降ろし、奥の扉を開ける。


「すごいな……」


 ガザリムの街に着いてからはすごいすごいと圧倒されてばかりだが、すごいものはしかたがない。


 清潔感のある真白な部屋にバスタブがあり、もう湯が張られていた。俺が日本で住んでいたワンルームのマンションよりもバスタブは広い。俺一人が寝転がっても余りある広さだ。


 服を脱ぎ湯を浴び体を洗う。村では湯を浴びることなどできなかった。水で濡らした布で体を拭く程度だった。体を洗うのもそこそこに湯船につかる。


「ああ……」


 最高だ。久々に浸かる風呂は疲れを吹き飛ばしていく。




 ……! トマスさんを待たせているかもしれない。時間が経つのも忘れ長々と入ってしまっていた。慌てて体を拭き風呂場を出ると、新しい服に着替える。新しいといってもこれまで着ていた服と大差はないが。


 部屋の扉を開けると、そこには先ほどの使用人さんが立って待っていた。


「お待たせしてしまって申し訳ありません」


 この人は俺が風呂に入っている間、ここでずっと立っていたのだろうか? そうだとしたら申し訳ないことをした。


「いえ、それでは主がお待ちですのでご案内します」


 やはりトマスさんも待たせてしまったか。走って行きたいが、使用人さんは静々と廊下を歩いていく。どこで待っているのかもわからないし、ここは付いて行くしかない。再び長い廊下を黙って付いて行く。


 俺が通されたのは、広いダイニングだった。十人は食事を取ることができそうな大きな食卓の奥に、トマスさんは座っていた。傍らにはソールさんもいる。


「お待たせして申し訳ありません」


「いえいえ。私も先ほど風呂から出たばかりですからね。風呂はいいものでしょう。ついつい長くなってしまいます」


 トマスさんは血色もよく本当に風呂から出たばかりなのだろう。


「風呂に入れるとは思ってもいませんでした。久々の風呂につい……」


「おや? レックスさんは風呂に入られたことがあったのですね」


 トマスさんの目が光った気がした。


「ええ、いえまあ……」


 失言だったかな。レックス君が育った環境では風呂などという贅沢なものに入ったことがあるはずがない。


「あまり長話もなんですし、まずは探索者ギルドへ御向かいになられますか。ソールお願いします」


 俺の曖昧な返事に、トマスさんはそれ以上話を続けようとはしなかった。


「ではレックス行くか」


 その言葉に立ち上がる。


「夜は歓迎の食事を用意しておきますので、楽しみにしていてください」


「いえ、それはあまりにも……。トマスさんには大変お世話になりました。これ以上迷惑をかけることはできません。探索者ギルドを出た後は宿を探します」


 トマスさんの提案はありがたいが、あまりにも借りを作りすぎている。トマスさんはいい人だが、商人だ。寝ているうちに奴隷にされ売られるといったこともあるかもしれない。いや、それはさすがにないか。


「そんなことを仰らずに。盗賊の襲撃で被害がでなかったのもレックスさんのおかげですし、お礼をさせてください」


 ほとんどソールさんのおかげだ。俺がいてもいなくてもあまり変わらなかったと思う。固辞しようとしたとき、ソールさんが俺に近づき耳元で囁く。


「トマス殿は宴が好きなのだ。ほんの些細なことでも宴を開こうとする。これはこれで大変なんだが、レックスが来ないとなると俺がずっと相手しなくちゃならん。俺の為とも思って付き合ってくれないか?」


「わかりました。では今日はお世話になります」


 トマスさんにもソールさんにもお世話になりっぱなしだ。ここまで言われて断るほうが失礼だろう。


「おおよかった。それではお待ちしておりますよ」


「ではトマス殿、行って参ります」


 トマスさんに頭を下げ、ダイニングを出るソールさんの後を追いかける。廊下に出たところでソールさんが話しかけてくる。


「レックスがいてくれて助かったよ。レックスも覚悟しておいてくれ。今日は、いや明日になるか。日が昇るまでは眠れないからな」


「そんなに……ですか?」


「ああ。外ではそこまでではないんだがな。今もトマス殿は夜飲む酒を嬉々として選んでいることだろう」


 そう言ってため息を吐いている。



 外に出ると日は沈みかけていた。西日が目に刺さる。


「これから宿を探すのも大変だし、宿泊代だと思って付き合ってほしい。まあ行くか」


 ソールさんは俺達が入ってきた門とは反対の方角へと歩き出した。どうやらそちらのほうに探索者ギルドはあるらしい。


「探索者ギルドがあるのは俺達が入ってきた門とちょうど反対に位置する門の近くにある。その門から出ればすぐ迷宮の入り口があるからな」


 なるほど迷宮の入り口に近いほうが便利なのは間違いない。それにしても広い。よくもまあこんな広い街全てを壁で囲んだな。先人の苦労が偲ばれる。


 探索者ギルドへと近づくにつれ、街自体が猥雑になっていく。手入れの行き届かない装備をした人相の悪い男達や、いかにもといった色気を出した客引きをしている女などが目立つようになった。あまり目を合わせないようにソールさんの後ろを付いて行く。


「こちらのほうは稼ぎが少ないやつが多いからな。必然的に品も悪くなる。盗賊予備軍といってもいい」


 ちょっとソールさん声が大きいです。ソールさんはまったく気にしていないようだった。


「おい、そこの。誰が盗賊予備軍だって。こっちは聞こえてんだよ」


 ほら絡まれたじゃないですか! 声をかけてきた男を見れば、実際に品などかけらもなかった。歯は折れているし、装備もぼろぼろだ。同じような格好の品のない人々がいきり立っている。


 ソールさんはそちらにちらりと目をやっただけだった。そのまま歩いていく。男達から再び声をかけられることはなかった。俺はそのソールさんの目を一生忘れられないかもしれない。ソールさんの人柄をある程度知っている俺でもちびりそうになった。あの目を実際に向けられた男達はちびっていたかもしれない。それほどまでに恐怖を感じさせる目だった。


「覚えておくといい。ああいう奴らは怖くない。弱いから稼げない。気をつけなければならないのはトマス殿の店で装備を買うような連中だ」


 こくこくと黙って頷く。ソールさんの言葉には絶対服従だ。


「あと女を買うなら、俺かトマス殿に相談すればいい。この辺りで女は買うなよ。病気が怖いからな。初めてはとびっきりを用意してやる」


 もう普段と同じように豪快に笑っている。先ほど見せた殺気など嘘のようだ。もう周りのがらの悪い人々を見ても怖くなくなった。ソールさんのあの目に比べたらかわいいもんだ。



「着いたぞ」


 大きな三階建ての建物の前だった。トマスさんの店ほどではないが、しっかりとした建物だった。どうやらここが探索者ギルドらしい。


「入るぞ」


 ソールさんが扉を開けた。中は多くの探索者で溢れている。先ほどのような品のない者から、トマスさんの店で売っていそうな高価そうな装備をつけた者まで様々だ。わかりやすいといえばわかりやすい。稼げない者と稼げる者。弱者と強者だ。なるほど。品のあるほうに気をつけよう。


 そんな中をソールさんについて進んでいく。元探索者のソールさんは顔見知りが多いのだろう。よく声をかけられている。声をかけているのはどちらか品のあるほうだ。ソールさんにも気をつけよう。


「こいつが探索者になりたいそうだ。登録してやってくれ」


 ソールさんに促され窓口に立つ。


「はい。わかりました。それではこちらに記入をお願いします。文字は大丈夫ですか? 代理筆記もできますが」


 窓口にいたのはきりっとした綺麗なお姉さんだった。当然だな。


「大丈夫です」


 ペンを手に取った。文章は日本語で書かれていた。記入も日本語でいいだろう。日本語でレックスと書いた。そこに書かれていた文章を要約すると『自己責任でお願いします』という事、後は『登録料に銀貨三枚かかります』ということだけだった。。


「書けました。それと登録料ですが銅貨でも大丈夫ですか」


「かまいませんよ」


 記入した用紙と銅貨七十五枚を渡す。銅貨二十五枚で銀貨一枚分だ。ちなみに銀貨十八枚で金貨一枚になる。銅貨なら四百五十枚で金貨一枚ということだ。十枚毎にしてくれればいいのに。


「はい。それではステータスを開示していただけますか」


 俺の提出した用紙と銅貨を確認するとにこりともせずに先を促すお姉さん。罵られたいというファンも多そうだ。


「ちょっと待ってください」


 クラスを戦士に変更する。シーフってのはつまり泥棒とか盗賊って意味だ。ジョブではないから問題ないだろうが一応変更しておく。


「スキルなどは開示されなくても結構ですよ。探索者の生命線ですからね」


 なにか勘違いされたようだ。だがスキルは見せなくてもいいのか。万職の担い手という変なスキルを持っている俺には有難い。そういえば村長もスキルは見せてくれなかった。探索者だった頃の癖がそのまま出ていたのかもしれない。まあクラスである程度のスキルは予測できそうだが。


「お待たせしました。ステータスオープン」


 お姉さんは俺のステータスを何かに入力していく。キーボードのようなものを操作している。ハイテクだ。


「探索者になられる前にもう戦士クラスになられておいでですか。優秀ですね」


 そう言ってお姉さんはすこし微笑んだ……ソールさんに向かって。ソールさんと知り合いのようだ。探索者をしていたのだから当然か。


「そうだろう。レックスにはトマス殿も期待しているからな」


「まあ、トマスさんがですか」


 すこし驚いた様子を見せた。あれだけの大商人だ。お姉さんがトマスさんを知っていてもおかしくはないか。お姉さんの俺を見る目がすこし変わった気がする。気恥ずかしい。俺自身はそんな大層な人間じゃないです。ただこの世界の人より色々恵まれているだけです。


「次はこれを握ってください。個体情報を登録します」


 そう言って差し出されたのは澄んだ石だった。これを握るだけでいいのか。ぎゅっと握る。これはハイテクノロジーどころではない。オーバーテクノロジーだ。


「これで登録は終了になります。お疲れ様でした」


 お姉さんはカードを差し出してくる。もう終わりか。カードを受け取る。ギルドカードってやつだ。定番だな。


「それではこれからギルドについて説明をさせて……」


「それは俺から話しておくよ」


 お姉さんの言葉をソールさんが切った。ソールさんからよりお姉さんからのほうがよかったんだが……。あの目を見た後では何も言えないが。


「それでソールは何の用ですか?」


 ソールさんを呼び捨てだ。これは怪しいですね。


「東の森で今日四人の盗賊に襲われた。その報告だ」


 お姉さんは険しい顔になった。


「そうですか。それで……」


「探索者のようだった」


「提示をお願いします」


 そう言われてソールさんはお姉さんに袋を渡した。


「それでは確認してきますのでお待ちください」


 席を立ち扉の奥へと歩いていってしまった。


「何を渡したんですか?」


「盗賊の指だ」


 指……。聞かなければよかった。さほど待つことなくお姉さんは戻って来た。


「確認が取れました。全員探索者として登録されていました。それではご確認ください」


 お姉さんが差し出したのは銀貨だった。


「これはレックスの倒したぶんな」


 ソールさんは俺に銀貨三枚を手渡してくれた。


「ありがとうございます」


 登録に使ったお金が戻って来た。手持ちが少ない俺には有難いが……この世界の人の命は銀貨三枚か。ずいぶんと安いものだ。


「じゃあ帰るか」


 立ち去ろうとするソールさんにお姉さんから声がかかる。


「ソール今日はどうするの?」


「ステラすまないな。今日はトマス殿のあれだ」


 なるほど怪しいどころではない。これは確定だ。今日の酒の肴はステラさんかな? 俺のそんな思惑に気がついたのか、ソールさんがちらりと俺を見た。ちびりそうになった。

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