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第九話 『狂った魔法使いたち~畜生共の宴~』

「ああ、そっかそっか。魔素酔いね」


 夕食を取りながら、三人で今日一日の出来事を話している。今は俺が魔素に浸り正気を失いかけた話をしていた。


「急激にレベルがあがっちゃったからかなー? そこまではレベルも面倒みてくれないのか」


 シビルは一人で納得していた。


「どういう事?」


「えっとね……。魔法スキルレベルが低いうちは取り入れられる魔素の量も少ないの。だから威力も弱いんだけどね。レベルが上がるにつれ魔素の量も増えて……だから魔法も強くなっていく」


 ここまではいい? というように俺を見るシビル。頷く。


「で、その間に体が慣れていくっていうのかな? んー、コツを覚えるって感じか。とにかく徐々に魔素に耐性っていうか、慣れていくものだから意図的に長時間、体内に魔素を溜めこみでもしないとレックスみたいな症状はほとんどないんだよ」


 急激にレベルがあがったからというのはそういうことか。体がレベルに追いついていない。


「こう体内の魔素と取り込む魔素を区別するっていうのかな? そういうふうにしないとまたなっちゃうかもね。私も感覚でしかないんだけど……。出来るまでは集める魔素の量少なくした方がいいかもね」


 全力ではやめておいたほうがいいか。少し考えよう。


「シビルは今日どうだったんですか?」


 魔素酔いも不安だが、その事以上にシビルが上手くできたのか不安だ。それはエリナも同じだったらしい。


「ばっちりだったよ! 怪我ひとつしなかったし!」


 重要なのは受験者が怪我をしなかったかどうかだが。


「相手はどんな人だったの?」


「ソロでやってる魔法使いだったんだけどね。さすがにソロで十階層を越えてきただけあって、結構強かったかな」


「相手に怪我とか……?」


「大丈夫だって! ギルドの人にも相手の技量をきちんと見極めるようにって言われたし! 何? もしかして私が無茶な魔法でも使うと思ってたの?」


 シビルならやりかねないなって……。


「ごめん!」


「ごめんなさい!」


 俺とエリナの謝罪。


「エリナまで!?」


 シビルは少し落ち込んだようだった。


「今日の分のシビルの代金は俺が持つから……」


「じゃあ許す!」


 俺の言葉に、シビルはころりと態度を変え笑顔になった。もしかして俺のその言葉を待っていたんじゃないだろうな?


「さあ食べるぞお! 飲むぞお! 店員さーん!」


 店員を呼ぶとシビルはあれこれと注文し始めた。


「私も半分出しますので……」


 エリナはシビルに聞こえない様な小さな声で話しかけてきた。


「大丈夫。気にしないで。ありがとう」


 その気持ちだけ貰っておこう。



「魔法スキルも結構上がったし、十四階層のマップも完成した。そろそろ先へ進んでもいい頃だと思う」


 食事もひと段落したところで、明日からの予定について話す。俺の提案にシビルは満面の笑みを浮かべた。


「それじゃあ、まずはランク認定試験だね!」


 ギルドランク4認定試験については、クエストの規定回数をクリアしたときにすでに説明を受けていた。これまでの試験と変わらず、ランク4探索者との模擬戦闘だ。


「明日朝ギルドで申請して、午前中は資料室で十六階層以降の下調べかな。試験の日程次第だけど明後日なら午後からは休もうか。試験が明々後日以降になるようならその前日は休みにしよう」




 朝、ギルド受付に向かうとソーニャさんはどこか不安そうな顔をしていた。よく見せる不機嫌そうな顔とは違うその様子に少し心配な気持ちになった。


「おはようございます。どうかされたんですか?」


「いえ、特に何も……。ご用件は認定試験についてでしょうか?」


 特に親しいというわけではない。俺に話すことでもないだろう。


「ええ。ランク4認定試験を受けたいと思います。なるべく早い方がいいですね」


「そうですね……。それでしたら明後日の午後になりますね」


 となると、今日は午後から迷宮に入って明日は休みかな。


「それでお願いします」


「では、試験方法はどうされますか?」


 個人で受けるかパーティで受けるか、か。


「どうする?」


 振り返り、三人で相談する。


「このあたりでパーティでの対人戦というのも経験しておいてもいいのではと……」


「私もそれがいいかな。一人で戦わないといけないって状況もないだろうしね」


「では試験方法はパーティ単位ということで。明後日、正午にお越しください。それでは」


 はい……。



 ギルド資料室にでは、アランさんが出迎えてくれた。『ガザリムダンジョン十一階層~二十階層』、紙とペン、インクを持ってきてもらい、書き写しに入る。十六階層のマップを書き写していくが、ここでもマッピングスキルが役にたった。すらすらと迷いなく線を引いていく。考える時間も一切ない。これなら、十六階層だけでなく二十階層まで、午前中だけで書き終えることができそうだ。


 エリナとシビルは一緒に一冊の本を見ながら真剣な顔つきで読んでいる。ときおりシビルがエリナに話しかけている。文字が読めるようになったとはいえ、まだまだ分からない漢字もあるのだろう。そんなシビルにエリナは丁寧に教えているようだった。



 二十階層まで書き写したが、まだ日は昇りきっていなかった。少し早めに迷宮に潜ってもいいかとも思ったのだが、以前シビルが言っていた本の存在を思い出した。なんといっただろうか……。狂った畜生がどうとか……。読んでおいてもいいかもしれない。エリナ、シビルはまだ本を読んでいる。立ち上がりアランさんの元へと向かう。


「アランさん。以前持ってきていただいた狂ったなんとかって本を読みたいのですが」


「ああ。すぐに持ってきます」


 そう言うとアランさんは迷わず一つの本棚へと向かい、すぐに手に一冊の本を抱えて戻ってきた。


「どうぞ」


 『狂った魔法使いたち~畜生共の宴~』。そうこれだ。表紙には人間なのか魔物なのか、タイトルからして狂った魔法使いなのだろうが、おどろおどろしい獣のような人間のような生き物が描かれている。


「ありがとうございます」


 アランさんに礼を言い、席にも戻る。こうやってただ単純に本を読むというのも久しぶりだな。ここ最近、本を読むといえばダンジョンについて調べたり、クラス、スキルについて調べたりばかりだった。英雄達の話は楽しめて読めたが、あれもクラスについて調べていただけだしな。そういう意味ではこれも、魔素酔いについての参考という事になるが……。本を開く。まずは前書きだ。


『表紙絵を描いたのは魔素に取りつかれ精神を病んだ魔法使いである。自身の狂っていく内面を描き出した物と言われている』


 怖いな……。本を閉じもう一度表紙の絵を眺める。狂った本人が書いたと知った今では、その絵は俺の目に、より不気味にうつった。これを描いたとき、この作者は正気だったのだろうか? それとも狂っていたのだろうか? 不気味ではあったが、その絵はどこか物悲しさを感じさせる。正気だったのかもしれない。


 再び本を開き、読み進めていく。



 そこに登場するのは狂った人間ばかりだった。その大半が、魔素に取りつかれた人々だった。ただただ魔素を取り込んだ時の快楽に溺れ、精神に異常をきたしていく。その大半は他人を襲い、その結果として殺されていた。最初は俺のように偶発的な所から、徐々に魔素の快楽に落ちていく者もいた。完全に他人事というわけではないか……。


 読み進めていくと、そういった者達とは違う人々が登場する。それは力を求め人間である事を進んでやめた者達だ。体内に魔素を取り込むということは、それだけ力を得られるという事だ。精神に異常をきたすとわかっていても……、たとえそれでも何かを欲した人々。その何かとは、ただただ力であったり、権力であったり、復讐であった。だが、その末路も結局は死にしか行きつかなかった。唯一、まだ共感できたのは復讐を成し遂げた男の話だ。恋人を殺され、その復讐の為に魔素を取り込んだ男の話。


 男は才能のない魔法使いだった。その男は美しい女と将来を誓い合っていた。女は美しかった。美しすぎた。その女は美しさゆえに権力者の目に留まり、慰み者にされる。いくばくかの金は渡されたものの、女はその事を思い悩んだ。男が全てを知った時には全てが遅かった。男が全てを知ったのは女が自ら死を選んだ後だったのだ。


 そして男はその貴族に復讐を誓う。男は何も持っていなかった。権力も、才能も。上に訴え出ようにも、その上というのが他ならぬ恋人を弄んだ貴族だった。そして彼は一つの手段に辿り着く。それが魔素を取り込む事だった。魔素を取り込めば狂うのはわかっていた。それでも方法はそれしかなかった。狂っていく中、ただ敵を目指し貴族の邸宅に乗り込む。護衛兵が行く手を阻むも、魔素を取り込んだ男には、赤子のようなものだった。そうして男は復讐を成し遂げる。その後、男は自らもまた死を選んだ。


『男は魔素を取り込み、狂わずにすんだ稀有な例と言えよう。いや、もしかしたら彼は最初から……復讐を誓ったときから狂っていたのかもしれない……』


 この男にまだ共感できたのは、殺したのが敵である貴族ただ一人という点だ。それ以外の兵士などは殺してはいない。そこが狂わずにすんだと言われる点なのだろう。


 ページは残り少ない。後は、後書きだけだ。


 そこに書かれていたのは衝撃的な内容だった。著者自身もまた、狂った魔法使いの一人であったという告白だったのだ。魔素に取りつかれた者達のエピソードを集めていくうちに、著者もまた知らず知らずその魅力に取りつかれたのだという。そして著者は自身を被験体に魔素を大量に取り込む。そこにあったのは、これまで語られた者達とは違う、ただ興味だけだった。そして彼は狂っていく。


 自分自身が狂っていく様子が克明に綴られている。これまでの客観的な描写とは違う、その狂気をはらんだ文章に吐き気を催した。徐々に正気と狂気のバランスが崩れ、狂気へと傾いていく……。


『これを書いたのは正気の私だったのか。それとも狂った私だったのか。正気の私は、魔素に惹かれる人間が少しでも減るようにと書いたつもりだった。だが、それは本当にそうなのだろうか。この本を読み一人でも私に続くものが現れる事を期待していたのではないだろうか。それはもう今となってはわからない。ただこの本を読み嫌悪感を抱いた者よ。もし狂った魔法使いに出会ったならば殺してやってくれ。それがその者の唯一の救いとなるのだ』


 本はそう締めくくられていた。……うん。魔素に対する耐性が取れるまで、無理はしないでおこう。それがいい。本を閉じ顔を上げると、エリナとシビルが心配そうにこちらを見ていた。


「険しい顔をされていましたが、大丈夫ですか?」


 そんな顔をして読んでいたのか。いやだが、この内容は険しい表情にもなるというものだ。……それにしても、シビルはよく軽々しくこんな内容の本を進めてきたな。


「シビルも読んだんだよね?」


 シビルはどんな顔でこれを読んだのだろう?


「前書きだけね。そこで気分悪くなっちゃって」


 ほとんど読んでないんだ……。


「そろそろ行きますか?」


 外を見れば陽は昇りきっており、正午を示している。


「そうだね。昼食を取ったら迷宮に向かおうか」


 食欲はあまりなかったが、迷宮にはいるのだ。無理にでもカロリーは摂取しておかないと……。

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