第五話 マッパー
「今日は、よろしくお願いします!」
ギルド受付前で、元気に挨拶をしてきたのは十ニ、三歳にしか見えない少年だった。身長も低く百五十センチあるかどうか。シビルよりも小さいのだ。目が大きい。反対に顔は小さく、そんな所も幼さを感じさせた。もしかしてこの子が……? そんな疑問と共にソーニャさんを見る。ソーニャさんは曖昧な笑顔で頷いていた。やはりこの少年がマッピングLv8のスキルを持った元探索者のマッパーのようだ。
「よろしくお願いします……」
そのあまりの歳の若さに、俺達は戸惑いながら挨拶を返した。
「……僕ではやはり駄目でしょうか?」
俺達の戸惑いを読み取った少年は、不安そうに俺達を見上げた。
「いえ、大丈夫ですよ。想像していたより随分とお若かったので少し……」
そもそも俺達もまだ年若い。最も年齢の高いシビルでも十七歳なのだ。……そういえばシビルは十七歳だったな。この少年もこんな外見だが、実際はもっと年齢が上なのかもしれない。
「ありがとうございます! 『ステータスオープン!』」
名前 : カミーロ
年齢 : 13
ジョブ : マッパー
クラス : サーベイヤLv9
スキル : マッピングLv8
少年……カミーロ君は俺達にステータスを見せる。確かに、マッピングレベルは8。それ以外のスキルは開示されていない。十三歳か……。見た目通りの年齢だった。
「マッピングLv8。行った事のある階層は十階層までです……」
マッピングには誇らしさが階層については恥ずかしさが、声に現れていた。
「確かに。こちらの出した条件通りのようです。今日一日よろしくお願いします」
手を差し出すと、カミーロ君は笑顔で握り返してきた。
迷宮へと向かいながらカミーロ君と今日の予定について話し合う。十一、十二階層については階段まで最短で抜ける。十三、十四階層については俺の書いた範囲を回る。カミーロ君の地図と俺の地図でどれくらい誤差があるのか見たかった。答え合わせのようなものだ。そうして、残った夜までの時間を十五階層の攻略に充てる事になった。
「サーベイヤというクラスはどんなクラスなんですか?」
十一階層はノームばかりだ。魔物による邪魔が入る事もない。気になっていたカミーロ君のクラスについて質問する。普段ならば挨拶をしてくれるノーム達も、カミーロ君の気配を感じたのか現れる様子はなかった。オンジェイも迷宮内だが、今日は姿を消したままにしてもらっている。
「マッピングもそうですが、主に測量関係のスキルに補正のあるクラスですね。レックスさんもマッピングを覚えているのなら、クラスに表示されているはずですが?」
……。万職の担い手も良し悪しだな。もちろんすばらしいスキルなのだが……。普通なら新たなスキルを覚えると、クラス欄にそのスキルに関係するクラスが追加される。剣術ならば戦士、祈りなら僧侶といったように。マッピングならばサーベイヤということなのだろう。そうであればマッピングに補正があるようなクラスだな、とわかる。
一方、俺のクラス欄には、迷宮探索に関係のあるものからないものまで、もともと数千、数万というクラスが並んでいるのだ。数万はいいすぎかもしれないが、それほど多くのクラス全てを把握することはできない。そのほとんどが迷宮探索には関係ないであろうクラスなのだ。
例えば俺のクラス欄にはクリーナーというクラスがある。スキルについては掃除とか洗濯とかそういったものではないだろうか? 想像でしかないが。迷宮を探索する上で一切関係がない。もちろんサーベイヤについて知らなかったのは俺の落ち度だ。クリーナーについて知らなくとも、サーベイヤについては知っておくべきだった。いや……、もしかしたらクリーナーにも迷宮探索で有用なスキルがあるかもしれない……。……そんなことを言い出したらきりがない。一度、本格的に探索者関連に限らず、クラスについては調べておいた方がいいな。だが、それにはギルド資料室以上に蔵書のある場所にいかなければならない。ギルド資料室は探索者関連に特化している。聞いた事も見た事もないが、図書館のような物はあるのだろうか? あるのなら調べやすいのだが……。
黙り込んだ俺をカミーロ君が不思議そうな顔で見つめていた。
「ええ、もちろんありますが、基本的にクラスは剣士固定なので……」
慌てて言葉を返す。
「直接、戦闘に関係のあるクラスではありませんしね」
俺の返答に疑問を持った様子はない。
「僕もサーベイヤについては、探索者をやめた後……マッパーという職業がある事を聞いてから、初めて知りました」
やはり探索者だったのか。マッパーには元探索者が多いと聞いていたから、もしかしたらと思っていた。だが、あまりにも……。
「そのお歳で、探索者をおやめになられたのですか……」
エリナの言いたいことがわかったような気がした。エリナはずっと探索者に憧れ、探索者を目指していた。カミーロ君がなぜ探索者になったのかはわからないが、もしエリナと同じように憧れて探索者になったのだとしたら……夢を諦めるには早すぎる。エリナはきっとそう感じたに違いなかった。
「一人では、四階層すら満足に探索することができませんでしたからね」
カミーロ君のその言葉、表情に未練はない。気恥ずかしさは混じっていたものの、ただ事実を話したという感じだった。随分と大人びた少年だ。
四階層……コボルトの階か。コボルトは一体だけならば特に強くもなかったが……。一部屋に何匹ものコボルトがいたな。十四階層まで進んできたが、一度にあれほどの魔物と戦わなければならなかったのは、コボルトとオークくらいか。
そろそろ十三階層だ。俺もクラスをサーベイヤに変更する。十三階層、十四階層はサーベイヤでいいだろう。十五階層は一応剣士に戻すことにしよう。
十三階層に入り、皆無口になった。十二階層のように気楽にとはいかない。事前に、カミーロ君はギルドで十三階層のマップを書き写していたようで俺と条件はまったく同じだ。カミーロ君は手に紙とペンを持ち、真剣な眼差しでマップを描いていく。俺達の進行速度は十一、十二階層と変わりない。カミーロ君も速度を落とすことなくついて来ていた。これがマッピングLv8か……。Lv15はまだまだ先としても、Lv8にはしておきたいところだな。
カミーロ君の手元のマップを覗きこみ、俺のマップと見比べてみる。それほど大差はない……と思ったが、それは進むにつれ徐々に誤差が大きくなっていた。
「どうしてマッパーになったんですか?」
少し意地が悪いかと思ったが、どの程度余裕があるのか知りたかった。
「探索者としてやっていけない事は早々にわかりましたから。それでも……探索者にかかわる仕事をしたかったので」
俺に視線を向けることなく、通路の先とマップを交互に見ながら言葉を返してきた。話しかけても特に問題ないようだ。
「少し聞きたいんだけど……どうしてまだ歩いていないところまでマップに書かれているんですか?」
カミーロ君のマップには、これから俺達が歩くであろう通路がすでに描かれている。俺の言葉にカミーロ君は立ち止まり、遠く、通路の先を指さした。
「ここから、この通路の先の小部屋まで何メートルあるかわかりますか?」
薄暗く、小部屋はぼんやりとしか見えない。そこそこの距離だ。八十メートルくらいか? 百メートルはないように思えるが……。
「八十メートルくらいかな」
カミーロ君は笑顔を見せた。
「そうですね。正確には七十六メートルですが」
こんな中、目測で正確な距離を出せるのか……。そりゃ俺の歩数で書かれたマップよりも正確だろう。これもマッピングスキルの効果だろうか? なるべく目で見た距離を意識しながら進むとしよう。
「元のマップの縮尺通りに、見える範囲の通路を書き込むだけですからね。迷宮は通路が曲がりくねったりしていないので、簡単ですよ」
自慢げな表情などもなく、ただ淡々とそう話す。やはり、大人びた……。
「カミーロ君、すごいね!」
「はい。その若さで……。すばらしいと思います」
シビルとエリナに褒められ、カミーロ君は耳まで真っ赤にして照れている。その姿は年相応に見えた。
通路七十六メートル先の小部屋には、リザードマンが四体。剣を抜き、何度か振り確かめる。戦闘クラスではないだけあって、体のきれが悪い。リザードマン程度ならば問題はないが……。少しでもサーベイヤのレベルを上げておきたいところだが、カミーロ君もいることだしシビルにお任せしよう。この状態でリザードマンの咆哮を許し、援軍など呼ばれれば時間を大幅に無駄にすることになる。十三、十四と回った後に、十五階層を探索しなければいけないのだ。時間に余裕があるわけではない。
シビルに目をやるとシビルもこちらを見ていた。シビルは頷き、詠唱を開始する。
『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ!』
自分で魔法を使えるようになって、初めてわかるシビルの凄さ。もちろん今までも凄いと思っていたが、それは表面的な威力だけのものだった。今ならばわかる。この周囲の魔素の流れ。それは俺の時とは違い、スムーズになんら抵抗なくシビルへと集う。
『其は硬貨! 其は虎! 其は地也!!』
カミーロ君がいるからだろうか? やたらと張り切っている……。詠唱一つ一つに力が籠っているのだ。
『……ストーンブレイド』
シビルの前に巨大な石の剣身が姿を現した。手に持つ杖を前方へ突き出す。と、石の剣は回転を伴いながらリザードマンのいる小部屋へと向かっていく。巨大故かその速度はそれほどではない。
飛来物に気が付いたリザードマンは小部屋入口へと殺到するが……石の剣はまとめてその首を断ち切った。それでも石の剣の勢いは止まらず壁にぶつかり粉々に砕け散った。
さて……剥ぎ取りか……。俺達は小部屋へと歩き始めるが、カミーロ君は足を止めたままだ。
「どうしましたか?」
「す、すごい魔法ですね。シビルさんが、ランク5探索者ということは知っていましたが、実際にこれほどの魔法を……」
目を輝かせていた。シビルは褒められ嬉しそうにしている。張り切った甲斐があるというものだろう。足を止めていたというのに、カミーロ君は自分の言葉を合図にしたかのように小部屋へと走っていく。周囲にリザードマンの気配はない。問題ないだろう。
カミーロ君はいち早く部屋につくとリザードマンの死体を眺めていた。俺達は部屋につくと、そんなカミーロ君を横目に剥ぎ取りにかかる。
カミーロ君には剥ぎ取りは刺激が強かったようで、壁周囲の石の剣の残骸のほうへと行ってしまった。その破片を手に取り、きらきらとした輝く目で見つめている。凄まじい威力だったからな。俺も子供の頃に見ていたら、あんな目をしていたのかもしれない。
剥ぎ取りも終わり、カミーロ君を促がし十四階層へと足を進める。




