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第二話 十三階層

 十一、十二階層、ノーム達に挨拶されながら通りすぎ、十三階層へと入る。エリナとシビルはノームの挨拶の度に立ち止まり、手を振りかえしていた。少し時間を取られたが、見ていて微笑ましい気持ちになった。


 オンジェイという新しい仲間が増え、初めての迷宮探索だ。といっても、オンジェイはいつものように、姿を隠している。オンジェイは姿を現すことはほとんどない。食事のときくらいか。十一階層、十二階層では珍しく姿を現していたが、十三階層に入ると再び姿を消した。


 十三階層の魔物はリザードマン。シグムンドさんと共に初めてダンジョンに入ったときに出会ったのだったな。あの時は……リザードマンの鱗の硬さに苦労させられた……。


「とりあえず、ある程度マッピングしながら進もう」


 俺の言葉に二人は頷いた。


 マップの空白部分にある気配を探る。単独で行動しているリザードマンの気配はなく、ある程度、気配は固まっている。小部屋にいるのだろう。空白部分といっても、気配の固まり具合から地形がいくらかは推測できる。もちろん通路の幅が広がっているという可能性もあるが……。地図とペンを手に、気配の固まりが集中している方向を目指す。



 ……これは。なかなか大変だな。書き写した部分と俺が実際に歩いて書いた部分、縮尺はあっているのだろうか? 歩数は数えた。歩幅もある程度一定を心掛けた。……が、あっているのかどうなのか。マッピングを困難にしているのは、その代わり映えのしない景色のせいでもあった。目印となるような特徴的なものなど何もない。ただただ、同じような岩のトンネルが続くだけだ。


 それほど精度を求めているわけではない。この道とこの道は繋がっている。こちらの方向に行けば分岐があって、その分岐の先には何がある。その程度でいいのだが……。


 一応、歩数と共にいくつもの小部屋のリザードマンの気配を基準に、どれだけ進んだか記録をしている。歩数だけよりも正確に書けているはずだ。高レベルの気配察知があってこれだ。普通の探索者はどうしているのだろうか? 俺以上に苦労していることだろう。


 ……シグムンドさんはどうしていたのだろうか? 一階層からずっとマップも見ずに、的確に階段まで導いてくれた。シグムンドさんほどの探索者が、あんな低階層に入ることなどほとんどなかったはずだ。入っていたとしても随分と前のはず。そんな階層のマップを全て把握していたのだろうか? 何かコツのようなものがあるのか、聞いておけばよかった。あの時は、目の前の魔物に精一杯でそこまで気が回らなかった。


 普段の何倍もの時間をかけ進み、リザードマンの気配のある小部屋へとたどり着いた。やはり小部屋だった。扉などがついているわけでもないし、その先にはまた通路。幅の広がった通路といえばそうなのだが。小部屋の中にはリザードマンが五体。その姿は活性化の際に出会った者と変わりはない。


「シビル。何匹か残して」


 そう伝えながら、エリナと部屋へと入った。確認の為に、俺とエリナもリザードマンと戦闘をしておくべきだ。俺達は、あれからどれだけ強くなれたのか……。レベルが上がり、強くなっているのはわかっているが……。


 こちらを認識したリザードマンが雄叫びを上げる。シビルの魔法が飛び、その石の弾丸は正確にリザードマンの頭を撃ち貫いた。気配が消える。……それも同時に三体。


 俺とエリナで一体ずつ。槍を突き出して来るリザードマン。こんなに遅かったのか……。余裕を持って躱し、懐に入ると首に向かい剣を振るう。俺の剣はいとも容易くリザードマンの首を切断した。首から噴き出した血を避け後ろに下がる。その血の色は青い。


 久しぶりにリザードマンと戦ってみた感想は、俺達、強くなり過ぎだな……だ。エリナも倒したようで、この部屋からリザードマンの気配は消えている。


 回収部位は鱗と牙。とりあえず牙を引き抜く。鱗は……剥ぎ取るのだろうか? 人間大の大きさの生物の皮を剥ぐ……。……。牙だけでいいか。初めての事だし時間もかかるだろう。だが、そんな時間はない。


「周りのリザードマンがこの部屋に向かってきている」


 最初のリザードマンの咆哮のせいだろう。その数は多い。部屋を出て通路に戻る。部屋で囲まれるのを避けるためだ。問題なく倒せるとは思うが、念の為だ。


 小部屋奥の通路からリザードマンが姿を現した。すぐにシビルから石の弾丸が飛ぶ。無詠唱。小さな石の塊だが、距離を一切感じさせず一瞬でリザードマンへと届いた。速い……。リザードマンの頭を撃ち抜いた弾丸は後ろのリザードマンすら貫いた。


 この速度……。距離があれば避けることも可能だろうが、至近距離ならば今の俺では避けられないかもしれない……。闘気術を使えば別だが……。


 周囲のリザードマンのほぼ全てがこちらを目指してきていた。


「あっちはエリナとシビルで。後ろ側は任せて」


 前方から来る気配のほうが多いが、二人で余裕だろう。後ろのリザードマンを迎えうつ。



 斬って、斬って、斬りに斬った。リザードマンの気配が多い所を目指し進んだ。そのせいで、思いのほか大量のリザードマンに襲われる形になってしまった。あの咆哮が届く範囲はなかなかに広いようだ。リザードマンだからよかったが、下階層になると不安だな。戦い方を考えるべきか……。気づかれないうちに仕留めなければならない。とりあえず牙だけ抜き取り、二人に振り返った。そちら側も多くのリザードマンの死体が転がっている。


「お疲れ」


 そう声をかけるが、二人に疲れた様子は見られない。俺も特に疲労を感じていないしな。リザードマンの死体に目をやる。……やってみるか。死体から牙を引き抜くというのも、さすがに今では慣れたが、冷静に考えてみれば相当気持ちが悪い。結局は慣れなのだ。皮剥ぎにも慣れるだろう……。


 とりあえずナイフで切れ目を入れ、後は力任せに引っ張る! そうすると、ずるずると簡単に皮は向けた。その剥いた後の白い肉をなるべく見ないようにしながら、引っ張っていく。……胴体部だけでいいか。手足までは綺麗に剥ぐ事はできなかった。



 ……よし。こんなもんだろう。三体の皮を剥いだところでリザードマンの死体が消え始めた。三体だけだが、一体目と比べれば遥かに綺麗に剥ぎ取る事ができるようになった。俺の剥ぎ取る様子をエリナは興味深げに眺め、シビルは気味が悪そうに目を逸らしていた。リザードマンの皮をたたみ、頭陀袋に仕舞いこむ。立ち上がり、


「そろそろ行くか」


 二人に声をかける。マップを見れば、空白部分はまだまだある。このペースでは三日経っても十三階層だろう。


「そろそろ階段まで進もうか。階段についたら帰ろう」


 俺の言葉に二人は頷いた。シビルは気分が悪そうにしている。


「シビル。大丈夫? ここで帰ってもいいけど?」


「大丈夫。トロールの目玉取ったこともあったしね!」


 元気に声を出すが、大丈夫には見えない……。帰るべきかとも思うが……。


「わかった。無理するなよ」


 結局進むことを選択する。もっともっと慣れていかなければ。俺もシビルも。もちろんエリナも。甘ければいいというものではない。シグムンドさんが教えてくれた大切な事の一つだ。


 気配を探りながら、来た道を戻る。階段近くの小部屋にリザードマンの気配があった。書き写してあったマップの範囲内。例え雄叫びを上げられても周囲のリザードマンに気付かれるような範囲に、気配はない。


「階段近くにリザードマンが三体。それを倒したら階段まで進んで今日は終わりにしよう」



 階段すぐの分岐点を折れ、リザードマンがいる小部屋へと向かう。こちらは、そこで行き止まりになっているはずだ。


「咆哮を上げられる前に倒すようにしよう」


 エリナと共に全力でリザードマンへと向かう。速度は俺のほうが速く、徐々にエリナを引き離していった。速度は合わせるべきだったか……? そんな俺の速度すら超え、石弾がリザードマンへと突き刺さった。そこで俺は足を止めた。リザードマンの気配は三体とも消えている……。


 確かに、俺は咆哮を上げられる前に倒そう、と言ったけどね……。俺とエリナが走り出した時点で、シビルならばわかってくれていると思ったのだが……。振り返りシビルを見る。と、シビルも何故か驚いた顔をしている。シビルは俺の視線に気付き、


「わ、私じゃないよ!」


 と否定した。どういう意味だろう? 俺達の中で今魔法を使えるのはシビルだ……け……じゃなかったな。エリナの方を見れば、エリナが肩に目をやりほほ笑んでいる。肩の上にはオンジェイ。そういえばそうだった。


 オンジェイはエリナに褒められ満足そうにしていたが、どこか複雑な表情に見えた。オンジェイとの連携もこれからは考えないと。……まあ今日はこれでいいか。オンジェイを戦力に数えられる事もわかったし、マッピングによる気疲れもあった。階段まで進み、帰るとしよう。その前に、リザードマンの剥ぎ取りか。


「エリナ、シビル。さっき見ていただろ。あんな感じで皮を剥ぎ取ってくれ」


 一人一体だ。シビルが露骨に嫌そうな顔をしたが、気付かないふりをする。それじゃあ……やるか……。気が重いのはシビルだけじゃない。


「うぇええ……」


 皮を剥ぎ取る俺の背後で、シビルの呻き声が聞こえた。嬉々として、俺以上の速さで皮を剥ぐエリナに若干引き気味の俺には、そんな呻き声でも可愛く聞こえた。



 剥ぎ取りも終わり、階段へ向かう途中でエリナに謝罪された。先ほどのオンジェイの事だ。しっかりと伝えることを怠ったと。咆哮を上げる前に倒すとだけ聞いたオンジェイが、気を利かせたのだ。頭を下げるエリナの肩からずり落ちそうになりながら、オンジェイも頭を下げていた。その仕草が可愛く許してしまう。まあ、許すも許さないも、そもそも謝罪は必要ない。オンジェイと意思の疎通が取れるのはエリナだけだ。俺とシビルでは、オンジェイに作戦を伝えることすらできないのだから。



 迷宮から出る。ずいぶんと十三階層を進むのに手間取ったと思っていたが、まだ夕方にもなっていなかった。もう少し、迷宮に入っていてもよかったか……。時計がほしい気もしたが、時間で区切り迷宮攻略をするというのもおかしな気もする。疲れたがまだ五時だから後二時間は探索を続けようだとか、反対に、疲れてはいないがもう七時だから帰ろうだとか。後者は別にいいか。だが、前者はまずいだろう。後者の為にも時計はあってもいいが……。今のままでいいのかもしれない。


「私も魔法を習いたいと思うのですが……」


 ガザリムへの道を歩きながら、唐突にエリナがそんな事を言い出した。


「急にどうしたの?」


 シビルが聞き返す。


「実はオンジェイの事なのですが……」


 魔物でもないノームが十一、十二階層にいたのは理由がある。魔素の違いだ。ノームに適している魔素が十一、十二階層だったという。それ以外の場所ではノーム自身の力は落ちてしまう。オンジェイは十三階層で魔法を使ったときに、それを強く実感したのだそうだ。


「それとエリナが魔法を習いたい事に関係が?」


「はい」


 そこでノームであるオンジェイが直接魔法を使うのではなく、エリナと契約することによって力を貸す形で、エリナが魔法を使う事を考えたそうだ。だが、エリナは魔法を使えない。契約というのがよくわからないが……。


「なにもシビルのように遠距離からの攻撃というわけではなく、土魔法には対象を守るような魔法もあるそうで……戦術に幅が広がるのではと……」


 俺も魔法を覚えたいと思っていた。シビルに習うとして、その間エリナがすることがなくなると悩んでいたところだ。


「いいんじゃないか? 俺も魔法を覚えたいと思っていたし……。シビル。教えてくれる?」


「いいよ! でも基礎魔法は結構大変だからね。覚悟しといてよ!」


 シビルは一切悩む様子もなく、即答した。


「よろしくお願いします。シビル先生」


「シビル先生!」


 俺とエリナの先生呼びにシビルも満更でもない様子で、


「まかせなさい!」


 と胸を張った。



 ギルド窓口は、この時間にしては珍しく人がいた。この時間は人も少ないため開いている窓口は一つだけだ。時間も早いことだし、今日これからすぐにシビルに魔法を習うことになっている。


「三人で並ぶ必要もないし、二人は先に資料室に行っておいて。すぐ行くから」


 二人からリザードマンの皮と牙、そしてギルドカードを受け取り、窓口に並ぶ。


 俺の前にいたのはエルフの女性だ。珍しい。エリナよりも色素の薄い金髪。その色はほとんど白に近いが、白髪といった感じではない。プラチナブロンドといったか? その髪の間から尖った耳が顔を出している。その肌も透き通るように白く、陶器を思わせる。


 身長は百七十半ばくらい。……俺より高い。ま、まだこれから成長するし……。そういえば、レベルの上昇に伴い、身長や体格も大きくなっているようだ。俺もLv30とかなる頃にはシグムンドさんと肩を並べるくらいになっているだろう。うん。だから大丈夫……のはず……。


 後ろ姿だけだが、それだけで簡単に美しいと判断がつく。どうやらそのエルフは、探索者登録をしているようだった。


「はい。それではこれで探索者登録は終わりです。お疲れ様でした」


 差し出されたギルドカードを手に取り、エルフの女性は何も言わず振り返りギルドを出て行こうとする。そこで初めて顔を見た。やはり美しい……。エリナと比べても遜色ない美しさだった。初めてエリナと出会ったときに感じた現実感のない美しさがそこにもあった。だがエリナ以上に隙がなく、その美しさは冷たさをも感じさせる。無表情なのもその原因だろう。その顔からは、一切、何の感情も読み取れない。


 目が合ったので軽く会釈をしたが、無視された。そのままギルドを出て行くエルフの女性。こ、怖かった……。あそこまでの美しさは怖さに繋がるんだな……。エリナも怒ったときはすごい怖いしな……。


 気を取り直して窓口に向かうと、ソーニャさんはご機嫌斜めだった。


「すっごい無愛想! ちょっと私より綺麗だからって! 勝ち誇っていたのよ!」


 ちょっとどころではないが……。そもそも勝ち誇ってなどいないと思う。誰に対しても、あんな感じだろう。


「そう思いませんか!?」


 同意を求められても……。曖昧な笑顔で躱す。初めは鼻についたソーニャさんの言動も、こういう人だと思えば愛嬌がある。……さすがに言い過ぎか。ただ慣れただけかもしれない。


「リザードマンの素材の換金をお願いできますか?」


 ソーニャさんは愚痴をいいながらも、てきぱきと仕事をこなす。


「最初は綺麗な女性だな~って思っていたんですよ。それが『ギルドカードをお願いします』あの態度でしょ?」


 三人分のギルドカードをソーニャさんに渡す。やっぱり仕事の手際はいいんだよな。


「そういえば、いいお相手は見つかりましたか?」


 いつまでも愚痴を聞いているよりは、まだいいだろうと話を振ってみた。とたんにソーニャさんは顔を緩める。


「そうなんですよ~。実は……」


 どうやら意中のお相手が見つかったようだ。さんざん彼氏の自慢を聞かされた。どうやらギルドランク3のソロ探索者で格好いいらしい。ソロでランク3か……。強いのだろう。いい物件を見つけられたようでなにより。お相手はご愁傷様です。


 そんな惚気話をしながらも、ソーニャさんの手は止まらない。本当に仕事の手際はいいんだよな。


「彼ったら、お前がいれば他に何もいらないって『活性化の影響で、リザードマンの牙、鱗共に供給過多の状態にありまして換金額が下がっています。その為合計で金貨二百枚となりますがよろしいですか?』それで……」


 それでも金貨二百枚にもなるのか。いや……、あれだけの数をこなして二百枚……。確かに換金額は下がっているのだろう。


「お願いします」


「私もって言ったら『金貨でお渡ししますか? それともギルドカードに?』彼ったら照れちゃって、何も言えなくなって……」


「三人のギルドカードに均等にお願いします」


「『わかりました』ぎゅっていきなり抱きしめてきて。きゃ~」


 もうよくわからない……。


「なんか私『それではギルドカードをお返しします。お確かめください』ついに運命の人に出会っちゃったんじゃないかなって」


 ギルドカードには均等に金額が追加されている。間違いなど見当たらない。さすがソーニャさん……。


「大丈夫です」


「レックスさんはどう思います? 『それではこれで終了となります。お疲れ様でした』やっぱり彼が運命の人なのかなあ?」


「ソーニャさんが、そう思われるのならそうなんじゃないですか? 俺は会ったこともないので、なんとも……。それではありがとうございました」


 もう少しソーニャさんは話したそうにしていたが、付き合っていられない。少し冷たい言い方になってしまったが……。魔法の勉強もあるしな。

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