第一話 屑銀
結局、別れの挨拶はできなかった。起きた時には、もうすでにテオドラさん達は旅立った後だったのだ。ステラとシビルは見送りに行ったらしい。俺も見送りに行きたかった……。
テオドラさん達はここガザリムから遠く離れたサレストという街に向かった。そこもまた迷宮都市らしい。サレストについてはまた調べよう。
今日は休日ということになっていたが、ノームに貰ったインゴットのこともある。三人で午後からバッチョさんに会いに行く事になった。ドワーフの鍛冶師などに伝手があるのはバッチョさんとトマスさんくらいしか思いつかなかった。バッチョさんで無理ならトマスさんに見せればいいだろう。
「これを見ていただきたいのですが……」
袋からインゴットを取り出し、カウンターの上に並べた。
「これは……」
バッチョさんの目の色が変わった。
「とりあえず裏で話そ」
いそいそとインゴットを布に包みこみ、バッチョさんはカウンター奥の扉へと消えて行く。ついていくしかない。
その扉の奥は倉庫だった。壁一面が棚になっており隙間なく武具が並べられている。バッチョさんはそこで再びインゴットを取り出すと、仔細に観察し始める。
「やっぱり屑銀だね……。十一階層? 十二階層?」
どうやらこのインゴットは屑銀というらしい。屑……。明らかに使えそうにないネーミングだ……。十一階層十二階層などと聞いてくるということは、この金属がノームに関係するものということは知られているのか?
「十二階層で見つけました」
「そう。これどうやって手に入れたの? 落ちてたの?」
ノーム達は人とそれほど関わりたくと言っていた。ここでノームに貰ったなどと言って、そのことが広まってしまえば、ノーム達に迷惑をかけることになるかもしれない。それは避けたかった。どう話せばいいのか……。
「あっ。ちょっと……」
エリナが慌てた声を上げた。何事かと振り返ると、オンジェイが実体化していた。そりゃ慌てる……。バッチョさんを見れば、いきなり現れたノームに驚き、体が固まっていた。
「あの……。そのこれは……」
何かないか!? 考えろ! 何か……。とっさの事に上手い言い訳も思いつかない。と、オンジェイがバッチョさんの前に進み出て、話し始めた。その言葉はノームの言葉で俺には理解できない。バッチョさんはオンジェイの言葉にしきりに頷いている。どうやらバッチョさんには、オンジェイの言葉が理解できているらしい。俺達は成り行きを見守るしかなかった。
話はついたようで、オンジェイはエリナの元へと戻った。バッチョさんは笑顔だった。
「いや、まさか君がノームを助けてくれたとはね。ありがと。ノーム達から直接、貰ったとなると話は変わってくるね」
怪訝な表情の俺達にバッチョさんは、
「ああ。ドワーフだからね。ノームの言葉も理解できるの」
と。バッチョさんはドワーフだったようだ。ハーフリングでもちいさなおっさんでもなく。だが、ドワーフといえばあの特徴的な長い髭だが……。
「髭? 毎日剃ってるけど? ドワーフに、もてても嬉しくないし」
バッチョさんはごく普通の人間がタイプらしく、ドワーフが魅力的と感じる髭には一切興味がないということだった。現にバッチョさんの奥さんは普通の人間らしい。ドワーフのようにがっしりとした体格でもなく、身長も高い……などと、バッチョさんの奥さん自慢が始まった。
「……ノームさんから直接貰ったとなると話は変わると仰られましたが、それはなぜですか?」
エリナが話を戻してくれた。ドワーフと結婚した奥さんにも興味があったが、今は屑銀の話の方が重要だ。
「ああ! それね」
バッチョさんは奥さんの話に夢中で、肝心の屑銀について忘れていたようだった。
「一般的に屑銀って呼ばれているんだけどね。ドワーフの間ではノーム銀って呼ばれているの」
ノーム銀……。バッチョさんがノーム銀について説明してくれる。
それによるとノーム銀は軽く、硬く防具に向いた金属だという事だった。では、なぜ屑銀などと呼ばれているのか? それはドワーフ以外の鍛冶師が鍛錬しても、銀以上に柔らかく武具としてまともには使えないからだそうだ。装飾に使えるかといえば、磨いても銀ほど美しく光り輝くわけでもない。だから屑銀。
ノーム達のいる場所で屑銀は多く見つかる。有用だとわかれば、ノームにも関心が湧く。それを避ける為に、ドワーフの鍛冶師達は意図的に屑銀などと呼んでいる面もあるそうだ。
「それでどうするの? おすすめは盾とかプレートアーマーだけど?」
となると、エリナの防具だな。エリナに視線が集まる。
「え? 私ですか!? いえ……でも盾も更新したばかりですし……」
「すぐに出来上がるってものでもないからね。一月以上はかかるよ?」
そんなにか……。一から作るわけだし当然か。
「それなら、今から作っておいてもいいんじゃないか?」
「それがいいよ!」
しばらく迷った様子のエリナだったが、
「お二人がそう言ってくださるなら……」
俺とシビルの後押しにエリナもその気になったようだ。
「それじゃ鎧と盾でいいかな? 採寸しないといけないね。服も脱いでもらわないとね」
バッチョさんは女性の店員を呼ぶ。
「ほら出て出て」
俺はバッチョさんに倉庫から追い出されてしまった。
「何? 採寸見たかったの?」
服を脱ぐわけでしょ? 見たいか見たくないかでいえば、それはもちろん見たいに決まっている。
「数時間はかかるから、適当にやっといて」
採寸にもそんな時間がかかるのか。事細かに様々な部位のサイズを測る必要があるのだろうな。
「教えないよ?」
さすがに数字で欲情できるような人間ではない。
「バッチョさんが作られるのですか?」
「ガザリムのドワーフの鍛冶師は一人だけだからね。まあ任せておいてよ。最高の鎧作ってあげるから」
ただの店長というわけではなかった。バッチョさんとの話を切り上げ、店の中の品を見ていく。どうやら並べられている武具は全て、探索者から下取りした防具のようだった。そのどれもが綺麗で、一度は使われていたとは思えない。中には俺が以前、使っていた防具もあった。
「バッチョさん!」
慌ててカウンターに居るバッチョさんに駆け寄る。
「何?」
「何じゃないですよ……」
俺の使っていた防具に『ソードダンサーの使っていた防具』というポップが付いていたのだ。まだそれはいい。その金額が金貨四百枚だったのだ。下取りが金貨八十枚だった。補修や補修の費用を考えても、ぼろ儲けだろう……。そもそも、俺が買ったとき以上の値段な気がする。剣二本と合わせて買ったから、正確にはわからないが……。
「あの防具なんですけど……」
「ああ。あれね。売約済み。君のおかげで儲かってるよ。ありがと。トマスさんも喜ぶよ」
トマスさんの店だったな……。トマスさんの名前を出されたら、それ以上俺には何も言えない。……これも恩返しになっているならいいか。まだまだエリナの採寸は終わらないようだった。
「バッチョさん。ギルドの資料室へ行くので、エリナとシビルにそう伝えておいて頂けますか?」
時間もあるようだし、今のうちにマップを書き写しておこう。
ギルド受付はソーニャさんだった。そういえばステラさんは新婚旅行だったか……。二週間ほどガザリムを離れ、王都に行くと言っていた。ソーニャさんに軽く会釈だけし、資料室へと向かう。
資料室に居たのは、いつものようにアランさん。そういえば、結婚式でアランさんは見かけなかったな。なぜか? などと聞くことはしない。仕事で行けなかったのならいいが、もし呼ばれていなかったのだとしたら……。さすがにそんなことはないと思うが、万が一……。
とりあえずマップを書き写そう。まずは十三階層だ。十三階層もマップの大半は空白になっている。描かれているのは階段から階段までのごく僅かな範囲。十四階層、十五階層もそれは変わらない。あっという間に終わってしまった。まだ時間はある。念の為、魔物についても見ていく。十三階層リザードマン。十四階層オーク。十五階層トロール。そのどの魔物ともすでに交戦済みだ。十五階層まで攻略し、さっさとギルドランクをあげてしまうべきか……。それとも、マップを埋めつつゆっくりと進むべきか……。未だに悩んでいる。
それ以降であれば、戦ったことのある魔物は十九階層ガーゴイル。二十一階層デスナイト。二十三階層レイス……。不安なのは二十三階層のレイスからか……。
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 剣士Lv14
スキル : 万職の担い手Lv5、剣術Lv17、双剣術Lv18、気配察知Lv15、身躱しLv15、気配消失Lv10、浄化Lv10、祈りLv3、闘気術Lv9
ステータスを眺める。これでどこまで駆け抜けられるか……。
……とりあえずスキルを整理しよう。俺は剣聖を目指す。これからスキルはどんどん増えていくだろう。様々なスキルを眺めるのは楽しい。だが、何十何百とスキル欄に表示するのも見難い。
まずは万職の担い手。これは俺の要のスキルと言っていい。それを非表示にするなんてとんでもない!
双剣術が剣術レベルを超えている。剣術はそろそろ非表示にしてもいいだろう。
最も使用頻度の高い気配察知の上がりは微妙だ。魔物間の気配の違いもかなりわかるようになった。そろそろ頭打ちなのかもしれない。だが、まだ表示しておいて構わないだろう。
身躱しは重要だな。これがなければ、今までに何度死んでいたかわからない。これは表示だ。
……気配消失か。パーティを組んでいる今、使うことがあまりない。そのせいかレベル上昇が悪い。これも非表示でかまわないか。
浄化は一応表示しておこう。これ以降アンデッドが出ないのなら別だが、デスナイトもいるし、ノーライフキングなどというとんでもない魔物もいたことだしな。
祈りはほぼ成長していない。祈ることがないからな! 誰も怪我をしないし……。これからは日常的に祈る事にしよう。それは司祭と剣士の複合クラスであるセイヴァーに関係がある。昨日、テオドラさんに複合クラスについて少し話を聞いた。それによると、複合クラスに就く為にはミドルクラスをある程度育てる必要があるとのことだった。ハイクラスに必要な三分の二程度のレベルがあればいいらしい。司教になるために必要なレベルはわからないが、それは後で教会に行って聞いてみようと思う。
最後は闘気術か……。これはあれだ。日常的にも使えるスキルだと判明している。昨日、テオドラさんとの行為の最中に使ってみたのだが……極めて有用だった。……その……テオドラさんに負けっぱなしだったからつい……。闘気を纏っている間は無敵と言っていい。その後の疲労度はとんでもなく、負け越したが……。テオドラさん以外なら、ほとんどの人間に勝てるだろう。これからは積極的に使っていこうと思う。闘気術のレベルも上がるし、迷宮でも今まで以上に役立つことだろう。そう! これは修行なのだ。……。
……スキルについてはこれでいい。
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 剣士Lv14
スキル : 万職の担い手Lv5、双剣術Lv18、気配察知Lv15、身躱しLv13、浄化Lv10、祈りLv3、闘気術Lv9
少しはすっきりとした。これからシビルに魔法を習う事になるだろうし、すぐにまた大量になるのだろうが……。
問題はクラスだ。剣士Lv14……。低いといっていい。あれからも下層の魔物と何度も戦ったというのに、ミドルクラスのレベルはなかなか上がらない。万職の担い手の効果があってこれだ。ソールさんはLv28でミドルクラスだった。つまりハイクラスになる為には、それ以上のレベルが必要という事だ。さっさと階層を降り経験値の多いであろう先を目指すべきか……。そこでふとした疑問が浮かぶ。
……なぜ俺は剣聖を目指しているのか?
これは、少しでも強くなる為だ。
……なぜ強くならなければならないのか?
それはもちろんパーティで役立つ為だ。
……なぜパーティで役立たなければならないのか?
それはもちろんパーティでの俺の存在感が薄いから……ではなく、生存率を上げる為だ。エリナとシビルには絶対に死んでほしくない。もちろん俺も死にたくはない。
そうだ……。俺の目標は剣聖になることではない。それは手段にすぎないのだ。剣聖になる為にリスクを増やすというのは本末転倒だろう。
マッピング作業に慣れながらゆっくりと階層を進むことにしよう。ゆっくりと言っても一階層にかけるのは一日、二日程度だろうが……。一日に数階層進むのはやめておくべきだろう。
これからの方針は決まった。もちろんエリナとシビルにも相談しなければならないが。俺の中にあった悩みも少しは解消された。……そうだ。サレストについて調べてみよう。
アランさんに相談すると、一冊の本を持ってきてくれた。『世界の迷宮ガイド』という本だった。そこには多くの迷宮都市が掲載されていた。迷宮は思った以上に結構な数が存在しているようだ。都市よりも迷宮に関しての情報が主だった。ガザリムについて書かれた部分を見てみる。
『ビュラン王国ガザリムダンジョン。難易度2。地下迷宮型。低階層部分については攻略もしやすく初心者向き。探索者を目指し、迷宮に挑むならまずここ。ここで五階層も攻略できないようなら、探索者はすっぱり諦めよう!』
なるほど……。初めてがガザリムでよかった。ガザリムについて、特におかしな記述はない。これなら、サレストについてもある程度、信用できるだろう。
『ビュラン王国サレストダンジョン。難易度5。塔型。各地の迷宮の中でも屈指の高難易度。ギルドランク3以下の探索者の立ち入りは許可されていない。それでも尚、探索者の死亡率は高い。高ランク探索者の多くがこのサレストへと集まっている』
……。シグムンドさん達は大丈夫かな……。まあ、あの人々が死ぬようなところは想像できない。どんな危機に陥ろうとも、問題なく切り抜けてしまうだろう。
エリナとシビルが資料室に入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
それほど待ったという気はしない。
「全然、大丈夫。十五階層までのマップを写し終えたし、明日からの準備は完璧!」
のはずだ……。二人に明日からの攻略方針について話す。エリナは賛成のようだったが、シビルは少し不満げだった。
「私は……少しでも早くシグムンドさん達に追いつきたい……かな」
シビルの言う事もわかる。シグムンドさんに追いつくというのも一つの目標だ。
「確かに、私もシグムンドさんには一日でも早く追いつきたいと思っています。でも、無理をして怪我でもしたら、それは大きな時間の損失となってしまいます。時間をかけるといっても、一階層につき一日か二日。これまでと変わらないペースですし……」
シビルはエリナの言葉に悩んだ様子だったが、しばらくして口を開いた。
「でも……私達も強くなったし……」
シビルの意見ももっともだ。俺が少し慎重すぎるのかもしれない。だが……。
「……わかった。レックスとエリナの言うのでいいよ。私だって怪我したいわけじゃないしね」
完全に納得してくれたわけではないようだが……。
「そっか……。階層を降りていって、マッピングに慣れて、それでも余裕があるようなら速度を速めてもいいし」
「うん……」
少し気まずい雰囲気だった。
「そろそろご飯にしませんか? 私お腹空いちゃって」
エリナが空気を変えてくれた。俺もシビルも気まずい雰囲気を引きずりたいわけではない。
「そうだね。そうしよ!」
「どこにする?」
「いつもの所? レックスの奢りならいいよ」
いつもの所というのは、シグムンドさん行きつけだった……シビルも無茶を言う……。
「私は久々にあのお肉が食べたいですね。レックスが連れて行ってくれた……」
あーあそこか。贅沢をしたいときはいつもあそこだった。今となっては、それほど高いというわけではない。
「レックスの奢りなら別にいいよ」
それほど高額になるということもないだろう。
「わかった。任せてよ」
「いただきます!」
目の前にはあの厚切りの肉。ナイフを入れ、その肉を頬張る。ああ、この味だ……。エリナとパーティを組んで、初めて一緒に食事を取ったのがこの店だ。シビルとパーティを組んで初めて来たのもここだった。あれほど美味いと感じた肉も、より美味い物を食べ慣れた今となっては、それほどでもない。だが……この味に変えられるものは何もない。
シビルも思うところがあったようで、肉を一口食べ、そこで手を止めた。
「おいしいね」
シビルがぽつりと……。
「やっぱりうまいな」
シビルと目を合わせ笑いあう。エリナがそんな俺達を見て微笑んでいるのが横目に映った。エリナは実際はそれほど食べたくなかったのかもしれない。だが、三人で初めて来たこの店を選んでくれたのだろう。
「本当に、おいしいです」
ありがとう。




