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第五話 盗賊

 村を出て、ここまでは魔物や盗賊に襲われることもなく順調に迷宮都市ガザリムへと近づいている。今日中にはガザリムに着くという。馬車は今、広い平原の中を走っている。遠くには森が広がっており、その森を越えればガザリムも目に入るということだった。



「それにしても平和ですね。魔物に襲われるといったこともないですし」


 俺の斜め前に座るソールさんに話しかけた。ここ数日、旅を共にしトマスさんソールさんとはずいぶんと親しくなった。この世界に来てから出会う人に恵まれている気がする。いや、日本にいたときからそうだったのかもしれない。俺が気付かなかっただけなのだろう。


「このあたりには魔物なんてほとんどでない。レックスがゴブリンに襲われたのはとてつもなく運が悪かったってことだ」


 ソールさんはそう言って豪快に笑う。詳しく聞くと、どうやらダンジョンが近くにある地域には魔物があまり出ないのだという。何故かははっきりとはわからないらしい。魔物を生み出す魔素というものをダンジョンが周囲から吸収し、ダンジョン内に多くの魔物を生み出している為ではないか、というのが一般的な見方だそうだ。


「そのかわりに盗賊は多い」


 ソールさんは険しい目つきになった。


「どうしてですか?」


「迷宮があるからさ。探索者くずれが多くてな。ガザリムに来ても迷宮で稼げる者は一握りだ。体を壊す奴も多い。だから……」


「食い詰めて盗賊になると……?」


「ああ。といってもそういう奴らは迷宮の五層すら満足に攻略できないようなやつらさ。俺の敵じゃない」


 両拳を力強く打ち付ける。頼もしい。


「ソールさんは迷宮のどのあたりまで入られたのですか」


「二十八階層までだな」


 ガザリムのダンジョンはわかりやすいのだという。クラスレベルと同じ階層が安全に進める指針となるらしい。ソールさんは闘士Lv28だった。だから二十八階層まで進んでいたということだ。


「レックスさんが盗賊に身をやつすとは思えませんが……探索者としてもう駄目だと思ったら私の店を頼ってきてくださいね」


 御者台からトマスさんが声をかけてくれる。


「わかりました。ありがとうございます」


「まあレックスさんなら大丈夫でしょう。商売を長く続けていると、こう……なんとなくわかるんですよ。レックスさんはハイクラスも目指せるお方です。私が太鼓判を押しますよ」


 ミドルクラスのその先か。まだ基本である戦士の俺には遠い話。しかもついこの前まではただ生きていただけの俺だ。


「トマス殿の見立ては間違ったことがないからな。レックスなら大丈夫。俺もそう思うよ」


 ソールさんまでか。過大な評価に気恥ずかしくなる。


「できるかぎり頑張ってみます」


 二人と話している間にずいぶんと森が近づいていた。木は鬱蒼と生え茂り見通しはいいとはいえない。ソールさんが急に静かになった。


「どうしたんです?」


「盗賊が平原で襲ってくることは少ない。森に入るときと森から出るときなどが多い。このあたりは特に気をつけるべきだ」


「なるほど」


 確かにそう思って見れば、待ち伏せるには絶好の場所のようだ。


「探索者になると護送依頼などを受けることもある。覚えておくといい」


 俺も周りをきょろきょろと見渡してみるが、なんら怪しいものなどは見つからなかった。


「戦士にクラスチェンジしたばかりだというからまだだろうが、そのうち気配察知スキルなども習得できるだろう。そうすればわかるようになる。俺も警戒してはおくが、一応レックスも注意しておいてくれ」


 ソールさんは気配察知スキルを持っているのだろう。森に入ったが盗賊などに襲われる気配はなかった。ほっと一息ついた。


「安心するのはまだ早いぞ。入るときと出るときに多いといったが、森の中も充分に警戒しなければならない」


 そう忠告を与えられた。気を抜かずあたりを警戒する。気配察知に補正が大きく働きそうなのはシーフだろうか。一応クラスをシーフにしておこう。


 クラス : シーフLv1



 森の中の小道を馬車はひた走る。道は整備されておらず、平原を走っていたときなどよりも馬車の揺れは大きい。馬車の速度も盗賊を警戒してか速い。この速さ、揺れの中警戒を続けるのは難しい。ソールさんはなんなく続けている。


 先程までの明るい雰囲気はどこかへと行き、日のあまりあたらない森の中の暗さと同じように、あたりにはじっとりとした静かな緊迫感が漂っている。


「いつもならもう少し騒がしい。静かすぎる……」


 ソールさんはそれだけ言うと黙り込んだ。確かに大きく聞こえるのは馬車の揺れる音だけだ。後は風に木の葉が擦れる音。動物の声などは一切しない。一気に緊張が高まる。


 トマスさんが急に馬車を止めた。急に止まった馬車に体勢を崩す。


「な、何があ……」


 俺の言葉を遮り、荷台に置いてあった弓と矢を手に取りソールさんが立ち上がった。森の奥のほうへ向かい矢を射る。


 遠くでどさりと何かが落ちる音がした。目を凝らして見ても何があったのかわからない。


 ソールさんはもう一度別の方向へと矢を放つ。


「ソールお願いしますね」


 そういってトマスさんは荷台の下へと潜り込んだ。


「出てこいっ!」


 ソールさんは辺りを威嚇するように大声を上げる。だが誰かが出てくるような気配はなかった。感覚を研ぎ澄ますように、気配に注意をはらう。よくはわからなかったが、周囲に違和感を覚えるような場所がある。微かにだが。傍らに置いていた剣を持ち荷台から降りる。緊張の為か剣が普段より重い気がする……。


「あと二人だな……。レックスはトマス殿と馬車を見ていてくれ。襲われたら、生かして捕らえようなどとは思うな。殺していい」


 言い終わらないうちにソールさんは走り出していた。あっという間に森の中へと消えていく。さすが闘士Lv28だな。


 感心している場合じゃない。剣を抜き周囲を警戒する。さほど時間を置かず、森の中で争う音が聞こえてくる。緊張感が増す。だらだらと流れてくる汗を拭こうとしたとき、違和感が強くなってくることに気がついた。


 木と木の間ににちらりと動く影が見えた。ソールさんが向かったのとは逆の方向だ。剣を持つ手に力が入る。また動く影が見えた。近づいてきている。


 唾を飲み込み、影が見えた方向へと駆け出す。この場で争いになるのは避けたかった。ここではトマスさんに近すぎる。


 クラスをシーフに設定した為、戦士であった頃より走る速度が上がっている気がする。剣を重く感じたのもそのせいか。


 駆け出してすぐ、木の影から男が現れた。革鎧を着け手には剣を持ち、こちらを睨みつけている。防具を着けているなら死ぬことはないだろう。走る速度を落とさず、剣に速度を乗せ横薙ぎに男の胴へと斬りつける。男はそれを難なく防いでみせた。


 男と距離を離し対峙する。男はすぐに距離を詰め斬りつけてきた。上段から振り下ろされる剣を腕を上げ防ぐ。金属と金属が激しくぶつかり火花を散らす。男はそのまま押し斬るかのように上から力を込めてくる。


 そうだ。『盗賊になるのはダンジョンの低層すら攻略できない奴らだ』とソールさんも言っていたじゃないか。ここで負けるようなら、死ななくとも探索者として生きていくことはできないだろう。たとえ……殺すことになったとしても……勝つ!


 ギリギリと剣と剣が擦れる。力なら俺のほうが上だ。男の剣を跳ね上げ、押し返す。その反動で剣を持った男の両腕は上がり胴ががら空きになる。ここだ。空いた胴体に向かい、再び横薙ぎに剣を振るう。


 手に嫌な感触が伝わってきた。肉を斬り割いた感触だ。男の体から血が噴き出した。ゴブリンを殺したときと同じように。


「なんで……」


 男は仰向けに倒れた。ゆっくりと男に近づく。男が動く気配はなかった。男が着けていた革鎧は手入れといった言葉とは無縁のようで、ぼろぼろだった。シーフLv1という俺の剣を防げないほど痛んでいたようだ。


 男の脇にへたり込みそうになるのを、なんとか我慢した。先ほど自分で決めたはずだ。『殺すことになったとしても勝つ』と。覚悟を持って殺したのだ。


「よくやったな」


 振り返るとソールさんが傍らに立っていた。黙って頷く。ソールさんは盗賊の死体の側にしゃがみ込み何かしている。あまり死体を見たくはない。ただじっと遠くの木を見つめる。


「さあいくぞ」


 促されその場を離れる。馬車に戻ると出発の準備を整えたトマスさんが待っていた。俺の無事な姿を確認した為か、安堵の表情を浮かべている。


「ご無事でなによりでした。ガザリムにはもう少しです」


 俺が荷台に乗り込むのを確認しトマスさんが馬車を走らせる。


「もし……あの盗賊を殺さず捕まえていれば……どうなったのでしょう?」


「そうだな。これまでの罪にもよるが、死罪とまではいかなかったかもしれない。強制労働の罰が科せられる程度だな」


 ソールさんはそれ以上何も言わなかった。強くなろう。襲われても、殺さず捕らえることができるくらいには強く。


 ステータスを開く。


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 村人

 クラス : シーフLv2

 スキル : 万職の担い手Lv2、剣術Lv2、気配察知Lv1


 シーフのレベルが2に上がっている。盗賊を殺したからだろう。スキル欄には気配察知のスキルも増えていた。スキルというものは、こんなに簡単に習得できるものなのだろうか? 万職の担い手のレベルも上がっている。


 万職の担い手Lv2 : スキルに依存せず基本クラスに限りクラスを選択可能。クラス効果に小補正。


 Lv2に上がり『クラス効果に小補正』が文面が追加されていた。クラス効果というのは身体能力、スキルの成長に補正がかかる効果のことだろう。それにさらに補正がかかるということか。気配察知を簡単に習得できているのも万職の担い手のおかげか。地味なスキルだと思っていたが、なかなかに使えるスキルのようだ。


 馬車は森を抜け、再び平原を走る。




「見えてきましたよ」


 顔を上げ前方を見つめると、壁が目に入った。高く長く続くとてつもない規模の壁だ。


「あれが迷宮都市ガザリム……」


「すごいだろ? 先人の苦労の賜物だ」


 昔はダンジョンから度々魔物が吐き出され、周囲に被害を及ぼしていたのだという。その被害を抑えるために立てられた壁らしい。今では多くの探索者達がダンジョンに入り、そのようなことはなくなったのだという。現在の探索者ギルドの元になったのも、その時代に作られた組織だということだった。


 馬車は進み、どんどんと壁へと近づいていく。壁は大きくそそり立ち、俺を圧倒する。


 その壁に対して、街へと入る門は小さかった。こじんまりとした門には兵士が二人ほど立っている。小数だが街へ入るために並んでいる人々がいた。


「思ったより人の出入りは少ないのですね」


「ここは裏門といってもいいですからね。こちらの方角には小さな村々しかありませんし」


 なるほど、ここからでは見えないがもっと大きな門があるのか。


 壁門では確認があった。トマスさんはその際お金を払っていた。積荷に課税されているらしい。俺はガザリムに住んでいるわけではないので、街に入るのに審査などで待たされるかと思ったが、ステータスを開示すると簡単に街へ入ることができた。この街は探索者になろうと外から来るものが多く、罪を犯していないか確認するだけで簡単に入ることができるのだという。


「この門はそうでもないですが、そんな厳重にひとりひとり調べていたら何日もかかってしまいますよ」


 トマスさんは笑っていた。



 門を抜け馬車は街へと入っていく。ほぼ隙間なく石造りの建物が立ち並び、その密集具合は日本以上かもしれない。この世界にもこんな都会があったんだな。


「ようこそ。迷宮都市ガザリムへ」


 トマスさんは圧倒される俺にお茶目にウィンクしながらそう言った。太ったおっさんのウィンクだ。全然嬉しくない。だが、何故かそのウィンクは様になっていた。

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