第二十四話 五日後
ノーム達の宴会の様子を見ながら長老ノームと酒を酌み交わし、色々と話をさせていただく。興味深い話を聞くこともできた。
まずはノームの存在について。ノームはやはり魔物とは違い、精霊の一種らしい。精霊界というこの世界と重なり合った別次元からやってきた存在を精霊と呼ぶそうだ。迷宮を進んでいけば、その他の精霊達と会うこともあるだろうと言われた。精霊は温厚な種族が多いらしいが、中には好戦的な種族もいるから気をつけろと言われた。後は性別について。人と同じように性差はあるそうだ。男女関係なく髭が生えているそうで、人間である貴方には区別がつかないだろうと笑っていた。
「ヤナのヒゲをミてください。あのウツクしいツヤ! トシをトったイマでも、あれほどのヒゲにはマイってしまいます」
と男の顔になった長老に若干引き気味にはなった。逆に長老から質問を受けることもあった。
「ドワーフ達は元気にやっていますか?」
というのがその質問だった。ドワーフを街で見かけることはあっても、深い知りあいはいない。そういえば、バッチョさんは結局ドワーフなのかハーフリングなのか、ただの小さなおっさんなのか……。
まあドワーフ全体を見れば元気にやっていると言ってもいいのではないだろうか? 他の種族と同程度にはガザリムにいるしな。そう答えると長老は嬉しそうな顔をした。ノームはドワーフの祖先にあたるということだった。過去には今よりも人と精霊の距離が近かったのだという。その時にノームと人が交わり、ドワーフ族が生れたそうだ。ドワーフ以外にも、そういった種族は多いらしかった。
エリナとシビルも完全に出来上がり、なにが楽しいのかオンジェイさんと三人で手をつなぎ輪を作ると、ひたすらぐるぐると回っていた。その行為を真似るノーム達も出てきて、場はなにやら混沌としている。……宴会は終わる気配を見せない。長老に聞くとノームの宴会は三日三晩続くという。トマスさん以上の宴会好きか……。さすがにずっと付き合うわけにもいかないので途中で抜けさせてもらおう。
エリナとシビルとオンジェイさんを呼び、長老に一足先にお暇させていただく旨を告げる。俺の言葉にエリナとシビルは不満顔だったが、三日三晩続くと告げるとさすがにそれは……という顔になった。
エリナもシビルも足取りが覚束ないというほどではないが、今日の十二階層探索は無理だろう。あまり飲まなかった俺でさえ、心地よい酩酊感をあじわっていた。
「マコトにありがとうございました。タイしたモノではありませんが、ほんのおレイです。おウけトりください」
そう言って長老から差し出されたのは、あの器と同じ輝きを放つインゴットだった。そのインゴットは長老と同じくらいの大きだった。
「ありがとうございます」
受け取るが、やはり軽い。小さな体のノームでも持つことのできる重さだ。それでも大変そうだったが。
「ドワーフならばカコウできるはずです」
いつの間にか俺達の周りにはノーム達が集まっていた。多くの目に見つめられながら、フラグメントを取り出す。
「エバキュエイト!」
体を光が包む。
「またキガルにおタちヨりください」
その言葉に頷きながら、目を閉じる。
次に目を開けた時にはいつもの部屋だった。
「夢のようでした」
「夢だったみたい」
エリナとシビルの口から同時に同じ感想が漏れた。俺も同じ思いだった。あの光景を見たならば、ほとんどの人が夢だと思うだろう。だが、俺の手にはノームから貰ったインゴットが確かにあったし、エリナの肩の上にはオンジェイさんがいる。オンジェイさんはエリナの髪を引っ張りながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。それはあたかも、夢じゃないよ! と必死にアピールしているようだった。
「そうですね。夢じゃないですよね」
エリナがオンジェイさんの頭を撫でた。オンジェイさんは、ずれた帽子を被り直し髪を整えている。その仕草は様になっていたが、なぜか面白かった。酔いもあったのだろう。三人で笑いあう。最初は憮然としていたオンジェイさんも笑いだした。それは俺達、四人が初めて共有した同じ感情だ。正式にパーティに仲間が増えた瞬間のように思う。
外はまだ暗く太陽は昇ったばかりだった。ダンジョン内で夜を明かしてしまったらしい。ノーム達との宴会の楽しさに時間を忘れ過ごしてしまった。
眠い目を擦りながら、ガザリムへと向かい歩いていく。その間にオンジェイについて話をする。街に着く前に考えておかなければならないことがあった。いくら友好的と言ってもノームは魔物だと思われている。それを街中に入れるというのは、問題があるのではないかという事だ。
「ノームは魔物じゃないって説明したらどうかな?」
シビルの提案をエリナが告げるとオンジェイは首を横に振った。俺達の中でノームときちんと意思の疎通ができるのはエリナだけだった。シビルと俺は残念ながらオンジェイの言葉を理解することはできなかった。
「ノーム全体としては人とこれ以上かかわる事はしたくないそうです。魔物として扱われていたとしても、今くらいの距離感がいいと……」
長老やオンジェイのようなノームは珍しいということだ。どうすればいいのだろうか? 俺とシビルが頭を悩ませているとオンジェイの姿が急に消えた。
「え……」
シビルが不安そうな声を上げた。と同時にオンジェイが再び姿を現した。オンジェイは、えっへん! としたり顔だった。
「精霊の肉体は魔素だけで構成されていて、いつでもどこでも消えたり現れたりは自由だそうです。消えた状態でも心を通わせた人間には見えるそうです。現に私には見えていました」
エリナが解説してくれる。俺達の悩みとはなんだったのか……。まあ、これで街中でも問題はないか。
「オンジェイ。街中では少し面倒をかけることになるけど、消えた状態で頼む」
オンジェイは問題ないと頷いた。
「それじゃあまずはギルドに行ってフライングアイの報告だな」
活性化の影響で現れた魔物については、ギルドに報告する必要がある。まずはギルドに行って、それから宿に帰って寝よう。今日は休みにするしかない。
ギルドの受付は今日もステラさんではなくソーニャさんだ。俺達の姿に驚いた様子だった。
「十二階層、活性化の影響で出現していたフライングアイを確認しました。一応これを」
証明の為にフライングアイの部位を持ってきていた。換金対象であればいいのだが……。俺の言葉にソーニャさんは無言だった。
「幽霊でも見た顔をされて、どうかされましたか?」
「えっと……生きてらしたんですね……」
その言葉に何故か笑いが込み上げてきた。俺達はいつの間に死んだ事になっていたのだろう? エリナもシビルも笑っている。酒って怖いな……。そう思いながらも愉快な気分は治まらなかった。
「笑いごとじゃないですよ! 五日も何をされていたんですか!? ステラもすっごく心配していましたよ! 今日は大事な日なのに!」
ソーニャさんの言葉に愉快な気分はすっと消えてなくなった。
「五日……ですか?」
そういえば、ノームは時間を奪うと注意を受けていたことを思い出した。
「そうです。五日です! あっ、伝言を頼まれていました。帰って来次第トマスさんの店に来てほしいと……。十二階層の魔物についてはわかりました。早く行ってください! 今日はステラの結婚式ですよ! 私もいろいろ用意があるんですから!」
え……?
言われた通りに慌ててトマスさんの店へと向かう。トマスさんの店を目指し全力疾走だ。……そうか今日はソールさんとステラさんの結婚式だったのか。何も準備をしていない……。
街中だというのにオンジェイが姿を現した。俺達は慌てて足を止める。エリナがオンジェイを手で覆い隠した。
「私達が迷宮にいる間に五日が経っていた事を伝えたところ、オンジェイが申し訳ないと……」
オンジェイはエリナの手から少し顔を出し俺達に頭を下げた。
「精霊達に流れる時間は私達とは違うそうです。その影響がでたと」
五日程度でよかった……。あのまま三日三晩宴会に付き合っていたら、とんでもないことになっていたかもしれない。プチ浦島太郎気分だ。
「後で詳しく聞く。とりあえず今はトマスさんの店へ急ごう」
世話になったソールさんとステラさんの結婚式に出られなかった、というのは避けたいからな。
トマスさんの店に行くと従業員があわててトマスさんを呼びに行った。奥から出てきたトマスさんは着飾っていた。いつものいかにも商人といった感じではない。ダブルの長いコートに近いジャケットのボタンを上まで止め、腰の部分をその上からベルトで止めている。下は裾のすぼまった膝下七分丈のパンツ。上下共に黒くパンツの下は長い白い靴下に覆われている。普段は少しの滑稽さを感じさせる丸々とした体形も、その服装にはプラスに働いていて、貫禄というものに変わっていた。
「よかった。間に合ったのですね。服など準備はこちらで整えております。すぐに着替えてください」
俺達はトマスさんの家に入ると別々の部屋へと入れられる。俺にはトマスさんが付いて来た。
「風呂に入ってください。なるべく早くお願いします」
慌てて風呂場に駆け込み、服を脱ぐ。ゆっくりと風呂に浸かりたいところだが、そんな暇はない。手早く髪と体を洗う。五分もかからなかっただろう。下着だけ身に着け、髪をタオルで拭きながら、トマスさんが待つ部屋へと戻る。部屋にはいつの間にか、トマスさんの他に使用人がいる。
「これを着てください」
待っていた使用人に渡されたのは、トマスさんが着ている物に似た服だった。
「結婚式など出たことがないので、どうすればいいのかわからないのですが……」
渡された服に着替えながら、トマスさんに質問する。長い靴下だと思ったが、タイツのような物だった。ちょっと恥ずかしい。
「特にありません。結婚式は教会で行われます。参列するだけです。その後も簡単な立食パーティですから気楽に」
その言葉に少し安心した。式自体は問題なさそうだ。
「贈り物なども用意できていないのですが……」
ああそうだ。ギルドカードを差し出す。
「準備しておきますので、これで何か見繕っていただけますか? 金額はいくらでもかまいません」
本当なら自分で何か用意したかったが、そんな時間はなさそうだった。
「わかりました」
トマスさんが人を呼び付けた。
「手頃な物を見繕ってくれ。そうだな……フライングアイの水晶体がいいか……」
「それならば加工済みの物があったと思います。すぐに持って参ります」
下男が取りに行こうとするのを呼び止める。
「ちょっと待ってください。フライングアイと今仰いましたか?」
俺の荷物の中にはちょうどフライングアイの水晶体があった。フライングアイが消えていく中最後まで残った物だったのだ。もちろん少し解体するはめになったが……。
「ええ。結婚の際に贈る物の定番ですね」
あんなに気持ち悪い魔物の部位とか、俺は贈られても全然嬉しくないが……。とりあえず、頭陀袋からフライングアイの水晶体を取り出す。それはフライングアイの血などで少し薄汚れていた。
「これでいいですかね?」
トマスさんは受け取ると仔細に観察し始めた。
「確かにフライングアイの水晶体ですね。レックスさん達が討伐したものですか? 傷がありますが、それもまたいいでしょう。綺麗にして包んでくれ」
トマスさんが俺の渡した水晶体を下男に渡す。
「こんなものでいいのですか?」
トマスさんが説明してくれた。それによるとフライングアイの水晶体は磨き加工すると、美しい光を放つのだそうだ。他の魔物の中にもそういった物はあるが、その中でも結婚式にはフライングアイがいいのだという。フライングアイの光は浴びたものを石にする。それは形のない物をも石にする。もちろん加工された水晶体にそんな力はないのだが、それは結婚する物の愛を硬く永遠に残すと言われていると……。そういった訳でフライングアイの水晶体はいつの頃からか結婚式の定番の贈り物となったそうだ。
そんな話を聞いているうちに俺の準備は整った。髪も油でしっかりとセットしてもらった。油の匂いがきつい為か香水まで振り掛けられる。
「サイズを直す必要もないようですね。それではお二人を待ちましょう」
トマスさんと話しながら、エントランスでふたりの準備が終わるのを待つ。女性陣の準備は男の俺などよりも遥かに時間がかかっていた。遅れたらどうしよう? などと俺は気が気ではなかったが、トマスさんは落ち着いていた。
「サイズの直しなどで時間がかかっているのでしょう。化粧などもありますからな」
ちょうど二人がほぼ同時に現れた。これは……。俺もトマスさんも言葉を失った。ただ見つめる事しかできなかった。
「どう……?」
何も言わない俺とトマスさんに不安になったのか、そんな言葉をかけてくるシビル。
「……お似合いです」
先に立ち直ったトマスさんが声をかけた。二人は同じ形の、肩の出たドレスを着ていた。エリナは深い青、シビルは淡い緑。ウェストで絞られ胸が強調されている。エリナが大きい事はわかっていたが、幼い外見をしているシビルもそこそこ……。腰から下は大きく広がっている。手にはドレスと同じ色の肘上まである手袋。胸元には同じ真珠の連なったネックレス。シビルは俺とトマスさんの視線に恥ずかしそうにし始めた。
「レックスは……どうかな?」
シビルが恥ずかしそうに上目使いでこちらを見る。あざといくらいにあざとすぎる! 反則だろう……。たとえ似合っていなくたって似合っているとしかいえない。いや、もちろん似合いすぎるくらいに似合っていたわけだが……。エリナのドレス姿は以前見たことがあったが、今回はそれ以上だ。あれはエレアノールさんのドレスだったからか? 外見が瓜二つといっても印象は全く違ったからな。シビルも思った以上に似合っている。
「もちろん二人ともすごく似合っているよ」
綺麗だと言いたかったが、それはさすがに恥ずかしすぎた。俺には無理だ……。俺の言葉に嬉しそうにエリナとシビルはくるりと一回転した。ふわりとレースのあしらわれたスカートが浮き上がる。背中側は大胆に開き、ウエストの背中部分にはリボンがあしらわれ可愛さを演出している。肌の露出が多いが、いやらしさはない。すばらしい……。ここまでとは……。俺とトマスさんは固く熱い握手を交わした。
「トマスさん……。ありがとうございます」
二人を最高に引き立てるドレスを用意してくれた事にだ。
「レックスさん……。ありがとうございます」
二人が俺のパーティメンバーだった事にだ。エリナとシビルは俺達の固い握手の意味がわからなかったようで不思議そうな顔をしていたが、トマスさんに頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ。私もいいものが見れました……」
そこにトマスさんの奥さんが現れた。これもまた……。エリナ、シビルにはまだ現れていない大人の女性としての落ち着いた美しさがそこにはあった。
「二人ともいつまでも鼻の下を伸ばしてないで、行きますよ」
「はい……」
トマスさんの奥さんに付き従うようにして教会へと向かう。エリナとシビルは肩からドレスと同じ色の薄いショールを羽織った。え……隠しちゃうの? いや、この透けたショール越しの肌というのもまた……。




