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第二十一話 十一階層

 十一階層攻略の為にギルド資料室でアランさんに『ガザリムダンジョン十一階層~二十階層』を持ってきてもらった。


 十一階層のマップは簡単なものだった。転送場所から、階段までのごく狭い範囲内しか載っていない。それ以外の部分は空白だ。ぱらぱらと他の階のマップについても軽く調べてみるが、同じように簡素なマップしか載っていない。とりあえず書かれている範囲については写し終えたが……。十一階層以降の攻略はどうするべきだろうか? 俺達の実力ならば階層の探索を最小限に、階段まで一気に駆け抜けても問題はないはずだ。だが、それもそのうちに限界が来るだろう。まだ余裕があるうちに、マップなしでの攻略に慣れた方がいいのか……。


「十一階層のマップは転送場所から階段までしか書かれていない。どうする? マップ外の場所も探索するか、それとも階段まで一気に進むか」


 俺一人で決められるものでもないし、二人に相談する。俺の言葉に、一つの本を肩を並べ読んでいたエリナとシビルは同時に本から顔を上げる。


「十一階層と十二階層については通り過ぎるだけになりそうですよ」


 どういう意味だろうか?


「十一階層と十二階層の魔物はノームといって、無害な魔物らしいです」


 二階層同じ魔物が続くというのは初めてだな……。活性化の影響で、十三階層リザードマン、十四階層オーク、十五階層のトロールとはすでに交戦済みだったが、ノームには会っていない。だが、無害というのはどういうことだろうか? 


 詳しく聞けば、ノームというのは身長二十センチほどの小さな老人の姿をしているらしい。こちらから襲いかかりでもしなければ、襲ってくることはない大人しい魔物だということだった。来訪者に興味を示すこともまれだという。だが、その強さは十一、十二階層に登場していいような魔物の強さではない。決して襲いかかってはならないと書かれているという。そこには過去の探索者の話が載っていて、その話をエリナはかいつまんで語ってくれた。



 あるソロ探索者が一体のノームを見かけて斬りつけた。すると、大量のノームが現れ、そのノームの魔法によって昏倒してしまった。探索者が次に気が付いた時にはダンジョンの外で、傷口は丁寧に治療されていたという。


 そのノームに斬りつけた探索者というのが剣術Lv2800というギフトスキルを持つ、将来の英雄だった。そこで英雄が死んでいれば世界は滅んでいたかもしれない、とノームへの感謝の気持ちからそれ以来誰もノームを襲わなくなった。めでたしめでたし。



 といった感じだ。エリナはこの話を知らなかったようで、英雄のあまり知られていない過去のエピソードに触れることが出来て嬉しそうだった。ノームには絶対手を出さない! と力強く同意を求められた。襲ってこない魔物を襲う必要もないだろう。その他にも、ごく稀に他の魔物が出現するそうだが、ノーム達は他の魔物が現れた場合にはその力を持って排除しているようで、その姿はほとんど見られないということだった。


 ここで重要なのは、ノーム達がこれまでの魔物とはまったく違う性質を持っているという事と、剣術Lv2800を持った英雄ですら勝てなかったという事だ。……ノームといえば、


「シビル。ノームって魔法と関係していないか?」


 地属性をつかさどる有名な四大精霊のひとつだったはずだ。


「過去にノームの力を借りて巨大な魔法を行使した賢者がいたみたい。空から岩を降らせて敵軍を一掃したんだったかな? どうやって力を借りたかは伝わってないけどね」


 すさまじいな。さすが四大精霊。とりあえず手を出さなければ問題はないということだ。今日は十一、十二とノーム見物をして、明日十三階層攻略かな?



 ギルド受付でギルドカードの手続きや十一階層以降のクエストの受注は済ませる。今日もステラさんはお休みで、受付は昨日と同じ女性だった。その女性はソーニャさんという。相変わらず仕事の手際はよく、その仕事ぶりはステラさんに勝るとも劣らない。仕事に関しては有能な人だ。最後に十一階層へ向かう俺達へとアドバイスをくれた。なんでも探索者の間ではノームは時間を奪うと言われているらしい。あくまでも探索者の間の噂だということだった。


 礼を言うと、ソーニャさんは少し照れたように見えた。「ステラがいない間に探索者に被害が出るとか、私が原因みたいで嫌だから!」と照れ隠しのような言葉を俺達へと投げ付けた。この人ならば、本心からかもしれないが……。


 ギルドカードには追加でギルドに預けている金額が表示されるようになった。ギルドカードの取り扱いには気を付けよう。個人認証もあり他人のギルドカードでの買い物などはできないようだが、残金銅貨二十枚とかのギルドカードを落として人に見られでもしたら……。


「おーい! ソードダンサーの所持金銅貨二十枚だってよ!! あのソードダンサーとかいう恥ずかしい二つ名まで持っているのに銅貨二十枚しか持っていないんだぜ!!!」


 などと、ガザリムで話題になって恥ずかしい思いをするはめになるかもしれない。こんなことを他人に話せば、自意識過剰だろうと思われるかもしれないが、多くの見たこともないような人々から話しかけられるのだ。格好悪い姿を見られたくないというのは当然のことだと思う。


 ギルドを出るとバッチョさんの店に向かい、初めてのギルドカードでの買い物を済ませる。確認の為にステータスの開示を求められた。バッチョさんとは顔なじみだし、省いてくれてもよさそうなものだが必要な事だと言われた。姿を誤認させる魔法があるのだそうだ。その魔法でもステータスはごまかせないらしい。そういった手間はあったものの、やはり貨幣を持ち歩かなくていいというのは便利だ。普段から持っているギルドカードを提示するだけなのだから。ギルドに預けた金額分しか買い物はできないので、その点も安心だ。



 三人で、いつものように青い宝石に触れる。だが、今日は唱えるキーワードはいつもとは違う。エリナとシビルが俺の事を固唾をのんで見守っている。何だろうか……。そんな真剣な目で見つめられても……。ああ、そういうことね……。


「オズスィディチ」


 転送時特有の体がふわりと浮く様な感覚。間違わないですよ?


 辺りを見回せば、十階層と同じような風景だった。いつも転送される六階層とは明らかに景色が違う。転送先の壁には『11』という字で刻まれていた。無事に十一階層へとたどり着いたようだ。


 俺に少し遅れて、エリナとシビルが転送されてきた。その顔には落胆の色が見て取れる。そんなに俺に間違えてほしかったのか? そこまで期待されていたのなら、期待に応えるべきだったか……。


「さあノームさんに会いに行きましょう!」


 エリナはすぐに気持ちを切り替えたようで、憧れの英雄と縁のあるノームという魔物に心躍らせている。普通の魔物と性質が随分と違うとはいえ、『さん』付けとは……。シビルが俺に向かい肩を竦めた。エリナの英雄好きにも困ったものだ、というアピールのようだ。シビルに苦笑を返しながらも、エリナの為に気配察知の感覚を広げていく。多くの気配が固まっている場所があった。この階層のほとんどの気配がそこにはあったが、それはここからは随分と遠い。


 手近なノームを探してみるも、やはり気配は転送場所からは遠い位置にしかない。そればかりか、ここから階段までの道中周辺に気配は一切なかった。ノームは人間に興味をしめさないと言っていたな。探索者の頻繁に通る道を避けているのかもしれない。


 そのことをエリナに告げると、エリナはみるみるうちに表情を曇らせた。


「そうですか……。わざわざ避けている様子ならば、こちらから押しかけるのも申し訳ないですしね……。残念ですが、今回は諦めます……。何度も通ることになりますし、そのうちノームさんに会う機会も訪れることでしょう……」


 そう言うと、とぼとぼと歩き始めた。心ここに在らずといった感じだ。再びシビルが肩を竦めた。だが、それどころではない。


「エリナさん……。階段へ続く道はそちらではありませんよ……」


 俺の言葉にもあまり反応を示さず、歩む方向を転換した。


「そちらでもないです……」



 階段へと向かう俺たちの空気は、エリナに引きずられるようにして重い。エリナは地面を見つめながら、ただ黙々と十二階層へと歩みを進めていた。


 おっ! 階段までの距離半分をきったくらいのところだった。


「エリナ! 気配が近づいてくる!」


 俺の言葉にエリナが顔を上げ、期待に満ちた表情を俺に向けた。


「たぶんノーム……だと思う」


 確信はないが、他の魔物の気配とは違う気がする。


「その先、左手の通路の奥の方から来ているよ」


 俺の言葉にエリナが駆け出す。闘気術でも使っているのかという速度で、あっという間にその分岐路へとたどり着く。俺とシビルは歩みを速めるようなことはせず、そのまま向かう。


 ノームと思われる気配は、エリナからある一定の距離を置いて止まった。俺たちがたどり着くまでの間、エリナも気配に近づくようなことはせず、分岐路の手前でじっと前方を見つめていた。


 俺達もエリナと同じように、分岐路手前から覗くように遠くを見る。遠くにいるせいか、豆粒ほどの大きさにしか見えない。身長二十センチ程度とも聞いていたし、そのせいもあるのだろう。


 ここからでは小さすぎてあまりよくわからないが、赤いとんがり帽子をかぶっているようだった。地面につきそうなほど長いひげも見える。


「見れてよかったね」


 シビルがエリナに話しかけるが、ノームに夢中のエリナは言葉は返さず、ただ頷いただけだった。どれほどそうしていただろうか。他のノームと思しき気配も続々と集まってきた。通路の先には、多くのノームの姿が現れる。皆とんがり帽子をかぶっているが、その色はさまざまだ。ひげのないノームもいるようだった。


 これまでの魔物には個体差などというものはなかった。やはりノームは特別なようだ。ダンジョンに現れるから魔物と区分されているだけで、本来は魔物ではないのかもしれない。現に迷宮活性化の際に、低階層に現れるようなこともなかったしな。たまたま俺達が出会わなかっただけという可能性もあるが。


 俺達とノームは、かなりの時間見つめあっていた。最初、夢中だったのはエリナだけだったのだが、見ているうちにどんどんとノームへの興味が大きくなっていった。一度ノームの中でも一際小さなノームがこちらへと走ってこようとしたのだが、そのノームを大きなノームが抱きかかえ集団の中へ戻っていくということがあった。見ていて飽きない。


 先に飽きたのはノームだった。次々にその場を離れ、元いた場所へと引き換えしていった。最後のひとりがいなくなるまで俺達は見ていた。ノームは人間に興味を示さないという話だったが……。


「変わった魔物だったね」


 ノーム達が全員いなくなった後、シビルがエリナに再び話しかけた。エリナは余韻に浸っているようで、またも言葉を返すことなく頷くだけだ。


「行こうか」


 俺の言葉に促され、エリナはやっと正気に戻った。


「すごかったです!」


 先ほどまで黙っていた反動のように、ノームについて熱く語り始めた。


「見ましたか? とんがり帽子の先をちょっと折って、長いひげを三つ編みにしていたノーム」


 そんなノームがいただろうか? そこまで細かく見ていなかったな……。


「他のノームは帽子の色ぐらいだったのに、あれはちょっとおしゃれだったね」


 シビルはしっかりと確認していたようで、エリナと会話が弾んでいる。


「あとは、こちらに来ようとしたちっちゃなノームです!」


 それは俺も確認している。


「途中で大きなノームに止められてたね」


「あれ絶対好奇心旺盛な子供ですよ! 親が慌てて止めに入って……。可愛かったですね……」


 なるほど。確かにそういう見方もできるな。


「あと、あと……」


 その後ノームが近づいてくるなどということもなく、喋っている間にあっという間に十二階層への階段へとついてしまった。


「十二階層でも見られるといいね」


 エリナは目を輝かせ強く頷く。

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