第十九話 レイス
今日からまたダンジョンを探索する。二日ぶりか。しかもシグムンドさんはいない……。俺たちの間には寂寥感が漂っていた。そんな空気の中ギルド受付へと向かった。
受付にはいつものようにステラさんがいる。
「おめでとうございます」
俺たちの祝福の言葉にステラさんは笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
その笑顔はいつも以上にステラさんを綺麗に見せていた。が、すぐに表情を戻した。仕事の顔つきだった。
「皆さんは十階層攻略と既定のクエスト回数をクリアされています。これで正式にギルドランク5認定試験を受けられますが、どうされますか? 早ければ今日の午後からでも可能ですが」
随分と早い。俺たちの試験の為、事前に準備していてくれたのかもしれないな。エリナとシビルを見る。現在の実力ならば問題はないだろうが……。
「どうする?」
俺の質問にエリナとシビルが顔を見合わせた。
「十階層攻略と言ってもシグムンドさんがいましたからね……」
「やっぱり一度は私達だけで九、十と攻略するべきだと思う」
そうだよな。最近はずっとシグムンドさんに頼っていた。三人での攻略に再び慣れるためにも、それがいいだろう。
「じゃあ、十階層を攻略してからってことでいい?」
二人が頷くのを確認して、ステラさんに向き直る。
「そういうことですので、試験についてはまた考えたいと思います」
「今、受け付けておき日程を調整することも可能ですよ?」
そういうこともできるのか。攻略にはそれほど時間はかからないはずだ。二階層ぶんだからな……。一度探索済みではあるし、一日一階層と考えれば明日には終わる。
「では明後日でお願いできますか?」
俺の言葉にステラさんは頷いた。
「わかりました。それでは明後日の午後に用意させていただきます。試験はパーティ単位でも受けることができますが、どうされますか?」
ふむ……。どうしようか……。
「個人単位でお願いします!」
俺が相談しようと振り返る前に、シビルが声を上げた。俺はどちらでもかまわなかったので、問題はない。エリナを見れば、シビルと同意見だったようで頷いていた。
「それじゃあ、それでお願いします」
「わかりました」
九階層、十階層のマップはないが、シグムンドさんと一度訪れた場所だ。階段までの道ならば、把握できている。資料室にはいかず、そのままギルドを出てダンジョンへと向かう。
「そういえば、なんで試験を個人単位にしたの?」
ダンジョンに入り、九階層までの間に話を聞く。周囲に魔物の気配はないし、変わった気配なども感じられない。
「三人ならランク5も簡単だと思うけど、自分自身の実力を試したかったから……」
この中で一番すごいのは、シビルだと思う……。これまでの道中の魔物もシビルの無詠唱、短詠唱の魔法で全て倒してきた。足を止める必要すらない。俺がしたのは、魔物との距離と数をシビルに伝えることだけだ。シグムンドさんやテオドラさんのパーティを見たせいか、シビルは随分と自己評価が低い。あれはまだまだ別次元の生き物だというのに……。いつかは追いつくが。
「エリナも同じ?」
「はい!」
エリナを見れば、顔から汗が吹き出し長い髪が額に張り付いている。それほどの運動量ではない。通常であれば汗ひとつかかないはずだ。
「大丈夫か? 無理をする必要はない。体調が悪いなら、探索を切り上げてもいいぞ」
「大丈夫です。いざというときの為に闘気術に普段から慣れておこうと思いまして」
そういうことか。どうやらエリナの疲れの原因は闘気術の反動のせいだったようだ。ノーライフキングとの戦闘時に闘気術を発動することができなかったことが、よっぽど悔しかったようだ。
「普段からなるべく使うようにしているのですが、なかなか上手くいきませんね……」
それはそうだろう。シグムンドさんですら闘気術を使った後は反動に苦労していたのだ。それにしても普段からか。俺も慣れる為に日常生活でも使うべきか。
「これからまだ九階層を攻略しなければならないのだし、無理するなよ」
エリナは首を振った……横に。
「少しは無理をしないと、いつまでたってもシグムンドさん達に追いつけませんからね。ちょっとくらいは無理させてください」
無理をするか……。以前、出会ったばかりの頃のシビルも同じことを言っていたのを思い出した。そうして現にシビルは五階層をソロで突破した。シビルを見れば、シビルもまたその時のことを思い出したのかエリナの言葉に嬉しそうな顔をしていた。
「……そうだな。じゃあちょっと無理をして今日中に十階層まで攻略してしまおう!」
「はいっ!」
二人は力強く頷いた。
そう攻略に力を入れようと、意気込んだものの……。九階層をあっけなく踏破してしまった。
「まあ、これも俺達が強くなっているってことだから……」
意気消沈した二人に、慰めるように声をかける。
「そうですね……」
だが、俺の言葉はなんら二人に影響をあたえることはなかった。
「気を取り直して十階層の攻略を目指そう!」
「うん……」
やる気の感じ取れない返事とともに、十階層へと降り立つ。これまでとは、まったく違う光景の十階層にもかかわらず、二人はあまりやる気を見せていない。それもそうか……。十階層は俺達……というかシビルの炎系魔法と相性がいい階層だ。マミーはよく燃える。またあっさりと階段前についてしまうかもしれない……。
と、そこでマミーとは違った気配があることに気がついた。以前シグムンドさんと向かった階段方向とは正反対の方向だ。迷宮活性化の際に出現した魔物が、残っていたのかもしれない。ここからも階段からも随分と離れているし、見逃されたのだろう。
「……マミーとは違った魔物の気配を感じる」
俺の言葉に、二人は目を輝かせた。いや、そんなキラキラとした目で見つめられても……。
「その魔物から感じ取られる気配は強力だ。はっきりとはわからないが、たぶん二十階層以降の魔物……」
その俺の言葉に二人は気を引き締めなおした。
「行こう!」
シビルが先頭をきって歩き始めた。エリナがそれに続く。
「あの……。そっちじゃなくて……左の通路ですよ……」
「レ、レックスが先頭ね!」
俺の言葉に出鼻をくじかれ、シビルは照れを隠すように勢いよくそう言った。
「了解」
魔物の気配がある方向へと足を向ける。……きちんとマップを書き写して来るべきだった。不測の事態にも対処するためにも、やはり事前準備は大切だ。
……うん。案の定、迷った。魔物には着実に近づいていた。壁の向こうにいるのだが……そこに続く道が見つからない。
「戻ろう……。こっちからは無理みたいだ……」
行き止まりに背を向け、来た道を戻る。
「後ろ!」
背を向けた俺の後ろに唐突に魔物の気配が生まれていた。慌てて、剣を抜き振り返る。目に入ったのは白く透けた視認しづらい魔物だった。フードのついたローブを被った半透明の骸骨……レイスだ! シグムンドさんが俺達には決して戦わせなかった魔物……。壁を通りぬけることもできるのか……。
レイスに向かい俺を越えて炎が飛ぶ。シビルの無詠唱魔法だ。威力は落ちるが、牽制にはなるだろう。炎は瞬く間に届き……レイスをすり抜けた。レイスはゆらゆらと空中を漂いながら、こちらへと近づいて来る。
レイスといえどもアンデッド。浄化スキルなら……! 両手の剣を振るいレイスに斬りつける。俺の剣はレイスに届きその身を切断する。手ごたえなどは感じなかった。宙を斬ったのとかわらない。だが、地面にひらひらとレイスの纏っていたローブの切れ端が落ちた。俺の剣は確かに届いた。だが、レイスにダメージを受けたような様子は見られない。浄化スキルだけでは無理か……!
そこにエリナが飛び込んだ。すでに闘気を纏っていたようで、その剣もまたレイスに届いた。が、ローブに穴をあけただけで、俺の剣と同じようにダメージを与えることはできなかった。だが、レイスの標的は俺からエリナに移る。
その間に闘気を練る。普段から使っていたエリナのようにすぐにとはいかない。いくら成長しやすいスキルがあるとはいえ、普段からの努力というものには勝てない。
シビルの魔法が飛ぶ。今度は詠唱付きの炎だ。それはレイスに確かに届きローブを焦がす。シビルも魔法に闘気を上乗せしたのかもしれない。
剣に闘気を纏わせ、エリナに並ぶようにして剣を突き出した。ノーライフキングにすらダメージを与えた闘気による浄化スキルの強化だ。これでダメージを与えられないようならば……逃げるしかない。
だが俺の剣は手にしっかりと貫いた感触を伝えてきた。これは通った。俺の攻撃により、半透明だったレイスは徐々に透明になり消えっていった。それとは反対に着ていた半透明のローブは実体を持ち、ただの白い布となって、バサりと地面へと落ちた。
あたりに気配はない。膝を突き闘気術の反動を堪える。前回の時もそうだったが、闘気術だけのときよりも、浄化スキルと共に使った方が反動が大きいようだ。しばらく立ち上がれそうにない。闘気術と浄化スキルの複合でしか倒せない相手だ。シグムンドさんが俺たちに戦わせなかった理由もわかる。これではしばらく戦うこともできない。
膝が崩れ、地面へと体が傾く。……と俺の体を支えるものがあった。地面へと倒れこむことは回避できたようだ。
「大丈夫ですか?」
すぐ近くからエリナの声が聞こえた。どうやらエリナが支えてくれたようだ。エリナも闘気術の反動があるだろうに……。
「ありがとう」
見上げる事すら億劫だった。エリナは俺の体を無理に起こそうとはせず、地面へとゆっくりと寝かせた。柔らかなものを枕に……。これは……。たぶん膝枕だ……。エリナの金属鎧に覆われた体の中で、数少ない露出した部分だ。露出といっても直接肌が見えているわけではないが……。なんと呼ぶのかわからないが腰当ての横部分と、前垂れの間に時々見えるそこだ。ああ……。この鎧下が恨めしい。
エリナからは女性特有の甘いようないい香りがした。これまでの探索で多くの汗をかいているだろうに、なぜこんないい香りがするのだろうか? そこで急に俺は自身も相当汗をかいていることに思い当たった。エリナに臭いと思われていたらどうしようか? だが、エリナは気にした様子はなく、そのままの姿勢でじっとしている。
「エリナも大変でしょ! 代わるよ!」
そこにシビルがやってきたようだった。顔を動かすのも大変なので、無理にそちらに目を向けることはしなかった。
「いえ、まだ大丈夫ですから」
「じゃあ疲れたら言ってね。代わるから!」
シビルはそう言って近くの地面へと腰を下ろした。なぜわかったかと言えば、俺の顔の向いているほうへとわざわざ来て座ったからだ。
「最後の魔法は闘気乗せた?」
エリナに膝枕されたままの体勢で、気になっていたことを聞く。
「うん。通常の魔法だとダメみたいだったからね」
やはり、そうか。だがそれにしては闘気術の反動をあまり感じていないようだった。俺たちのなかで初めに闘気術を使えたのはシビルだった。やはり、闘気術の使い方は俺以上ということだ。闘気の扱いではエリナにもシビルにも劣っている。……頑張ろう。
しばらくそうしていたが、シビルが交代するということで、俺の頭はエリナの膝からシビルの膝へと移った。シビルはそのままの位置から俺の頭を膝にのせたものだから、俺の顔はシビルへと向いていた。エリナのときも恥ずかしかったが、顔が体の方を向いているというのは、より恥ずかしいものがある。だが、体勢を変えられるほど回復はしていない。甘んじてこの体勢を受け入れるしかない。
闘気術の反動も抜け、立ち上がることができるようにはなったが探索続行は無理だった。二人とも俺よりはましだったが、闘気術の反動も出ていた。残念だが十階層の探索はここで切り上げ、ダンジョンを出る。
「また明日頑張ろう」
俺の言葉に二人は頷く。
俺たちは闘気術を使うこともなく無事に十階層を攻略した。きちんと朝、十階層のマップを用意していたし、レイスが出るなどということもなく通常の魔物だけだったからだ。ある意味残念だったが、これで明日のギルドランク5の認定試験に万全の態勢で臨める。




