第十七話 ノーライフキング
シグムンドさんと魔物のにらみ合いが続いている。テオドラさん達はそれを囲むように動く。その中でパブロさんだけがごく自然に俺達へと近づいてくる。
「体が動かぬか? 奴の魔眼にやられたな……。闘気術が使えるなら闘気を纏え。それで動けるはずだ」
パブロさんは俺達を守るように、魔物と俺達の間に入った。
「ぐっ……」
言われたように、闘気術を使おうとするのだが、体内の魔素を上手く闘気へと変換することが出来ない。体と同じように魔素も動こうとしないのだ。だが……この場に留まるわけには行かない。俺達が手伝える事といえば、一瞬でも早く転移することだけだ。
気持ちばかりがはやり、一向に闘気を生み出す事はできない。
焦れたのか魔物が先に動いた。一瞬でシグムンドさんと魔物の位置が入れ替わる。そのタイミングでパブロさんを抜いた三人が魔物へと襲いかかった。テオドラさんの持つ剣は、いつの間にか火焔に包まれている。それは剣をも溶かしてしまいそうなほどの熱量を持った炎だった。
四つの武器が、同時に……いや、数瞬の時をずらし魔物へと繰り出された。そのタイミングでパブロさんの魔法も発動する。
五つの攻撃は魔物の直前で止まっていた。魔物の周りに透明な壁でもあるかのようだった。魔物は何事もないかのような表情で周囲を見詰めている。
「うぉおおおおおお!」
テオドラさんが声を上げ剣にさらに力を込める。剣を覆う炎は赤から紫に色を変えていた。ぎしぎしと何かが軋む音が響く。魔物はぴくりと片眉をあげた。
ガラスが割れるような音と共に、テオドラさんの剣は魔物を真っ二つに切り分けた。そこにさらに三つの武器が突き刺さっている。俺に見えたのは動き始めと結果だけだ。
金属音が響いた。テオドラさんの剣が折れ、地面へと落ちた音だった。魔物へと目を戻すと、そこに魔物の姿はなかった。どこへ行った……? 魔物の気配が現れる。
「さすがに五人がかりは酷いな……」
魔物は天井付近に浮いていた。両断されたはずの魔物は、何事もなかったかのように五体満足の状態で、優雅に服の埃を掃っている。体だけではない。その斬られた服すらも元に戻っていた。その声、態度には余裕すら感じさせるものがあるが、表情にはどこか焦りのようなものが見える。
「パブロ!」
テオドラさんの叫びが響いた。宙の魔物を取り囲むようにして、幾つもの光が生まれた。それは膨張し、魔物を包み込む。眩しさに目を閉じた。強烈な光は閉じた目蓋すら通し俺の目に届く。
光が収まったのを確認し目を開けるも、あまりの強さに目がくらみ周囲の状況はまったくわからない。魔物の気配はその場に留まり続けている。その間もひたすら闘気を発動しようとしていたのだが、魔素はゆっくりと流れ、集まってきてはいるものの、まだ体を闘気で纏うほどの量ではなかった。
魔物の周囲にシグムンドさん達の気配が現れた。徐々に視界が戻ってくる。魔物には再び多くの武器が突き刺さっていた。武器を引き抜き地面へと降り立つ。
魔物は宙に浮いたままだ。その場から動こうとはしない。……突然、魔物はふらっと倒れるようにして落下し、激しく地面へと叩きつけられた。と同時に黒い霧となって霧散していく。魔物の気配は感じ取れない。が、シグムンドさん達は武器を収めることなく、魔物が消えた場所を見詰めている。
それほど時間をおかず、再び黒い霧が集まりだした。そこにパブロさんの魔法が飛ぶ。霧を晴らすかのような凄まじい風が巻き起こった。だが、その風をものともせず黒い霧は形を作り姿を現した。
色白の肌。白髪に赤い眼。そこに現れたのはまぎれもなく先ほどの魔物だった。だが、先ほどとは違い、服はぼろぼろだった。破れ、穴が開き、なんとか服としての役割は保っていたが、なくなっている部分のほうが多そうだった。服を再生するほどの力はもうないようだ。
「ここまで人間が強いとはな……」
魔物は口から血を噴出した。それは人と同じように真赤だった。魔物へとシグムンドさん達が飛び込む。その槍や剣は魔物を貫いたように見えた。だが、その場から魔物は消えていた。
パブロさんが吹き飛び、俺の目の前に魔物が現れた。
「パブロ!」
パブロさんを案じる声。だが、俺にはそれを気にしている余裕はなかった。こちらを見つめる魔物。俺の首筋に爪を突きつけた。その爪は長く鋭く、俺の喉を掻っ切るには充分すぎる。そのまま俺の後ろへと回りこんだ。
「動くな。動くとこいつを殺すぞ」
シグムンドさん達に向けられる言葉。闘気を纏うにはまだ魔素は足りていない。だが……。
「それでは、そろそろ失礼させていただこう。……短いが随分と愉快な時間だった」
魔物の表情は見えないが、その言葉、声から余裕を取り戻したのが感じられた。顔には笑みが浮かんでいるのだろう。俺に出来るのは、ただシグムンドさんを見つめることだけ。
「それで、これからどうするんだ?」
俺の視線に気が付き、シグムンドさんは魔物に話しかけ始めた。
「そうだな……とりあえず街にでも行ってみるか。大量の血を飲みたい……。お前達ほどの人間がそう多くいるとも思えぬしな」
シグムンドさんの問いに丁寧に答える魔物。俺の命を握り、勝利を確信しているのだろう。その声色からはもうすでに恍惚といった感情が読み取れる。これから殺す人間のことでも考えているのだろう。だが、もうすでに魔素は集まっている。
闘気を纏い、小さく指を曲げてみる。……問題なく動く。後はタイミングか……。
「お前はヴァンパイアだったのか……?」
「あのような低俗な者と一緒にされては困るな」
その声は少し不機嫌そうだ。
「……ノーライフキング」
シャリスさんの呟きはそれほど大きな声でもなかったのに、こちらまで鮮明に伝わった。ノーライフキング……。
「知っている者がいたか。そう我こそがアンデッドの頂点にして、全ての種の頂……」
勝ち誇り、べらべらと饒舌な魔物。今しかない! 体を沈め、しゃがみ込みながら剣に手をかける。魔物の爪は俺の首筋から顔にかけて傷を作った。血が溢れ出すが、死ぬほどの怪我でもない。
剣を引き抜きながら、体を半回転。アンデッドなんだろう? 剣を闘気で覆い浄化スキルを使う。俺の剣はノーライフキングの胴を切断した。俺が動けないと油断したからか、それともシグムンドさん達との戦闘による影響か。あるいはそのどちらともか。まあなんでもいい。俺の剣は確かにこの魔物へと届いたのだ。
見上げれば、魔物の顔には驚愕が見て取れる。その魔物の胸に青い炎が突き刺さっていた。振り返ると、そこにはテオドラさんがいた。折れた剣身を補うかのように、青い炎で形作られた剣を手に持っている。それが魔物の胸を貫いていたのだ。
俺の視線に気が付いたテオドラさんは、こちらを見てにこりと微笑んだ。剣から炎が消え、それはただの折れた剣に戻った。終わったということか? 魔物に目を移せば黒い霧となり消えていくところだった。最後まで驚きの表情を浮かべていた。だが、安心はできない。先ほどは再び甦ってきた……。
「心配するな。もう終わったよ」
テオドラさんは俺を立ち上がらせると抱きついてきた。とりあえずなんとかなった……のか……。テオドラさんの腕の中で、力が抜けた。抱きしめられていなければへたり込んでいたとだろう。闘気術の反動だ。
金縛りから解放され、エリナとシビルが床へと倒れ込んだ。そんな俺達の周りにシグムンドさん達が駆けよって来る。ギヨームさんがパブロさんを背負っている。パブロさんが手を上げる。パブロさんも無事のようだ。
「レックスよくやったな!」
シグムンドさんが嬉しそうに声をかけてきた。
「もう少し早く動けるようになって転移してくれたほうが、もっとよかったがな」
無事に終わったからだろう。シグムンドさんは笑いながらそんな軽口を叩く。いやもちろんその通りです。ただ、そうだったとしてもエリナとシビルを置いて転移など出来なかった気もする。
シグムンドさんとシャリスさんがエリナとシビルを抱えあげた。
「さあ帰るぞ。傷の手当てもしないとな」
階段近くの転移装置に向かい皆が歩き始めた。テオドラさんが俺を抱えあげてくれる。
「今日はお楽しみといこうか!」
おちゃめな表情だった。それはいいのだが……。
「……お姫様抱っこは……やめてください……」
「ん? かわいいじゃないか」
テオドラさんはそう言って、そのまま転移装置へと向かっていく。




