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第十六話 十階層

「十階層に進むか……」


 三体目のトロールを倒した後、唐突にシグムンドさんはそんな事を言い出した。途中で何度か現れた二十三階層の魔物であるレイスは、まだ早いとシグムンドさんが倒していた。


「えっ……?」


「現状では一階層進んだ所で何も変わらないが、切りもいいしな」


 ダンジョンに入ってから、まだそれほど経っていない。確かにまだ十階層攻略の時間は充分あるだろう。


「わかりました」


「やります!」


 エリナとシビルはやる気だ。そうだな。シグムンドさんと共にダンジョンを潜るのもこれで最後だ。切りよく十階層を攻略して帰るか。三人が俺を見ていた。


「行きましょう!」


 声と共に腰を上げる。


「シビル。魔素はまだ大丈夫か?」


「まだまだ余裕です!」


「それじゃあ、十階層まではシビルの魔法に頼る事にしよう。十階層に時間を使いたい。急ぐぞ」


「はいっ!」


 シビルはシグムンドさんに頼られて嬉しそうだった。



 よっぽど嬉しかったのか、道中のシビルの魔法は凄まじいの一言だった。気合が違う。あまりにも過剰な威力だったが、シグムンドさんは何も言わなかった。自分が頼んだ手前言い出しにくかったのもあるだろうが、シグムンドさんもシビルにはちょっと甘い。見かねて俺が注意したのだが、シグムンドさんは目線だけで感謝を伝えてきた。これで恩を返せるのなら、もっとシビルには張り切ってもらいたい。シグムンドさんに受けた恩に報いるためには、後数千回はシビルに張り切ってもらわないといけないだろうからな。



 十階層は、これまでとがらりと雰囲気を変えた。これまでは迷宮と言われるのもよくわかるような、人工的な石造りだった。それは五階層で材質が変わった後でも同じだった。


 だが、ここは違う。迷宮というよりはトンネルと言ったほうが相応しいだろう。壁や天井は人の手が入ったかのようだが、ところどころ歪に岩が張り出している。壁には灯りが設けられているが、九階層までのように整備されたといった感じではない。子供の頃に、探検と称して入った防空壕がこんな感じだった気がする。まさか将来、本当にこんな所を探検するとは思ってもいなかったな。そう思うと、少し笑いがこぼれた。


 そんな俺に気がついたのか、エリナが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。なんでもない、というように軽く首を横に振った。


「行くか。最初のマミーは一応レックスとエリナで仕留めよう。それ以降のマミーはシビルに任せる」


「はい!」


 俺の忠告はもうすでに忘れたようで、シビルは俄然やる気を出している。


 シグムンドさん、エリナ、俺、シビルの順に通路を進んでいく。十階層の通路は長く、その上至る所に分岐がある。そんな中シグムンドさんはマップも持たず、迷いない足取りでダンジョン内を進んでいく。


「レックス、エリナ。マミーだ」


 その言葉にシグムンドさんの前に出て、剣を構える。灯りが設けられているとはいえ薄暗い通路の先に、マミーが二体見えた。シグムンドさんはマミーについていつものように詳しくは教えてくれない。以前のときも小手調べといった感じで詳しくは聞いていない気がしたが……。


 マミーがこちらへと近づいてくるが、それはこちらを見つけ向かってきているといった感じではない。階層を徘徊しているようだ。


「行きます」


 エリナに一声かけマミーへと走りよる。それに気が付いたマミーがこちらの方へと両腕を伸ばす。こんな遠距離で手を伸ばしたところで。……! マミーの腕からその巻いた包帯がするするとこちらへと伸びてくる。それもマミーの一部なのか包帯にも気配があった。こんな攻撃方法があったのか。マミーと戦ったのは一度だけだった。あの時は……シビルの魔法の一撃で終わったはずだ。まともに戦ったことがない。知らないはずだ。


 より速度を上げ飛び込むようにして、伸びてくる二本の包帯を躱す。が、その包帯は方向を急激に変え、俺を追ってくる。左右に体を振り避けるが、俺の体を追っていつまでも包帯はついてくる。面倒だ……。足を止め、掃うように包帯へと左の剣を振るう。包帯は斬れず剣に巻きつき始める。失敗だ! 面倒だという気持ちから、斬るという事を考えなかった。もっと心を落ち着けて戦闘に挑まなければならない。そもそも浄化スキルを使えば……。


 浄化スキルを使い、振り払うかのように剣を振った。それだけで包帯はぱらぱらと地面へと散り落ちていく。思った通り包帯にも浄化スキルは効いた。マミーはすぐに包帯を伸ばしてくるが、浄化スキルを使い、切り払っていく。


 ちらりとエリナを見れば腕に包帯が纏わりついていた。だが、それを一切気にすることなくマミーへと突っ込んでいく。包帯だもんな……。いくら締め上げたところで、エリナのように金属鎧を着ていれば気にしなければいけない部分はほとんどない。


 斬るそばから包帯を伸ばしてくるが、その包帯はどんどんと短くなり、干からびた黒い肌が大きく見えていた。腕全体が顕わになったところで、包帯を伸ばしてくるのをやめ、こちらへと向かって来る。包帯を伸ばさないのなら、後は……。走り寄ってきたマミーの胸を浄化スキルを使い貫く。


 エリナもマミーを貫きすでに戦闘を終えている。浄化スキルを使わず一撃か。闘気術を使ったのかもしれないな。マミーが消え、かわりのように残った魔石に手を伸ばした。



「どうだ? 予想外の攻撃は」


 シグムンドさんの顔にはからかうような笑みがあった。


「前もって言っていただければなと……」


 俺の言葉にシグムンドさんは大きく笑った。


「いい経験になっただろ。いくら事前に調べていたとしても、不測の事態は起こりうる。明日からは俺はいないんだからな」


 そうだった……。ついさっき理解したはずだ。解っていたはずなのに……この人とダンジョンを潜っていると、これからも共に探索して行くのが当然の……当たり前かのように思ってしまう。


「じゃあ駄目出しするか。レックスもエリナも十階層の魔物だと侮ったな。たとえゴブリンだろうが、棍棒の一振りが直撃したら怪我をする。レックスも最初から浄化スキルを使っていれば問題なかった。エリナはたかが包帯と避けもしなかった。もちろんマミーにはその程度の力しかなかったが、もしあの包帯が金属を潰せるほどの力があったらどうだ? 賭けているのはお前達の命だ。それは替えがきくものか?」


 今日で終わりだからだろうか? 伝えられる事を全て伝えようとするかのように、シグムンドさんはいつも以上に饒舌だった。


「……すまん。なんか説教臭くなっちまったな」


「いえ……ありがとうございます」


 俺達はシグムンドさんに頭を下げた。


「じゃあ行くぞ。さっさと階段まで進んで帰ろう。今日は盛大に打ち上げだ」


 最後にそう言って明るく締めた。



 道中のマミーはシビルが処理していく。部屋で現れたのはデスナイトやガーゴイル、それにレイスだった。十階層でもシグムンドさんは俺達をレイスと戦わせようとはしなかった。今の俺達の実力は二十一階層二十二階層程度ということなのだろう。


「階段はもう、すぐそこだ。転送の為の魔石が埋め込まれているはずだ。今日はそいつで帰ろう」


 シグムンドさんの言う通り、すぐに階段が目に入った。十階層突破だ。それは嬉しくもあり、寂しくもあった。階段が近づくにつれ、シビルが涙を我慢するのも限界に近づいていく。今にも涙は溢れ出さんとしている。


 そこでシグムンドさんは急に立ち止まった。すぐ目の前は階段だというのにどうしたのだろうか? 近くに魔物の気配なども感じない。


「お前ら! すぐに転移……」


 シグムンドさんは最後まで言う事ができなかった。シグムンドさんが急に吹き飛ぶ。


 遠く吹き飛ばされたシグムンドさんはいつの間にか手に槍を持っていた。膝を突いていたが、すぐに立ち上がる。あれだけ強く吹き飛ばされたというのに傷ひとつ見られない。とっさに槍で防いでいたようだ。あの一瞬で……。


「……厄介な」


 いつの間にか気配があった。いつの間に現れた……? 俺には捉えることが出来なかった。外見はごく普通の人間に見えた。だが人間にしか見えないそれの気配は、まぎれもなく魔物であった。人の形をし、人語を話す魔物……。


 先ほどからシグムンドさんの言葉に従い、フラグメントを取り出そうと試みてはいるのだが、俺の体は金縛りにあったようにぴくりとも動こうとはしない。それはエリナ、シビルも同じようだった。


 目の前にシグムンドさんが現れた。それはこの魔物が現れたときのように唐突だった。これがシグムンドさんの本気なのか……。シグムンドさんの突き出した槍は、魔物の手によって止められていた。


「何故こんな低階層にいる?」


 シグムンドさんの表情は険しい。


「いや何、少々やっかいな人間に追い立てられてな……。まだ消滅するわけにはいかぬ。おっと……。それでは先を急ぐでな」


 魔物の姿が消え……。シグムンドさんは何もない後方へと槍を突き出していた。


「待て。活性化の原因となっている魔物はお前だな……」


 現れた魔物の腹からはシグムンドさんの槍が突き出ていた。


「やれやれ……。そう簡単に逃してはくれぬか……」


 そう言う魔物は、妙に人間くさい複雑な表情を浮かべている。


「やぁああっと追いついたか。ん? レックス達じゃないか。それにシグムンドもか」


 階段を登り現れたのはテオドラさんだった。後ろにはギヨームさん達も見える。


「シグムンドもいることだし、さっさと片付けちまうか」


 テオドラさん達の装備はぼろぼろだ。激しい戦闘を潜り抜けてきたことがわかる。装備だけではない。その身にも数多くの傷が見て取れた。疲労もある。万全の状態とはいえないだろう。それでも、そう言うテオドラさんは頼もしかった。

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