第四話 商人
あれから一週間、ただひたすらに剣を振り続けた。俺に合っていたのだろう。日が明けてから沈むまで毎日剣を振ったが飽きるということはなかった。そのおかげか剣を振り始めてから二日目にはスキル欄に剣術Lv1が現れた。クラスを戦士に設定したこともよかったのだろう。
それからも剣を振り続け今は剣術Lv2にあがっている。戦士のクラスレベルも2に上がった。戦士のクラスレベルが上がり身体能力も伸びたようだ。あれほど重かった剣も、軽々とは言い難いがずいぶんと楽に振れるようになった。どうやら魔物を倒さずともレベルを上げることはできるようだ。
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 村人
クラス : 戦士Lv2
スキル : 万職の担い手Lv1、剣術Lv2
今、俺のステータスはこんな感じだ。農作業については必要ないだろうと表示はしていないが、技能としては残っている。
これで旅の途中で魔物に襲われても、ゴブリンに襲われたときのような無様なことにはならないだろう。実際に襲われたとき魔物を斬れるかどうかはわからないが、それは俺の覚悟しだいだ。
朝から剣を振り続け、今はちょうど正午くらいだろうか。村へと続く道を馬車が進んでくるのが見えた。視力も上がっているようだ。まだ小さく米粒ほどでしかないが、間違いなく馬車だ。どうやら行商が来たらしい。村長に知らせなければ。
村はずれで馬車の到着を待つ。村長と俺だけでなく村人総出で出迎えだ。この日ばかりは村人皆が農作業の手を休め商人を待っている。行商が来るのは半年振りだという。娯楽もないこの村で唯一の楽しみといっていい。村人が待ちわびるのも無理はない。
「ずいぶんと今日はお出迎えが早かったですね」
二頭立て馬車の御者台から降りて来たのは、いかにも人のよさそうな商人といった感じの太った男だった。
「いつもすみませんね。こんな辺鄙なところまで」
「いえいえ。稼がせて貰っていますから」
商人は村長の言葉にも、疲れなど一切見せずにこやかに対応している。実際、人がいいのだろう。こんな貧しい村に商品を持ってきても、それほど稼げるわけはないだろう。移動の日数などを考えると赤字ではないだろうか? それでも必要な物を積み村に運んできてくれているのだ。
「トマス殿。積荷を降ろしますね」
馬車の荷台からもう一人男が降りてきて商人に話しかけた。
「ええ。お願いします。それでは商品を広げさせていただきますので、もう少しお待ちください」
その言葉を聞き、男は馬車から荷物を降ろし始める。屈強な男だ。護衛兼手伝いという感じか。さすがにいつ魔物に襲われるかわからない旅路を商人一人で回るはずはない。
「ではトマス殿よろしくお願いします。なにもない村ですが是非夕食を用意させてください。レックス。夜、家にきなさい」
そう言うと村長は自宅へと戻っていった。夜来いといったのは商人との夕食の場に来いということなんだろう。そのときに俺の話しをしてくれるのだろう。村人達はまだ準備中の商品に群がっている。旅支度に必要なものや物価を確認したいところだが、後でもいい。
「レックス。ちょっといいか?」
商人に背を向け歩き出そうとした俺に声がかけられた。声の主は隣に住む男だった。
「なんでしょう」
久々に話しかけられたな。怪訝な顔をしている俺に、男は手に持ったなにかよくわからない物を差し出した。
「お前が殺したゴブリンの皮だ。処理はしておいた。トマスさんに売ればある程度、纏まった金になるはずだ。村を出るんだろう? 足しにすればいい」
そういってゴブリンの皮を俺に押し付けた。俺が殺したゴブリンの皮。気味が悪い。いますぐに捨ててしまいたい。だがわざわざあのゴブリンの死体から皮を剥ぎ、処理までしてくれたのだ。この男の行為を、ただの俺の嫌悪感で無駄にするわけにはいかない。
「わざわざありがとうございます。ええと……」
俺の笑みは引きつっていたことだろう。だがそんな俺に男は文句の一つもなかった。
「ゴードンだ。そんなので大丈夫か? 村を出て上手くやっていけるのか俺は心配だよ」
隣家の男……ゴードンさんは顔に苦笑を浮かべていた。俺が名前を覚えていないことまで知っていたのか……。
「ありがとう。ゴードンさん」
この人の名前はもう決して忘れない。ゴードンさんといい村長といい、この村はいい人が多すぎる。えっと……村長さんはなんて名前だったかな……。
トマスさんの所へゴブリンの皮を持っていく。
「すいません。倒したゴブリンの皮を買い取ってはいただけないでしょうか」
トマスさんはじっくりと皮を眺めた。
「そうですね。非常に丁寧に処理されていますし、銅貨七十五枚でいかかでしょうか」
高いのか安いのかわからないから、俺はそれで頷くしかない。高いのだとしたら、それはゴードンさんのおかげだ。村を出るときにゴードンさんにもいくらか渡さないとな。
「それでかまいません」
これで俺の手持ちは銅貨百三十八枚だ。旅に必要な物を探して商品を見る。やはり貧しい村だとわかっているのだろう。高価な嗜好品などはほとんどなく、生活用品ばかりだった。
「これでは赤字でしょう?」
「いえいえ、少しは儲けさせていただいておりますよ」
トマスさんは私の言葉を即座に否定した。嘘かもしれないが……。旅でくたびれているとはいえ仕立てのいい服を着て、そのうえ太っている。生活に余裕がなければ無理だ。儲かっているのは間違いない。ガザリムで儲かっているからこそ、ボランティアのようなこんな商売を続けていけるのかもしれないな。
その後もいろいろと商品を見て回ったが、特に買わなければいけないものは見つからなかった。
軽く会釈をしてその場を離れる。冷やかしのようになってしまった。小物でいいからなにか買えばよかった。今更戻ってなにか買うのも違う気がするので、そのままその場を離れた。夜までまだ時間はある。剣の稽古にしよう。
夕食はとても楽しかった。村長の家族。トマスさん。トマスさんの御付のソールさん。そして俺。七人でテーブルを囲んだ。七人で囲むにはとても狭かったがまったく気にならなかった。話術に長けたトマスさんの話は、すべて面白かった。村長の子供達もトマスさんの話に目を輝かせていた。さすがは商人といったところか。話術スキルLv40って感じだ。そんなスキルが実際にあるのかはしらないが。
ソールさんは闘士Lv28ということだった。闘士とは、主に素手で戦うミドルクラスらしい。やはりトマスさんが村を回る際、護衛として付いて来ているということだった。今はトマスさんに雇われているが、元は探索者だったという。元探索者同士、村長と楽しげに酒を飲みながら過去の話をしていた。俺が探索者になりたいという話を聞くと、村長と共に探索者についての心構えなどを聞かせてくれた。
俺がガザリムへと同行することは簡単に了承を得られた。トマスさんは『ゴブリンを倒せる人が同行してくれるとは心強い』とまで言ってくれた。ソールさんもそれに頷いていた。闘士Lv28なのだし、ゴブリンなどソールさんならあっさりと殺せるだろう。俺がいてもいなくても、そう変わらないと思う。お世辞なのだろうがそんな悪い気はしなかった。トマスさんとソールさんの人柄なのかもしれない。
俺の門出の席だと、夜遅くまで続いた。こんな村では酒も貴重だ。灯り代も馬鹿にならない。恐縮する俺だったが『こんなときでもないと酒を飲んで騒げないからな』と村長は楽しげに言っていた。
朝、目が覚めると村長の家だった。テーブルに突っ伏す用に寝ていた。あの後ずっと酒を飲まされた。身体能力が上がっていることが原因なのか二日酔いにはならなかった。アルコール度数が低かったこともあるのだろう。
「起きたか。午前中には出発するそうだ。用意してこい」
俺が起きたのが最後だったのだろう。村長が声をかけてくる。
「すいませんありがとうございます」
外に出る。日はそう高くはない。いつもより遅いが、寝過ごしたというほどでもなく少し安心した。外ではトマスさんとソールさんがもう出発の準備をしていた。
「すみません。すぐに準備します」
「待ちますので、そう慌てる必要はないですよ」
トマスさんはそう言ってくれたが、待たせるわけにはいかない。自宅へと駆け出す。戦士クラスというのはすごいものだ。自宅まで全速力で走っても息切れなどしなかった。
家へと駆け込み、準備をする。といっても必要なものはそうないし、旅支度は済ませてある。纏めた荷物を取るだけだ。頭陀袋と村長から貰った剣を手に取り、家を出る。
この家に住んだのは一ヶ月程度だったが、すこし寂しい気持ちになった。初めてきたのがこの村でよかったな。心からそう思えた。
畑仕事に精を出すゴードンさんに、無理やりに近い形で三十枚だけだが銅貨を押し付けた。これで準備は終わりだ。
村はずれで俺を待っているトマスさん達へと向かう。
「はやかったですね。それでは行きますか」
俺はソールさんと荷台に乗ることになった。魔物や盗賊に襲われた際そのほうが都合がいいのだという。
「いつでも戻ってこい」
村長はそう言って手を振った。村に目をやれば皆、仕事の手を休めこちらに手を振っていた。それに答えるように俺も大きく手を振る。ゴードンさんもこちらに手を振っていた。
「行って来ます」
手を振りながら大声で挨拶をした。狭いとはいえ届いたかはわからないが、気持ちは伝わったはずだ。俺は村を後にする。迷宮都市ガザリム楽しみだ。
後で考えれば、あの村人達は俺じゃなくトマスさん達に手を振っていたのかもしれない。顔が赤くなったのは内緒だ。ゴードンさんは俺に手を振ってくれていたはずだから……たぶん……。