第十三話 ミドルクラス
「最後の攻撃はなぜ阻まれずにイヴィルアイに届いたのでしょうか?」
シグムンドさんと共に、いつもより少し早い夕食をとっていた。
「ん、気合……」
シグムンドさんは食べる手を止め、それだけ言うとまた肉をほおばった。失ったカロリーを取り戻すように、食事を次々に体へと詰め込んでいく。これは食事が終わるまでまともな返答は期待できそうにないな。
「通常イヴィルアイは……」
俺の五倍は食べただろうか? 長い食事を終え、シグムンドさんは話し始めた。
「物理無効、魔法無効の障壁に守られている」
それは……。倒しようが……いや、現にシグムンドさんは倒している……。
「では何故?」
「それはあれだ。あの光線を出している間はその障壁に穴が開くからだ。あの眼球の前方部分は、その間だけ無防備になる」
なるほど。だからシグムンドさんはわざわざあの光の中を突っ切ったのか。そもそもあの光は全てを分解するという話じゃなかったか?
「あの光線を浴びても平気だったのは……?」
「それは槍に気を纏わせていたからだ」
気……。なんというか……こう言ってはなんだが、魔法以上に胡散臭く感じる。
「気とは魔法と原理は同じようなものだ。魔法は魔素を集め、それを火や風といった形にして放出する」
シビルが頷いている。
「気とは体内の魔素を集めるような感覚だな。レベルがあがれば自然と魔素の蓄積量も増える。それを体や武器に気という形で纏わせるんだ。この気を扱えるようになると『闘気術』というスキルが発現する」
そこで酒を一口飲んだ。俺はさすがに今日は酒は控えていた。
「お前達もそろそろいいだろう。全員ミドルクラスにあがったら教えてやるよ。それまでに片付いてくれればいいんだが……」
シグムンドさんは酒の入ったグラスを一気に呷った。
今日は八階層。迷宮が活性化する前、俺達が攻略していた階層だ。
「お前達デスナイトに勝ったんだよな?」
そういえば八階層はデスナイトに出会った場所だ。あれから、なんだか大変なことになっている……。
「ええ。なんとか……って感じですが」
「ならちょうどいい。デスナイトにしよう」
デスナイトか……。確かにゾンビとは違う、感じた覚えのある気配がある気がする。
デスナイトのいる小部屋へと向かいながら、途中に現れるゾンビを倒していく。以前八階層を進んでいた時も、何も問題はなかった。あれから俺達のレベルもずいぶんとあがっている。かなりの余裕を持って対処できた。
部屋の中のデスナイトはあの時と同じように三体だった。
「好きに戦ってみろ」
シグムンドさんのその言葉にいつも通りの作戦で行くことにした。シビルの前に立ち、壁を作る。
『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ!』
シビルは正式な長い詠唱を選んだ。前回、シビルの魔法はデスナイトにあまり効かなかった。かなり気合を入れたのだろう。多くの魔素がシビルに集まっている。
『其は杖。其は鳥。其は炎……也! ……ファイアブラスト』
大きな、とても大きな炎が生まれる。シビルがここまで大きな炎を生み出したのを初めて見た。それは一直線に部屋へと向かっていく。速度も速い。
『……爆ぜろ』
その言葉が発せられた瞬間、炎が溢れた。小部屋で縦横無尽に炎が舞う。部屋とはかなりの距離があるというのに熱波が押し寄せてきた。シビルさん……いくらなんでも……これはやりすぎでしょう……。
炎はすぐに消え去った。もちろんデスナイトの気配など欠片もない……。念のため部屋を見に行くが、魔石さえ残っていない。それを見て、シビルは申し訳なさそうにしていた。
「ちょっと頑張りすぎた……かな……?」
ちょっとどころではない。
「成長していることが実感できただろ。次回からはもう少し威力を落とせ。さすがにやりすぎだ」
「はい……」
シグムンドさんの言葉にシビルは顔を伏せた。落ち込んでいるのだろう。ミスは誰にでも起こり得るし、これを生かして次頑張ればいい……。すこし、慰めたほうがいいだろうか?
俺が口を開こうとしたその時、シビルは顔を上げた。その顔には何故か笑みが浮かんでいた。
「クラスに魔術師が追加されてました!」
顔を伏せたのは、ただステータスを見ていただけかよ! せっかく慰めようと……。だが、めでたい事はめでたい。
「おめでとう!」
俺もステータスを眺めるが、やはりまだ剣士は現れていない。シビルにまで先を越されるとは……。
「それじゃあ次はレックスとエリナだな。エリナはクラスを変更したばかりだし、レックス二体、エリナ一体だ。エリナはレックスが終わるまで受けきれ。シビルは見学」
部屋に現れたのは、またもデスナイトが三体。
エリナに先行してデスナイトへと向かう。そんな俺に向かい三体のデスナイトが向かって来た。すぐ後ろを走っていたエリナが、速度を上げ俺から一番離れていたデスナイトへ向かう。
以前と状況は同じ。ただ俺のレベルも上がり、エリナを気にする必要もない。二体のデスナイトから同時に剣が振り下ろされる。左右に持った剣でそれぞれを受け止めた。
前回はデスナイトの剣を受けるのに両腕でやっとといった感じだったが……。片腕でも余裕を持って受けきれる。成長を感じた。両腕に力を込め剣を跳ね上げ弾き返す。返す刀でデスナイトの首を切断した。左右で一体ずつ。それで終わりだ。やはり俺はアンデッドと相性がいい。浄化スキルのありがたみがよくわかった。
すぐにエリナのもとへと向かう。エリナは余裕を持ってデスナイトの剣を受けているが、効果的なダメージを与えることができてはいない。
「任せろ!」
俺の言葉に、エリナが盾でデスナイトを弾いた。と同時に身を伏せる。そのエリナを越えるようにして、デスナイトへ飛び込んだ。エリナによって、体勢を崩されたデスナイトの胸に剣を突きたてる。
ただそれだけでデスナイトが光となって消えていく。……振り返りエリナに手を差し出す。エリナは俺の手を握るとぐいっと引っ張るようにして立ち上がった。
「ばっちりでしたね!」
エリナが俺に微笑みかけてきた。確かにエリナとの連携は完璧だった。あまり言葉を交わさずとも、相手がどうしたいのか。この状況ならどうすべきかといったことが、わかるようになっていた。
「はい!」
魔石を回収し部屋をでる。……おっ! ステータスを確認するとクラスに剣士が追加されていた。そろそろだろうとは思っていた。戦闘の度に確認しておいてよかった。
……というか剣士以外にも、膨大な数のミドルクラスが追加されていた。これは……。万職の担い手のレベルが5に上がっていた。あれほど頑なに上がろうとはしなかったというのに……。
万職の担い手Lv5 : スキルに依存せず基本、ミドルクラスに限りクラスを選択可能。複合クラスは選択不可。クラス効果、経験値に小補正。パーティメンバーに対し、クラス効果、経験値に小補正。
そういえば以前レベルが上がったときもエリナとパーティを組んでからだったな。パーティを組んだから、レベルが上がったのかもしれない。そのときの効果は『パーティメンバーに対し、クラス効果に小補正』だったからな。
今回も同じように俺がミドルクラスを獲得したから、万職の担い手のレベルがあがったのかもしれない。とりあえず、複合クラスは不可ということだが、様々なミドルクラスを選ぶことができるのはありがたい。ミドルクラスのほうが基礎クラスよりも、スキルの成長へかかる補正も大きい。……これで俺のゴブリンリーダを使った低レベルクラスのレベリングはほとんど無駄になってしまった……。まぁいい。僧侶のレベルを上げていた事は役に立った。
「俺にもミドルクラスが選択できるようになりました!」
「やったな」「おめでとう!」「おめでとうございます!」
喜びが溢れた。皆、心から祝福してくれていた。とりあえず剣士に設定してから体を動かしてみる。戦士であったときよりも剣が重いか……。それに体のキレが悪い。だが、この程度なら問題は感じない。クラスを商人にしたときのほうがよっぽど変化が大きかった。
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 剣士Lv1
スキル : 万職の担い手Lv5、剣術Lv15、双剣術Lv12、気配察知Lv13、身躱しLv10、気配消失Lv9、浄化Lv6、祈りLv2
現在の俺のステータスはこんな感じだった。そろそろスキルを整理してもいいかもしれない。
「これで三人共ミドルクラスになったわけだ。こうもいっぺんだと、普通ならクラスを変更した時点で数階層戻り体を慣らすんだが……。デスナイトでも余裕があったしな。この階層でいいだろう。よしそれじゃあ、行ってこい!」
部屋に現れたのはオークが八体。クラス変更したばかりの俺をダンジョンが気遣ってくれたかのようだ。そんなはずはないがデスナイトよりは随分と弱い。
エリナ、シビルと目線を交わす。それだけで意思が通じ合う。頷き、部屋へと走る。シビルが詠唱を始めた。俺達がオークに到達する前に、シビルの魔法が発動する。威力よりも速さを重視した魔法だ。
部屋で風が吹き荒れるが、俺達が部屋へと入る頃には治まっていた。タイミングもばっちりだ。速さを重視した為か、死んだオークは少なく二体だけ。だが、残りの六体も体に多くの傷を負い、動きはより緩慢だった。左右の剣を使い次々にオークの首を切り落としていく。生臭いオークの臭いが鼻についた。それだけ余裕があるということだろう。
その後、体を慣らすように何度も戦闘を繰り返した。ミドルクラスは基礎クラスと違い、ずいぶんとレベルが上がりにくい。今日は剣士がレベル3になった所で終わりになった。戦士のときのような体のキレはまだ戻っていない。
ギルドで精算すると金貨五百枚近くになった。シグムンドさんと俺達パーティで均等に分ける。それを三人で分けても金貨八十枚と少し。娼館四回分にもなる。そういえば……そろそろ娼館にも顔を出したい。この件が片付いたらトマスさんソールさんを誘って娼館に行こう。
ギルドで精算を終えた後はいつものように皆で食事だ。最近シグムンドさんのよく行く店で毎日のように飲み食いしている。さすがはランク2といったところで、料金も高いが食事もうまかった。終わった後、普通の店で満足できるか不安だ。
「明日は闘気術を教えようと思う。九階層に進んでもいいが、デスナイトもいるし八階層でいいだろう」
闘気術。それだけではないのだろうが、シグムンドさんや高ランク探索者の強さの一端を担うスキル。
「どうしてデスナイトがでるといいんですか?」
エリナが疑問を口にした。
「ああ。デスナイトに有効な攻撃を与えられなかっただろう。レックスは別だが。闘気術を使えばアンデッドやスライムといった魔物にも有効だからな。明日、レックスは浄化スキルは封印な」
「私もやるんですか?」
シビルは魔術師だ。確かに闘気術を学ぶ必要はなさそうだった。
「ああ。闘気術は身体能力の底上げにも使えるからな。……それに俺は使えないが、魔法に乗せることで威力をあげることもできるらしい」
なかなか奥が深いスキルのようだった。俺達が話していた所にテオドラさん達ランク0探索者の皆さんがが顔を出した。その顔には疲れが見て取れる。
「お疲れ様です」
店員に椅子を持ってきてもらい全員で食卓を囲む。装備などは一切汚れていないのだが、くたびれた様子だった。
「それでどんな感じだ?」
全員が席に着いたのを確認してシグムンドさんが聞く。
「ああ。なかなかね……」
詳しく聞くと、この二日で十六階層から三十階層の探索を終えたということだった。さすがはランク0だ。探索ペースが尋常ではない。
「ちょっと手間取ってて……。本当は四十階層までは行きたかったんだけどね……」
テオドラさんは疲れを隠しもせず、酒が来るなり一気に呷る。その様子に少し心配になった。
「まあ心配するなって! 大丈夫だから。明日……いや、明後日には片付けてやるからさ!」
俺達の表情を見て取り、テオドラさんは努めて明るくそう言った。
「それでレックス今夜どうかな?」




