第十二話 イヴィルアイ
朝いつものようにギルドに入ると、テオドラさんとシグムンドさんが話しているのが目に留まった。回りにはギヨームさん達もいる。
「おはようございます」
そう声をかけるが、シグムンドさん達は軽く手をあげただけだった。その表情はどこか険しい……。
「どうかされました?」
シビルが気軽にシグムンドさん達に問いかけた。シビル怖い。この重い雰囲気を感じていないはずはないのだが……。その勇気見習いたい。
話は終わったのか、俺達のほうへとシグムンドさんがやってきた。
「二十一階層以降に潜っていたギルドランク1のパーティと連絡がつかないらしい……。ギルドから調査クエストが出ていたらしいから、迷宮にこもり続けているということはないだろう。それ以外にも幾つかのパーティが迷宮から戻っていないようだ……」
迷宮とは確かに危険な場所だが、パーティが全滅する事は稀だ。いくつもの階層に区切られランクが設定されているのも、実力が伴なわない者の死を減らすという意味合いもある。
現在の状況に置いても、普段とは違うとはいえ充分に安全を確保していた。ギルドランク1ということは、普段は三十一階層以降を潜っているということだ。それが二十一階層に入っていたというのだから、十階層程度下の魔物が現れたとしても問題なく対処できたはずだ。それが戻ってこない……。ランク1の探索者が転移する暇すらなかった……。表情が曇っているのも当然だった。
「それでは迷宮は封鎖ですか?」
「いや、封鎖して魔物が溢れ出しても困るからな。行方不明のパーティが出たのは二十一階層以降。念のため十六階層以降を封鎖し、それより下層をテオドラ達が探索することになったらしい」
テオドラさん達を見る。皆その表情は冴えないが、目には力があった。テオドラさんと目が合う。にやりと笑いこちらに手を振ってきた。慌てて頭を下げる。この人達が負けるとは思えないが……。不安がないとは言えない。シグムンドさんに目を戻す。
「それで今日は俺達は……」
「予定通り七階層を探索するつもりだったが、お前達が不安なら休んでもいいぞ?」
ランク1探索者が行方不明なのだ。これからダンジョンに入る探索者は少なくなるかもしれない。そうなれば魔物が溢れ出す可能性が高まる。……俺の気持ちは固まっていたが、一人で決められることではない。振り返りエリナとシビルを見る。瞳を見ただけでどうしたいかはわかった。
「七階層に潜りたいと思います」
シグムンドさんは俺達の言葉に笑顔になる。
「お前達ならそう言うと思っていたがな。それじゃあ行くか!」
そう言うとシグムンドさんはテオドラさん達に軽く手を振った。テオドラさん、シャリスさん、ギヨームさん、パブロさん……。一人一人に頭を下げる。お気をつけて。どうかご無事で……。
十六階層以降が封鎖されたが、六階層に着いてみれば、昨日と同じか……もしくは多いくらいの探索者がすでに潜っているのが気配でわかった。俺の心配は杞憂だったようだ。
「多いですね」
「ああ。皆好きなんだよ。ガザリムが」
魔物が溢れ出したら……たとえ低階層の魔物だろうと、多くの被害がでるだろう。そんな事が起こらないよう多くの探索者が迷宮に潜っている。俺達と同じように……。
六階層では部屋などにはよらずに一直線に七階層を目指した。通路でも魔物と出会ったが、六階層に生み出される通常のスケルトンだった。俺の浄化スキルを使うまでもなく、シビルの魔法で片がついた。シグムンドさんのアドバイスもあってか、シビルの魔法も威力はそのままに随分と発動までの時間が短縮されている。レベルに表れない部分でも順調に成長しているのが実感できた。
七階層へと入る。どこか感じたことがあるような気配と、いままでに感じた事のない気配。それに多くの探索者。まだまだシグムンドさんのように明確に感じ分けられるわけではない。
「一応お前達が戦っていない魔物にするか。まずはオークにしよう」
オークがいる部屋へと向かいながら、オークについて説明を受ける。十四階層の魔物で、ゴブリンを大きくしたような外見だという。豚のような外見を想像していたがどうやら違ったらしい。その力は強く、まともに当たれば今の俺ではどうしようもないということだった。だが、それもあたればの話だ。オークの得物は巨大な斧で、オークの力を持ってしてもまともに振れないということだった。なぜそんな武器を選んだのか……? 疑問はあるが、そもそも武器すらダンジョンが生み出しているのだ。オークに選ぶ自由はない。
いつものように部屋の近くに来るとシグムンドさんは壁に背を預ける。
「十四階層。リザードマンの次の階層だな。数は多いが今のお前達なら余裕がある。シビルは二体は残せ。レックスとエリナ一体ずつな」
頷き部屋へと向かう。シビルはその場で、もうすでに呪文の詠唱を始めている。
「エリナ。部屋の前で待機。シビルの魔法が収まってから突っ込みます」
「はい!」
エリナとこれからの連携を確認し、部屋の前で壁を作った。オークがそんな俺達へと向かって来る。オークは確かにゴブリンを大きくしたような姿だった。その大きさはゴブリンジェネラルよりも大きいだろう。ゴブリンとの大きな違いは、下あごから大きく突き出た牙だ。その牙はオークの獰猛さを象徴しているようだった。
オークが俺達に辿り着く前に、シビルの魔法が発動した。ウィンドブラストだろう。
その風の塊は、こちらを目指し近づいてきていた先頭のオークの胸に当たり吹き飛ばした。その風の刃はオークを吹き飛ばしながら、強靭そうな大胸筋をいとも容易くずたずたに切り裂いていく。胸肉のミンチ……。それだけで、そのオークの気配が消える。
風の刃は別たれ、部屋の中を縦横無尽に駆け巡る。その刃に引き裂かれオークが次々と死んでいく。残されたオークはシグムンドさんが言った通り二体。だが、その二体も無傷ではない。
「行きます!」
風が治まるか治まらないかというタイミングで、俺に先行して部屋へと駆け込むエリナ。残されたもう一体のオークへ向かう。オークの動きは緩慢だ。それは傷のせいでもあり、重そうな大きな斧のせいでもある。
斧を振り上げようとするオークの腕に向かい剣を一閃。俺の剣は一切の抵抗を感じずに、二の腕から下を切り落とす。落ちる腕を躱しながら、オークの胸へと左の剣を突きたてる。
やはり弱い。動きも遅くなんら問題なかったな。これが十四階層の魔物か……。エリナも、もうすでに倒したようでオークの気配は消えていた。ガーゴイルと何戦もさせられたのだ。今更オークに負けるはずもない。収集品である下あごから突き出た二本の牙を抜き取り部屋を出る。
「問題ないな。お前達も自分の成長がよくわかったと思う」
頷く。
「お前達の実力はもうすでにランク4程度はあるだろう。ソロでも無理をしなければ十五階層を突破できる。だが、迷宮では魔物だけが敵となるわけではない。力を過信するなよ」
「はい!」
「それじゃあ少し休憩を取って次だな……」
その場に腰を下ろし体を休める。
「あっ……」
唐突にエリナが声をあげた。何事かと一斉にエリナを見る。
「クラスに騎士が追加されています!」
そう言うエリナのその顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「おめでとう!」
口々にエリナへと祝福の言葉を投げ掛ける。
「ありがとうございます!」
「クラスを変更したときは気をつけろよ。いくらミドルクラスでも、レベルは1だ。すぐに追い抜くだろうが、剣士でいた頃よりも体への補正が下がっているはずだからな」
シグムンドさんの言葉にエリナが表情を引き締めた。立ち上がり、盾を構え剣を抜く。盾を突き出したり、剣を振ったりと体の調子を確かめ始めた。
俺もステータスを確認してみるものの、まだミドルクラスは表れていない。いくら成長しやすいギフトスキルがあるとはいえ、俺自身にはエリナほどの才能はないようだ。
シビルに目をやる。シビルもまだのようで少し複雑な表情だった。エリナの事を喜びながらも、置いて行かれた悔しさのようなものが見て取れた。
エリナの型を見ていると、急にシグムンドさんが壁から背を離した。
「どうしました?」
「強力な魔物の気配だ……。下から上がって来たか……」
その言葉に立ち上がる。エリナとシビルは不安げだった。
「お前達はすぐに迷宮から……。いや、これもいい機会だ。迷宮下層の魔物がどんなものか見てみてもいいだろう。向かうぞ。お前達もついて来い」
そう言うと、すぐにシグムンドさんは走り始めた。その速度は速く、ついていくのが精一杯だった。シグムンドさんにとってはどうということはないスピードのようで、走りながらその魔物について軽く説明をしてくれる。だが俺達は走るのに精一杯で聞き取る余裕はなかった。
シビルが遅れ始めた。魔法使いにはつらいだろう。シビルにあわせるようにシグムンドさんは少し走る速度を落とした。それほど切羽詰った状況というわけでもないらしい。そこでやっと説明を聞く余裕ができた。
表れた魔物は三十階層のイヴィルアイという魔物。三十階層……つまりシグムンドさんが普段探索をしているであろうランク2の階層だ。その姿は、触手の生えた大きな眼球だということだった。その大きな目から光線を放つ。その光は全ての物を分解し跡形もなく消し去るらしい。怖すぎるだろ……。
かなりの間走り続けていた。シグムンドさんには少し離されていた。途中に表れた魔物はシグムンドさんの槍の一撃で片が付いた。その間シグムンドさんは一度も立ち止まるという事をしなかった。
そろそろ階段付近のはずだ。急にシグムンドさんが立ち止まった。イヴィルアイだと思われる気配まではまだ遠い。百メートルはあるはずだ。
「このあたりが限界だ。ここから先には絶対に進むなよ。それじゃあ行って来る」
槍を構え飛び出していった。あいかわらず速い。いままでの速度がどれだけ俺達に合わせてゆっくりだったかがわかる。
通路の先にはイヴィルアイが見える。てっきり空を飛んでいるのだと思ったが、触手で体を支えていた。その動きはそれほど速くはない。
シグムンドさんはあっという間にイヴィルアイに近づく。イヴィルアイが光線を出す暇すらあたえなかった。その大きな目に向かい槍を突き出す。
今までどんな魔物をも貫いてきたシグムンドさんの槍が、イヴィルアイには弾かれた。弾き上げられた槍の勢いに逆らわず、槍を一回転させると再び突きを放つ。が、またも防がれる。
シグムンドさんへ四方八方から触手が突き出されるが、それを全て避け何事もなかったかのように槍を振るう。その槍の振りで何本もの触手が切られ地面へと転がる。
「すごいですね……」
「うん……」
俺は言葉を発することができなかった。ただ黙ってシグムンドさんの動きを見る。一挙手一投足を見逃すまいと……。これがシグムンドさんの本気の戦い……。
触手は本体から切り離されたというのに地面で蠢いている。気持ちが悪い。シグムンドさんがイヴィルアイから大きく距離を取り、手を大きく後ろに引いた。
イヴィルアイのその眼球が大きく光る。シグムンドさんに向かい光線が放たれた。
「あっ」
エリナとシビルが小さく声をあげた。シグムンドさんは光線など気にすることなく槍を突き出し、イヴィルアイへと突っ込んでいく。
シグムンドさんの槍が……光を引き裂いていく。その浴びた物を全て分解するという光を。
槍が光の中を進み、イヴィルアイへと到達した。槍は先程までの事が嘘のようにあっさりとイヴィルアイを貫いた。光が徐々に弱まっていく。大きな眼球が地面へと落ちた。イヴィルアイの気配が消える。
「終わったみたいだ。行こう……」
二人を促し、シグムンドさんへと近づいていく。回りに魔物の気配はない。近づくにつれその魔物の異様さが目立つ。シグムンドさんがこちらを見た。
「お疲れ様です」
シグムンドさんに一声かけ、地面に転がるイヴィルアイの死骸を眺める。禍々しいという表現が相応しい。その得体の知れない物はこれまでの魔物とはまったく違っている。生理的嫌悪感……。これはこの世に存在していてはいけないものだ……。一刻も早く消さなければ……。何故かはわからないが、そんな焦燥のような思いにかられる。
「すまないが今日の迷宮探索はこれで終わりにしよう。さすがに疲れた……」
シグムンドさんには確かに疲労が色濃く見て取れた。シグムンドさんは大きな眼球を切り裂き中から硬いガラスのような物を取り出した。それとは別に切り離した触手の一本も拾い上げる。どうやらそれらがイヴィルアイの収集箇所らしい。拾い上げた触手は他の触手と違い先端に目が付いている。
ダンジョンを出てギルドに報告に戻る。もしシグムンドさんがいなければ、七階層でも多くの被害が出たかもしれない。事態はより深刻になっているようだ……。




