第十一話 斬石
「そうかそうか。あたしの勘違いだったか! まあシグムンドにとっては、臨時でもパーティを組む事はいいことさ!」
そう言いながらテオドラさんがシグムンドさんの背中をバシバシと平手で叩いている。テオドラさんというのはギルドで出会ったあの大柄な女性の名前だ。
あの後、シグムンドさんがランク0の探索者パーティと飲むという流れになり誘われた。旧友との再会を邪魔するようで断ったのだが、テオドラさんがやたらと乗り気で強引に連れて来られた形だ。あまりにも強引でバッチョさんに剣を預ける暇さえなかった。トイレに行く振りをして、なんとか抜け出し剣だけは預けたが……。
最初はランク0探索者という肩書きに圧倒され、俺達三人は硬くなっていた。だが、そんな俺達にも気さくに話しかけてくれ、次第にその場の雰囲気も柔らくなる。そのうち、ごく自然に話が出来るようになっていた。
ランク0の探索者はテオドラさん、シャリスさん、ギヨームさん、パブロさんという女二人男二人のパーティで、テオドラさんから順に魔術剣士、ヴァルキュリヤ、侍、賢者というクラスだった。
エリナはシャリスさんと熱心に話していた。シャリスさんのヴァルキュリヤというクラスは、女性騎士系ハイクラスだ。参考にしたいのだろう。色々と質問を投げ掛けている。シャリスさんは穏やかに答えていた。シャリスさんの物腰は柔らかく、エリナとどことなく似ている。
シビルもエリナと同じようにパブロさんと話していた。パブロさんは賢者というクラスに相応しく、常に冷静だった。パブロさんはこの中でもっとも年齢も高く、そのことも関係しているのかもしれない。淡々とシビルの話を聞いている。シビルの話を聞き、ときどき口を開くのだが、その声の渋さといったら……。こういう歳のとり方をしたいと思わせるナイスミドルだった。
ギヨームさんは話しに加わることなく、グラスを傾け続けていた。ギヨームさんは獣人で、時折その頭の上の犬耳がぴくぴくと動くのだが、そういうときは大抵テオドラさんがシグムンドさんをからかった時だ。そのときには静かな笑みも浮かべていた。この場が退屈というわけでもないらしい。侍ということでその腰には刀が提げられている。機会があれば見せてもらいたいところだ。刀は日本に生まれた男の子の浪漫だからな!
テオドラさんはと言えば……。
「シグムンドも昔はすごく可愛かったんだぞ! レックスっていったっけ? お前みたいにな! それが、こんな厳つくなりやがって……。レックス! お前はそのままでいろよ」
そんな無茶な事を俺に言っている。こんな調子でシグムンドさんと俺を相手に一方的に喋り続けていた。
「ああ、シグムンドがこんなことになる前に喰っちまえばよかった……」
なにかとんでもない発言が聞こえた……。
「お前も気をつけろ……」
ギヨームさんが俺に向かって、ぼそりと小声で忠告してくれた。そういう趣味の人か……。確かにテオドラさんの俺を見る目つきはときどき怪しかった。レックスは十五だ。そういった人の守備範囲からは、少し外れると思うのだが、このあたりの年齢がいい人もいるのだろうか?
いつの間にかテオドラさんが俺を熱っぽい目で見つめていた。
「それで、どうかな今夜?」
直球で誘われた!
「いえ、そういうことはもう少しお互いを知ってからで……」
「深く知ったらそんなこと出来なくなるだろ! こういうことは、ぱっと出会ってすぐするもんだよ!」
そういうものだろうか……。……。確かに娼館の女性の事情を知ってしまえば、軽々しくできない気もする。金の為なのだろうが、何故体を売ってまで大金を稼がなければいけないのか? 弟が重い病で、その薬代に莫大な金がいるとか言われたら……。もしそんな事情があるのだったら……。もう軽々しく娼館に行けない……。いや! そうじゃない! 俺がもっと娼館に行って彼女達に稼いでもらおう! それが俺が彼女達にできる唯一の事だ……。よし娼館に通うべきだ!
それで、何の話だったか……?
「ずるずると先延ばしにしていたら、シグムンドはこんなになっちまうだろ? それともあれか? こんな年寄りは嫌だっていうのか!?」
酒も進みテオドラさんは随分と酔っているようだ。
「いえ、そんなことは決してありませんが……」
テオドラさんはやたらと身長が大きな事を除けば、綺麗な人だ。長く赤い髪に琥珀色の印象的な瞳。整った顔をしている。胸も尻も、その身長に見合うかのように大きい。それでいて、その他の部分には余計な肉が付いていないのだ。三十代半ばらしいが、高レベル探索者ということもあり、その肉体は若く二十代にしか見えない。許容範囲というか、こういう形で知り合わなければ、是非こちらからお願いしたいくらいだった。
「じゃあ何があるっていうんだ!?」
絡み酒か……。他のランク0の探索者の方々は落ち着いた人ばかりなのに、この人だけ浮いている。だが、仲が悪いといった雰囲気でもない。パーティのムードメーカなのかもしれない。
「まぁ飲んでくれよ」
困った俺の様子を見かねてか、シグムンドさんがテオドラさんのグラスになみなみと酒を注ぐ。テオドラさんはグラスを一気に傾け飲み干した。飲み干すと、すぐに机に突っ伏した。眠り込んでしまったようだ。
「それでどんな感じなんだ?」
テオドラさんが静かになったのを確認して、シグムンドさんはギヨームさんに話を振った。
「ああ、まだ着いたばかりでわからんが……。厳しそうだ……」
「そうか……」
二人の会話はそれで終わりだった。
「ギヨームさん。その刀を見せていただけませんか?」
俺をちらりと見ると無言で腰から刀を外し、鞘ごとぐっと差し出してきた。黙って受け取る。ずっしりとした重みが手にかかる。
「抜いてみてもかまいませんか?」
無言で頷くギヨームさん。
柄を持ちゆっくりと抜いていく。さすがに店の中で抜刀はまずい……少しだけ抜き刀身を見る。刀身は光り輝いていた。その刃紋は直刃だ。美しい……。
「材質はなんなんですか?」
「……鋼だな」
鋼か。ごく普通の刀だ。ランク0ともなれば、とんでもない武器を持っているのかと思ったが……。ヒヒイロカネで出来ているとか。鞘に仕舞いギヨームさんに返す。
「そういえばシグムンドさんが、そろそろ俺にも石を斬れると言われたのですがどうも……」
この人は斬るということに特化した侍だ。シグムンドさんは俺の言葉に何も言わず、黙って酒を飲んでいる。
「……お前はゴブリンを斬れるか?」
ギヨームさんが妙な事を聞いてきた。ゴブリンなどはもう余裕を持って両断できる。黙って頷いた。
「石が斬れないなら、それは幻想だ……」
ギヨームさんはそれ以上何も言わなかった。シグムンドさんはその答えに笑っていた。その後は特に会話もなく黙々と酒を飲んでいく。俺も二人と同じように黙ってグラスを傾けるが、二人のように様にはなっていないだろう。
「ありがとうございました!」
エリナ、シビルと共に頭を下げる。ギヨームさんは大きなテオドラさんを軽々と背負い宿へと帰っていった。シャリスさんもパブロさんも手伝わなかった。ギヨームさんの役目のようだ。その後姿を見送る。シグムンドさんともその場で別れた。
「楽しかったね!」
「はい。いろいろと参考になりました」
俺がテオドラさんに絡まれている間に、二人は随分と有意義な時間を過ごせたようだった。
頭が痛い……。二日酔いだ。昨日は周りのペースに合わせていたからな。飲みすぎた……。とりあえず起きてすぐ祈りスキルを使ってみたが、頭痛は解消されなかった。神様もこんなことに力を使われたくないってことだろう。
二人は俺の事をすごく心配してくれたが、シグムンドさんは「探索者には付き物だ」と笑っていた。俺以上に飲んでいたはずなのに、シグムンドさんは平気な顔をしている。剣を受け取りに行ったときなど、あのバッチョさんですら心配してくれたというのに。
今日からは六階層に潜る。シグムンドさんがそう決めた。六階層以降だが、生み出されるのは最高でもランク3程度の魔物。それならシグムンドさん一人でどうにでもなる。不確定要素としては、下から昇ってきているかもしれない魔物だが、シグムンドさんなら事前にわかるということだった。いざとなればフラグメントで逃げればいい。
頭の痛みに襲われながら、六階層へと転移する。その浮遊感は、いつも以上に気持ちが悪い。体がふらつく。まだ酔いが醒めきっていないのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
エリナが声をかけてくれるが、態度で大丈夫だと表す。口を開くと言葉以外のものが胃からでそうだったのだ。
「放って置け。レックスの自業自得だ」
シグムンドさんはあたりの気配を探りながら、ばっさりと切る。
「今日は迷宮の探索はやめて置いたほうがいいんじゃ?」
シビルがそんな提案をした。
「確かに普段なら体調が悪いときに無理に迷宮に入るべきではない。だが迷宮内で体調を崩したら? 迷宮内で傷を負ったまま戦わなければならなくなったら? お前たちの状態なんて考えずに魔物は襲ってくる。いい機会だ。俺がいるからな。万全でない状態のときの戦闘を経験してみてもいいだろう」
確かにそうだな。いや、今回の事は俺があんなに飲まなければ済んだ話だが……。
……!
慌てて部屋の隅に移動すると、屈み込み胃の中の物を全て吐き出す。何度か吐くと、かなり楽になった。これならいけそうだ。布を取り出し口を拭う。吐しゃ物のことなら心配ない。そのうちダンジョンが吸収する。これも魔素が含まれているからだろうか? そういえば初めてゴブリンを倒したときも、大量に吐いたな……。懐かしい。もう魔物を殺したところで吐くなんてこともない。ゾンビの腐った肉をかき分けて魔石だって余裕で取り出せる。……余裕はいいすぎた。吐きそうにはなる。浄化スキルありがとう!
立ち上がり、三人の下へと向かう。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です!」
先頭を歩くシグムンドさんが立ち止まった。近くの気配は正反対の方向に二つ。どちらだろうか?
「右に行く。ガーゴイルだ。ちょうどいい」
そう言ってシグムンドさんは右の通路へと入っていく。俺はまだ気配だけで魔物を判別する事はできない。そのあたりに注意しながら気配を探ってはいるのだが……。
小部屋が見えてきた。部屋の中にいたのは、シグムンドさんが言った通りガーゴイルだった。二体。
「よし。それじゃあレックスで一体、エリナで一体だ。シビルは危なそうな方を援護してやれ」
頷き、小部屋のガーゴイルへと向かう。エリナが右、俺は左だ。
ガーゴイルが飛び上がる。だが問題ない。気にせずガーゴイルへと向かっていく。空中のガーゴイルに向かい、シビルの石弾が飛んだ。羽の部分も石で出来ているのだが、その羽は薄く作られており石弾は貫通した。ひび割れ羽を失い落下するガーゴイル。ガーゴイルはなんとか片方の羽で体勢を立て直し、地面にぶつかる事を避け、降り立つ。
降り立ったばかりのガーゴイルに向け、剣を振り上げながら突っ込んでいく。斬る! ガーゴイルに向かい思い切り剣を振り下ろした。だが、それは細かな石片を飛ばすのみ。これでは駄目だ。斬りつけたというより叩きつけただけになっている。その後も何度も剣を振るうが、一向に斬れる気配はない。
シグムンドさんは、剣筋を意識しろと言っていた……。ギヨームさんはゴブリンを斬っているのは幻想だとか言っていたか……。どういう意味だろうか?
ガーゴイルに向かい剣を振るいながら考えてみる。俺はゴブリンをどうやって斬っていただろうか? 意識した事はない。ただ剣を振るえば斬れていた。
……そういうことか。俺はゴブリンを斬っていたわけではないということだ。ただ力を込めて叩いていただけだ。そこに剣の鋭さがあっただけ……。ギヨームさんの刀はごく普通だった。それは得物を選ばないという事。
何度も斬るという事を意識しながら剣を振るう。意識したからといってそう簡単に斬れるものでもないか……。
だが、俺の剣は徐々に鋭さを増していき……ガーゴイルの残った羽を切断した。
そういうことか。石とは硬いものだと思い込んでいた。もちろんその通りなのだが、何も石も一つのものではない。石を形作る物質の間を通すイメージだ。
俺の頭に浮かんだイメージを大切に剣を振るう。ガーゴイルの腕が切断され地面へと落ちた。
その後は簡単だった。あれだけ苦戦したガーゴイルがいとも簡単に斬れていく。すぐにガーゴイルから気配は消えた。
切断面を見る。それは昨日シグムンドさんの斬った切断面に比べ、お世辞にも綺麗とはいいがたかった。だがそれでも、砕いたというよりは斬ったという表現のほうが相応しい断面だった。まだまだ、シグムンドさんは遠い彼方……。先ほどの俺のイメージだが、シグムンドさんやギヨームさんなら素粒子まで斬れそうで怖い。
エリナはまだガーゴイルと戦っている。エリナが戦っているガーゴイルへと向かう。
エリナはこちらをちらりと見たが、何も言わなかった。エリナが盾で押さえ込んでいるガーゴイルに向かい剣を振り下ろした。いとも容易く切断していく。
魔石を拾いシグムンドさんの下へと向かった。シビルは少し暇そうにしていた。
「よくやったな」
シグムンドさんは笑顔だ。なんとかなったか……。シグムンドさんがエリナに顔を向けた。
「エリナはまだまだだな」
「はい。私は騎士の道を行きヴァルキュリヤを目指そうと思います!」
どうやらエリナは道を選んだようだ。それで無理にガーゴイルを攻撃せず、俺を待っていたのか……。
「そうか。道を決めたか。それじゃあエリナが斬れる様になるまでガーゴイルと戦うからな」
シグムンドさんは笑顔だった。
「いえ、ですから私にはそれほど剣は必要ないので……」
それとは対照的に戸惑った表情のエリナ。
「使えないのと、使わないのではまったく違うからな。以前、盾を磨けといったが、剣も必要だとも言ったはずだ。何も全てを断ち切れるようになれってわけじゃない。これくらいはできて当然、当たり前というだけだ」
シグムンドさんの当たり前は随分と高いところにあるようだ……。
その後何度もガーゴイルを選んで戦わされた。最終的にエリナはガーゴイルを斬れるようになった。そうして今日の探索を終える。




