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第十話 保護者

 シグムンドさんと一緒にダンジョンに潜り始めて五日が経った。一日一階層ずつ、今日は五階層を潜っている。


 やはりシグムンドさんは凄まじい。俺達では歯が立たない魔物を一撃で仕留めていく。どんなに強力な魔物が現れても二撃目を必要としたことがないのだ。「そろそろいけるんじゃないか?」とシグムンドさんが一撃で仕留めた魔物と戦わされた事があったのだが、その体は異様に硬く剣では傷一つつかなかった。シビルの魔法に頼り、なんとか仕留めることができた。その魔物はガーゴイルという羽の生えた悪魔のような形をした石の彫像だった。デスナイトの二階層上、十九階層の魔物だというから、そりゃ強いはずだ……。


 俺達は皆レベルが低く、そんなふうに格上の相手と戦う事が多かった。シグムンドさんは的確に戦力を見極め、魔物の数を調整し俺達がなんとか倒せる状態へと持っていってくれる。どんなに強い魔物だろうと、シグムンドさんが壁に背を預けているのを見ると安心できた。壁に背を預けるというのは、お前達だけで充分倒せるというシグムンドさんの意思表示なのだと気が付いたからだ。


 保護者付きの安全なレベリングといった感じだが、過保護な部分は一切ない。本当に俺達でぎりぎり勝てるように調整してくるからだ。戦闘が終わると、毎回へとへとになりながらシグムンドさんの元へ向かいアドバイスを受ける。俺達を迎える時のシグムンドさんの笑顔といったら……。「このサディストが!」と叫び出したくなったことも一度や二度ではない。


 だが、その甲斐もあって俺達は全員クラスレベル、スキルレベル共に10を越え、ミドルクラスが見えてきていた。



「そろそろミドルクラスだけど、エリナは剣士だったっけ?」


 戦闘の合間、次の魔物が湧くまでの時間に短い休憩を取っていた。シビルとエリナはこの間にさらに打ち解けていた。シビルのエリナに対する態度は随分と気軽なものになっている。


「少し悩んでいるんです……」


 エリナはそんなシビルに対しても敬語は崩さない。生まれから来る物だろうか? 家族に対しても敬語だったからな。シビルはそんなエリナを気にした様子はない。


「剣士のつもりでしたが、私には騎士のほうが合っているのではないかと……」


 騎士は防御に重きを置いているクラスだ。騎士と剣士ではさほど変わりはないが、ミドルクラスの先ハイクラスでは随分と変わってくる。


「シグムンド殿はどう思われますか?」


 いつもの通り壁に背を預け部屋の方を見ていたシグムンドさんに、エリナが声をかけた。


「……それは俺が口を出すべき問題じゃないと思う。これから先どうしたいのか? どうするのか? そういう事を考えた上で、自分で答えを出すべきだ」


 シグムンドさんは諭すような口調だった。その顔には穏やかな笑みが溢れている。親離れしていく子供の背を押してやる父親のようだ。


 エリナはその言葉に考え込む。場に深い沈黙が流れた。


「そこまで考え込まなくてもいいさ! 別に剣士を選んだからといって、騎士のクラスにつけないわけでもない。エリナの成長はとても早い。少し遠回りになろうと、その経験が生きることもある」


 黙りこんだエリナを心配したのか、シグムンドさんは慌てたようにそうフォローした。確かにそうだ。別のクラスについても、以前覚えたスキルはそのままだ。無駄になることはない。


「シグムンドさんは、槍系以外のクラスにも就かれたことがあるんですか?」


「ああ。ソロで生きていくと決めてから随分といろんなクラスに就いた……。一人で全部やらないといけなかったからな」


 そう言うシグムンドさんは誇らしげでもあり、それと同時に寂しそうでもあった。


「そろそろ湧くぞ」


 シグムンドさんの言葉に部屋を見ると、ガーゴイルが生み出されたところだった。数は一体のみ。


「シビルの魔法で倒せる事はわかっている。シビル、魔法は足止め程度。でかいのは禁止だ。レックスとエリナにやらせろ。無理そうだと感じたら、お前の判断で倒していい。よし! じゃあ行って来い!」


「はいっ!」


 ダンジョン内でシグムンドさんの言葉は絶対だ。これまでもそうして勝てなかった事はないし、実際に成長を感じ取れるのだから当然だ。だが、気が重い……。あの硬いガーゴイルを剣で倒すのか……。


 いつもの如くエリナを先頭にガーゴイルへと走る。ガーゴイルが羽を広げ、飛び立つ。飛ばれるとやっかいなんだよな……。


 走る俺達を越えて、シビルの石弾がガーゴイルに着弾した。だが、それはシグムンドさんの言いつけを守った小さな石弾だ。それはガーゴイルの体勢を崩しただけだったが、ガーゴイルは地面へと落ちた。


 エリナが正面に盾を構えガーゴイルへとぶつかる。そのまま盾で地面に押さえつけるようにしながら剣を振るう。が、やはりガーゴイルは硬く小さな石の破片が飛び散る程度だ。


 エリナの左手にまわり、押さえつけられているガーゴイルへと剣を振るう。鈍い音が響く。それと同時に俺の手に痺れのような感覚が伝わってきた。やはり剣では思うようにダメージを与えることができない。


 エリナの盾を撥ね除けガーゴイルが立ち上がった。その衝撃にエリナが後ろへと弾き飛ばされる。倒れこむようなことはせず、すぐに体勢を立て直すと再びガーゴイルへと向かう。


 実際の所ガーゴイルを倒すのは簡単なのだ。額についた魔石を壊せば動きが止まる。だが、例の如くその魔石は換金の対象だ。最悪、魔石を壊すことを考えなければならないが……。なるべくそれは避けたい。


 ガーゴイルがこちらに腕を伸ばしてくる。その腕を掻い潜り後ろへと回りこんだ。エリナがガーゴイルへと盾をかざし突っ込んだ。その勢いにこちらへと押されるガーゴイル。


 そのガーゴイルへと向かい剣を突き出す。剣は先ほどよりもガーゴイルに深く突き刺さったが、それは小さくひびを入れるだけに留まった。だが、ひびか……。このまま同じ箇所を突けばガーゴイルの体を割れるかもしれない。


「エリナ! もう一度ガーゴイルに盾をぶつけて!」


 ガーゴイル越しにエリナへ声をかけ、そのときに備える。同じ箇所を正確に貫かなければならない。後ろに数歩さがりエリナを待つ。


「行きます!」


 すぐにガーゴイルが後ろへと飛ばされてくる。狙いを定め先ほどの傷口に剣を突き出した。先ほど以上に深く突き刺さり、ひびが大きく広がった。このままいけるか。


「もう一度!」


 剣を突きたてたまま、待つ。衝撃はすぐに来た。それに耐えるように足に力を込める。剣はさらに深く突き刺さった。ひびは徐々に大きくなり……ガーゴイルが縦に割れた。どんと重い音を立ててガーゴイルは地面へと転がる。


「やりましたね!」


 エリナが嬉しそうに俺に声をかけてきた。


「はい。なんとか……」


 右手の剣に目を落とすと至る所に刃こぼれが見つかった。これは自分ではどうしようもないな……。バッチョさんに怒られそうだ……。剣を鞘に戻し、ガーゴイルの体から転がり落ちた魔石を拾い上げる。


 次の魔物を警戒しながら、シグムンドさんの所へ向かう。


「作戦は悪くなかったな」


 そういうシグムンドさんの顔は渋い。いつものような笑顔はなかった。


「レックスお前の剣は刃こぼれが激しいだろ?」


 黙って頷く。


「あのような使い方では剣が折れていたかもしれない。今回は運がよかったが……。お前のその剣とガーゴイルの魔石どちらを優先すべきだったかはわかるな? ガーゴイルの魔石一つで買えるような安物でないことはわかる。それに他に魔物がいた場合、剣が折れてはどうしようもない。左手の剣があるとはいえ、使い勝手は違ってくる。そのあたりを考えれば、魔石を壊すのが最善だった」


「はい……」


 エリナも先ほどまでの笑顔はどこへいったのか、神妙そうな顔でシグムンドさんの話を聞いていた。


「ちょっと剣を貸してくれ」


 言われた通り剣を差し出す。シグムンドさんは受け取ると剣を抜き、確かめるように二度剣を振った。


「ついてこい」


 シグムンドさんが向かったのはガーゴイルの残骸だった。もうただの石の塊にしか見えない。


「よく見てろよ」


 なにげない様子でその石に向かい剣を振り下ろす。その剣はなんの抵抗も見せることなく、石を断ち切った。断面は滑らかで、欠片なども出ていない。


「そろそろお前達にもこれくらいはできるはずだ。もっとよく剣筋を意識しろ」


 俺達は驚きで声もでなかった。差し出された剣を黙って受け取り、腰に戻す。それにしても槍だけじゃないのか……。


「さあ。階段まで進んで今日は終わりにするか!」


 シグムンドさんは、空気を変えるように明るい声でそう言うと、階段のほうへと歩き出した。



 瓦礫で塞がれているはずの階段だったが、そこにはぽっかりと穴が開いていた。


「これは……」


 あたりには塞いでいたと思われる瓦礫が飛び散っている。


「今朝、報告を受けてな。二十階層でも同じ様な事になっていたらしい。五階層の階段の様子を見てきてほしいと頼まれていたんだが……。下層から魔物が上がってきているのかもしれないな」


 そうだとしたら、十階層程度下の魔物ではすまないかもしれない……。気配を感じる範囲を広げてみる。だが、俺にはどの気配が上がって来た魔物なのか判別はできなかった。


 階段前の大きな青い宝石に触れダンジョンから出る。



 ギルドに戻るといつも以上に騒がしかった。多くの探索者がギルドの中に集まっている。受付に並んでいるという事でもなさそうだった。何かあったのだろうか?


 人ごみを掻き分けるようにして、受付へと向かう。人ごみを抜けた。ギルド内部は人でごった返しているというのに、受付の周辺にはなぜか人がいなかった。


 受付の前には四人の探索者がいた。高級そうな装備を身に着けている。その探索者を取り巻くようにして人々はある一定の距離から近づこうとはしない。俺達が初めて出会ったシグムンドさんの時と似たような感じだ。


 何かあるのだろうか? シグムンドさんが立ち止まった。それに釣られる様にして、周りの探索者と同じように受付を遠巻きに立ち止まる。シグムンドさんを見上げると、なにやら複雑そうな顔をしていた。


 その四人の探索者の中の一人が振り返った。赤い髪を腰まで伸ばした女だ。眼光鋭く周囲を睨みつけている。威嚇するようにゆっくりと辺りを見回していく。これ完全にちびった奴いるわ。それほどまでに強烈な殺気を伴なった視線だった。その視線が、俺達の方を向いて止まった。鋭かった視線が一気に緩む。その女が受付を離れこちらに向かって走り寄ってきた。


「シグムンド! 会いたかったよ!」


 その女は急にシグムンドさんに抱きついた。どうやらシグムンドさんの知り合いらしい。近くで見るとその女の迫力はすごかった。でかいのだ。身長は二メートル近いだろう。


 女に抱きつかれ、シグムンドさんは嫌そうな顔をしていたが、振りほどこうとはしない。しばらくそうしていたが、女の目が俺に留まった。女は、ばっと離れるとシグムンドさんの肩を両手で掴んだ。


「シグムンド! この坊やは誰だい? 知ってる子かい?」


 坊やとは俺の事を指しているようで、俺を真剣な眼差しで見つめてくる。シグムンドさんの知り合いのようだし挨拶しておこう。


「初めまして。シグムンドさんとパーティを組ませて頂いている……」


 俺は言葉を最後まで発する事が出来なかった。


「あんた遂にパーティ組んだの!?」


 女はシグムンドさんの返答もまたず、受付へと走っていった。


「ちょっと聞いてくれよ! シグムンドがついにパーティ組んだって!!」


 女の言葉に受付にいた探索者が全員こちらを向いた。その顔に浮かぶのは喜び、驚き、悲しみ。三者三様だった。


「シグムンドさん。あの方達は誰なんですか?」


「ああ。昔ちょっとな……」


 シグムンドさんの表情は硬い。


「あんなだが……ランク0の探索者だ……」

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