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第九話 ランク2の探索者

 なんとか立ち直り……というかなるべく気にしないようにしながら、男を見上げる。俺より随分と背が高い。二十センチ以上……百八十後半はありそうだ。筋肉のついたがっしりとした体と相まって、威圧感がすさまじい。それは男が背負っている大きな槍のせいでもある。長さはニメートル程度。ランスというのだろうか? 先の尖った円柱状の突く事に特化したような槍だ。


 金髪を全て後ろに流している。顔には幾筋かの傷跡。その髪型、傷跡も威圧感の原因だ。だが、それとは裏腹に垂れたその目は人懐こそうな光を湛えている。


「ええ。大丈夫です。ありがとうございます」


「それならいいんだが……。ああ、ギルドランク2。お前たちと組むことになったシグムンドだ。よろしくな」


 シグムンドさんが俺に手を差し出してきた。その大きな手を握る。


「よろしくお願いします。レックスです。それとパーティメンバーの……」


「エリナです」


「シビルです」


 二人が揃って頭を下げた。


「おお……」


 シグムンドさんが二人を上から下まで眺めた後、俺に視線を移し……、


「お前恵まれてるなあ……」


 としみじみといった感じに呟いた。確かに二人の容姿は優れているが、女性とパーティを組むというのは、それはそれで大変なこともある。例えばそう……ダンジョン内で……もよ……。いや、あまり考えたくない。


「自己紹介も済んだようなので説明させていただきますね」


「あっすいません」


 慌てて皆でステラさんの説明に耳を傾ける。


「シグムンドさん達が立ち入りを許可されているのは、十階層までになります」


 俺達にとっては普段通りの階層までということだ。ランク2のシグムンドさんにとっては随分と低階層を潜ることになるが、気にした様子はなかった。


「緊急措置として、現在収集品の換金額を倍にさせていただいております。分配についてはギルドとして関知しませんので、パーティ間でお決めください。簡単ですが、説明はこれくらいになります。なにか質問はありますか?」


 俺達は首を横に振り、シグムンドさんを見る。


「いや、特にないな」


「ではこれで終わりです。くれぐれもお気をつけて」


 俺達の後ろにはすでに多くの探索者が列を作っていた。慌てて受付前を退きギルドから出る。



「すぐにダンジョンに入りますか?」


 歩きながら、これからの予定についてシグムンドさんと話をする。


「そうだな……。ソードダンサー達の実力も見たいし、一階層からやってみるか。お前達も俺の実力がどの程度か確かめておきたいだろう?」


 それは確かに。


「シグムンドさんはやはり槍を使われるのですか?」


 背中の槍を眺める。やはり大きい。


「ああ。俺のクラスはスピアマスターだからな」


 スピアマスター! 槍系戦士のハイクラスだ。ソールさんも元ギルドランク2だったはずだが、あの人はミドルクラスだった。たぶんソールさんはパーティだったのだろう。ソロでランク2というのは、やはりすごい。



 ダンジョンの前は物々しい雰囲気に包まれていた。兵士が五人もいることもそうだが、いつもは気さくに話しかけてくる兵士達の顔に一切の笑顔もなく、皆真剣な表情で固く口を結んでいる。


 兵士に各々ギルドカードを提示し、ダンジョンへと入る。


 ダンジョン内部にはどこか落ち着かない空気があった。それは気配のせいでもある。ゴブリン以外の気配が多い。普段なら一階層で探索者の姿を見る事はほとんどないが、いたるところに探索者の気配が感じられる。


 緊張した俺達とは違い、シグムンドさんは先ほどまでと変わらない。


「それじゃあ行くか。そうだな……よしまずはゴブリンリーダから行くか。こっちだ」


 どうやらシグムンドさんの気配察知レベルは俺より高いらしく、細かな気配の違いで魔物を判断できるようだった。俺の気配察知レベルではそこまではわからない。


 シグムンドさんの案内で小部屋へと向かった。その部屋にいたのは確かに以前見たゴブリンリーダだった。リーダばかりが三体。どれが群れのリーダなのだろうか? などとくだらない事を考えてしまった。リーダであれば今の俺でも余裕がある。そのせいだろう。


「とりあえず俺からやる」


 俺一人でも問題ない相手だ。ランク2のシグムンドさんなら余裕だろう。シグムンドさんが槍を構えた。重そうな槍を左腕一本で持っている。右手は下部に軽く添えているだけ。


 腰を落とし、槍を持った左腕を大きく後ろに引く。


「お願いしま……」


 俺の言葉が終わらないうちにシグムンドさんは飛び出した。


「……す」


 次の瞬間には、ゴブリンリーダの一体が槍で貫かれていた。速いなんてものではない。瞬間移動に近い。これがハイクラス……。シグムンドさんはゴブリンから槍を引き抜くと、再び左腕を大きく後ろに引く。


 残ったのはリーダが二体。シグムンドさんに気付いているのか気付いていないのか……。そのリーダ達の動きはひどく緩慢だった。


 次の瞬間にはリーダの気配は一体になっていた。三度、シグムンドさんが左腕を引いた。一度の瞬きで見逃してしまう。なにが起こっているのかこの目にしっかりと焼き付けておきたい。


 シグムンドさんが飛び出した。文字通りだ。走るなどといったことは一切ない。ゴブリンまで一歩……。しっかりと見ていたはずなのに、シグムンドさんがいつ槍を突き出したのかわからなかった。気付いた時にはシグムンドさんは静止しており、ゴブリンは串刺しにされていた。


 引き抜くと軽く一振りしてから槍を背負い、部屋を出てこちらへと歩いてくる。


「すごかったです!」


 俺達は口々にシグムンドさんを褒め称えた。人間離れした動きだった。ランク2というのはすさまじい。


「そうでもないさ」


 なんでもない事のようにさらりとそう言ってのけた。この人にとってはなんでもない事なのだろう。


「気がついたか? 動作の前の溜めに」


 黙って頷く。確かに動き出す直前、溜めがあった。だが、溜めといっても二秒もない。


「あれがなくなれば、俺の槍も完成だろうな。まあ、そんときにはまた上が見えてくるんだろうが……」


 俺達には高すぎて、まだまだ見えそうにない。


「さあ、次はお前達だ。見せてくれ」


 シグムンドさんは部屋の方へと視線をやった。部屋では黒い霧が渦巻き魔物を生み出そうとしている。随分と早いな。これも活性化の影響か。


 生み出されたのは今まで見たこともない魔物だった。全身を包帯で巻いたミイラだ。


「マミーか。ちょうどいいんじゃないか」


 シグムンドさんによるとマミーは十階層の魔物ということだった。それなら確かにちょうどよさそうだ。戦い方は普段通りにすることにした。つまり俺とエリナで壁を作り、シビルが魔法を撃つということだ。


 剣を抜きシビルの前に立つ。俺の横でエリナも盾を構えた。シビルの詠唱が始まる。シグムンドさんは壁に背を預け、面白そうにこちらを見ていた。


『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ!』


 周囲の魔素が集まり、シビルに吸い込まれていく。


『其は杖。其は鳥。其は炎……也!』 


 集めた魔素が炎となってシビルの前形を現した。


『……ファイアブラスト』


 魔法が発動し、部屋へと炎が飛び込む。その速度は随分と速いと思っていたが、シグムンドさんの速さを見た今となっては遅く感じられる。もっと強くなりたい……。


『……爆ぜろ』


 部屋で炎が渦巻く。マミーは炎に弱いらしく勢いよく燃えている。ゾンビなどより水分が少ないせいだろうか? 包帯とか燃えやすそうだしな。地面に転がっていたゴブリンリーダの死体まで燃えている。


 後に残ったのはマミーの魔石だけだ。部屋へと向かい魔石を拾う。また魔物が出現するかもしれないので、すぐに部屋を出た。


「すごいじゃないか」


 シグムンドさんは素直に感心したようだった。


「ランク6とは思えないな。あの威力ならもっと下層でも充分通用するだろう」


「なにかアドバイスなどはありますか?」


 シグムンドさんの強さを間近で感じたせいか、シビルが積極的に聞く。


「そうだな……。俺は長い間ソロでやってきたし魔法にあまり詳しくない。それを踏まえた上で聞いてほしいんだが……。魔素の変換にかなりのロスがあるみたいだったな。お嬢ちゃんの周りには多くの魔素が集まっていた」


 俺にもそれは感じられた。


「だが、その後に出た炎から感じられた魔素は随分と少なかった。変換を意識すればもっと少ない魔素でもあの威力はでるんじゃないか? そうすれば発動までの時間も少なくなるはずだ」


 なるほど。炎に意識を取られ炎から感じ取れる魔素の量まで考えていなかった。シビルも参考になったようだ。


「ありがとうございます!」


 シビルが頭を下げる。シグムンドさんは少し照れたようだった。


「次は魔法なしでやってもらおうか。お嬢ちゃんの実力はわかったが、残りの二人はまだだからな」


 俺とエリナに目をやるシグムンドさん。よしやってやろう。エリナを見ると、エリナもこちらを向いていた。その目に強い意志が宿っている。強く頷きあう。


 部屋ではまた新たに魔物が生み出されていた。槍を持った二足歩行の爬虫類が二体。


「リザードマンだな。十三階層の魔物だ。危なくなったら助けてやる。お嬢ちゃんは見学な。リザードマンの素材は鱗と牙だが……。そうだな牙だけでいいか」


 エリナと共に部屋に入る。リザードマンはこちらを認識し走ってくる。速いのだろうが、シグムンドさんに比べれば……!


 突き出された槍を躱しながら、懐に入り右手の剣を横薙ぎに振るう。金属を殴ったような甲高い音がして、剣はその鱗に弾かれた。随分と固い……! 槍のリーチを考え、距離を離さず懐に入ったまま剣を振るう。


 リザードマンの振り回す槍を掻い潜りながら、様々な場所を斬りつけていくが一向にダメージを与える事はできなかった。どうするか……。一向に当たらない槍を諦めたのか、リザードマンは俺に向かい噛み付いてくる。慌てて距離を取った。あぶない……。二足歩行で武器を使うといっても、人とは違う。その強靭な顎は強力な武器だ。だが、突破口は見つかった。


 距離を離した俺に再び槍を突き出してきた。突きというのは点の攻撃だ。シグムンドさんほどの速さがあれば、避ける事はできないのだろうが、これの程度なら簡単だ。再び躱し懐に潜り込む。今度は先ほどのように槍を振り回すことなく、すぐに噛みつこうとしてくる。


 ここだ! 大きく開けた口に剣を突き入れた。口の中まで鱗に覆われているわけではない。俺の剣はいとも容易く肉を切り裂き、深く潜り込んでいった。だが、リザードマンの生命力は高くなかなか死のうとはしない。深く突き入れた剣を横に引く。口を切り裂き剣が現れた。飛び退り距離を取る。


 リザードマンに槍を突き出してくる様子はなかった。しばらく暴れていたが、倒れ動かなくなった。気配も消える。


 リザードマンの死体から顔を上げ、エリナに目を向ける。エリナも同じように攻めあぐねているようだった。槍を盾で受けながら、何度も胸にレイピアを突きたてている。だがそれも鱗に阻まれ、傷を与えることができていない。


 慌ててエリナに駆け寄ろうと一歩踏み出す。


「もうすぐです! 大丈夫!」


 エリナは俺の方も見ずに、言い放った。エリナが大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。その場で見守る。


 突き出された槍を盾で受け流し、エリナは再びレイピアをリザードマンの胸へと突き出した。今までに何度となく繰り返された光景……。だが、エリナのレイピアはリザードマンの鱗に弾かれることなく、深く突き刺さった。ずっと同じ箇所を狙い、突き続けていたようだ。リザードマンはすぐさま動きをとめた。エリナがレイピアを引き抜くと同時に倒れ伏す。


 エリナがこちらを振り返った。笑顔だ。


「大丈夫でしたでしょう?」


 頷きかえす。倒したリザードマンの牙を引き抜き部屋を出た。


「なかなかよかった。お前たちならもっと先を目指せるな」


「それで何か気になった点などは?」


 シビルのときのアドバイスは的確だったように思う。シグムンドさんから見れば、俺達もまだまだ改善点が多いはずだ。エリナも真剣にシグムンドさんを見詰めている。


「そうだな。盾のお嬢ちゃんは、もう少し剣を学んだほうがいいな。盾の扱いと比べると剣のほうは、まだまだ……」


 そこでシグムンドさんは言葉をきり目を伏せた。考え込んだ様子だったが、すぐにエリナに目を戻した。


「いや、今のは忘れてくれ。もちろん必要な部分だと思うが、お前達はソロじゃないからな。盾を磨いた方がいい。ソードダンサーがいる。攻めはソードダンサーに任せるくらいの気持ちでいろ。最後、ソードダンサーが駆けつけようとしたのを止めたな? お前達はパーティなんだ。頼ればいい」


 次にシグムンドさんは俺を見る。


「ソードダンサーだが……左手の剣いるか? 防御主体の剣なんだろうが、ほとんど躱すよな? リザードマンも右手の剣だけで始末がついた。左手の剣の意味についてもう少し考えろ。躱せないときに防ぐものなら盾でいい。もう少し攻めに振ってもいいんだぞ。それに……」


「それに?」


「そのほうがソードダンサーらしいだろ?」


 最後は少しふざけた調子だった。空気を和らげてくれたのだろう。だが、その……。


「……ソードダンサーというのはやめていただけませんか? その……ちょっと恥ずかしいので……」


「ああすまなかった。そうだな悪い……」


 俺の言葉に何か思い当たったようで、すぐさま謝罪の言葉を発した。


「ちなみにシグムンドさんは何と?」


 ソロのギルドランク2だ。きっとこの人にも二つ名があるはずだ。


「俺か? 俺は……死神だな……」


 そう言ったシグムンドさんは複雑そうな顔だった。


 その後もこの部屋で、何度も生み出される魔物と戦っていく。動く必要がないのはありがたかった。現れる魔物は、これまで出た魔物ばかりで新たな魔物には遭遇しなかった。シグムンドさんは、少し物足りなさそうな顔をしていた。



「乾杯!」


 今日の成果を祝い打ち上げをしようということになった。場所はシグムンドさん行きつけという高級な店だった。さすがランク2探索者。


 ダンジョンから帰りすぐにギルドで換金したのだが、換金額はとんでもなかった。これでギルドの経営は大丈夫なのかと心配になったが、半分はガザリムの街からでていると聞いて安心した。分配は俺達のパーティとシグムンドさんで半々ということにした。シグムンドさんは均等に四人で分けると言ってくれたが、さすがにそれは断った。魔物を倒した数も俺達三人とシグムンドさんで半々だったしな。


「レックス達の実力はランク4程度だな。すぐにそこまではいける。それにしてもシビルの魔法には驚かされたな」


 シグムンドさんとは今日一日で随分と親しくなった。エリナとシビルのこともすぐにお嬢ちゃんとは呼ばなくなった。勿論俺のこともソードダンサーなどとは呼ばない。ありがたい。


 シグムンドさんは気持ちのいい人だった。戦闘の度に俺達に様々なアドバイスをくれた。ランク2という高ランクを鼻にかけるようなこともない。


「シグムンドさんは周りの探索者に避けられているみたいでしたけど、どうしてですか?」


 シビルが気軽にそんな疑問を口に出した。俺も気にはなっていたが、さすがに聞く事はしなかったというのに! シグムンドさんの人柄が、踏み込んだ質問を気軽に聞ける理由なのだろうが、それにしてもさすがに踏み込みすぎだ。


「ああ。ソロでしかもランク2だろ? 稼ぐ人間は妬まれる」


 ああ、それは確かにソールさんも言っていたな。


「それに……」


 それに……? 少しシグムンドさんは言いにくそうにした。


「俺は今までに二回パーティを組んだことがあってな……。その二回とも俺を残して他の奴は迷宮で死んだのさ……」


 それも原因の一つということか。死神というのもそこから来ているのかもしれない。


「それ以来、パーティを組まずにやってきたんだが……。お前らを見ているとパーティもやっぱり悪くないな! おら飲め」


 沈んだ空気を変えるように、シグムンドさんは俺達のグラスに酒を注いでくれた。


「頂きます!」


 注がれた酒を一気に飲み干す。パーティメンバーの死……。そんなことは絶対起こさせない。もっと強くなろう。エリナとシビルもきっと同じ気持ちのはずだ。

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