第八話 ソードダンサー
隊長について行くと、街門脇の詰め所のような所へ案内された。小さな部屋だった。テーブルが一脚に椅子四脚でいっぱいいっぱいだ。
「座ってくれ。すぐにギルドの者も来るはずだ。話しはそれからにしよう」
言われた通り、椅子に腰かけギルド職員の到着を待つ。隊長が紅茶を持ってきてくれた。
「こんなものしかなくてすまないな」
「ありがとうございます」
カップに口をつける。決して美味いとは言えないが、暖かな紅茶で一息つく。エリナとシビルも紅茶を飲み落ち着いた様子だ。
「お待たせしました」
扉を開けて現れたのはステラさんだった。走ってきたのだろう。息はあがり髪は乱れている。
「急に呼び出してすまないな」
隊長はステラさんに頭を下げた。
「いえ、仕事ですから。それで八階層にデスナイトが出たとか……」
「いや、まだ詳しくは聞いていない」
そこで隊長は俺たちに目を移した。
「何があったか話してくれ」
八階層を進み、階段前の部屋で鎧を着たゾンビに襲われている探索者を発見したこと。助けに入ったが、一人しか助けられなかったこと。そして、ゾンビ戦士を倒し転移したことを掻い摘んで話した。
「ギルドランク6の探索者が倒せたということは、デスナイトではないのか……」
隊長は思案げな顔だ。
「いえ、このパーティは優秀ですから倒せるかもしれません。それで、その魔物の収集品は持っていますか?」
「ああ、この魔石です。それと……死亡した探索者のギルドカードです……」
袋から取りだしステラさんに渡す。
「大きいな……。これなら確かに……」
隊長が横から覗き込み声を漏らした。
「ありがとうございます。ギルドに持ち帰り調べます。お手間を取らせて申し訳ありませんでした。明日の昼頃ギルド窓口に来ていただけますか? 詳しい事はその際に話せると思います」
ステラさんは隊長に目をやる。
「ああ。帰ってくれて構わない。疲れている中すまなかった」
俺たちは二人に見送られ部屋を出た。そこに一人の兵士がやってくる。
「隊長が言われた通り、迷宮前の人員を五名に増やしておきました」
「ご苦労」
隊長が兵士にねぎらいの言葉をかける。勝手に隊長と名付けていたが、この人やっぱり隊長だったんだな……。
宿へと帰る道すがら話をする。二人はずいぶんと疲れた様子だった。無理もない。特にエリナは何か思い悩んだ顔をしている。
「俺が事前にゾンビとは違う魔物だと気がついていれば、二人を危険な目にあわせることはありませんでした。すいません」
「いえ。たとえ事前にゾンビではないと知っていたとしても、あの場では飛び出してしまったと思います。レックスのせいではありません。独断専行した私の方こそ謝る必要があります。申し訳ありません」
「私も体が勝手に……。人が死んだと聞いて助けなきゃって……。事前に相談するべきでした。すみません」
俺が言い出しておいてなんだが、謝罪大会のようになってしまった。皆疲れている。気分が落ちているのは当然か。
「明日は休みにしましょう。今日の事で皆疲れています。もちろん昼ギルドに行ってからですが」
二人が同意してくれたので、明日は休日に決まった。資料室で調べたいこともある。
部屋の前で二人と別れた。風呂は明日の朝にしよう。今から風呂に入る元気はない。防具を脱ぎすぐさまベッドに横たわる。剣の手入れもしないといけないが……。明日は休みだ。バッチョさんに預けよう……。
昼、三人でギルドへと向かう。ギルド前には、なぜか多くの探索者が集まっていた。皆一様に何かを見ている。ステラさんに呼ばれているし、後でもいいだろう。集まった探索者を横目にギルドへと入る。
ギルドの中も探索者で溢れている。いつもなら、もう閑散としている時間だ。昨日の事と関係があるのだろうか。それもステラさんに聞けばわかることか。
俺たちに気がついたステラさんはカウンターを出て、近づいてきた。
「おはようございます。部屋へ行きましょう」
そう言われ、ステラさんの後をつき、部屋へと向かった。ギルドランク6のときにも案内された部屋だ。
「おかけください」
促され、俺たちは椅子についた。ステラさんも対面に座る。
「わかった事をお話します」
座るなり、ステラさんは用件を切り出した。
「昨日レックスさん達が倒した魔物はデスナイトで間違いありませんでした。これは、その魔石の代金です。死者のギルドカードを、持ち帰ってきて頂いたぶんも入っています。お確かめください」
ずっしりと重い袋を渡された。あけると金貨が詰まっている。一枚一枚数えていくと、なんと百枚もあった。エリナは平然としていたが、シビルは息を呑み固まっている。
「こんなに……ですか……?」
「はい。デスナイトは二十一階層の魔物です。現在はデスナイトの魔石一つ金貨三十枚ですね」
二十一階層……。
「なぜ八階層に二十一階層の魔物が?」
「それについては今から説明させていただきます。ギルド前の告知はご覧いただけましたか?」
黙って首を横に振る。
「迷宮が活性化を始めました……。その為、現在迷宮は封鎖されています。調整が済み次第解放される予定ですが」
活性化と聞いても俺とシビルはぴんとこなかった。エリナだけが深刻そうな顔をしている。しかし封鎖か。道理で探索者がギルドに溢れていたわけだ。
「過去に迷宮から魔物が溢れ出し、周囲に多くの被害を与えていたことはご存知ですか?」
初めてこの街を訪れた時に聞いた気がするな。
「確か……探索者が多くなって、溢れ出すこともなくなったと聞きましたが?」
「そうです。定期的に処理され、万が一溢れたとしても迷宮外へ出られないように階段もふさがれました。通常の場合ですと、溢れ出す危険性はまったくありません」
あの瓦礫に埋もれた階段はそう言う意味があったのか。低階層探索者の侵入を防いでいたわけではなかったのだ。五階層までの魔物ならあふれ出たとしても対処もしやすい。
「ですがこれはそれとは違うのです。過去に二度、確認されているのですが……。活性化が始まったことで、奥深くで生み出されるはずの魔物が浅い階層でも生み出されるようになりました。今朝ギルドランク2のパーティに確認させたところ、いたるところで深部の魔物が湧き出していたそうです。十階層程下の階層の魔物が沸いているとのことでした。数も多く溢れ出す可能性が高いと……」
一階層なら十一階層程度の魔物か……。そんな現状では俺たちでは一階層ですら手に余る。
「それで、どうすれば活性化は止められるのですか?」
万が一あふれ出したら大変なことになる。それに止めてもらわなければ、俺たちは迷宮に入ることも出来ず、金を稼げない。
「活性化の原因となっている魔物が下層……四十階層以降にいるということです。過去には、その魔物を倒し迷宮は正常化しました」
俺たちにできることはないようだ。二十一階層のデスナイトで精一杯だったのだ。そんな下層で出来る事はない。
「それと正常になっても現れた魔物が消えるわけではないので、その殲滅も必要となります」
一階層、二階層程度なら俺たちにできることもあるかもしれないが……。
「現在四十階層以降攻略の為にランク0の探索者を手配しているところです」
ランク0! ギルドランク最高位。どんな人間なのか見てみたいものだ。
「それでレックスさん達はどうされますか? 活性化が収まるまで、魔物の収集品の買取額を倍に上げさせていただきます。多くの探索者に迷宮に向かって貰う特別措置です。この時期に迷宮に入る探索者の数が減るのは問題ですからね。レックスさん達にはデスナイト討伐、いち早いこの件の報告をあわせてギルドランク5の試験を受けられるように手配しております。ギルドランク5になれば一階層から五階層まででしたら、迷宮解放後単独で潜れます。ギルドランク6のままでは皆さんだけでの迷宮探索は現在許可されておりません」
ランク5に上がり迷宮を探索するか。ランク6のまま解決を待つか……か。
「ランク6のまま迷宮探索をされるというのでしたら、ソロのランク2探索者をギルドでつけますが?」
ランク6のままでも探索は可能と……。
「すいません。少し相談させてください」
横に座る二人を見る。
「まずは、解決するまでに迷宮に入るか入らないか」
「はいりたいですね」
「私も」
二人共即答だ。俺も入りたいとは考えていた。
「では、入るということで。次はランク5で単独。もしくはランク6で別の探索者と一緒」
「ランク6で」
「私も」
今度も同じか。俺も同意見だった。ランクが5に上がったところで、俺たちの実力が上がるわけではない。まだ九階層すら攻略していない。不安は取り除いておきたい。それに……ランク2の探索者がどれくらいのものか見てみたいというのもあった。
相談する必要もなかったな。ステラさんの方を向く。
「では……」
「わかりました。ランク2の探索者を手配しておきます。今日から入られますか?」
最後までいう必要がなかった。狭い部屋だ。すべてステラさんに聞こえていただろうし当然か。
「今日は休みにしましたので、明日から入ろうと思います」
「わかりました。では伝えておきます。明日の朝ギルドにお越しください。そのときに紹介させていただきますので」
忙しいのだろう。ステラさんはすぐに部屋を出て行った。
「お二人はこれからどうします? 俺は資料室で調べ物をしようと思いますが」
エリナとシビルは顔を見合わせて笑う。
「エリナと一緒に買い物に行こうかなって」
「装備なども見ておきたいですからね」
昨夜の疲れた雰囲気はない。楽しそうで何より。やはり今日は休日にして正解だった。先ほどステラさんから貰った金貨を三人で分ける。
「無駄遣いしないように!」
少しふざけて保護者ぶってみる。
「「はいっ!」」
揃って俺に向かい敬礼してみせた。また二人は顔を見合わせ笑っていた。
夕食を一緒に摂ることを決め、二人と別れた。バッチョさんに剣を預けた後、ギルドに戻り資料室で本を読む。読むのは『僧侶完全解体新書』だ。完全解体新書というネーミングからして不安だ。『基本クラス完全解体新書』は色々と書かれていないことも多かったからな。それにやたらと薄い。だが、僧侶について一番詳しいのはこれだとアランさんが言うので、アランさんを信じてみることにした。とりあえず浄化と祈りについて詳しく載っていればいい。
浄化の項目は充実とは言い難いが、基本的な事は載っていた。レベルが低いと高レベルの魔物にはレジストされるということ。浄化のレベルが上がれば遠距離からでも対象に効果を発揮できることなどが書かれていた。具体的に何レベルからなどは載っていない。完全……解体……新書……。
とりあえず基本的な事はわかったので、次は祈りだ。祈りの項目は浄化以上に情報が少ない。こちらもレベルが上がれば遠距離からでも回復が可能という事だった。あとは……『回復以外でも困った時は祈ろう! 神様が暇な時は助けてくれるかもよ!!』と書かれていただけだ。とりあえず回復以外の効果もあるらしいということしかわからない。
とりあえず僧侶についてはこれでいいか。俺が本当に調べたかったのはハイクラスだ。それも万職の担い手を生かせる、複合ハイクラスだ。ピーターさんが夢見ているドラグーンのような。
今のように漠然と様々な職業を上げて行くのでは、限界が来るのではと思ったのだ。万職の担い手でミドルクラスにつけない可能性もある。ピーターさんのように最終的な目標があれば、それに向かって効率的にクラスやスキルをあげられるはずだ。
アランさんが持ってきてくれたのは『英雄の足跡』という過去の人物について書かれた本だった。そこに出てくるのは伝説の人物だ。その人々が就いていたクラスについても載っている。ぱらぱらと目を引くクラスはないか、ざっと見て行く。勇者……。賢者……。ドラグーン……。剣聖……。ゴッドハンド……。侍……。ソードマスター……。……。……。
その中で、俺の目標に合っていたのは剣聖と勇者だった。
剣聖といっても、剣だけに特化したクラスではない。剣のみに特化していたのはソードマスターだ。剣聖はその剣に様々な物を乗せられるクラスだ。この本の中の剣聖は、剣を一振りすれば炎を纏い、もう一振りすれば嵐を呼ぶ。さらに一振りすれば辺りを癒したという。
このクラスに就く為には、魔法使いから魔術師、戦士から剣士、僧侶から司祭へと就く必要がある。さらにそこから魔術師と剣士の複合クラスである魔術剣士、司祭と剣士の複合クラスであるセイヴァーに至る必要がある。そしてその二つの職の複合ハイクラスとして剣聖がある。
次に勇者だ。こちらも剣聖と同じようなものだが、剣聖よりもバランスよりのクラスだ。魔法も一流。回復も一流。武術も一流。伝説の中に出てくる人々の多くがこのクラスに就いていた。
こちらのクラスに必要なのは、魔法使いから魔術師さらに魔導士。僧侶から司祭を経て司教へ。戦士から騎士そしてパラディン。全部で九のクラスに就く必要がある。剣聖よりも多いが、こちらには途中に複合クラスは必要ない。
どちらも戦士系、魔法系、回復系の三つの職を必要とする点では同じだ。俺の戦い方に合っているのは、このどちらか……。
俺の中では剣聖に傾きつつある。勇者なんて柄ではないからな。剣聖という柄かといえばそちらも疑問は残るが……。
必要とするクラスの多くが被っている。まずはシビルに魔法について学んだ方がいいな。それにしても、やはりわくわくするものだ。時間のたつのも忘れ、読みふけってしまった。約束の時間に遅れているかもしれない。
あわててアランさんに本を返し、バッチョさんの店へと剣を受け取りに行く。少し時間を取られたが、まだ間にあうはずだと店へと急いだ。いつもの店の前では、もうすでに二人が待っていた。手には多くの荷物を持っている。こちらの世界でも女性は買い物が好きなようだ。二人に待たせた事を謝りながら、店へと入った。遅れた罰として食事代は俺が持つことになった。金貨三十枚と比べればそれほど痛手ではない。二人が楽しんでくれるなら安いものだ。
装備を整え朝食を摂った後ギルドに向かう。探索者が溢れている。迷宮が解放されたからだろう。収集品の換金額が二倍という事もあり、活気があった。
受付の前に立つ一人の男が目に付いた。多くの探索者で溢れているというのに、その男の周りに近づく探索者がいないのだ。その男の周りだけぽっかりと開いている。
軽くその男に会釈をして、受付へと向かいステラさんに挨拶をする。
「おはようございます。さっそくですが紹介します。ギルドランク2の探索者で……」
どうやら、先ほどの男が俺たちと組むランク2の探索者のようだった。
「おっ。お前が血の海で踊ると噂のソードダンサーだな。俺がお前達と組むことになった……」
男が俺に話しかけてくるが、おかしな事を言っていた気がした。
「血の海で踊るソードダンサー?」
「お前のことだろう? 噂になってるぜ。純白の装備を返り血で赤く染め上げた双剣の男。その剣捌きは華麗でまるで踊っているようだってな」
これで俺も二つ名持ちか……などとは思えない。なんだそれは……? そもそもこの防具は元から赤かった……。どこから……? あの助けることが出来た男からか……!? 尾ひれがついて大変なことになっている。
血の海で踊るソードダンサー? 恥ずかしすぎる。やっぱり赤い防具なんて選ぶんじゃなかった……。
「どうした? 大丈夫かソードダンサー」
がくりとうなだれた俺を心配して男が声をかけてくれるが……。それ完全に逆効果です。




