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第六話 八階層

 休憩を取りながら、エリナから八階層について説明を受ける。八階層の魔物はゾンビだった。骨に肉がついた。六階層以降はアンデッドばかりだ。


 ゾンビは動きが素早く、その上、力も強いということだった。毒も持っているらしい。毒消しはあるし問題ない。噛まれてもゾンビになるといったことはないようで、安心した。俺達が今取れる倒す方法は、胸の魔石を砕くもしくは取り出すか、火で燃やし尽くすかのどちらからしい。その他の方法としては僧侶の浄化が一番有効だという。


 一応クラスを僧侶にしておくか。もっと早くに気がついていればよかった。六階層、七階層でも有用だったかもしれない。回復である『祈り』にばかり気を取られすぎた。


 クラス : 僧侶Lv5


「クラスを一応僧侶にしておきました」


 これでうまくアンデッドに有用なスキルが覚えられればいいのが……。


「そろそろ行きますか?」


 充分に休息を取れただろう。俺の言葉に二人は腰を上げる。



 いつもと同じようにエリナを先頭に、俺、シビルの順に八階層に降りる。風景は代わり映えしない。初めは不気味に感じたはずの赤黒い石造りの通路も見慣れてしまえば、またこれかという呆れにも似た感情しか湧いてこない。これまでと違うところといえば、なにか饐えた匂いが漂っていることだ。ゾンビだしな。そりゃ腐ってもいるか……。腐った動き回る死体……。不安だ……。


 八階層にはゾンビと思われる気配がうじゃうじゃとあった。今までの階層とはまるで違う。小部屋ばかりでなく、通路にも多くの気配がある。ゾンピパニック物の映画が思い浮かんだ。


「数が多いようです。慎重に」


 隊列を変更し、エリナ、シビル、俺の順に進むことにした。この数だと後ろから襲われる可能性もある。一番安全な真ん中にシビルを持ってきた形だ。


 このあたりはまだ俺が書き写したマップがある。エリナのマップと見比べてみると、もうすでに全然違っている……。俺のマップを頼りに進んでいく。


「この先を左。魔物が二体」


 普段より距離があるため少し大きな声でエリナに指示を送る。エリナが指示に従い進んでいく。


 俺の声に反応したのか、魔物の気配がこちらへと向かってくる。


「エリナ! 前から二体が近づいて来る!」


 俺の言葉に慌てて立ち止まり剣を抜くエリナ。こちらに気がついたのはその二体だけのようだ。他の気配に変わった様子はない。


 徐々に近づいてくる気配。姿が見えるより先に唸り声が届く。


「すぐ来ます!」


 音でわかるだろうが、一応声をかけておいた。ゾンビが通路の角から姿を現す。ぼろぼろの服を着ている。血色の悪い肌。髪はぼさぼさで、目は白く濁っている。口は裂け、腕などもよくわからない方向に曲がっていた。個体差はないようで、二体とも同じ姿形をしている。


 そんなグロテスクな物がこちらに走り寄ってきているのだ。恐怖しかない。ただその一方で少し冷静な自分がいることに気がついた。ああ走れる系のゾンビね……。


 ゾンビが近づくにつれ、饐えた匂いがきつくなる。は、吐きそう……。


『我が……前……に集え……』


 詠唱が始まる。だが、やはりこの匂いの中、口を開くのは大変なようでシビルの詠唱は途切れ途切れだ。


『……其は炎……也』


 ゾンビに向かい両手を差し出した。


『……イグニッション』


 その言葉と共に先を走っていたゾンビが燃え始めた。いきなりだ。魔素の移動なども感じ取れなかった。これは最強じゃないか? 避けようがない。ランク試験の時にこれを使われていたら即座に負けていただろう。


 ゾンビは燃えながらもこちらへと近づいてくるが、エリナに辿り着く前に倒れ動かなくなった。肉の焦げた匂いが漂う。今日の夜は肉以外にしよう……。目の前に肉が出てきたら吐く自信がある。


 再びシビルの詠唱が始まる。


 炎を上げ、燃えるゾンビを越えて、もう一体のゾンビも走ってきている。考えるということはないようだ。炎を越えたために、残ったゾンビにも火が燃え移っている。足元から徐々に火は昇っていく。が、まったく気にした様子がない。


 エリナがゾンビに向かい走る。剣を横薙ぎにゾンビとすれ違うように斬り抜け、剣はゾンビの体を上半身と下半身に斬り分けた。どさりと上半身が地面に落ち、下半身も倒れ込む。そんな状態だというのに、どちらもじたばたと動き、止まる様子はない。


 その体に向かい、シビルの魔法が飛ぶ。今度はシビルの手元から炎が飛んだ。それはゾンビの体に当たると先ほどよりも大きな炎となって、あっという間にゾンビを焼き尽くす。こちらのほうが威力は高いようだ。


 燃え尽きたのを確認してゾンビの残骸に近寄る。気配はないから死んでいるのは間違いない。体は燃え尽きたが魔石は残っている。腐った肉の中から取り出さずに済んでよかった……。


 魔石を拾い上げ観察してみるが、傷みもなく問題はない。心配そうにこちらを見ているシビルに頷き返す。シビルはほっとした表情だ。


 魔石を袋に仕舞い立ち上がる。こちらに寄ってきている気配はない。


「ゾンビは俺の声に反応したようです。俺とエリナの位置を変えましょう」


 エリナは頷いた。


「ところでシビル。最初につかった魔法だけど……」


「イグニッションですか?」


 そう。そのイグニッションだ。


「あれはどういう魔法なんですか? いきなりゾンビが燃え上がりましたが……」


「イグニッションは意識した対象に炎を点ける魔法ですね。対象にレジストされる場合もあるので、あまり使わないのですが、一刻も早くあのおぞましいのをなんとかしたくて……」


 なるほど抵抗によって発動しないこともあるのか。俺が思ったような最強の魔法ってわけでもないらしい。


「それで俺との試合の時には使わなかったんですね」


「それもありますけど、もし成功しちゃったらレックスさん怪我をしちゃうと思ったので……」


 いやいや、あの時シビルが使った魔法は威力的にはイグニッションより大きかったと思うのだが……。あたったら確実にとんでもない怪我をしていた……。


「あれくらいレックスさんなら避けられると思ったので」


 シビルは笑顔だった。いや、避けられたからよかったけどね……。



 エリナのマップと照らし合わせながら、階段があると思われる場所へ向かう。次は真直ぐだ。通路を進みながら、頭の中で気配とマップを照らし合わせていく。この先には部屋があり、そこにはゾンビが十三体。


 部屋まではまだまだあるが……。一旦立ち止まり、二人を待つ。


「この先の部屋にゾンビが十三体。俺とエリナで壁を作るので、シビルは部屋に魔法を打ち込んでください」


 この距離で気付かれるとは思わないが、念のため小声で二人に指示を出した。二人も余計な事は言わず、無言で頷いた。


 シビルを先頭に部屋に近づく。部屋まで三十メートル程度で立ち止まった。どうやらこれくらいが、シビルの最大射程距離のようだ。シビルが振り返り俺達に頷く。それを合図に俺とエリナが前に回りこみ壁を作る。


 シビルの詠唱が始まった。


『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ!』


 その声はゾンビに気付かれないよう控えめだったが、朗々と響く。


『其は杖。其は鳥。其は炎……也! ……ファイアブラスト』


 熱風が吹きつけ、炎が小部屋へと飛ぶ。


『……爆ぜろ』


 小部屋のなかで炎が暴れまわる。その炎は部屋中に広がり、炎に焼かれたゾンビ達の呻き声が響き渡った。


 何体かのゾンビが燃えながらもこちらへと走ってくる。距離はある。こちらまで辿りつけそうにはない。そのとき、後ろからこちらに向かってくる気配があることに気がついた。ゾンビの呻き声に反応したか……。


「後ろから二体来ます。念のためエリナはこちらで。後ろは俺が行きます」


 エリナに声をかけてから、後ろへと下がる。


「シビル。後ろから二体です。一体をイグニッションで!」


 通り過ぎざまにシビルにも声をかける。一度は戦っておきたい。これまでの戦闘では立っていただけだからな。クラスを僧侶にした意味がない。


 シビルを守るようにして両手に剣を構える。やはりこの剣はいい。手に馴染む。


 ゾンビが来るのを待ち構える。ほどなくして、二体のゾンビが角から姿を現した。と同時に一体のゾンビが燃え上がる。よし!


 ゾンビに向かい走る。すぐに距離は縮まった。速度を落とすことなく、ゾンビは両手を突き出し俺に襲い掛かってくる。


 左、右。剣同士が当たらぬよう少し時間をずらし、左右の剣で突き出されたゾンビの両腕を斬り上げる。ゾンビの体は脆く、何の抵抗も感じず腕を切り落とした。剣がすごいのか、それは骨の存在すら感じさせない。右の剣を袈裟懸けに振り下ろす。


 俺の剣はゾンビの体を斜めに切り裂いた。上半身が切り口に沿うように滑り落ちる。血などはあまりないようで、噴出すようなことはなかった。胴に付いている頭と右手を切り離す。


 冷静になる。戦闘の興奮から覚めたようだ。そこでやっと酷い匂いに気がついた。吐き気を我慢しながら、ゾンビの胸を切り開き魔石を取り出す。と同時にゾンビが動くのをやめた。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。


 二度とやりたくはないな……。周囲に俺たち以外の気配はない。小部屋のゾンビも片付いたようだ。


「ステータス」


 なにか増えてはいないかとステータスを確認する。僧侶のレベルは7にあがっている。スキルは……浄化Lv1が追加されていた。


 浄化Lv1 : 低位の穢れを祓う


 よくわからない。とりあえず浄化については帰ってからしっかり調べることにしよう。


 エリナとシビルは部屋の魔石を回収しにいったようだ。もう少しこちらを心配してくれてもいいんだよ? シビルの魔法によって燃え尽きたゾンビからも魔石を回収し、部屋へと向かう。


 もうすでに魔石は回収し終えたようで、二人は俺が来るのを待っていた。


「お疲れ様です。浄化スキルを覚えましたよ」


 今は何の役にたつかわからないが一応報告しておく。


「それならこれからの攻略が楽になりますね」


 エリナの言葉が俺に突き刺さる。そういわれても使い方もわからないんです。


「それが、スキルは覚えたものの使い方がよく……」


「祈ればいいらしいですよ?」


 祈る……?


「それだけ……?」


「低レベルですと、祈りながら攻撃しないといけないみたいですね。高レベルになると触れなくても大丈夫なようです」


 さすがエリナさんだぜ!


「じゃあ進みますか。ゾンビがいれば試してみます」


 部屋を抜けて階段があるはずの方向へと向かう。そちらの方向には丁度いいことに、一つだけ気配があった。


「先に一体いるので試してみます」


 進んでいくと通路の先にゾンビが見えた。近くの気配はそれだけだ。


 剣を抜きゾンビに向かい走る。剣を持ったまま、あまり腕を振らずに走ることにも随分なれたな。


 走り寄る俺に気付いたゾンビも俺へと向かい走ってくる。何に祈れというのか……? ああそういうことか……。ぶつかる瞬間、祈りながら剣を振るう。南無阿弥陀仏……。剣が光を放ったような気がした。


 剣はゾンビを切断した。今までならば、切断した後も動き続けていた。それが、ただ切断しただけで動きを止め、その死骸は徐々に消えていく。ダンジョンに吸収されるときと同じように。……だが、それは随分と早い。


 エリナとシビルが追いつく頃には体は消え、ゾンビがいた痕跡は床に転がった魔石だけになっていた。魔石を拾い上げる。


 それにしても……なんというか……。自分でやっておいてなんだが、南無阿弥陀仏は締まらないな……。異世界ファンタジー世界で、南無阿弥陀仏はないだろう……。だが思いついたのはそれしかなかったのだからしかたがない。


 だがこれで浄化スキルを使えることはわかった。さて、先へ進むか。そろそろだ……。



 足を止めた。やはり、ここまでか……。完全に迷った……。すぐに俺のマップでは白紙の部分に突入した。エリナのマップに頼ったがやはり無理だった。


 急に足を止めた俺に二人が近づいてきた。


「どうしました?」


 不安げな表情の二人。


「えっと……迷いました」


 俺のその言葉にエリナは沈んだ顔をした。


「私のマップのせいでしょうか……?」


 黙って頷く。


「申し訳ありません……。自分ではきちんと書けていたつもりだったのですが……」


「いえ、気付いていながら直接指摘しなかった俺にも責任はあります」


 エリナに、これまでは俺の書いたマップを使い進んでいたこと、完成途中だった為途中からはエリナのマップで進んだことを説明する。俺の説明が進むにつれ、エリナの表情は険しくなっていった。


「マップについては謝ります。ですが、気付いていながら指摘しなかったレックスには腹が立ちます」


 そういわれてもしかたがない。


「パーティメンバーなのですから遠慮など無用です! 間違っているのなら間違っているとはっきりと仰っていただけなければ、これから先やっていけないのではないでしょうか?」


「はい……」


「では、次にマップを書くときには間違っているところは指摘してくださいね」


 これは……。


「いえ、これからマップは俺が全部書き写しますので……」


「そうですか。わかりました。それじゃあこのあたりで今日は帰りましょうか」


 エリナは笑顔だった。青い宝石の欠片を取り出し地上へと戻る。転移に伴う独特の感覚が襲ってくる。遠慮するな、か……。当然だな……。



 ギルドへと戻り、魔石を換金する。三人で分けることになり一人頭の収入は減ったが、この調子ならすぐに今までよりも稼げるだろう。宿へと向かう。



 今日から三人一緒の宿だ。宿は街でよく見かけるごく普通の石造りの建物だった。中に入るとすぐにカウンターがある。一階は食堂を兼ねているそうで、泊り客には割り引きがあるということだった。どうやらここで飯を取る機会が増えそうだ。美味いといいが……。


 カウンターで受付を済ませる。全員同じ階の隣同士の部屋をあてがわれた。都合がいい。一旦部屋に荷物を置いてから俺の部屋に集合することにした。


 部屋は簡素ながらも、手入れは行き届いていて清潔だった。ベッド、机、椅子。それほど多くのものはないが、充分だろう。


 防具を脱ぎ、一息ついたところで扉をノックする音が聞こえた。エリナとシビルだった。二人を招きいれる。


「今日はなんだか疲れましたね」


 エリナの言葉にシビルが激しく頷いている。


「それじゃあ、お風呂に行きませんか? ここの浴場は広くて気持ちいいんですよ!」


 なんと大胆な! エリナがこんな大胆だったとは知らなかった。普段なら遠慮しているところだが、ついさっきエリナが遠慮など無用と言っていたばかりだ。遠慮しないことにした。パーティメンバーなのだしな。


「行きましょう!」


 準備をして、三人連れ立って風呂へと向かう。


「それじゃあレックスまた後で」


 もちろん男女で分かれていましたよ……。

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