第四話 二人目の仲間
『基本クラス完全解体新書』を読みこむ。必死に集中する。そうでもしないとエリナのマップに意識を持っていかれ、まったく本が進まないからだ。まずは商人からだ。
商人はやはり鑑定スキルがメインのようだ。その他にも交渉スキルなどに補正がかかるらしい。ダンジョンで役に立ちそうなのは鑑定スキルくらいだった。商人はさほどダンジョンで活躍するような職業ではないのだが、おもしろいのはその先。商人のミドルクラスだ。いろいろあるのだが、俺の目を引いたのは魔物使いだ。魔物使いとは、その名の通り魔物を使役して戦わせる職業らしい。おもしろそうな職業だ。
次は魔法使いだな……。
……エリナがシビルさんがすごいと言った意味がわかった。魔法使いになるには基礎魔法というスキルが発現しなければいけないのだが、その基礎魔法というスキルがくせものだった。それは魔法を使う上で全ての基礎となるスキルだという。世界を構成する要素の理解など理論の習得でスキルは発現するらしい。理論といっても、これはその人間の感覚によるものが大きく習得自体が困難なスキルということだった。その為、魔法使いのクラスにつける者はあまりいないらしい。ミドルクラスになると大幅に数を減らすという。
ミドルクラスで興味深かったのは呪術師だ。呪いを使う魔法使いなのだが、呪いは距離などに関係なく発動するという。ダンジョンで役立つクラスではないが、エレアノールさんの暗殺などに使われていたら俺にはどうすることもできなかっただろう。
最後に僧侶だ。
俺の想像通り、回復系スキルに補正があるクラスだった。傷や病を治すことのできる祈りが主なスキルだ。神への信仰を欠かすことなく、毎日祈り続けなければならないのだそうだ。この世界には信心深いものが多く僧侶クラスの人間は少なくはないらしい。
神か……。人々が祈りを奉げるのは、この世界を作ったとされている唯一神だという。だが俺はこの世界の成り立ちについて、そうではないと知っている。神は存在しているのだろうが、俺が信仰を持てるかといえば難しい。神と聞いて最初に頭に浮かんだのは、俺をこの世界に導いた黒スーツだった。感謝はあるが、さすがに黒スーツにも信仰はないな……。
こうやって見てみると、いくら俺には補正があるといっても魔法使いと僧侶のスキル習得には時間がかかりそうだった。まずは鑑定から始めよう。魔法使いと僧侶は複合クラスで必要となるから、育てないという選択肢はないが、まだ複合クラスでないミドルクラスにすらなれていない。まずは何か一つミドルクラスを達成したい。万職の担い手のレベルがあがれば、スキル習得なしにミドルクラスにもつくことが出来るのではないかと思っている。そうなればさらに補正はかかるだろうし、スキル習得はそれからでもいい。
こんなものかな……。他のクラスについても調べるべきなのだろうが、少し目が疲れた。エリナを見ると、未だにマップを書き写している。悪戦苦闘といった感じで、眉間に皺を寄せている。
「エリナ。大丈夫ですか?」
「はい。もう少しで写し終わります」
こちらをちらりとも見ずに、書き写すことに必死になっている。こんなに頑張っているエリナに俺はその地図は使えないと言わないといけないのか……。もっと早く、気付いた時点で言っておくべきだった。先送りにした挙句、さらに言いづらくなってしまった……。覚悟を決め口を開く。
「あの、エリナさん……。そのですね……せっかく書き写していただいているところ申し訳ないのですがね……」
扉の開く音が聞こえた。部屋に入ってきたのはシビルさんだ。なんとタイミングの悪い……。エリナがシビルさんを確認し笑顔になった。立ち上がりシビルさんに走り寄る。
「シビルさん! おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
エリナとシビルさんが手を取って喜びを分かち合っている。微笑ましい光景だった。
「おめでとうございます」
アランさんもそんな二人の様子に微笑んでいた。
「アランさんのおかげで無事にギルドランク6になることができました! ありがとうございました!」
シビルさんがアランさんに向かい深々と頭を下げた。アランさんは照れた様子だった。
「顔を上げてください。シビルさんが頑張られた結果ですよ。私は少し手伝っただけです」
アランさんは本当に嬉しそうだった。シビルさんが俺に向き直る。
「レックスさんに会わなければ、私はここまで進むことなく迷宮内で死んでいたと思います。本当にありがとうございました」
俺にも深々と頭を下げてくる。それほど大したことをしたわけではない。資料室を紹介したくらいで、ほぼ何もしなかった。だが、それでもシビルさんが変わるきっかけになれたというのなら嬉しい。
「アランさんの言った通り、全てシビルさんの頑張りだと思います」
顔を上げたシビルさんの目は潤んでいた。
「それでパーティの件はどうでしょうか?」
エリナを見ると笑顔で頷いている。シビルさんに目を戻す。
「シビルさん! よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
シビルさんは再び俺に深々と頭を下げた。
「今、俺達は七階層を攻略しています。ですが迷宮も久々なので、今日はお昼から六階層に向かう予定です。シビルさんの都合が悪くなければ、まずはその六階層探索に付いて来ていただいて、問題がなければ正式にパーティを組むということででいかがですか?」
「はい! それでかまいません。よろしくお願いします!」
シビルさんはまたも深々と頭を下げる。下げすぎじゃないだろうか?
「パーティを組むんですから、そんなに頭を下げなくても……。よろしくお願いします」
シビルさんは強く頷いた。
「……それで私達が初めて六階層に向かった時なんですけどね。レックスがキーワードを間違えて……」
ダンジョンへ向かう道すがら、俺の恥ずかしい話をエリナがシビルさんに披露していた。
「真顔ですよ。真顔! 間違っているなんて少しも思っていない顔で『アルスィスリウ』なんて言うから、おかしくて……」
シビルさんは笑っている。俺の恥ずかしい話くらいでパーティの仲が深まるのなら、安いものだ。
「『アルスィスリウ』ですよ? 本当に地味に間違っていて。転送されなかったときの、レックスのきょとんとした顔といったらもう……」
……エリナもうやめてください。ダンジョンに潜る前から気力を使い果たしてしまいます……。シビルさんは真顔になり心配そうな顔をした。キーワードをきちんと覚えているか不安になったのだろう。シビルさんも間違えればいいのに。
迷宮入り口に立っていたのはピーターさんだった。建物に向かう前にピーターさんに挨拶をする。
「お久しぶりです。少しガザリムを離れていましたが、戻ってきたのでまたよろしくお願いします」
「しばらくお見かけしないと思ったら、そういうことだったんですね。おかえりなさい! ですが僕のほうが、今日でこの仕事をやめるんです……」
「そうなんですか?」
「はい。夢を叶えようと思いまして。レックスさんを見ていたらそう思えたので」
俺を見て? 何かしただろうか……。
「レックスさん初日にゴブリンリーダを倒したじゃないですか。その後もすぐに迷宮を攻略されて、あっという間にランク6になられましたよね? それを見ていて、才能というのはこんなに残酷なものかと思いました。僕にレックスさんと同じように才能があれば夢を諦めることもなかったのにと……」
ピーターさんは自分の事のように喜んでくれていた。その裏で、こんな風に考えていたとは思いもしなかった。俺からピーターさんに言える事は何もない……。ただ黙ってピーターさんの話を聞く。
「悔しかったです。悩んで悩んで……。そうして気がついたんです。まだ全然諦めきれていないことに……。諦めていたなら、あんなに悩むはずないんですよね。諦めたと信じ込もうとしていただけなんです。だから……諦められないならいっそもう一度夢見てみようかなと。ドラグーンを! 目指してみようかと……。レックスさんがそれに気付かせてくれたんです。ありがとうございます!」
うん。俺全然関係ないわ。シビルさんの時以上に関係なかった。
「今日までお疲れ様でした」
頑張ってください。夢を是非叶えてください。そんな言葉が浮かんだが、どうも違う気がして結局それしか言えなかった。
「はい! 次にレックスさんに会うときは必ず夢を叶えて……ドラグーンに……なっています! 最後にお会いできてよかったです」
ピーターさんに見送られながら建物へと入る。
「それにしてもドラグーンとはとてつもない夢でしたね」
建物の中に入り、エリナがぽつりと一言もらした。
「はい……。大変でしょうね」
シビルさんがエリナの言葉に同意する。
「それでドラグーンってなんなんですか?」
エリナとシビルさんが驚きと共に俺を見た。
「知らずに話していたんですか……」
二人とも呆れ顔だ。
「熱く語るピーターさんにドラグーンって何ですか? とは聞きにくくてつい……」
二人がドラグーンについて教えてくれる。ドラグーンは簡単に言えば竜に乗った騎士のことだった。ハイクラスの一つらしい。魔物使いと騎士の複合クラスなのだという。騎士は戦士のミドルクラスだ。
つまりドラグーンになる為には、商人、戦士、魔物使い、騎士の四つのクラスにつかなければいけない。万職の担い手などないピーターさんにとっては、とてつもない夢だ……。
夢……か……。ピーターさんが羨ましい気もする。俺にはこれといった大きな夢はない。とりあえずはギルドランク5になることが夢と言えば夢だが……。これはただの目標か……。そのうちなにか見つかるだろうか……?
「レックス行きますよ!」
そんな事を考えている間に、二人は準備を終え青い宝石の前に立っていた。
「すいません。今行きます」
青い宝石に触れ……。
「アルスィスリゥ」
キーワードを唱える。光と共に転送が始まる。
何度か経験したが、はやり転移の際の浮遊感には慣れない。後ろの壁を確認する。『6』という文字が刻まれている。きちんと六階層についたようだ。
気配を探りながら二人を待つ。そういえばシビルさんが正式にパーティに入るなら、俺のギフトスキルについても話さないといけない。
光と共にシビルさんとエリナが現れる。同時に転移できるのか……。
「なんかやっぱり変な感じですね……」
「そうですね」
シビルさんは少し足元がふらついている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
言葉通り、すぐにしっかりとした足取りになった。
「じゃあ行きますか。一番近いところは四体ですがそれでいいですか?」
俺もエリナもスケルトン四体ならば問題なく対処できる。二人は俺の言葉に頷いた。シビルさんは緊張しているようで表情が硬い。シビルさんにとっては初めての階層だ。無理もない。
エリナを先頭にスケルトンへと向かう。
「あの……まず最初に私から攻撃させていただけますか?」
ちょうどいい。シビルさんのダンジョン内での戦い方も見てみたかった。
「スケルトンがいるのは小部屋です。俺とエリナが通路に立って盾の役割をするので、俺達の間を抜いて魔法を放てますか?」
「はい! 大丈夫です」
先程までの緊張はどこへいったのか、自信満々だ。吹っ切れたのだろうか。
「ではそうしましょう」
スケルトンがいる小部屋が見えた。
「シビルさんの魔法の射程距離はどれくらいですか?」
「ここからでも大丈夫ですよ」
小部屋までは三十メートルはあるだろう。この距離でも届くのか。
「それじゃあ一応、俺たちが前に立ちます。遠慮なくぶち込んでください」
エリナと共にシビルさんにスケルトンが来ないよう壁を作る。
『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ!』
シビルさんが詠唱を始めた。普段話している声とはまったく違う。威厳すら感じさせる声色だった。詠唱に合わせるように、周囲の魔素がシビルさんへと集まってくる。
『其は剣。其は竜。其は風……也』
その言葉と共にシビルさんを中心に風が渦をまく。
「いきます!」
あれほど吹き荒れていた風が止む。
『……ウィンドブラスト』
その声と共に、俺とエリナの間を何かが通り抜けていった。それはエリナの長い髪を激しく揺らす。目には見えないが、気配を伴っている。詠唱や名前からして風属性の魔法なのだろう。その気配は距離などまったくないかのように小部屋に一瞬で届いた。
「……爆ぜろ」
シビルさんのその一声で、気配が拡散した。小部屋の中では風が吹き荒れている。それは鋭い刃となって、スケルトンを切り刻む。うわ……。これスケルトンだからいいけどさ……。血が出るような魔物なら部屋の中は大変な事になりそうだ。
やがて風は治まり、空中を舞っていたスケルトンの残骸が地面へと転がる。あちこちに骨の残骸が散乱していた。もちろんスケルトンの収集品である魔石も……。
「す、すいません! 張り切りすぎました……」
「大丈夫です。実力は充分わかりましたし」
恐縮するシビルさんをなんとか宥め、次のスケルトンへと向かう。シビルさんには加減して魔法を撃ってもらおう。
先ほどと同じようにスケルトンのいる小部屋の近くで、エリナと壁を作る。
『我が前に集え!』
すぐにシビルさんは詠唱を開始した。先程よりも詠唱は短縮され、集まってくる魔素は少ない。
『其は風……也』
小さな風が巻き起こる。
『……ウィンドブラスト』
魔法は発動し、俺とエリナを越えて行く。速度は変わらないが、その気配はやはり先ほどよりも小さい。
その小さな気配は小部屋に入ると拡散した。風が吹き荒れスケルトンを切り刻むが、その範囲は限定的だ。風が治まった事を確認して、部屋へと入る。
綺麗にスケルトンの頭だけが、粉々に砕かれている。繊細なコントロールもできるようだ。魔石を回収する。シビルさんの魔法が強いことはわかった。
魔石を回収し終え、次の戦いについて話す。
「今度は俺とエリナが戦っているところを、後ろから援護してください」
今までは連携という形ではなかった。俺とエリナは立っていただけだしな。
エリナを先頭にして次の小部屋へ入る。スケルトンは三体。エリナに一体、俺に二体のスケルトンが向かってくる。すぐに倒さないように受けに徹する。それはエリナも同じ。
俺の横を石の塊が飛び、スケルトンの頭を砕いた。シビルさんの魔法だ。視認しやすいように風ではなく、土の魔法を選んだようだ。俺は気配察知でわかるが、気配察知の低いエリナにはこのほうがいいだろう。
倒れて動かなくなるスケルトン。これで後二体か。首を絶つ。スケルトンの頭が地面に転がる。スケルトンの気配が一つ消えた。これであと一体か。地面の頭に向かい、すぐさま石が飛び粉々にした。
剣を仕舞い振り返る。
「問題ありませんね。あと何度か同じように戦ってみましょう」
俺の言葉に二人が頷いた。
その後も戦闘を続けたが問題はいっさいない。パーティメンバーが増えたことで、戦闘時間も短くなった。エリナを見ると笑顔で頷いた。俺の言いたい事がわかったようだ。
「シビル。明日からよろしくお願いします!」
手を差し出す。シビルさんは嬉しそうな顔で手を握り返してきた。その手はまだまだ小さかった。握った俺とシビルさんの手をエリナの手が包む。
「シビル、よろしくお願いします」
「はい!」
俺とエリナの言葉に力強い返事を返す。このパーティならきっと上手くやっていける。
ギルドに戻り正式なパーティの申請をした。俺のギルドカードの裏に、シビルの名前が刻まれた。ギルドカードの裏面を見てシビルが嬉しそうにしている。
その後、シビルの合格祝いとパーティ加入の歓迎会を兼ねた食事を取ろうということになった。もちろん食事を取るのは、エリナとも行ったあの店だ。三人の席を頼むと、個室もあるということだったので、個室にしてもらった。俺のギフトスキルの話もしなければならないし、周りの目を気にしなくてもいいのはありがたい。
乾杯を済ませ、料理が来るのを待つ。
「それじゃあ正式にパーティを組んだので、お互いのステータスを公開しましょうか? まずは私から! 『ステータスオープン』」
名前 : エレアノール
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 戦士Lv9
スキル : 剣術Lv8、盾術Lv8、気配察知Lv2
「こんな感じです! 大体、剣士まで折り返しを過ぎたくらいですね」
剣士のミドルクラスにクラスチェンジできるのは、戦士Lv15、剣術Lv15あたりらしい。そのレベルは人によって違い、少しは前後する。早ければ才能があり、遅ければ才能がないといった事のようだ。
「じゃあ次はシビルね!」
食前酒一杯で酔ったのかテンションの高いエリナ。順番的には俺が先だと思うが……。ああ、万職の担い手の説明に時間がかかるから、後に回してくれたのか……。
「それじゃあいきますね……。『ステータスオープン』」
名前 : シビル
年齢 : 17
ジョブ : 探索者
クラス : 魔法使いLv7
スキル : 基礎魔法Lv8、応用魔法Lv6、魔素感知Lv3、魔素吸収Lv3、剣術Lv2
「え……。なんかすごい上がってます! やっぱり六階層ともなると経験値すごいんですね!」
そんなことはどうでもいい。俺の万職の担い手の効果もあるし、上がっていて不思議はない……。魔素関係のスキルも気になるが、そんなことより……。エリナも気がついた様子だ。
「……十七歳なんです……か?」
そう俺やエリナより年上だ! 外見的には中学生程度にしか……。
「なんか幼く見られちゃって。早く大きくなればいいんですけど」
シビルさんは羨ましそうにエリナの体を見ている。
「そうですね。早く大きくなれるといいですね」
引き攣った笑顔でエリナはそう纏めた。どうなんだ……ここから成長できるんだろうか? 身体的な成長はもう止まっていそうなんだが……。
「はい! 次はレックスですよ! どうぞ」
エリナは気にしないことにしたようだ。確かに外見が幼い事なんて、あの魔法に比べれば些細なことだ。俺もそうしよう。
「わかりました。『ステータスオープン』」
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 戦士Lv8
スキル : 万職の担い手Lv4、剣術Lv9、双剣術Lv6、気配察知Lv10、身躱しLv8、気配消失Lv7
双剣術の伸びがいい。
「この万職の担い手ってなんですか?」
やっぱり気になるか。シビルさんに万職の担い手スキルの説明をする。




