表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/100

第三話 試験官

 眠い……。宿はなんとかなったが、時間が遅かったこともあり大部屋しか空いていなかった。碌に風呂にも入らない低階層探索者の男達が寿司ずめ状態の大部屋だ。まともに寝られるわけがない。あれならゴブリンと寝たほうがましだ。それはさすがにいいすぎか……。だが、あの部屋はそう思えるくらいに酷かった。トマスさんとも会わず、初めて泊まったのがあの部屋だったら俺は探索者を続けていないかもしれなかった。



 眠い中ギルドに向かう。ギルドでは今日もステラさんが受付をしている。


「おはようございます」


「おはようございます。まだ試験まで少しありますので、お待ちいただけますか? 時間になりましたら担当の者がお呼びいたしますので」


 時間があるなら資料室に行こうかと思ったが、エリナがギルドに来たのが見えた。


「それではこのあたりにいますので、声をかけてください」


 ステラさんに一声かけ、窓口を離れエリナに歩み寄る。


「おはようございます」


「おはようございます。朝から試験官をすることになりました。それほど時間はかからないみたいなので、それからなら迷宮に入れますが今日はどうします?」


「……そうですね。では今日はお昼くらいから六階層に行きましょう。本格的な攻略は明日からということで」


「わかりました。では、それで」


 こういう突発的な事があると困るな。メールや電話があればいいが、そうもいかない。


「エリナはどこに泊まっているのですか?」


 俺の質問にエリナは怪訝そうな顔をした。唐突すぎたな。断じて変な意味はない……。


「連絡など不便かと思いまして。同じ宿に泊まれば、こういった連絡もスムーズかなと……」


「なるほど。わかりました。試験が終わってから、そのあたりの話はしましょう」


「それじゃあ、そういうことで。エリナはこれからどうする?」


「資料室で迷宮について調べておきます。レックスにばかり地図を書かせるのも悪いですし、八階層のマップを写しておこうかと思います」


「それは……ありがとうございます」


 話が一段落したところで、ちょうどギルド職員が来た。


「レックスさんですね? そろそろ試験時間です」


「行ってきます」


 エリナに手を振りギルド職員について行く。



 連れて行かれた先は、俺が試験を受けたのと同じ、ギルド裏手にある広場のような所だ。木剣を渡された。あくびを噛み殺しつつ受験者を待つ。それほど待たされることはなかった。


「レックスさん。よろしくお願いします!」


 受験者はシビルさんだった。


「シビルさんだったんですね。おめでとうございます」


 驚きはあったものの、それ以上にシビルさんが五階層を突破したということが嬉しかった。


「それはギルドランクが6になった時に言って下さい」


 シビルさんは笑顔だ。緊張した様子もなくリラックスしている。合格する自信があるのだろう。ギルド職員が近づきシビルさんにも木剣を渡した。とりあえず昨日の事は引き摺っていないようだ。汚物を見るような目ではないし、態度も普通だ。安心した。


「そうですね。じゃあ始めましょうか」


 ギルド職員を見ると頷いた。始めていいようだ。シビルさんから離れ剣を構える。渡されたのは木剣一本だったが問題はないだろう。二本よりも一本だった時期のほうが長いしな。


 シビルさんの構えを見る。どうなのだろう? 隙だらけだ。実力を見る必要があるというのに、これならあっさりと倒してしまうかもしれない。俺からは攻めず、シビルさんから攻めてもらったほうがいいな。


 構えは崩さず、じっとシビルさんを待つ。シビルさんには動く気配がない。やはり、こちらから攻めるべきか? その時、俺の気配察知に引っ掛るものがあった。シビルさんの気配が変化していたのだ。シビルさんを取り巻くようにして、気配が広がっている。こんな気配は初めてだ。なんだろうか? シビルさんが何か口を動かしている。気配は大きくなり、その後収縮していった。まるで周りの気配がシビルさんに吸収されたようだ。分裂するようにシビルさんの前に気配が現れ……


 そして……炎が生まれた。


 魔法か! 眠気は飛んでいた。生み出された炎が俺に迫ってくる。これまでのどんな攻撃よりも速い。炎の大きさはそれほどでもない。横飛びに身を投げ出すようにして躱す。体勢を崩したが、あれを避けるにはこうするしかなかった。まさかシビルさんが魔法使いだったとは……。試験などと言っていられない。あんな魔法をまともにくらえば怪我は免れないだろう。次の魔法を使われる前に一撃いれる!


 シビルさんが再び口を開く。周りに集まる気配が大きい! 体勢を立て直し、すぐにシビルさんに向かい飛び出す。収縮する気配。間に合いそうにない。再び生み出される炎。近づくのは危険だ。


 シビルさんに向かっていた体を押し留め、跳び退り距離を取る。炎を避ける事に集中するべきだ。先ほどよりも大きな炎が俺に向かってきた。これを避けそのままの勢いで一撃当てる! 身を投げ出すようにして炎の下を掻い潜る。このままの勢いでシビルさんに……その時、大きな音と共に背後から衝撃が押し寄せた。爆発したのか? 衝撃に耐え切れず俺の体は吹き飛ばされた。


 衝撃に逆らうようなことはせず、飛ばされるに任せ地面を転がった。勢いがおちたところで、膝を付き立ち上がる。痛みはあるが、動きに支障はない。


 吹き飛ばされた事でシビルさんは目前。これまでの二度の様子から、魔法を使うには溜めと詠唱がいると判断。一歩踏み込めば俺の剣は届く。この距離なら俺のほうが速い!


 踏み込みすぎないよう注意して剣を横薙ぎに。これほどの魔法が使えるのだ。ランク6は間違いない。


 気配が生まれた。……見上げると、俺の頭上に……炎があった。


 詠唱も溜めも必要ないのかよ……。俺の剣とシビルさんの魔法は、ほぼ同時だった。


「引き分けですね!」


 その声に顔を戻すと、嬉しそうなシビルさんが目に映った。


「そうみたいですね……」


 俺の上から気配が消えた。俺も剣を引く。


 ギルド職員が俺達に近づいてきた。なぜか嬉しそうにしている。


「いやあ、見ごたえのある素晴らしい試合でした。ランク6の試験でこれほどの試合はなかなかありませんからね。シビルさんはもちろん合格です。ギルド受付で手続きをしてください。レックスさんも受付で報酬をお渡ししますので。それではこれで試験は終了です。お二人ともお疲れ様でした」



 終わった……。思いのほか疲れた。シビルさんと話しながら受付へ向かう。


「魔法使いになられていたんですね……」


「はい。アランさんと相談して色々と試してみたのですが、どれも私に合わなくて……。だめもとで魔法を練習してみたら、なんかできちゃったんです」


 シビルさんがすごい! とエリナが以前言っていたのはこの事だったか……。


「驚きました?」


 歩きながら、シビルさんは俺の顔を覗きこむ。


「もちろん驚きましたよ。最後のは特に」


 あれにはやられた。


「魔法には基本詠唱が必要なんですけど、それは周りの魔素を一旦集めるという工程を伴うからなんです。私は体内にある魔素量が多いようで、その工程を省けるんです。威力は落ちちゃうんですけどね」


 シビルさんは自慢げだった。だが、これで気配の正体が少しわかった。気配察知で感じ取っている要素の一つに魔素が含まれているのだろう。だから事前に魔法を使うことがわかったし、生み出された炎も感じ取れたということだ。


「なるほど……」


 受付に着き、話をきりあげる。


「報告は受けています。シビルさん合格おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


 シビルさんは本当に嬉しそうにしていた。ステラさんがシビルさんからこちらに目を移した。


「まずはレックスさんから先に。試験官お疲れ様でした。報酬の銀貨二十枚です。お確かめください」


 銀貨を受け取り数える。一、二、三……二十枚。


「確かに。それでは失礼します」


 エリナが待っているだろうし、資料室へ向かうか。


「シビルさんおめでとうございます」


 合格してから、まだ伝えていなかったことに気が付いた。


「ありがとうございます。それでパーティの件ですが考えていただきましたか?」


 そういえばそうだった。いろいろあったせいで完全に忘れていた。


「もうすでにエリナとパーティを組んでいるので、俺の一存で決められることではありません。エリナと相談してからでかまいませんか?」


「わかりました!」


 俺の言葉にシビルさんは嬉しそうだった。シビルさんはエリナと親しげだった。もうエリナと話が付いているのかもしれない。


「では、エリナと資料室にいると思うので、説明が終わったら資料室へ来ていただけますか?」


「はい。よろしくおねがいします」


 頭を下げるシビルさんに手を振り、資料室へ向かう。二階へ登る前にカウンターの方を振り返ると、ステラさんがカウンターを出て、シビルさんを連れ部屋へと向かうのが見えた。説明には結構時間がかかったはずだ。エリナと相談する時間はあるだろう。


 資料室のドアを開ける。エリナが真剣な目つきでマップを書き写していた。俺が入ってきたことにも気が付かないほどに集中している。


 口の前で人差し指を立て、アランさんに話しかけないように促す。アランさんは察してくれたようで、無言で頷いた。


 そっとエリナに近寄り、後ろから覗き込む。これは……。八階層のマップはエリナが書き写してくれたマップを使うとして、それ以降はやはり俺が書き写すことにしよう。


「順調ですか?」


 後ろからエリナに声をかける。俺の言葉にエリナはびくっと飛び上がった。成功だ。アランさんも静かに笑っている。


「お、驚かさないでください!」


 エリナは俺にマップを見せないよう、そそくさと体で隠した。もう見てしまいましたけど……。


「そ、それでシビルさんは合格されましたか?」


「今日の受験者がシビルさんだと知っていたんですね」


 俺の質問にエリナは落ち着きを取り戻した。


「はい。そもそも試験官にレックスを指名したのはシビルさんですからね。以前からステラさんに頼んでいたそうですよ」


 そんなことになっていたのか。


「それでシビルさんのパーティ加入はどうされますか?」


 やはりそこまで知っていたのか。


「エリナはどう思いますか?」


「私はいいと思います。レックスも私も前衛ですからね。パーティとしてバランスはよくなると思います。それにシビルさんとなら上手くやっていけるでしょうし……」


 エリナは考える間もなくすぐに答えた。事前に考えていたようだ。エリナの言うことはもっともだ。異論ない。実際にシビルさんの魔法の威力は見た。あの威力ならば六階層以降でも問題ないはずだ。ダンジョン内で爆発はやめてほしいが……。


「俺もほぼ同意見です。今日これから六階層に行くときに、シビルさんの都合が良ければ一緒に潜ろう。それで問題なければ、正式にパーティに加入してもらいましょう」


 俺の意見にエリナも頷く。


「それがいいと思います。では私はマップを書き写している途中だったので……」


 すぐにテーブルに置いたままの本に目をおとした。手にはペンを握っている。ああ、なんでまっすぐなのにそこカーブしているんですか! そこは違います。そんな所に小部屋はありませんよ。……見ていてもきりがない。八階層はエリナのマップを使うと決めたはずだ。俺も自分がするべきことをしよう。


 アランさんに『基本クラス完全解体新書』を持ってきてもらい、スキルを確認していく。


 その間もやはり気になって、エリナの進展具合をつい見てしまう。上手くいっているとは言い難い。どうしたものか。マップは命に関わるものだ。やはり、きちんと伝えて俺が書いたほうがいいだろうな。ああ、そこは十字路ですよ。なんで道が五つになってるんですか! ああ……だからそこは……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ