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第二十五話 幕引

 あまり眠れないかもしれないな……などと思っていたが、俺のバシュラード邸の警戒はあっさりと次の日に終わった。拷問によって情報が聞け出せたのか、面子を潰されたサヴォア家が協力したからなのか、それとも両方なのか? とにかく全て片付いたとバシュラードさんから教えられたのだ。


 エリナを助けた、といっても結局俺は部外者だ。詳しくは聞いていないが、暗殺を企てた貴族は取り潰しなどにはならないようだ。表向きはお咎めなしというか、暗殺を企てた事自体なかったことにするそうだ。政治的な取引でもあるのだろう。そんな貴族同士の取引など知ったところで、俺にはどうしようもないし詳しく聞いてもしかたがない。


 サヴォア家はあの事件で随分と力を落とすことになるようだ。多くの貴族が集まる晩餐会で暗殺未遂が起きたのだ。隠しようもなく、この事が王家に伝わるのも時間の問題だという。


 あっさりと終わりすぎたせいだろうか。何か釈然としないものが残る。女が拷問の末死んだと聞いたからだろうか……。いい気はしなかったが、事件は無事に解決したのだ。あの時、俺に取れる選択肢はあれしかなかった。


 晩餐会の後ステータスを確認したところ、シーフクラスのレベルが1あがり、それに双剣術というスキルが増えていた。双剣ってかっこいいよね。双剣といっても、ほぼ片方は防御にしか使うことはないし、二刀流でザクザクといった戦い方ではないのだが……。それでも、俺の中の置き去りにしたはずの十四歳の心が疼いた。もちろんエリナとの兼ね合いもあるので、それだけでは決められないが。




「終わりましたね」


 エリナとテラスへと出ていた。


「終わりましたね」


 俺の言葉に同じ言葉で返してくる。エリナの髪が風に巻き上げられ、光に輝いている。


「それで……エリナはガザリムにいつお戻りになられるのですか?」


「そうですね。準備が出来次第……明日にでも出発しようかと……」


 それはいくらなんでも早すぎると思わないでもない。


「エレアノールさんの結婚式は見なくてもいいんですか?」


 それほど先ではないし、それくらいならエリナを待ってガザリムに帰ってもいい。


「ええ。私はこの世界にいない存在ですからね。正式に参列することもできませんし……」


 そう言うエリナは少し寂しげだった。しまったな……。余計な事を聞くんじゃなかった。


「でも、そのお陰でレックスと迷宮を探索できるのです。お姉さまと同じ立場なら、いくら憧れようともそんなことはできませんでしたから!」


 俺の表情はそんなにわかりやすかったか……。努めて明るく振舞うエリナ。


「そうですね。では明日にでもガザリムへと向かう事にしましょう」


 笑顔を作り、そう言うしかなかった。



 そうと決まれば俺も早々に準備をしなければならない。といってもエリナとは違い、しなければいけないことは少ない。


 サイモンさんに挨拶にいく。従業員が俺の事を覚えていた為、サイモンさんにはすぐに会うことが出来た。


「ガザリムへ帰る事になりましたので挨拶だけでもと……。今回はありがとうございました。サイモンさんのおかげです」


 深く頭を下げた。


「いえいえ。私はトマス殿に頼まれた事をしただけです……。丁度よかった。ガザリムへお帰りになるということでしたので、これをトマス殿に届けてもらえますか?」


 そう言って差し出されたのは手紙だった。


「わかりました。必ずトマスさんに届けさせていただきます」


 ガザリムに帰ればトマスさんに報告に向かうことにしていたし、それほど手間でもない。


「お願いしますね。ではこれを」


 次に差し出されたのは金貨だった。


「これは?」


「手間賃ですよ。相場より高いですが、レックス殿には儲けさせて頂きましたしね」


 有難く受け取ることにした。剣を買わなければならないからな。


「王都に来た時には、またお越しください。歓迎いたします」


 サイモンさんに別れを告げ店を出て、バシュラード邸へと戻る。俺の王都出発の準備はこれで終わりだ。他にバシュラード家以外で王都で挨拶しなければならないような人もいない。


 屋敷へ戻ると使用人から風呂に入り着替えるように言われた。何事かと思ったが、バシュラード家の食事に俺も参加することになったらしい。


 言われた通り風呂に入り、服を着替える。用意されていた服は、いつものような白シャツと膝下丈のパンツだ。ベストもコートもない。もちろん綺麗だが、以前と比べてかなりラフだ。格式ばったものが苦手な俺としては、これくらいがちょうどいい。


 服を着替え終え、使用人に案内されダイニングへと向かう。軟禁状態でいつも一人で食事をとっていたので、この屋敷のダイニングで食事をとるのは初めてだ。案内されたダイニングは、家族用なのか思ったよりも狭かった。屋敷の規模からすれば狭いということであって、トマスさんの家のダイニングくらいはある。


 もうすでにバシュラードさん達は座席に着いていた。バシュラードさんの隣に座っているのはエリナ達の母親だろう。初めて見かけるが、エリナ達によく似た美しい女性だった。


「このたびは、娘の命を助けていただきありがとうございました」


 その女性が立ち上がり、俺に深々と頭を下げた。エリナ、エレアノールさんも立ち上がり、俺に頭を下げる。バシュラード家に嫁いでいるということは、この女性もそれなりの貴族の出だと思われる。それが、ただの探索者の俺に頭を下げられるのか。


「当然のことですので……」


 そんなにきっちりと頭を下げられたら、こちらのほうが恐縮してしまう。使用人に言われるがまま、席に着く。エリナの隣だった。


 緊張で食事の味はあまりわからなかった。どんな話をしたのかすら曖昧だった。



 なんとか食事を終え解放されると思ったのだが、バシュラードさんに呼び止められた。


「すこし酒に付き合え」


 ただ風呂、ただ飯の俺に断るという選択肢はない。


「わかりました」


 使用人も下げ、ダイニングには俺とバシュラードさん二人きりだった。


「エリナの事をよろしく頼む」


 急にそう頭を下げられた。


「はい」


 突然の事に、とっさに出たのは短い言葉だけだった。パーティメンバーだ。当然だろう。


「そうか……。それとこれを渡しておく。剣を買い換えるのに必要だろう」


 渡されたのは重い袋だった。中を開け確認すると、金貨が詰まっていた。とんでもない額だ。


「報酬はいらないと以前……」


「報酬ではない。俺が頼んだせいで剣が折れた。その代金だ」


 剣の代金にしては多すぎるだろう。かなりバシュラードさんから俺への報酬が含まれていると思われる。


「受け取ってくれ」


「わかりました……。ありがとうございます」


 受け取る気になったのは、バシュラードさんの好意を無碍にはできないと感じたからだろうか? ただ単純に剣を買う為に金がいるというだけかもしれないが。


「それでは俺はそろそろ寝る。酒は置いていくから好きに飲んでくれ」


 バシュラードさんが立ち上がり、ダイニングを出て行った。席に座りなおし、手酌でワインをグラスに注ぐ。明日は朝も早い。あまり飲み過ぎないようにしないと。もうすでにワインはぬるくなっていた。ぬるいワインを飲み干す。


 金貨の詰まった袋を持ち、立ち上がり……そこでふと気付く。これは感謝だけでなく、口止め料も入っているのではないだろうか……。受け取ってよかったのか? バシュラードさんとしても、受け取ってもらったほうが安心できるのかもしれない。いや、そもそも剣の買い替え用のお金だ。経費だ。経費……。




 習慣になっているせいか、朝早くに起きることが出来た。服は頂けるということだったので、上等なシャツとパンツを着て、その上から革鎧を身に着ける。折れてはいるが、剣を腰に提げる。使い物にはならないが、鞘と柄は綺麗なままだし、勿体無いと思ったからだ。剣を持っていると思わせられれば、牽制にもなるだろう。


 荷物を確認する。とりあえずサイモンさんの手紙と財布さえあれば、問題ない。大丈夫。ちゃんと入っている。


 最後に忘れ物がないか、ざっと部屋を見回す。短い間だったが、実に快適だった。部屋に別れを告げる。よし行くか!



 エントランスへ向かい、エリナが来るのを待つ。エリナは母親、エレアノールさんと共に現れた。荷物は俺と同じようなもので、それほど多くはない。金属製の鎧を身に着けている。ドレスよりも似合っていた。久々にみる鎧姿は凛々しく、エリナらしかった。


「お待たせしました」


 エリナが謝ってくるが、急いでいるわけでもない。


「それほど待っていませんので……」


「それでは行きましょうか」


 エリナが、母親とエレアノールさんに声をかけている。聞いてはまずいかなと、一足先に屋敷を出る。屋敷の前にはもう馬車が用意されていた。晩餐会に行った際に乗った馬車ほど豪華ではない。乗り合い馬車以上、サイモンさんの馬車以下といった感じだった。


 馬車を眺めていると、扉を開きエリナだけが出てきた。


「もういいのですか?」


 二度と会うことはないかもしれない。いくらでも時間はあるのだ。


「ええ。二度目ですしね」


 そう言うエリナの目元は涙で滲んでいた。気付かない振りをするのがいいのだろうか? それともさりげなくハンカチでも渡すべきだろうか? そもそも、そんな女性に渡せるような洒落た布などもっていなかった。俺は前者を選ぶことにした。


「いきましょう!」


 思いを断ち切るように、勢いよくエリナが馬車へと向かう。


「それでこの馬車でどこまで?」


「ガザリムまでこの馬車で行きますよ?」


 馬車へと乗り込む。なかなか座り心地はいい。スペースも広い。二人しか乗っていないのだから当然か。これなら随分と快適な旅になるだろう。



 王都の景色が流れていくのを見つめる。今度、王都に来る時はもう少し観光でもしよう。様々な店が並ぶのを見つめながら、そう思った。


 そうやって外を眺めていると、街を歩く一人の人物が目に留まった。肩を包帯で巻き腕を吊るし、歩きづらそうに足を引き摺っている女だった。俺が捕まえた暗殺者の女にそっくりだ。怪我の箇所まで。よく見ようと身を乗り出すが、女は人ごみの中へ消えていった。あの暗殺者は死んだはずだ。バシュラードさんから直接聞いたのだ。間違いない。俺の罪悪感が生んだ幻だったのかもしれない。


 そんなことを考えている間も馬車は進み王都を出る。このあたりは治安もいいし、ガザリム周辺まではゆったりとできることだろう。


 エリナを見ると俺の視線に気付いたのか、俺に微笑んでくれた。その笑顔に微笑みかえす。エリナと二人旅。短い間だが満喫することにしょう。正確にいえば御者の方もいるし、二人旅ではないが……。

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