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第二十四話 晩餐会

 晩餐会が開かれる屋敷はバシュラード家の屋敷に勝るとも劣らない豪邸だった。この屋敷の持ち主はサヴォア家という、王国内に置いてバシュラード家に次ぐ大貴族だということだった。その貴族にはエレアノールさんと同世代の娘がいるらしく、暗殺の首謀者と考えられている内の一人だという。


 その為、今日の晩餐会は何事もなく終わる可能性が高い。自らの開いた晩餐会で未来の王太子妃が暗殺されたとなれば、サヴォア家の面子は丸潰れだ。一家取り潰しまである。そのような危険を冒すはずがないということだった。



 俺たちが到着したときにはエントランスは閑散としていた。主賓であるバシュラード家は少し遅れてくるのが常識ということだった。もうすでに他の参加者は会場へと入っているらしい。


 晩餐会ということだが、その前に歓談の場が設けられているのだという。道理で時間が早いわけだ。到着した私達にまるまると太った男女が近づいてくる。御付もたくさんいる。サヴォア家の人間だろう。


 もう一人の護衛が片膝をついたのを確認し、俺も片膝をつき頭を垂れる。


「ようこそいらっしゃいました。エレアノール様ですな。随分とお美しくなられましたな。まさに王太子妃に相応しい」


 挨拶をしているようだ。声の感じからは、本当に歓迎しているようにしか思えない。挨拶は長々と続く。


 いつまで頭を下げ続けなければいけないのか。もちろん上げてもいいといわれるまでだが……。俺たちのことなど目に入っていないのだろう。いい加減絨毯の網目を数えるのにも飽きてきた所で、やっと男の挨拶が終わった。


 やはり俺たちは別に部屋を用意しているようで使用人について行く様にと言われた。やっとか。立ち上がり言われるがまま使用人についていく。別れ際、バシュラードさんから意味ありげな視線を送られた。わかってます。頑張りますよ。と視線を返したが伝わったかどうかは不明だ。


 用意された部屋にはもうすでに多くの護衛達がいた。どの護衛も高そうな服に身を包んでいる。護衛の為にも料理などが用意されていた。立食形式だった。


 俺の仕事はここからだ。気配を探る。屋敷内には多くの気配が感じ取れる。ここ以外にも大勢の気配が感じ取れる場所がある。どうやらそこに貴族達が集まっているのだろう。そこへと向かういくつかの気配。エリナ達だろう。気配を消すようにしている怪しい者は特にいない。範囲を広げ屋敷から庭へと意識を移す。今のところ、問題はないようだった。


 エリナ達の気配を意識しながら、食事を摘まむ。かなり美味い。どうやら護衛用の食事にも金が掛けられているようだ。貴族とはやはり大変だ。貴族などにならなくてよかった。



 気配を探り続けるも特に変わったこともない。今日はやはり何も起きないのではないだろうか。もちろん何も起きないならそのほうがいい。


 貴族達の気配に変化があった。移動を始めている。どうやら歓談は終わったようで、晩餐会の場所へと向かっているようだ。エリナ、バシュラードさんの気配と思われる周りには常に人がいる。これなら暗殺も難しいだろう。


 貴族の中に暗殺者が紛れていたらどうするのかと聞いたところ、ここに参加しているのは王都の狭い中の貴族達で見知らぬ顔があればすぐにわかるという事だった。となると後考えられるのは使用人だろうか。屋敷内を忙しそうに動き回る使用人の気配を確認していく。怪しい気配は感じられないが初めての屋敷だ。ここがバシュラード家ならば、怪しい動きをしていればすぐにわかるのだが……。


 水を飲みすぎたようで、トイレに行きたくなってしまった。もう一人の護衛に声だけはかけ、部屋を出る。ここからエントランスへの道はわかるが、トイレの場所はさっぱりだった。使用人に聞いておけばよかった。


 トイレを探しながら屋敷を見てまわる。いざという時に、屋敷が大きくて道がわかりませんでした! では困るからな。


 トイレ……トイレ……。


 廊下を曲がったところで、何か柔らかい物にぶつかった。


「申し訳ありません」


 謝罪の言葉が聞こえた。顔を上げるとぶつかったのは女性だった。


「こちらこそすいません」


 エリナとは比ぶべくもないが、充分可愛いと言っていい容姿の女だ。あんないされた部屋でも見た使用人と同じような服装をしている。ごく普通の使用人のように見える。気配をまったく感じ取れない、ということ以外は……。


「どうかされましたか?」


「いえ、お手洗いはどこかな? と……」


 俺のその言葉にその女は戸惑ったようだった。


「ご案内させていただきたいのですが……まだ雇われたばかりでよくわからなくて……。晩餐会の方へとすぐにでも向かわなければなりませんので、別の使用人に聞いていただけますか?」


「いえいえ、お忙しい所すいませんでした。自分で探しますので……」


 その女性と別れ、廊下を進む。ある程度進み、振り返るとすでに使用人の姿はなかった。角を曲がったか。すぐに踵を返す。


 気配を感じないというのは、こんなに厄介なのか。目視で確認するしかない。見失わない程度の距離を取りながら、後をつけていく。


 女は廊下を進み一つの扉へと消えた。時間を置いて扉を開く。扉の先は厨房だった。この奥は、晩餐会会場へと繋がっているようだ。向こうにはエリナの気配もある。すでに女の姿は厨房にはない。


 慌てて晩餐会の会場へと繋がっているだろう扉へ向かう。途中で使用人に止められかけたが「緊急です!」というだけで足を止めることはしなかった。


 扉を抜けると通路だった。さらにその奥には扉がある。多くの気配が集まっているのはすぐそこだ。あの扉の向こうが晩餐会の会場だろう。扉を開け、晩餐会の会場へと入る。入り口に近く、エリナが座る上座までは距離がある。


 部屋には白いクロスを掛けられた長いテーブルがいくつも並べられていた。それを囲むようにして、着飾った貴族達が座っている。こちらを気にかけている者はいない。まだ騒ぎも起きていないようだ。エリナもにこやかにサヴォア家の人間と喋っている。


 部屋を見渡し、先ほどの使用人がいないか探していく。使用人の数も多くなかなか見つけられない。


 ……いた! 使用人の格好をした女は、気配を絶ったままエリナへと近づいていく。このままではどうしても先に女がエリナに辿り着いてしまう……!


「使用人の中に暗殺者が混じっています! そこの女です!」


 声を張り上げ、女を指差す。一瞬部屋が静まり返った。何事かと俺に視線が集まった後、俺が指差した方向へと視線は移る。使用人の女はこちらに一瞬目をやった。その後、猛然とエリナへと向かい走り始めた。


 そんな中、一つの悲鳴が上がる。その悲鳴を合図に、多くの貴族が入り口へと雪崩を打つ様に向かってくる。通路は貴族で詰り、あの女へと向かうには厳しい。


 テーブルに飛び乗り暗殺者の女へと向かう。燭台や食器を倒すが気にしている暇はない。


 サヴォア家のまるまると太った男が、慌てたのか転び倒れている。バシュラードさんが助け起こそうとしているのが横目に映る。


 エリナはただ黙って女を待ち受けていた。間に合わない……! 女の手元がきらりと光った。刃物を持っている! 女が手に持った短刀でエリナに斬りつけた。エリナはテーブルの上にあった燭台で、その短刀を受け止めた。数日前の俺みたいだ。卓上用の燭台だから俺が使ったのよりは随分と短いが。


 その間に女へと近づくが、まだ少し距離がある。


「エレアノール様! 後はまかせてください!」


 大声でエリナに話しかけながら、剣を抜く。女の注意をこちらに向ける為だ。だが、女はこちらをちらりとも見ずに、再びエリナに刃を振るう。


 それならそれで……! テーブルから飛び降りながら女の背を狙い剣を振り下ろした。が、簡単に避けられた。後ろにも目があるように。どうやら気配消失のスキルと同じように気配察知のスキルレベルも高いようだ。


 だが、今の攻撃で距離が生まれた。女とエリナの間に入り剣を構える。


「下がってください!」


 女から視線を離さず後ろに声をかける。


「ありがとうございます」


 エリナが下がるのが気配でわかった。女は俺と戦う事を選んだようだ。逃げる素振りは見せていない。鋭い視線を俺に向けた。サヴォア家の警護が来る様子はまだない。ここは俺一人で時間を稼がなければならないようだ。


 剣を持つ手に力が入る。エリナがここから離れる時間を稼げばいいだけだ。俺から仕掛ける必要はない。


 女の足が床を蹴る。一足で間合いを詰められる。下手に避ければ俺を抜け、エリナへと向かうだろう。女の短刀を剣で受け止め弾きかえす。速さは目を見張るものがあるが、力はそうでもない。


 女は次々に刃を繰り出してくる。なんとか剣で防ぐものの、反撃する余裕は一切ない。それも徐々に厳しくなっていく。このままではすぐに限界が来る……。


 いくつもの気配が部屋へと入ってくるが、その気配がこちらに向かってくる様子はない。何をしているんだ! だが、振り返り状況を確かめる余裕などない。


 状況を打開する術はなにかないのか……。


 女の短刀を振るう速度が落ちた。息も上がっている。今しかない! 女の短刀を強く上に弾き、剣を振り下ろす。が、それは俺の隙を作り出す為の誘いだった。すでに短刀は引き戻され俺を狙っている。このままでは、剣が当たる前に女の短刀が俺を突き刺すだろう。


 無理やり振り下ろした剣の軌道を変える。俺の剣はなんとか女の短刀を受け止めた。だが……剣が耐え切れなかった。無理に受け止めた為に、折れたのだ。小さな金属の破片がきらきらと宙を舞い、剣身が床へと転がる。


 残っている剣身は五分の一もない。何か他に……。なんとか残った剣身で女の短刀を受け止める。


 何か……!


 剣を右手一本に持ち替え、腰の鞘を握り左手で引き抜いた。少し重い。その上握りも安定しない。が、何もないよりはましだ。


 女の力はそれほどでもなく、片手で受け止めることができている。右手の剣の残骸は剣身がなくなったぶん軽くなり、女の短刀を振る速度にもついていけている。短く受け止められる部分は少ないが、なんとか受け止める。


 要は、エリナと同じ戦い方だ。いきなり利き手以外で剣を受け止めるのは怖かったから、盾にあたるのは右手だが……。


 女の短刀を受けながら、鞘で攻撃を繰り出す。左手一本のそれは、当たったところで大したダメージなどないだろうがそれでいい。


 振った鞘が足を掠め、女が膝をついた。これを逃すわけにはいかない! 膝をつきながらも女は短刀を突き出す。遅い。


 これなら……! 


 左手の鞘で防ぎ、剣を女の肩につき入れた。残骸であったものの、それは充分な凶器だった。女の肩から血が溢れる。短刀が床に落ちた。これで女はもう短刀を振るえないだろう。


「すみません……」


 そう一言かけて、女の太ももをもう刺した。この女を殺すわけにはいかなかった。首謀者へ繋がる何かをしっているかもしれない。


 俺はそんな事情がなければこの女を殺せていただろうか? エリナを再び狙う可能性があるなら殺せるはずだ。だが、それもその状況になってみなければわからない……。


 この世界で生きていれば、きっといつかこんな状況がまた襲ってくる。その時が来ればわかるだろう……。


 短刀を拾い上げ後ろを見ると、護衛や使用人が必死に火を消していた。それでこちらまで手が回らなかったのか……。うん。俺がテーブルの上の燭台を蹴り倒したせいだ。火はまだ燃えているが、大火事にはならなさそうだ。よかった……。



 一番近い男に声をかけ、暗殺者の女を拘束してもらった。なんとかこれで晩餐会は乗り切った。無事にとは言い難いが。


 部屋から出ると使用人が俺を待っていた。バシュラードさん達は屋敷の外らしい。火事になるかもしれなかったのだ。当然だ。


 屋敷を出るとそこは貴族や護衛でいっぱいだった。ここからエリナを見つけるのは大変だなと思ったが、すぐに見つかった。屋敷に一番近い場所にいたからだ。バシュラードさんはサヴォア家の太った男となにか話している。エリナがいる所へ歩いていく。エリナの近くにはもう一人の護衛もいた。しっかりと周りも警戒している。


「レックス殿ありがとうございました」


 エリナが頭を下げてくる。


「無事でよかったです」


 エリナと無事を喜び合う。話は終わったのかバシュラードさんが近くに来た。そこにちょうど馬車が到着する。


「乗りなさい。晩餐会どころではないからな。帰るぞ」


 エリナ、バシュラードさんと共に馬車へと乗り込む。馬車はすぐに走り出した。一応馬車の周りの気配を意識する。


「今日はすまなかった。おかげでエリナは無事だった。ありがとう」


 バシュラードさんに頭を下げられるのは初めてだ。物理的に。


「ありがとうございました」


「いえ、当然のことです」


 バシュラードさんはすぐに頭を上げた。


「だが、これで一番有力だと思っていたサヴォアではないということがわかった。エレアノールを殺し……サヴォアの晩餐会で騒ぎを起こす……。ずいぶんと首謀者は限られてくる」


 そう言ったきりバシュラードさんは黙り込んだ。



 馬車はバシュラード家へ順調に進む。怪しい気配などもない。


 大変だったな。バシュラード邸へ戻ったらまずは風呂に入ろう。ゆっくりはできないが。今日の今日で再び狙われるということはないと思うが、安心できるものでもない。これから婚礼の儀までの間あまり眠れないかもしれないな……。

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