第二十三話 護衛
ゆっくりと寝ていられると思ったのだが、そんなことはなかった。晩餐会の護衛といえど、ある程度の作法が必要だったのだ。全て必要な事はもう一人の護衛がやってくれるということだったが、俺も少しは覚えなければならなかった。護衛といってもエリナにつきっきりというわけでもなく、ほとんどの時間を控え室で待つことになるという。エリナが居る場所とは、それほど離れているわけでもない。気配察知の範囲内だ。問題はないだろう。作法のお勉強で一日が終わってしまった。
明日には晩餐会ということで、今日も作法の確認をさせられることになった。そうして作法の確認をしているところに、サイモンさんがやってきたと連絡を受け出迎えに行く。
「レックス殿おひさしぶりですな」
サイモンさんの手には剣があった。俺の剣を持ってきてもらったはずだが、それは俺の剣とは比べ物にならないような、金のかかった剣だった。その他にも荷物を持っている
「わざわざ申し訳ありません」
「いやいや。なにやら大変なことになっているようですな」
笑顔を見せるサイモンさん。他人事だと思いやがって……。
「そういうサイモンさんはずいぶんとお稼ぎになられたようですね」
嫌味の一つも言いたくなる。
「いえいえ、全てはレックス殿のおかげですよ」
嫌味で返された。それはもうその節は大変ご迷惑をおかけしました。
「ところで……俺の剣は?」
「これですよ」
そう言って手に持っていた剣を俺に差し出した。
「これ……ですか?」
「ええ。護衛といえど、晩餐会にいかれるのですからね。拵を変えさせていただきました」
サイモンさんから剣を受け取り、じっくりと見る。鞘は革だったものから金属製になっている。グリップ部分も俺の手垢によって薄汚れていたものが綺麗になっていた。
「代金はバシュラード様より頂いております」
報酬は必要ないといったが……。これは必要経費だ。俺への報酬とは違う。そう納得する。
鞘から剣を抜く。確かに俺の剣だ。グリップ部分の変更も握った感じ悪くない。むしろ以前よりも手に馴染むような気がする。以前はグリップが磨り減っていたからな。
「一応専門の鍛冶師にお願いしたのですが、その鍛冶師にわざわざ拵を新しくしてもすぐ駄目になるから時間の無駄と言われました」
バッチョさんにも言われたな。やはり報酬は貰っておくべきだったか……。
「お買い替えの際には是非うちで」
「トマスさんの店で買うことになっているんですよ」
「それならばしかたありませんね」
サイモンさんは本当に残念そうな顔をした。俺が買う剣の値段などたかが知れている。そのことはサイモンさんもわかっているはずだが……。どれだけこの人は商売に貪欲なんだ。
「それにしても、拵を新しくしたわりに随分と早かったですね」
昨日の今日でもう出来ているのだ。
「それはもうバシュラード家からのご注文ですからね。最優先で頑張らせていただきました」
バシュラード家の力はすごいな。
「それはなんというか。俺のせいですいません」
「いえ。これも未来への投資というものですよ。それとこれを」
そう言うと手に持った荷物を渡してくる。中を見れば服だった。
「それは護衛の際に着て頂くものになります」
まじまじと服を見る。金がかかっていることはわかるが、防御という点で見れば随分と頼りない気がする。ただの布だ。
「晩餐会で襲われる事などありえません。結局のところ、護衛といっても出席者を彩る装飾品のような物ですよ。私の家は護衛にもこんなに金をかけているんだぞ! といった感じです」
貴族とはやっかいなものだな。だがそんな場に鎧をつけて行くわけにもいかないだろう。これを着るしかない。
「それでは頑張ってください。私はこれで失礼させていただきます」
「もう帰られるのですか?」
「ええ。私もまだまだ仕事が立て込んでおりますので」
「ありがとうございました」
頭を上げた時にはサイモンさんはもうすでにいなかった。本当に仕事が立て込んでいるようだ。忙しいなか悪い事をした。感謝しつつ剣を見る。作法のお勉強は早めに切り上げて剣を振るうことにしよう。
使用人に剣を振りたいと言うと、専用の場所があるということで連れて行ってもらう。その部屋は板張りで、無駄な物はいっさい置かれていなかった。室内の装飾品といえば、壁に掛けられた剣と盾くらいだった。エリナもここで剣を振っていたのだろう。幼いエリナが、剣を振るう微笑ましい情景が頭に映る。
数日ぶりに剣を握るが違和感はない。鞘から剣を抜き上から下へと剣を振り下ろす。今度は下から上。刀という物にも憧れはあるが、両刃というのは刃を反さないでいい。振り下ろした剣をそのまま振り上げればいいというのは大きな利点だ。
様々な角度から剣を振るう。俺の剣はどうなのだろうか? 剣術レベルは8とそれほど高くはない。剣ではなかったとはいえ、暗殺者にも技量では劣っていた。気配察知が主な仕事とはいえ、明日の護衛には不安が残る。
色々と考えていると、この部屋へと向かってくる気配に気がついた。まだ気配だけで人を判別できるわけではない。誰だろうか?
部屋に入ってきたのはエリナだった。随分と動きやそうな格好をしている。
「レックス殿が剣を振っていると聞きまして、お相手でもと……」
エリナは壁に近づくと壁にかけられた木剣を二本取った。
「これならば安全でしょう」
一本を俺に渡し、自身は盾を取りに向かった。木剣を何度か振るう。芯には金属でも使われているのか、木といえど重さは実剣とそれほど変わりはない。安全……なのか……? 殺そうと思えば充分殺せる凶器だ……。
戻ってくると早速盾を構えた。明日も人とやり合う事になるかもしれないのだ。対人戦の経験が少ない俺にはちょうどいい。
エリナは待ちの姿勢だ。俺にあの盾を崩せるだろうか。強さは同じようなものだ。大勝ちも大負けもないだろう。
剣を水平に腰の横で構え走り出す。走る勢いを剣に乗せ、横薙ぎに振るう。が、上手く盾で逸らされた。すぐにエリナの突きが襲ってくる。体を反らし躱す。剣をほとんど引き戻さず、再びの突き。戻した木剣で外へと弾く。エリナは無理に剣を戻そうとせず、盾を突き出してきた。こういう戦い方もあるのか! 盾とは防御の為のものだと思い込んでいた。なんとか木剣で受け止める。盾の影から木剣が飛び出してくる。慌てて飛び退るが、体を掠める。盾で視界を防がれるというのはやっかいだな。突きを放つも、また盾に阻まれた。一進一退の攻防が続く。
その後、俺も何とかエリナの体に剣を触れさせることができた。結果は引き分けだが、対人戦においては、エリナのほうが上手のようだ。
「ありがとうございました」
エリナが頭を下げる。
「こちらこそ。対人の勉強になりました」
「いえ……そのことではなく、護衛を引き受けてくれたそうで……」
そっちだったか。
「エリナとガザリムへ帰らないといけませんからね」
俺の言葉にエリナは嬉しそうに微笑んだ。
晩餐会当日、バシュラード家の使用人達は普段以上に忙しそうに動き回ってた。俺も三度目となる作法のお勉強をさせられた。最終確認といったところか。
お勉強が終わると、俺は暇になった。時間もあるし、サイモンさんの持ってきてくれた服を着て、剣を振るうべきだろう。いざというときに服に引っ掛けるような事でもあれば、大変だ。
晩餐回の為に用意されたのは、バシュラード家を訪れる際に用意された服のようなものだった。白いシャツ、白いベスト、黒い膝下丈のパンツ、黒い靴下、黒い靴。今回はそれに白いタイと黒のコートもつく。コートとパンツの黒は黒といっても光の加減では深い青にも見える光沢感のある黒だった。とりあえず、とんでもない金が掛けられていることは間違いない。そして腰に剣を提げる。
少し動き回ってみるが、それほど大きな問題はない。剣の鞘が革から金属になったことで重くはなったが、動けないほどでもない。
剣を抜き振るう。俺が剣を振り体を動かす度に、長いコートの裾が舞う。客観的に見れば相当カッコいいと思う。俺の治まっていた中ニ心が溢れ出す! ということはなく、ただ単純に邪魔だなと思う。コートの裾を切ってしまいそうで、あまり本格的に動くことはできなかった。皺になっても困るしな。
とりあえずそれほど大きな問題はない。余裕があればコートは脱ぐことにしよう。そんな余裕があるかは疑問だが……。
そうこうしている内に晩餐会の時間が迫ってきていた。全ての準備が終わり、後はエリナを待つだけだ。エントランスで俺ともう一人の護衛、付き人、バシュラードさんの四人で待つ。皆俺と同じような格好だが、バシュラードさんだけはマントを羽織っている。貴族! といった感じで、バシュラードさんにとても似合っていた。どうやらここにエリナを入れた五人で晩餐会に向かうらしい。
エリナが階段を降りて来る。
「どうでしょうか?」
お姫様に憧れたことなどない、と言っていたエリナだったが嬉しそうにしている。美しい金髪を結い上げている。そして淡いピンクのドレス。腕や肩が大きく見え、胸元も大きく開いている。その胸元には大きなペリドット。それにしても大きい……。もちろんペリドットの事だ。俺はなにも谷間を凝視しているわけではない。ただそのペリドットがサイモンさんがこの前持ってきたものだろうか? と考えているだけだ。
「似合っているよ」
さすがのバシュラードさんも、着飾ったエリナを見て目元を緩めている。
「お似合い、です」
ちょっとどもってしまった……。あまりの美しさに緊張してしまった。
「ではいくか。よろしく頼む」
バシュラードさんの声に強く頷く。
 




